角山卓也その2 【女神様】
女の声!?
しかも、卓也を探している!?
「ここです! 僕は、ここですっ!!」
卓也は、ドアをガンガン叩いて、叫んだ!
(助かった……ようやく、助かるんだ……)
閉じ込められて、10日目だった。
10日だ……。10日もこの地獄に耐えたのだ。
ガチャン。キィ……。
「卓也くん!」
大男Aと一緒に部屋へ入ってきたのは、20代の、綺麗な女だった。
会ったことのない女だ。
(誰だ? まぁ、いい。利用できるものは、利用してやれ)
卓也は小さく呻き、うずくまる演技をした。
「こんな……ひどい……」
女は、そんな卓也を見て、口を押さえた。
こいつ、チョロいな――卓也は、ニヤけそうになるのを、我慢した。
「助けて……助けて下さい……」
卓也は、弱々しい演技で、女の足に、しがみついた。
甘く、いい匂いがした。
「卓也くんと二人で、話をさせて下さい!」
女は、大男Aに、そう言って、卓也を立たせた。
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「かわいそうに……ひどい目に遭ったわね」
ガッガッ! 卓也は、夢中で、目の前の肉を、頬張った。
女が看守に強く言って用意させたものだ。
「慌てなくても、大丈夫よ。たくさん用意したから、遠慮無く、食べなさい」
女の言うとおり、肉は、卓也の要求に応じて、好きなだけ追加された。
食事を運ぶのは、白いあごひげを生やした、鋭い目つきの、会ったことのない男だった。
卓也が、ここへ来る前から、用意されていたかのように、肉は、次々に運び込まれた。
「フフ、たくさん食べたわね」
卓也が、限界まで食べ終わった頃、女が笑った。
「あの……僕、どうして、こんな目に……」
「卓也くん、あなた、大竹美鈴さんを、殺したの?」
瞬間、卓也の顔が、こわばった。
客観敵に見れば、たしかに卓也が美鈴を殺したことになるだろう。
しかし、卓也の認識は違う。
あくまで、美鈴を殺したのは、あの少女殺人鬼なのだ。
卓也は、そいつに命令、強要されたに過ぎない。
いうなれば、卓也は、あの化け物の被害者なのだ。
とはいえ、あの日の奇っ怪な出来事を、この女に説明しても、理解してくれまい。
そもそも、この女が味方かどうかもわからないのだ。
卓也は沈黙を守り、判断を女に任せた。
「否定はしないのね。でもなにか事情がある……そうでしょ? 卓也くん、あなたを、ここへ閉じ込めたのは、大竹さんのお父様よ」
女は卓也の意を完璧に理解していた。
(こいつは使える女だ。いや、そんなことよりも……美鈴の親父だって?)
「美鈴の……。で、でも、どうして……!?」
「どうして、わかったのかって? ○△※区の■◎公園で、美鈴さんの死体が、見つかったのよ。その側に、あなたの指紋が付いた木刀と、ボイスレコーダが落ちてたの。そこに入っていた音声と同じものが、美鈴さんのお父様にも、送られてきたらしいわ」
「○△※区の……■◎公園? それに、ボイスレコーダー?」
(どういうことだ? 女が、今言った場所は、美鈴が殺された場所から、30キロは離れてるぞ?)
「神尾優のものよ。彼のパソコンから、大量の、音声データが見つかったの。そこに、あなた達の”ホームレス狩り”が、すべて記録されていたわ。他にも、死体の写真も、記録していたみたいね」
(くそっ! あいつなら、あり得る! あのサイコパスは、”狩り”の様子を、録音してやがったんだ。あの変態は、録音した音声を、家で何度も、聞いていたに違いない)
「状況は最悪よ。あなた達5人は、指名手配されているわ」
「え? 他の奴らは、見つかってないんですか?」
「えぇ、わたしが知る限り、あなた達6人の内、消息がわかってるのは、死体で発見された美鈴さんと、ここにいる、あなただけよ。卓也くん、他の子が、どこにいるか、心当たりはある?」
「……いえ」
(どういうことだ? あのとき録音されていたのなら、他の奴らが殺されたのは、わかってるはずだろう。いや……そもそも、どうして、美鈴の死体の側に、落ちてたんだ? あの殺人鬼の話が持ち上がらないのも不自然だ……。もしかして、データが改ざんされてるのか? )
わからないことだらけだったが、美鈴の父親に、音声データを送った理由だけは、理解した。
卓也を、苦しめるためだ。
美鈴の親父は、ちんけな議員だが、裏社会に、顔が利くらしい。
この施設は、そういうことだったのか。
しかし、誰がデータを送ったか……。
やはり、あの、少女殺人鬼の仕業なのか?
いや、その前に確認しなくちゃならないことは……。
「あの……お姉さんは、誰なんですか?」
「言うのが遅れたわね。卓也くんのお父様――角山良雄さんの、知り合いよ。仕事柄、裏社会に、少し通じてるの。その伝手で、お父様に頼まれたの」
「父さんの……」
「わたしの名は、別宮刃那子。待ってなさい。じきに、ここから出してあげるわ」
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ガチャン、ギィ……。大男Aが入ってきた。
ガッ、ドス、ゴッ!
女が帰った後も、卓也は相変わらず、殴られ、レイプされていた。
殴られながら、犯されながら、女の言葉をなんども反芻していた。
『まだ、連れ出す許可は、もらえてないの。でも必ず、また来るわ。今は、辛抱してちょうだい』
女は、そう言ってくれたのだ。
(殴れ! 好きなだけ、殴るがいい!)
卓也は殴られながらも、笑っていた。
(ここを出たら、必ず、殺してやる!)
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女は定期的に、卓也の元を訪れた。
女が来るたびに、卓也は、たらふく肉を食べた。
卓也が普通に生活していたときでさえ、食べたことのない、最高にうまい肉だ。
あるとき、女に、何の肉か尋ねたら、『最高の環境で育った、最高のお肉よ』と教えてくれた。
卓也は、日数を数えるのを止めた。
ただただ、女の来訪を待った。
卓也にとって女は、神のような存在となった。
絶対的な存在となった女を、卓也は、心の中で”女神様”と呼ぶようになった。
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ガチャン、キィ……。
ある日、ドアが開いて、男Cが入ってきた。
(え? まだ、6時間経ってないぞ?)
正午の拷問が終わって、まだ、二時間も経っていないはずだ。
「手を前に出せ」
卓也が従うと、男Cが、卓也の手錠を外した。
「まさか……出られるの?」
男Cは、返事をしなかった。
「ついてこい」
「は、はい」
卓也は、先導する男について行った。
いつも女神様と面談する部屋を通り過ぎて、突き当たりの階段を上った。
卓也は、はやる気持ちを抑え切れなかった。
(やっと……やっと、出られるんだ……)
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「……入れ」
男Cが卓也を促した先は、窓ひとつ無い、10メートル四方の、殺風景な部屋だった。
その中央に置かれたテーブルの横に、女神様が立っていた。
いつもの、ビジネススーツ姿ではなく、黒いライダースーツのような姿だった。
「別宮様、連れてまいりました」
男Cが、深く頭を下げた。
(え……? どうして、女神様に?)
卓也は、不思議に思ったが、女神様が、裏で手を回した結果だろうと、深くは考えなかった。
「ご苦労様。あとは、わたし一人でいいわ」
「ハッ!」
男Cは、それだけ言うと、部屋から出て行った。
その際、卓也と一瞬だけ、目が合った。
その目に浮かんでいたのは、たしかに”哀れみ”の感情だった。
アザだらけで、みすぼらしい姿の卓也を、この期におよんで、哀れんでいるのだろうか。
(ふん、好きなだけ、哀れむがいい)
卓也は、残忍な笑みで応えた。
(待ってろ、下級市民め、すぐに、殺しに戻ってやる)
「卓也くん、まずは、ここに、かけてちょうだい」
女神様が、卓也に促した先は、四人がけのテーブルだった。
その上には、大量の肉料理が、用意されている。
「別宮さん! そんなことより、早く、ここから出して下さい!」
「慌てないのよ。忘れたの? あなたは、指名手配されてるのよ?」
「うっ……」
「そのことを、説明しなきゃならないの。さぁ、おかけなさい」
「……はい」
この、最高にうまい肉とも、今日でお別れなのだ。
卓也は、最後に、思う存分、味わうことにした。
夢中で頬張る卓也を見る女神様は、なぜか、いつもの、やさしい目ではなかった。




