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ハナコさん、暴れすぎッ!  作者: 鷲空 燈
第3章 『狂乱の宴』【????】
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第28話 【表通り】


(困ったわね……)


 光恵は気付かれないように、そっとため息を吐いた。


「光恵さん、おかわり!」


 光恵の目の前では、おいしそうにご飯を頬張るサッちゃんの姿があった。


「さ、サッちゃん、こんなに食べて大丈夫なの?」


 光恵は、少し柔らかめに炊いたご飯をよそい、サッちゃんに渡した。


「だって、光恵さんのご飯おいしいんだもん! いくらでも入っちゃう!」


 サッちゃんはそう言って、受け取ったご飯を一心不乱にかきこんだ。

 

(本当に、困ったわ……)


 光恵の目に映る、ご飯を頬張るサッちゃん――永渕早苗は、どう見ても20代の美しい娘だった。

 まるで、いいとこのお嬢さんが、ホームレスのコスプレをしているとしか思えない。


(このテントじゃ……危ないわね……)


 もし、こんな美人がホームレスをしているとバレたら、どんな目に遭うか想像に難くない。

 かといって、手持ちのお金は……。


 光恵は、ベストのポケットから、1枚の紙を取り出した。


【おはようございます。あなたの恩人、心の恋人、マリアです。やはり、病気は治せませんでしたので、()()()()()()()()()()()()おきました。ちょっと、()()()()たのはご愛敬です。いえいえ、皆まで言わずとも、感謝を伝えたいのはわかっています。このまま、借りを作りっぱなしだと決まりが悪いでしょう。なので、あなた方の、全財産の半分を、お礼として受け取ることにしました。いやぁ、せっかく日本に来たのに、お金がなくて、おいしいものが食べられなかったので助かります。では、ごきげんよう、さようなら――あらあらかしこ あまつかまりあ】


 ――初めて、その手紙に気付いたときは、愕然とした。

 昨夜の夢が現実だという証拠が、まさか、こんなお軽い感じで見つかるとは……。

 そして、テントのわかりにくい場所に隠していた貯金は、お軽い手紙の通り、一円単位までキッチリ半分なくなっていた。


(いや、感謝はしてるのよ?)


 光恵は複雑な表情をしている自分に気付く。


(まさか、ホームレスからお金を持って行くとは……。いや、感謝はしてるんだけど……)


 あの、神秘的で荘厳な印象が、一気に世俗にまみれたように感じた。


(……いや、しつこいようだけど、感謝はしてるのよ?)


 言ってくれれば、全財産だって、喜んで差し出しただろう。

 でも……ねぇ?


「光恵さん、おかわりぃ!」


 サッちゃんが、ほっぺにたくさんのご飯粒をつけて、ニパッと笑った。

 それを見ると、今まで複雑な心境だったはずの光恵は……。

 

(……ま、いっか)


 そう、思うのだった。 



 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 テントにあるすべての食料を、ペロッと平らげたサッちゃんは、今、スヤスヤと眠っている。

 新しい身体に、全力で順応しようとしているのだろか。

 電池が切れたように眠りに落ち、安らかな寝顔で熟睡している。

 その顔をずっと見ていたかったが、光恵にはやらなければならないことがあった。


(暗くなる前に、サッちゃんの服をどうにかしなきゃ!)

 

 人は、その人の身につけているもので、簡単に評価を変える。

 明らかに、自分よりランクの低い身なりをしていると、不思議なもので、その人物の、人となりまで格下と見なすのだ。

 昨夜の少年達が、その最たる例である。

 最下層の身なりをした美人――これほど欲望をぶつけやすい相手もいないだろう。


(それに……自分の服も……なんとかしなきゃね……)


 光恵は、これから向かわなければならない場所を思うと、ズンと、気持ちが重くなった。

 


 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

(平日の昼間なのに、こんなに人がいるのね……)


 光恵は、昼間の表通りを歩いた。

 ここ数年で、初めてのことである。

 行き交う人々からの視線は、感じる。

 しかし、今までのような、蔑視、侮蔑、哀れみの視線ではない。

 ”変わった人だな”――程度の視線だ。


 光恵の沈んでいた心が、いつの間にか弾んでいた。

 まるで自分が、周りの人達と同じ立場になれた気がした。



 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 

「いらっしゃいませっ~」


 全国チェーンのカジュアル服販売店に入ると、店員が笑顔で接客してくれた。

 それだけで……たったそれだけのことで、光恵は感動した。

 涙がでそうになったのを、店員が心配そうに見つめてくれる。

 光恵は、そそくさと逃げるように、婦人服売り場へ向かった。


 

 目的の場所には、色とりどりの、綺麗な、穴の開いていない、汚れてない服が所狭しとおいてあった。

 その、あまりの選択肢に、光恵は圧倒され目をパチパチさせた。

 場違いな自分が恥ずかしくなり、また涙が出そうになった。


「なにか、お探しですか?」


 呆然と立ち尽くす、光恵を見かねたのか、20代の女性店員が話しかけた。


「あ、あの……その……」


「あの……よかったら、適当に見繕いましょうか?」


 店員は、口ごもる光恵の反応を、辛抱強く待ってくれた。

 光恵は、つっかえながらも、大体の予算と目的のものを伝えた。


「任せて下さい! もう、お客さんを見かけたときから、ウズウズしてたんですよ!」


 どういう意味だろう? と、疑問に思う光恵を、店員はあちこち連れ回した。

 そして、山ほどの服を抱え、光恵を試着室へと案内した。


「まずは、この上下をお試し下さい」


 そう言って渡されたのは、薄いピンクのシンプルなカットソーに、紺色のプリーツスカートだった。


(スカートなんて……)


 光恵は、できれば、頑丈なジーンズがよかったのだが、店員のキラキラした目に気圧されて、ドギマギと試着室へと入った。

 

 カーテンが閉まり、壁一面の大きな鏡の前に立ち、光恵は改めて愕然とした。

 もし小さな頃から、食事、スキンケア、体型の維持など、あらゆることに気をつけて、ただ美しくあることだけを考えて成長したら、こうなっていただろう――その、完成形である光恵が、鏡の中にいたのだ。

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