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俺がモテない10の理由  作者: 村田天
【柳田編】
10/14

2.教材と鍵とキス




「あぁーっと、篠原、ついでにここの教材化学室に移しといてくれるか。明日使うから」


 放課後に職員室で用事をすませると少し遠くからそんな声が聞こえた。


 なんの気なしにそちらを見ると教師と目が合って「ちょうどいい。ひとりじゃ重いだろうから柳田も手伝ってやってくれ」と言われる。


 俺と篠原は目を合わせることもなく無言で教材を持ち上げた。


 そのまま口も聞かずに扉を出た。


 化学室は別棟にある。つまり、割と遠い。

 この間の一件で気まずいであろう篠原に対して、ちょっといい気味だと思う。


「残念だったね。嫌いなやつと残されて」


「あ、もしかして根に持つタイプ?」


 篠原は俺の嫌味にも動ずることなく、へらへらしながら答える。さほど気まずそうにもしていなかった。前もちょっと思ったけれど掴み所の無い奴だ。


「そっちこそ残念だったねえ。もう帰るとこだったんじゃない?」


 手に持った教材を重そうに持ち直して言うので思わずいつもの癖で手を出した。


「それ、ちょうだい」


「は?」


「持つから」


 篠原の頼まれた教材はもともと女子ひとりでも頑張れば持てなくはない。持てなくはないが重い。ふたりだと楽。それくらいの重量のものだった。だから、男ならひとりでもさほどきつくないのだ。

 俺ひとりで持って行って、なんなら鍵を返すのだけやってもらえればその方が早い。


 しかし篠原は笑いながら首を横に振った。


「いいよう、大して重くないし」


「あ、そう」


 それだと一緒に行くことになるけど。


 化学室に着いて篠原の教材の上に乗せられていた鍵を取って、片手で鍵を開ける。


 扉が開くと篠原はさっさと入って、黒板の前の机に自分の分の教材を置いた。それから取って返して、俺の腕から教材を奪い取って、それも綺麗に隣に並べて小さく「おし」と呟いた。


 教材は置いた。あとは職員室に鍵を返しに行けば終了だ。


「あれ」


 鍵を閉めようとガチャガチャやっていた篠原が妙な声をあげる。


「これ、閉まらないよお?」


 建て付けが悪くなっている鍵は開け締めにちょっとしたコツがいる。とは言っても適当に探っていれば簡単に見つかる程度のものだ。


「ちょっと下に押し込んでから捻ってみなよ」


「えー、わかった」


 言いながら尚も回す。

 ガチャガチャガチャ。

 とてもかけられるとは思えない。


 後ろから鍵を取ろうとすると、身体が密着するのを感じたのか、篠原がぱっと飛び退いた。


「柳田ってそうやって、すぐ女子にくっつくよね」


「心外……」


 逆だ。男とは出来るだけ密着しないように生きているだけだ。わざわざ女にくっつこうとか、親父みたいなことは思ったことはない。


 それにしても篠原はいちいちかんにさわることを言う。鍵を奪い取って素早く施錠して軽く放り投げて返した。


「あんがと。キミもう帰ってもいいよお」


「お疲れ。そうさせてもらう」


 とは言っても帰り道はしばらく一緒だ。


 篠原は廊下を歩きながら鍵を空中に放り投げてキャッチして遊んでいる。普通にしてれば色気がなくもないのに、どこかガサツでひょうひょうとした女だ。調子が狂う。


「ほい」「ほい」と小さな声をあげて遊んでいた篠原が自分より背後に落下した鍵を取ろうとバランスを崩してよろけた。


「わぁっ」


 背後にいた俺に向かって倒れてくる。

 そのまま後ろに倒れればいいものを何故だか途中で身体を捻るものだからとっさに腕を伸ばして支えるはめになった。


 むにゅ。


 抱きとめた細い身体に不似合いな感触が手のひらにひろがった。


「きゃあっ」


 なんだこれ。

 あぁ、胸か。


 思ったと同時に飛んできた平手でばちんと勢いよく叩かれる。


「ってぇ!」


 なにこいつ。

 そりゃ、胸に触れたのは悪かったけれど。

 普通殴るか?


「あ、ゴメン……」


 篠原は自分の咄嗟の行動に驚いたように謝って身を縮めた。けれど、謝りながらも怒った顔でこちらを見ている。元はと言えばそっちが悪いのに。


「今のまさか……わざとじゃないよね?」


 ほんと嫌な女。俺をどういう奴だと思ってるんだよ。溜息が出る。


「事故だし。童貞じゃあるまいし、こんな程度のことでいちいちどうも思わないから……いっ」


 勢い良く追加の平手が来て、廊下にばちんと音が響いた。篠原を見ると顔を真っ赤にしてぶるぶる震えている。


「あ、あんたは童貞じゃないかもしれないけど! あたしは処女なんだよ!」


 これには腹が立った。


「あんたが処女とか、本当どうでもいいし! その前にそれ人に謝る態度? こっちはぶつかられて助けてやったのに叩かれてんだけど」


「でも……だって……!」


 なおも反抗的な顔をしてこちらを睨みつけている篠原に腹が立って、同時に嗜虐心がわいてくる。嫌がらせに頭を引き寄せてキスをした。


「んぐッ」


 強引に唇をふさぐと呻きが漏れた。

 正直、また殴られるだろうなと思ったけれど、それ以上に腹に溜まった怒りはいくらかすいた。


「あはは、ごめんね。今度はわざと」


 笑いながら言って少し離れて観察していたけれど、しばらく彼女は俯いて石像のように固まって、ぴくりとも動かなかった。


 なんだ。

 また予想がつかない反応をされた。


 やがて下を向いた彼女の口から「ぅう〜」と言うか細い悲鳴が漏れて来た。


「ひどいぃ……」


 篠原はぼたぼたと泣いていた。


「ふぁーすとぎすだっだのにぃい……」


 その形相に思わず後ずさりした。

 篠原は大きく息をすうっと吸って、大声で泣き出した。


「うわぁああぁん! ひどいよぉおー!」


 予想外の音量にたじろぐ。


「ぅぁああぁああ! うわぁああああん!」


 篠原は子どものように大声で泣きながら歩いてどこかへ行ってしまったので、俺は近くに落ちていた鍵を拾って、職員室に届けるはめになった。


 今日絶対厄日。





 今度こそ帰ろうと廊下を歩いているとまだ残っていたらしい周防と小野田のお子様カップルが俺の少し腫れた頬を見てなんだなんだと騒ぎ立てる。


 そしてことの顛末を聞いて揃って俺を糾弾した。


「柳田ひどい」

「ひどいね……」

「にんげんとはおもえない」


 酷いのはどう考えてもあの女の方だ。

 俺は少なくとも最初の時点では被害者だ。

 まぁ、多少の反撃はさせてもらったけれど。


「ファーストキスなんて、どうせこれから人生で1000回くらいするうちの一回でしかないでしょ」


 そう言うとふたりに揃って冷たい目で見られる。


「ファーストキス、そんなに大事?」


 小野田の方を見て聞くとこくりと頷いたので俺も大きく頷いて、そのまま彼女の首根っこを捕まえてよいしょと周防の方に押し付けた。


 ぶちゅ、そんな感じにくっついた。


「や、柳田! てめえ!なんてことしやがる!」


 我に帰った周防がむちゃくちゃ怒って詰め寄って来る。面白い。


「ああ、あやちゃん! ごめん! やーなーぎーだー!」


「あ、健介くん、だ、大丈夫」


「でも!」


「その、確かにあの、その……だけど……! けんすけくんだし……いいの!」


 こいつらこれでまだ付き合ってないんだっけ。阿呆らしい。今度こそ帰ろう。


「あ、柳田くん!」


「なに」


「篠原さんに謝りに行った方がいいんじゃないかな……」


 そう言われて帰り道に教室を覗く。


 篠原が自分の席にまた石像のように固まりながら座っているのが見えたので中に入る。


 ほんの少し近付いてみたけれど目を赤くして、むすっとしていて、こちらを見ようともしない。口も聞きたくない様子だった。


 だから結局話しかけることはなかったし、そのまま日々は過ぎた。





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