第25話 【正しい道】
「そんなに怯えないで下さい。傷ついちゃいます……」
ベンチに腰掛けた美少女が、がっくりとうなだれた。
「ご、ごめんなさい! そんな……つもりじゃ……」
光恵は、濡らした手拭いで、少女の身体を拭いていた。
その手は、ブルブルと震えていた。
「わたしは一応、あなたを,助けに来たんですよ?」
少女は、目を閉じていた。
少しでも、光恵に威圧感、恐怖を与えないための配慮だろうか。
「ねぇ……あの子達……死んだんだよね……」
「はい、最後の外道以外は死にました」
「……ころした……んだよね?」
「はい、わたしが殺しました」
「なにも、殺さなくても……」
光恵の言葉で、少女が目を開けた。
「あの者達が、自ら選んだ運命です」
光恵の目を見つめ、ハッキリとそう言った。
その目に、後悔や、罪悪感など、微塵も見当たらなかった。
「でも……まだ、子供だったのよ?」
光恵は、少女の背中の血を、丁寧に拭っていった。
一拭きするたびに、傷ひとつ無い、綺麗な肌が露わになっていく。
まるで、聖なる役割を与えられたように、光恵は夢中で、少女を清めていった。
「あの者たちは、自ら作り上げた、自分勝手な掟に従い、罪もない人達を殺めました」
「それでも……」
「最初の罪を犯した瞬間、あの者達は、子供であることを放棄したんです」
「子供であることを、放棄……?」
「はい、人は、自らの責任で他人の運命を大きく変えた瞬間、子供ではいられなくなるのです。あなたは、あの者達が子供に見えましたか?」
光恵は、少年達の顔を――表情や言動を思い出してみた。
まるで、醜悪な老人のような笑顔、欲望まみれの中年のような嗤い声……。
確かに、あの子達が子供とは、とうてい思えなかった。
「あの子達は……死ぬしかなかったの?」
「質問返しで申し訳ないのですが……生き残ったクズが発した質問を、覚えていますか?」
「”僕が生き残るには、どうしたらいい”……だったかしら?」
「そうです。だからわたしは、仕事をすればいい、と答えました。さて、光恵さん」
「え? どうして名前を……って、今更か……。なに? えっと……そう言えば、お嬢さんの名前を、訊いてなかったわね」
「そうでした。すっかり、失念していました。申し訳ありません。わたしの名前は、”あまつかまりあ”です。マリアちゃんとでも、お呼び下さい」
「マリアちゃん……そう……。いい名前ね」
「ありがとうございます。話がそれちゃいましたね。さきほどの質問の続きです。光恵さんは、永渕早苗さんと二人で、あの状況になった場合、どうしますか?」
「サッちゃんの名前まで……はぁ、もう、驚くのも疲れちゃったわ。あの状況って、仕事をしなきゃ、殺される状況……だよね?」
「はい。すぐに仕事をしないと、わたしがぶっ殺す状況です」
「ぶ、ぶっ殺すんだ……。でも、わたしも、あの状況になったら……」
サッちゃんを殺したかも……と、光恵は言おうとした。
でも、その言葉が、どうしても出せなかった。
「やりませんよ?」
「え?」
「どんな状況であれ、あなたが、永渕早苗さんを殺すなんて、あり得ません」
「……」
「あなたは、演技をするでしょうね」
「えん……ぎ?」
「はい、演技です。悪ぶって、早苗さんに悪態をついて、早苗さんを、喜んで殺そうとする、という演技です」
「……そんな……わたしには、わからないわ」
そう言いながらも、光恵は確信していた。
サッちゃんが,生き残るためならば、光恵は、マリアの言ったとおりの行動をとるだろう。
「そして、早苗さんが、あなたを殺すように,仕向けるでしょうね。そのための、演技です。まぁ、わたしには、バレバレですけどね」
「そうね……サッちゃんのためなら……そう、仕向けるでしょうね……」
「それです」
「それ?」
「はい、それが正解です。あの場で二人が生き残る、唯一の道です。つまり、あのとき、少年が、少女に殺されることを選べばよかったのです」
「そうすれば……助かったの?」
「はい、骨の二、三本で、許したでしょう。しかし……」
「ほ、骨は折るのね……。でも、あの子は……”僕が生き残るには”、と質問した……つまり、女の子のことは最初から……」
「そうです。その質問をした瞬間、二人の生存の道は、限りなく細くなりました。まぁ、その質問すらも、自らを悪役にするための演技だった、と言うのなら、わたしも脱帽ですけどね」
「そう……あの子達が助かる道はあったのね……」
つまり、あの少年と少女が生き残るには、死を覚悟する必要があったのだ。
光恵には簡単にできることだが、あの子達には……。
(無理……でしょうね……)
愛する人がいるのなら、誰でもできること。
しかし、あの子達は愛を知らないのだ。
人を愛する気持ちを知っていれば、そもそも、ホームレス狩りなどできなかったはずだ。
「そんなことより、もっと訊きたいことがあるんじゃないですか?」
少年達への哀れみをたしなめるように、少女が言った。
もっと、訊きたいこと――。
光恵には、たしかに訊きたいこと――訊かなければならないことがあった。




