角山卓也その3 【肉】
「卓也くん、食べながらでいいから、聞いてちょうだい。まずはこれ……」
女神様が、卓也の前に差し出したもの、それは……。
「これは……」
卓也が手を伸ばそうとすると、女神様が、サッと引っ込めた。
「触っちゃダメよ。このバッジは、どこで手に入れたの?」
「……」
「ねぇ、卓也くん、わたしが聞いた音声には、あなたが美鈴さんを、仕方なく殺した場面しか、記録されてなかったの」
(え?)
「正直、事件の全容が掴み切れていないのよ。卓也くんを出してあげたいけど、協力してくれないことには……」
(まずい! このままじゃ、女神様の信用を失ってしまう!)
「……そのバッジは、人にもらったんです」
卓也は、正直に話した。
特に、隠し立てする必要も感じなかった。
「もらった……。そう……なら、場所は屋外……。あなた達6人が集まっているとき……ね」
「え? ど、どうして……」
「そして、あなた達が集まる理由は……”ホームレス狩り”……簡単な推理よ」
「はい……。ぼ、僕は、反対したんです! でも、神尾くんが……」
女神様は、編集された音声――美鈴が死んだシーンしか、聞いていない。
なら、卓也がリーダーだったと、知らないはずだ。
これは賭けだった。
もし、警察に押収された、神尾の変態コレクションを、入手しているのなら、ここで終わりだ。
女神様は、卓也を信用しなくなるだろう。
もしかしたら、また、あの地獄に戻されるかも知れない。
「わかってるわ。神尾くんが率先していたのは、想像に難くない。わたしが知りたいのは、このバッジを、どのタイミングで、誰から手に入れたのかってことよ」
「……3回目の時です」
「3回目……初めて相手を殺した時ね……」
「はい……。3回目の”狩り”が終わろうとしたとき、後ろから拍手が聞こえて、いつの間にか、男が立ってたんです」
「男?」
「ピエロのお面をつけた、背の高い男の人です」
「お面……?」
「はい、僕達の狩りを、一部始終見ていたって……”素晴らしい”って、褒めてくれました」
「……それで?」
「でも惜しいって、まだ、僕達が、心の底から楽しめてないって、その人が言ったんです」
「楽しめてない?」
「その時、そのバッジをくれたんです。それをつけたら、今まで以上に”狩り”を楽しめるって」
「初めて会った男を信用したの? そいつが警察に行くとは、思わなかった?」
「……思いませんでした。その人の言葉を聞いていると、どうしてだか、信用できたんです。それでみんな、バッジをつけたんです。そしたら、すごく楽しい気分になって……」
「バッジをつけただけで、楽しい気分に?」
「はい……。それで、倒れてるホームレスを、他のみんなが……」
「……そいつとは、それっきり?」
「はい、その一度きりです」
「それで、それ以降は、ずっとバッジをつけてたの?」
「そうです……。みんな、普段からバッジをつけてました。つけてると、すごく、楽しい気分になるから……」
「そして、12回目の狩りで、黒髪の少女に会った……」
「え!?」
「ごめんなさいね。実は、あなた以外の子が亡くなっていることは、知ってたのよ」
「ど、どうして……」
「助かったホームレスに、話を聞いたの。大丈夫、ちゃんと、処理しておいたわ」
「こ、殺したんですか?」
「あら? あなたが、それを言うの?」
「す、すみません。少し意外で……」
「わたしは、卓也くんのためなら、なんでもするわ。あなたが嘘をついたのも、仕方ないと思ってる。でも、これからは、正直に話して欲しいわね。それで、その少女のことを、教えてくれる?」
「は、はい! まずは……」
卓也は感動した。
なんと、女神様は、卓也を守るために、自らの手を汚したのだ。
それに、卓也のついた嘘も、すべてわかった上で、卓也を助けてくれようとしている。
卓也は、首謀者が神尾優だという嘘以外は、正直に話した。
あの女ホームレスに話を聞いているのなら、卓也がリーダーだと、バレているかもしれないが、女神様はきっと、この嘘も許して下さる。
「なるほど、社会の役に立っていないから……そんな理由で殺されたのね」
「はい、それが理由でした……そんな……それだけの理由で……」
卓也は下を向いて、辛そうな顔をした。
本当は、涙を流したかったが、まったく悲しくないのだから、無理な話だった。
でも、辛そうな卓也を、女神様は、きっと慰めてくれるはず……。
「目新しい情報はなし……か。使えないわね。そろそろ潮時かしら? 坊や、もう、そんな臭い猿芝居は結構よ」
女神様が口にしたのは、信じられない言葉だった。
「へっ?」
卓也は聞き違いだと思った。
それ以外考えられない。
「あなたが反省してないことも、あなたが率先して、罪のない方々を殺していたのも、わかってるの」
女神様はそう言うと、バックから、スマホを取り出し、なにやら操作をした。
『ぎゃはははっ! おい、おっさん! 土下座したら許してやるよ!』
『おい、てめぇら! ビビってんじゃねぇよ! こうやるんだよ! ――グチャッ!』
『オイ、こいつ、万札持ってたぞ! 当たりモンスターだな!』
『見ろよこいつ! 白目剥いて死んでるぜ! ひゃっはっはっ!』
スマホからは、卓也の声だけが、延々と再生された。
下を向く卓也の額から、大粒の汗が、ボタボタと流れ落ちる。
「神尾が無理矢理ですって? あなたは反対したですって? ハッ! 坊やは、とんだ嘘つきね」
女神様は怒っている。
それも、とんでもなく怒っていた。
卓也は、なにも言えなかった。
女神様の、激しい怒りにあてられ、身動きひとつできない。
「まぁ、わたしも、人のことは言えないんだけどね。坊や、あなたをここへ閉じ込めたのは、わたしなのよ」
「え……」
「びっくりしたかしら? 看守さんにご奉仕するあなた、とても滑稽だったわよ?」
「そんな! 嘘だ! だって、女神様は僕にご飯を……」
「女神様? フフ、わたしをそんな風に呼んでたの? 女神様は、お肉を善意で提供したわけじゃないのよ。だって、それがあなたの仕事なんですもの」
女神様は楽しそうに笑っている。
「仕事?」
「そうよ」
女神様はカバンから、なにかを取り出し、卓也の前に並べた。
それは、かつて、卓也の手下だった者達の、無残な写真だった。
「うっ!」
卓也は、食べたばかりの肉を戻しそうになった。
「彼らは仕事をしたの。”臓器提供”って、立派な仕事をね」
「ぞうき……ていきょう……」
「そうよ。そして、あなたの仕事は……”廃棄物処理”よ」
「はいきぶつ……しょり?」
「写真を見たでしょ? 使えるものは、全部取り出して、再利用するの。そこで、坊やに質問よ。じゃあ、余ったものは……一体どうなるのかしら?」
「まさ……か……」
「わたしと初めて会った日も、お肉を……食べたわよね?」
「うそだ……そんな……そんなこと……」
「ねぇ、坊や……」
女神様は笑っている。
「神尾くん……おいしかった?」
ずっと嗤っている。




