3.サンドイッチと敬称略
その日俺はクラスメイトの布川さんに話しかけた。布川さんの性別は女だ! 今日は女に話しかけたぞ!
理由はなんのことはない。彼女が係で進路指導のプリントを集めていただけだ。
しかし巨乳でスタイルの良い布川さんに話しかけるのはそれだけで緊張する。
「ぬ、ぬのかわさん、これっ! プリント!」
「あ、さんきゅ」
会話は始まらず、終わった。
その様子を遠くから眺めていた柳田が寄って来てぽんと肩を叩いて俺に言う。
「周防はまず、女子にさん付けするのをやめなよ」
「え、そんなの、なんていうか、乱暴というか、キツいやつに思われないか? 馴れ馴れしくない?」
女子は優しくて、面白い人が好きだと言うじゃないか。物腰が乱暴で、声がでかくて下品な奴はモテないはずだ。
「例外は腐るほどあるけど基本はさん付けは駄目。ていうか周防のキャラだと絶対駄目。すごい自信なさそうな感じがする。あと女子の言う、優しくて面白い人が好き、とか間に受けんな。優しくて面白い人は、優しくて面白い人どまり。好きになってはもらえない」
「えぇ」
「実際女が嫌がるとされてる横暴で自信過剰で馴れ馴れしい奴がモテたりしてることも多いよ」
「そ、そうなの?」
俺の顔を見た柳田が牽制するような目で俺を見てぴしゃりと言い放つ。
「かと言ってお前が下品な下ネタ大声で言って馴れ馴れしくしてもモテないからな。人間には素養ってのがあるから」
なんとせちがらい。俺は何やってもモテないのかよ。どうしろっていうんだ。
「だいたい周防は遠慮し過ぎな癖にガツガツしてる感だけはあるんだよね」
ぐっと返事に詰まる。話し慣れないから緊張してるだけなんだが。キョドリながらガツガツって……キモい奴じゃないか。そんなこと言われたら恥ずかしくて女子と話せない。
「そういうの……モテないよ」
「あう」
またも言われて思わず妙な擬音を漏らしてしまう。俺はこいつに話しかけてから何度モテないと言われたのだろう。分かってはいても、あえて言葉にはされたくないものなのに。
「でも周防、意外と行動力あるよね。もう美容院行ってるし」
「うん。木崎とも話してみたよ!」
「すごいね。俺のいう通りにしたからって、モテるとも限らないのに……」
お前がそれを言うか。
でも柳田の教えてくれた美容院は悪くなかったし、木崎だって、お店に行ったら快く色々教えてくれるいい奴だった。ちょっと商売上手過ぎて色々買わされてしまった感があるが、購入したものはどれも気に入っている。今のところ悪いことは何も無い。
「まぁ、素直なのは良いことだよ」
どことなく馬鹿にされているような気がしなくもないが、今はこいつを頼る他ない。モテ界では結果だけがすべて。たとえ柳田が性格の悪いだけのフツメンに見えたとしても、彼は結果をたくさん持っているのだ。
俺は早く貞操の樹から落ちたい。
*
性別女に慣れる初歩的な練習と称して柳田の彼女と三人でお昼をとった。
日当たりの良い中庭の芝生は人気の場所だが、今日は比較的すいていた。
そんな中柳田の彼女が作ってくれた、もちろん俺に作ったわけではないが、その柳田用のサンドイッチを俺も一緒に食わせてもらっていた。
柳田の彼女は知る限りいつも今風で恋愛強者の風格がある。今の彼女の小暮さんも御多分に漏れずそんなタイプだった。
「周防、彼女欲しいんだって。こいつのこと好きそうな女子クラスにいる?」
柳田はどことなく聞きたいような聞きたくないようなことをストレートに聞いた。
「えー、周防はなんか弟感強いからなぁ」
笑いながら悪気なく言われてまた落ち込む。確かに俺は背も低いしやや童顔だし落ち着きもないが、同級生の女にまで弟扱いされるほどではないと思っていたのに。
「歳上の人とか、合うんじゃないかなぁ。学校外で探してみたら?」
すごい。すごい対象外のされ方。残酷にも程がある。だいたい普通に出会えてる数の多い同級生で無理ならそれより出会うきっかけもない歳上なんて絶望的じゃないか。そもそも学校外の歳上こそ、年齢より上に見える男子しか相手にしないような気もする。
「小暮さんは……」
「さん、付いてる」
柳田に注意を受けて、ちょっと馬鹿らしく感じるが言い直す。
「こ、小暮、は柳田のどこが好きなの?」
「えーナイショ」
笑ってかわされる。何か普通の会話すら相手にされてない感がある。これはあれだ。弟に恋愛話された時のノリ。子ども扱い!
「んー、モテる人参考にしてみたら? 真面目系だとー加納君とか」
皆安易に浮かべることは同じらしいが、それはもう最初に打ち砕かれた。ろくに当たってもないのに砕けたやつだよ。
「でもあの人ってせっかくモテるのに確かヤリマンで有名な子と付き合ってるよね」
俺もそこそこ情報通なのでそれは知っている。確か加納の彼女はもともとはシモの評判の良くない子だった。
しかし廊下で一緒にいるのを見かけた時、彼女の方があからさまにキラキラした目で見ていたのでその時はイケメンはヤリマンをも改心させるのかとえらく感心したものだった。
けれど小暮さんはそうは思わないらしい。
「騙されてるのかなー。だとするとヒサンー」
「はぁ」
「周防もそういう子を狙えば? すぐにやらしてくれるかもよ」
そういう子って、ヤリマンな子ってこと?
なかなかに無責任なことを言って笑っていた小暮さんがスマホを手に立ち上がった。
「ごめん、あたし友達に教科書返してくる。祐哉、あとでランチボックス返して」
「うん。美味しかった。ありがとう。また作ってよ」
「おっけー」
サンドイッチを残して小暮さんがひらひらと手を振って立ち去る。柳田が俺を向いてしみじみこぼす。
「周防のその、ガツガツした感じ、なんとかならないかなぁ」
「そ、そんななってる?」
「なってる。お前はそんなつもりないんだろうけど、女を女としてしか見てない感じというか……まぁ大なり小なりあるのかもしれないけどもう少し隠しなよ」
確かに、さっきは小暮さんの無駄に目立つ胸ばかりチラチラ見てしまったような気はする。それを悟られてるのではないかと彼女の目もろくに見れなかった。
「なんで柳田は女にガツガツしてる感がないの?」
「俺は姉がふたりいたせいか、女に緊張ってしたことないんだよね」
「ずりぃ」
「ほらよくゲイとかお姉を好きになっちゃう女の人がいるだろ。あれってきっとガツガツしてなくて、人によっては女心がわかってくれるからなんじゃないかと思うんだよね」
「それ本当によくいるの? オレは聞いたことないけど……ていうか、じゃあお前がモテるのって……」
「似たようなとこだと思うよ」
似たようなかどうかは知らないが、確かに柳田は穏やかで雄臭さは無いのに、妙な色気だけはあるような気がする。そこが秘訣なんだろうか。非常に真似しにくい。
「俺フツメンだし、これで鼻息荒くしてたらまずモテないもの」
しれっと言いながら柳田は残りのサンドイッチをずいと俺に押してきた。
「食わないの?」
「俺グチャグチャの卵苦手」
そう言い放つ柳田を見てたら、サンドイッチが捨てられたような気持ちになって、悲しくなった。