第5話 買い物道中
七色に輝くシャンデリアを眺め、緩やかに動く螺旋状のエスカレーターに乗り、着いた先は2階。
洗練されたクラシック建築が見目美しいそのフロアは、小さな子供を連れた家族や学生などで賑わっていた。
「えーっと…まずはお土産探しでもする?」
「うむ。今日は皆へのお土産を買ったら終わりかね。お店を巡るのは次にしよう」
ずらりと立ち並ぶ玩具屋の中で、初めに目に入ったのは、魔導細工の店。
職人が作った玩具に、魔法使いが魔法をかけることで動く、いわゆる、からくりのようなものである。
ショーウィンドウに飾られているのは、編み目が万華鏡のように動くドリームキャッチャーに、現在の地球の位置関係に対応し、惑星がくるくると動く天球儀。
店内に入り、客を迎えるのは壁一面に並ぶ、美しい細工の大小様々な木製の機関車。
子供がその一つを前に駄々をこねている姿を横目に、奥へと進む。
次に現れたのは、ぬいぐるみや人形。
可愛らしさに加え、本物さながらのリアルさも追求し、その動きを忠実に再現した鳥のぬいぐるみが頭上を飛ぶ。デフォルメされた短い四肢を愛らしく動かし、床の上を走るファンシーな犬のぬいぐるみもあった。
隣のコーナーを見れば、人形とその持ち主が、共に買う服を選んでいる。
見ているだけでも楽しめるが、本来の目的はロレーヌ村の子供達へのお土産探しである。
何か無難なものはないかと探していた2人は、ボードゲームにジグゾーパズル、知恵の輪が並んだコーナーで足を止める。
「知恵の輪良くない?みんなに買おうよ!」
「うむ。難易度が10段階あるが、どれが良いかね?」
「えーと、んー…試しにやってみる?」
「まずは、レベル1から試すかね」
「あ、そうだ!競争しない?あそこに並んでる10種類やって一番早く終わったほうが、今日のお風呂、最初に入れるってのはどう?」
「ふむ!受けて立とう!」
丁度よく、10種の知恵の輪には2つずつ、試しにできるものが置いてあった。
台にずらりと並んだ知恵の輪は、魔導細工よろしく自動でその組み合わせを変える。難易度が高いものほど絶え間なく動き、台から落ちないよう鎖で繋がれていた。
ここは他のコーナーより人気は無いようであり、人がいなくなるのを待つのに時間はそれほどかからなかった。
そして台を挟み、対峙する2人。
瓜二つの不敵な笑みを浮かべ、向かい合う。
「合図は、あの時計が鳴ったらね」
アーティが指し示すのは、人一人ほどの大きさの鳩時計。木の文字盤に蔦が絡み合ったシンプルなデザインだが、重厚な趣き。
2人は知らないが、この店の名物であり、魔導細工の技術の粋を集めたこの時計は、街のガイドブックにも載っている代物である。
現在時刻、4時59分27秒…
時計を一目見ようと、そこには人だかりが出来ていた。
「うむ。お馬鹿キャラが売りのアーティに負けるわけにはいかんなぁ」
「その発言、死亡フラグ臭がやばいんだけど」
4時59分39秒…
「自分で言っといてなんだが、今のはそう思わざるを得ない発言だったな…」
「でしょ〜」
4時59分50秒…
「あと10秒だぞ、チミ」
「あー、そろそろ集中しよ。シャラップ、シャラップ」
アーティの言葉を最後に、2人は知恵の輪に意識を移す。ずらりと並んだ知恵の輪を一瞥すると…
パカッ パタパタパタパタ
カチャカチャカチャカチャカチャカチャ
グルッポ!グルッポ!
カチャン! …カチャン!
「よっしゃ上がりー!」
「くそっ…無念…」
本物と見紛う何羽もの鳩が、蔦の彫刻の間から一斉に飛び出し、客の頭上でけたたましい鳴き声を上げた瞬間、勝負は決まった。
ほんの僅かな差だが、今回の勝者はアーティである。
アニスの敗因。それは革の手袋をはめていたことによって生まれた、少しの感覚の狂いであった。
そのことに気付くと、アニスは歯ぎしりする。
だが、負けは負け。そう割り切ったアニスはいつもの表情に戻った。
心の底では、どうだか知らないが…。
「あれ?けど、肝心のお土産は…?」
「………」
「………」
神妙な顔つきで、顔を見合わせる2人。
そして、見事に解体された知恵の輪の前で立ち尽くす店員を見つけると、
「すまん、ここの知恵の輪10種類3個ずつ」
「あと、あそこの28Lサイズのジグゾーを5セット。ブレイン・ド・チェスと大将棋はヴィッカー社と高天原堂のやつ2セットずつお願いします」
やはり、買い物は即決が一番である。
◆◆◆
アニスが買ったジグゾーは、横5m、縦2mの特大サイズ。完成すると、絵が魔法で動くという品である。
最後のピースは入っていないが。
最後のピース、それは購入者の想像力である。
想像を映し出すため、買ったばかりのパズルのピースは全て白であり、並の脳みその持ち主ならものの数分で完成を諦めるであろう。
しかし、魔女は別である。
さて、アーティが買ったブレイン・ド・チェスはその名の通り、ブレイン、すなわち頭で考えたことが盤上の駒に反映されるボードゲームである。
チェスのルールに従うのが一般的だが、こちらもまた、遊ぶ者の想像力が勝負の決め手である。
例えば、相手にキングを取られた場合、普通ならそこで終了。だが、もし取られた側が想像を働かせ、生き残ったナイトをキングに昇進させれば、新たなキングが誕生し、ゲームの続行が可能である。
そして、大将棋のルールも同じく、飛車が金に、はたまた歩が王将に下剋上することも出来る。
そして、逆もまた然りなのが、このゲームの面白さである。
姿を変える際の華やかなトランスフォームは作るメーカーによって多種多様であり、その魅力に取り憑かれたコレクターが世界に何万人と存在するという。
店員に不審げな目で見られながら、次々と運ばれてくる商品がうず高く会計台に積み上がる。
妻と子供に置いていかれ、頼まれたおもちゃの会計をしようと後ろに並んだ父親が顔をしかめる。
どんな嫌味な金持ちが会計しているのかと覗き込み、目に入った絶世の美少女の姿に脊髄反射で首を引っ込ませた彼は、世界の不条理を呪うのであった。
商品が商品なだけに、か弱い乙女2人では運びきれないほどの量ではあるが、店員の手を借りるまでもなく魔法を駆使し、数分ほどで運び終える。
魔法とは、実に便利である。
「お会計は、全部で580,000マルクとなります」
知恵の輪30個で30,000マルク、ジグゾーパズルが5セットで350,000マルク、ブレイン・ド・チェスと大将棋がそれぞれ合わせて200,000マルクの合計580,000マルクとなった。
そして、アーティががま口の財布をクラッチバッグから取り出し、代金を支払おうとする。
しかし、バームクーヘンに宿代と出費がそれなりに重なっており、財布の中には780マルクしか残っていなかった。
「あちゃー…アニス、あんたお金持ってる?」
「安心したまえ。お金は無いが、金目のものはあるぞ」
ゴトッ ゴトッ ゴトッ
鈍い音と共に台に置かれたのは、ギンギラギンに輝く金の延棒×3。
唐突な金塊の出現もそうだが、重量がかなりある金の延棒が、可愛らしい小さなポシェットに入っていること自体が不気味である。
彼女達の後ろに並ぶ憐れな父親は、悟った。
神は自らの創造物に等しく微笑まないと。
「ちょっとアニス!迂闊に金目のものを見せびらかさないの!危ないでしょ!」
「すみません…お支払いは可能な限り現金にして頂けると…」
「しかし、これ以外に何で払えばいいと言うのだね、チミ?」
金の延棒を渋々といった様子で仕舞うアニス。
漫画のような富裕っぷりに引き笑いを隠せない店員は、彼女達ほどの金持ちなら必ず持っている物の存在を、ふと思い出す。
「カードでのお支払いも可能ですが」
「カード…?あっ!すみません、これって使えますか?」
アーティはクラッチバッグから、何時ぞやパルテノン山の頂上でリヴァイアサンから貰った、株式会社ホーエンツォレルン株主優待券のカードを取り出す。
店員は差し出されたカードを受け取り、そのオパールの如き光を放つ表面が視界に入ると…落とした。
慌てて拾うと、本物かどうか分からない、そのカードに再び目を向ける。
株式会社ホーエンツォレルン株主優待券。
それを持つ者は、数多いる金持ちの中でもごく僅かである。そして、極めて珍しいそのカードにも、ランク付けというものが存在する。
低いものから、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、そしてオパール。
オパールランクのカードを持つ者は全体の1パーセントにも満たないという。
事実、アニスとアーティの前で見るからに動揺しているこの店員も、噂で聞いたことはあるものの、今まで現物を目に入れたことはなかった。
唐突に現れたレジェンド級のカードに、挙動が不審になるのも無理がない。
そして一方、そんなことも露知らない2人は、こいつ新人のアルバイトかよ…という訝しげな目を向けていたのだが…
「あの…これ使えるんですか?」
カードを凝視し続ける店員に若干引きながらも、アーティは再び質問を繰り返す。
「あっ、すみません!」
慌ててカードをレジに備え付けてあるセンサーにかざす。
このセンサーもまた魔導具の一種であり、カード内蔵のチップに組み込まれた情報を読み取るという機能を搭載していた。
ピッ
軽い音と共に、料金表示が変化する。
どうやらこの株主優待券を使うことで、割引サービスを受けられるらしい。
そして割引後の価格は…
「580マルク!!??」
横からの唐突な叫び声に、2人と店員は思わずそちらに目を向けると、恐縮した様子の男性が恥ずかしげに口を抑えていた。
「すっ、すいません…」
微妙な空気を振り払うかのように、3人は再び580マルクに意識を戻す。
「えーと、てことは、99.9パーセントオフ…?」
「とんでもないな、チミ」
「オパールランク…まさかこれ程とは…」
強者の如き風格を備えた店員の発言。それを聞いた2人は、ランクの存在に首を傾げる。
リヴァイアサンからまともな説明を受けていなかった2人は、そのカードについてよく知らなかったのである。
そのことに驚きつつ、金持ちは大雑把だな…と思いながら、店員は丁寧に説明する。
「ほえー、そうだったんだ!」
「ということは、このデパートはホーエンツォレルンの傘下だからな。デパートにある全ての店で、このサービスを受けるのは可能なのかね、チミ?」
「はい。そういうことになります」
アーティが差し出した580マルクを受け取る店員。
そして一方、にんまりと笑みを浮かべた2人の爆買いスイッチは、既にオンに向けられていた。
最近足元が寒いです…