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ハナコさん、暴れすぎッ!  作者: 鷲空 燈
第3章 『狂乱の宴』【????】
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第33話 【別宮刃那子の決意】 ~第Ⅰ部・完~

「おいこら……」


 探偵が、助手席に飛び込んできた女に声をかけた。


「こっちを見ないで!」


「いや、見るなと言われたら、見ないけどな……。何があったかくらい教えろよ……」


 探偵は、助手席で嗚咽を上げる刃那子を見ないように、外を向いて言った。


「あの店は……」


 刃那子はしゃくり上げながら、店内での出来事を説明した。

 探偵は、そちらを見ないようにして、ハンカチを渡した。


「ありが……とう、ヒック……ビーッ!」


 くそっ…… 。鼻をかみやがった。



 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

「3000万を笑顔で蹴ったのか……すごいな……。それで、コーヒーの味は?」


 話を聞き終えた探偵は、外を見ながら訊いた。


「最高よ。最高の味だったわ。スンッ」


 刃那子の涙は止まったが、まだ鼻をすすっていた。

 探偵の渡したハンカチが、大活躍しているらしい。


「そうか、俺も飲みに行くかな」


「ダメよ! あそこは日の当たる場所よ。血の臭いのする人間が立ち入っていい所じゃないわ」


「血の臭い……か。俺はともかく……おまえが直接手を下す必要があるのか?」


「……許せないのよ」


「あのガキがか?」


「違うわ。許せないのはわたし自身よ。わたしがあと一月でも早く、サッちゃんを思い出していたら……」


「それは、おまえのせいじゃないだろ」


「”あまつかまりあ”が現れなければ、あの温かい人達が、他の人と同じように殺されてたのよ?」


「すまん……それについては申し開きできん。さんざん手を尽くして探したのだが、戸籍も携帯もない人物は……」


「別に、あなたを責めてるわけじゃないわ。なんというか、これはわたしなりのケジメよ」


「……フランスにいるフィアンセは、どうするんだ? ()(とう)(たか)()だったか? ずっと隠し通すつもりか?」


「……それは、状況しだいね」


「いっそ、別れちまえ。あのお上品なエリートさんは、おまえ向ききじゃねぇよ。秀馬は、今でもおまえを……」


「……ねぇ、もしかして、わたしの人生に指図する気なの?」

 

「すまん……出過ぎた真似だったな。なぁ……ところで、あのガキに喰わせてるって肉は……」


「いくらわたしでも、必要以上に死者を冒涜しないわ」


「それを聞いて安心したよ。しかし、()()は冒涜しない……か……。きついぞ……? それが、どんな悪党でもな。特に子供は……」


「覚悟の上よ」


「そうか……。だが、少しでも迷いが生じたら……」


「そうね……そのときは、素直に止めるわ」


「そうしろ。だが、もしやるとなったら、絶対、最後に目を合わせるんじゃないぞ?」


「どういう意味?」


「言葉のまんまだ。絶対に相手の目を見るな。おかしくなっちまう奴は、大抵、最後の瞬間、目を合わせてるんだ。その症状はバラバラだがな」


「……わかったわ」


 探偵は、さらになにか言おうと口を開きかけた。

 しかし、刃那子の性格から、これ以上の説得は逆効果だと判断し、口をつぐんだ。

 


「あの店……あの温かいお店は、絶対に潰しちゃダメよ。仕込み客は今の調子で絶やさないでちょうだい」


 しばしの沈黙を破り、刃那子は強引に話題を変えた。


「それがな、刃那子」


「名前を呼ぶなと、何度言ったら……」


「開店三日目以降、客は仕込んでないんだ」


「……え?」


「あの大盛況ぶりは、仕込みなし、掛け値なしの本物なんだよ。仕込みに雇ってた人間まで、本当の常連になる始末だ」


「そんな……。わたしの計算じゃ……」


「計算じゃはかりきれない魅力があるんだろ。あの店……いや、あの二人には」


「確かに、あのコーヒーは他で味わったことのないほど、温かい味だった……。てっきり、わたしの思い入れ込みの味だと……」


「おまえでも間違うことがあるんだな」


「それでも、この先はわからないわ。田中さんに依頼の継続をお願いし……」


「いや、それも必要ない」


「……どういうこと?」


「田中さんが、個人的にあの店を守ってくれるそうだ。気に入っちまったんだよ。あの冷徹な機械みたいなおっさんが、あの二人をな。――おい、刃那子、まさかまた……」


「こっちを見ないで!」


 探偵は、ポケットから禁煙たばこを取り出して口にくわえた。

 車内はしばし、刃那子のしゃくり上げる声だけになった。

 ――やがて、頭の後ろから聞こえる嗚咽が小さくなった頃、口を開いた。


「樹神幸子の消息は、依然不明だ。今一番有力な情報が……」


「”あまつかまりあ”ね。スンッ……。ビーッ!」


 刃那子は、鼻をかみながら答えた。

 

「裏家業に長くいると、たまに、この手の話が飛び込んでくる」


 探偵は、お気に入りだったハンカチを捨てることを決意しつつ、言った。


「この手の?」


「あぁ、化け物とか、悪魔とかいった類いの話だ。もちろん、頭から信じてるわけじゃない。でも、あるんだよ。絶対に触れちゃいけない話や、場所ってやつが」


「”あまつかまりあ”が、その触れちゃいけない化け物だって言うの?」


「俺の勘に頼るまでもなく、その答えは……”イエス”だ。そいつは、神か悪魔の類いだよ。田中さんの”製品倉庫”に届けられた”荷物”は、すべて、綺麗に“摘出”“保存”してあったそうだ。四人分だぞ?」


「それに、あの二人の身体も治したそうね」


「あぁ、それどころか、あの二人は20歳以上も若返ったんだ。そんなの、人間業じゃねぇよ。以前聞いた、自宅でおまえに警告した幽霊ってのが、その”あまつかまりあ”だろう。つまり俺たちは、そいつの味方じゃないわけだ」


「でも、手がかりはその化け物だけ」


「おい、まさか……」


「”あまつかまりあ”は、返り血を嫌って、服を脱いだそうよ」


「あぁ、そうらしい。誰かさんみたいだな」


「つまり、実体があるってこと」


「そりゃそうだが……」


「実体があるなら……戦えるわ」


「『戦えるわ、ニヤリ』じゃねぇよ! お、おまえ、ワクワクしてねぇか? どこかの戦闘民族かよ!」


()()()()()、胸躍ってないわよ。素直に情報をくれるなら、()()()()()わ」


「やる気満々じゃねぇか! はぁ……くれぐれも、無茶はするなよ。あと、”あまつかまりあ”に関してもう一つ」


「なに?」


「これを見てくれ」


 探偵が、透明な袋に入ったなにかを差し出した。


「これは……バッジかしら?」


 刃那子が、袋ごと手に取って見る。

 ドクロが刻印してある、不気味なバッヂだった。


「ホームレス狩りの6人がつけていたバッジだ。直接手を触れない方がいいらしい。田中さんの()()に、”あまつかまりあ”からの手紙が置いてあったのは、聞いたな?」


「えぇ、それで、あの二人の場所がわかったのよね。わたしが依頼したのに、あなたが見つけられなかった二人の……ね」


「ぐっ……。つ、つい先日、二枚目の手紙を見つけたらしい。バッジと、その二枚目の手紙が、隠すように置いてあったそうだ。これが手紙のコピーだ」


 刃那子は、二枚の紙を受け取り、目を通した。


 一枚目は、大川光恵と永渕早苗のことが書いてある、刃那子が以前読んだ手紙。

 そして、二枚目は……。


【このバッジは、”商品達”が身につけていた、とても禍々しいものです。取り扱いには注意するように。直接触れない方がいいでしょう。あなたの依頼主に、このバッジを調べさせなさい。 ――あまつかマリア】


「……どういうこと? なぜわたしがこれを調べなきゃならないのかしら?」


「”あまつかまりあ”は俺たちが”樹神幸子”を探しているのを知っている。そして、やつの目的は“樹神幸子”の身に起きた“困ったこと”に対処することだ」


「……それが?」


「つまり、このバッジが、“樹神幸子”のなにかにつながってるから、調べろってことだろう。もしくは……」


「えぇ……ただ、わたし達を顎で使ってるだけかもね」


「……あぁ、その可能性もあるだろうな」


「……気にくわないわね」


「どうする?」


「気にくわないけど、ほかに選択肢がないんじゃ仕方ないわ。バッジについて、調べてちょうだい。”坊や”には、わたしから聞いてみるわ」


「了解した」


「あと、“スペシャルコース”は、どうなってるの?」


「とりあえず一人目は完了だ。――ほれ、これが、そいつの”アキレス腱”だよ」


 探偵がリクライニングを倒して後部座席のバッグを掴むと、刃那子に渡した。

 刃那子はバッグから書類を取り出し、ものすごいスピードで目を通した。


「まずは”三箇典子”(さんかのりこ)……ね」


 刃那子は、先ほどまで人を想って泣いていた人物だとは信じられないほど、冷酷な笑みを浮かべていた。

 それを見た探偵は、車内の温度が一気に下がったように感じた。



 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 


『大富豪・別宮刃那子の覚悟  ~復讐代理人~』 

 

【第Ⅰ部 ~完~】  


 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


おまけのもう2話が次にあります。

(二部の冒頭シーン)


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