初話 『別宮刃那子』
夜の公園を、一人の女が歩いていた。
深緑の綺麗にセットされた髪に、赤みがかった瞳。
肌の露出が多めの、体のラインがハッキリわかる、黒いスポーツウェア。
特に何の警戒もなしに、女は歩いている。
都内△×◆地区。
他県にも知られている、有名な危険地域だ。
その地区でも、特に危険と言われている場所――それが、この公園だ。
警官が見回りを躊躇するほどの、無法地帯である。
昼間ですら、誰も寄りつかない。
腕に自信のある悪党以外は……。
「はーい、ストップストップ!」
「キャッ!」
女の前に男が立ち塞がり、女が小さな声を上げた。
現れたのは、身長190センチを超す大男だ。
筋骨隆々な体は、体重100キロを下るまい。
「おいおい、なんだよこりゃ、神様のプレゼントか?」
もう一人、帽子をかぶった男が現れた。
身長は170センチほど。
半袖からのぞくタトゥーの入った腕は、引き締まった筋肉で覆われている。
周囲に薬品の臭いが漂う。
男達がハイになるために吸っていたのだろう。
「お姉さーん、こんな物騒な場所で、なにしてるの?」
大男が、ニヤニヤしながら言った。
「し、知らなかったんです! わ、わたし……ここが物騒だなんて……」
女が、少し後ずさりながら言った。その声は震えている。
「そりゃ、ついてないな。それに、なんだよ、その格好は? まるで、襲って下さいって言ってるようなもんだぜ?」
帽子の男が、女の体をなめるように見つめた。
「ち、違います! 少し、運動しようと思って……」
「運動だって? つまり、俺たちは誘われてんのか?」
「あぁ、間違いないな。これを断っちゃ、失礼だろ」
男達が、女ににじり寄る。
男達が近寄ると、薬品の臭いが濃くなった。
「や、止めてください……。乱暴……しないで……」
女はガクガクと震え、恐怖で足が固まっているのか、その場を動かない。
その姿が、男達の嗜虐心を、一層駆り立てた。
「大人しくしてりゃ、やさしくかわいがってやるよ」
大男が拳タコのできた手で、女の細い腕を掴んだ。
「え?」
声を上げたのは、大男だった。
大男は、本能で危険を察知したのだ。
それも、とびっきりヤバいやつだ。
「空手に、ボクシング……ね」
いつの間にか震えの止まった女が、顔を下に向け、低い声で言った。
帽子の男は見た。
女の潤ったなまめかしい唇――その両端が、裂けるほど上がるのを……。
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数十分後。
バタン。
女が車に乗り込んだ。
最高級のスポーツカーだ。
パーキングの明るい街灯は、車内も十分に照らしている。
女は、鏡で自分の顔を見た。
真っ白いキメの整った肌に、赤い点がいくつも付着している。
ウェットティッシュを使い、慣れた手つきで、それを拭き取った。
「今日の坊や達は、まぁまぁだったわね」
女が鏡を見つめながら、ニヤリと笑った。
「……ただ、この臭いは不快だわ」
女が上着に鼻を当てると、美しい顔を少しだけ歪めた。
小さくため息を吐き、車のスイッチを押すと、微かな音を立てエンジンが始動した。
ナビゲーションシステムが立ち上がり、少し機械的な音声が響く。
『ようこそ、別宮刃那子様。メニューをお選びください』




