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俺がモテない10の理由  作者: 村田天
【柳田編】
12/14

4.祭囃子とスマホのひび割れ



 夏休みが始まってすぐの頃、隣の駅前をひとりでぶらついていると、お祭りの準備がされていた。


 まだ明るくて、街はどこか緩い雰囲気の中、夜から始まるお祭りの準備でざわめいていた。もうあと二時間もしたら日は落ちて、始まるのかもしれない。


 彼女を作らなくなってからそういったイベントの類いをチェックすることもすっかり無くなっていたけれど、以前は毎年いくつか行っていた。今は自分の好きなものだけをチェックして、好きなように出かけられる。


 することもないし、見ていこうかな。


 お店をいくつか見て回って時間をつぶすとだんだんと日が暮れてきた。


 前方を浴衣の女性が歩いていた。

 着慣れない格好のせいなのか、少し覚束ない足取りで。カコカコと小股で進む足音も頼りない。

 うなじのあたりをぼんやり眺めているとその女性が手元の小さな巾着袋からスマホを出した。


「あ、英梨? もう着くよ。え、……どこよそれ? …………たくましい鯉の銅像って……いやあたしわかんないよ、べつんとこにしてー」


 どこかへらへらしたその声には聞き覚えがあった。


 あれ、篠原じゃねえの。

 後ろ頭をじっと観察して確認する。

 うん。たぶん本人。


 だとするとなるべく顔は合わせたくない。

 あいつに関わるとろくなことがないのだ。


 しかし、ただでさえ下駄でヨタヨタとした歩みの篠原はスマホで電話まで始めたせいかえらくゆっくりとしたペースで、このままだと追いついてしまいそうだった。


「えー、それはないぞ。絶対ナイナイ」


 スマホ片手に篠原がけたけた笑い出した。

 会ってからいくらでも話せるのに、何故これから会う相手と電話で雑談をするんだ。


「でもさぁ、それってたぶん英梨が……っあ!」


 ズザッと音がしてかん、と下駄のぶつかるような高い音が大きく響いた。

 篠原が注意散漫に足元の縁石に下駄の頭をひっかけて、あっという間に転んだ。


 篠原の持っていたスマホが滑り落ちて勢いよく俺の足元にスライドして来た。

 よりにもよって俺の足にぶつかって止まったそれを拾いあげる。スマホからは「ちょっ、海香! 何いまの音!」とびっくりした声が聞こえている。


 持ち主の篠原はまだスマホどころじゃないらしく少し遠くで「い、いたた〜」と悲壮な叫びをあげて自分の足首をさすっていた。


 溜め息を吐いて拾いあげたスマホを見ると大きなヒビが入っている。あー、これはご愁傷様だ。


 ふと篠原を見ると、しゃがみこんだまま少し離れた場所を見て、固まっていた。


 その視線の方向をたどるとカップルがいた。


 ふたりとも大学生くらいで、女の方はやっぱり浴衣を着ていたけれど、男の腕にしっかりと危なげなく捕まっていた。篠原を見て、口元を抑えてちょっと笑っている。


 篠原は結構派手に転んだので、もちろん周囲には他にも見ている人間はいくらかいたのだけれど。


 篠原は足首を抑えた妙な姿勢のまま微動だにせず、じっとカップルの男の方を見ていた。


 あまりにその視線がきついので、男の隣にいる女も怪訝な表情をしはじめる。ちょっと異様な雰囲気だった。


 男がほんの少し逡巡をみせたあと少し遠くから「大丈夫?」と言うのが聞こえた。それは知り合いに言ってるようにも、見ず知らずの他人に声をかけてあげているようにも、見えた。


 固まっていた篠原の瞳が僅かに見開いた。

 それから唇をゆっくりと、ぎゅっと噛む。


 その辺までで、見てられなくなった。


「篠原」


「え?」


 近寄って腕を掴んで引っ張りあげて立たせる。


「大丈夫? 移動しよう」


「え、柳田?」


 どこかぼんやりしていた篠原がやっと俺に気付いて、びっくりしたように我を取り戻す。


「歩けないならおぶるけど」


「だ、大丈夫だよ」


「じゃあ捕まって」


「うん、あっ、いったぃ……」


 街路樹の下の木製のベンチに移動して座らせると篠原は、はーと溜め息を吐いた。


「いや焦った……びっくらだったー」


「これ、壊れてはないけど、ヒビ入ってるから修理出した方がいいよ」


「え、あ、ほんとだ」


 篠原のスマホを渡す。もうそれは通話は切れていて、ヒビの入った暗い画面だけになっていた。


 意外にも篠原は落ち着いていた。

 先程までの思いつめたような視線の影はもうなくて、スマホのヒビを困った顔で見つめている。


「柳田、ありがとね」


「え、ああ」


「柳田の顔見たらなんでか、あ、学校だーみたいな気持ちになりました……」


「なんだよそれ」


「なんというか、落ち着いた」


「そう」


 篠原はもう一度「ありがと」と小さく繰り返した。


「柳田何してたの? あ、もしや約束とかあるんじゃない?」


 その前の出来事になんて細かく触れないまま、会話は続く。


「俺は通りがかっただけだから……それより和泉に連絡しなくていいの?」


「え、あ! そうだ! 英梨! びっくりしたよね!」


 篠原は慌てた様子でヒビの入ったスマホを操作した。ほんの少し、指が震えているのを見なかったことにした。


 夕方の風が吹いて、路面に溜まった熱をわずかに逃がしていく。能天気な祭りの音は、黙っている俺と篠原の間に、どこか空々しく響いていた。


 しばらくして浴衣姿の和泉いずみ英梨えりが登場した。


「あっれ、柳田?」


「さっき派手にでんぐり返ったところに居合わせて……助けてもらいました」


 和泉は一瞬目をぱちくりさせたが、すぐに篠原を見て叫ぶ。


「そうだよ! びっくりしたよもう! 海香大丈夫〜?」


 よしよしと抱きしめながら再会を果たしたふたりを尻目に立ち上がる。


「あれ。柳田、予定ないならお祭り一緒にまわろうよ」


 和泉がなんの気なしに誘ってくる。


「行きたいけど、俺これから予備校寄らないと行けないから遠慮しとく」


「あー、じゃあしょうがないね」


「これから暗くなるから気をつけてね」


「うん、うん、気をつけさせる! サンキュー柳田大明神!」


 二人が手を振って、その場を退散する。


 今日は用事はなかったし、お祭りも見て行くつもりだったけれど、気分ではなくなってしまった。


 夏の夜の緩い風を感じながら帰路につく。

 何度か篠原のあの時のこわばった顔が頭に浮かんだ。


 少し外れたところに見知った顔がいた。

 加納と田澤だ。といってもクラスはちがうし話したことはない。意外な組み合わせに感じるがあの二人は仲が良いのだ。校内でも一緒にいるところをよく見る。


 道を歩く二人は背が高くて、揃っているとちょっと目を惹く。ぼんやりとそれを横目で見ながら、思う。


 もしも俺が、ああいう感じの奴らみたいだったなら。


 ちょっと目を惹くイケメンだったなら。

 さっきだって、彼氏のふりをしてそこに行ってあげられたかもしれない。




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