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第1話 魔女姉妹、成人しました。旅に出ます。

イウロペ大陸には、ある1つの伝説が存在する。


かつて、空の民と呼ばれる者達がこの地に降り立ち、破壊、残虐の限りを尽くした。ジェノサイド、文明の破壊。侵略行為ではなく、純粋に破壊行為しか行わない彼等は、大陸中を恐怖に陥れた。そして数年後、ある日突然彼等は姿を消した。

しかし、彼等のもたらした闇はこの地を蝕み、以後数千年に渡る暗黒の時代をもたらしたのである。


そして数千年の時が経ち、暗黒の時代は終わりを迎えた。人間たちは、大陸の中央に位置するエンパイアス山脈のパルテノン山に、1つの神殿を建てた。空の民が、もうこの地を穢さぬよう、願いを込め。

神の在わす山、エンパイアス山脈の最頂部、パルテノン山。未だかつて確かに存在が確認されたことのない、だが、語り継がれてきた神山。そこに今でもあると言われる神殿こそ、大陸安堵の要。それが大陸を見下ろし、この空に睨みを利かせている間は、この束の間の平和な時代、パクス・イウロペアは続くという。


さて、空の民がこの地に残したのは暗黒の爪痕だけではない。その副産物と言える者。彼等と交わった人間の子孫。彼等と同じように、闇に紛れ、魔を操り、人間を惑わす存在。

それが、魔女である。

空の民の落胤の子孫として忌み嫌われてきた彼女たちは、相次ぐ迫害により、およそ数百年前、歴史の表舞台からその姿を消した。

だが、今でも魔女は存在する。人間たちに己の存在を悟られぬよう、この世界の裏側で息を潜めながら。再び空から、彼女達の始祖が、降りて来るその日まで。


◆◆◆


イウロペ大陸に生まれた子供は大概、寝る前の御伽話として、この伝説…暗黒の時代の物語…を聞かされる。地域によって多少差異はあるものの、空の民、神殿、魔女の3つはこの物語の必須要素である。

さてここで、この物語のいくつかの間違いを指摘しよう。

1つ目。神の在わす山、パルテノン山には数百年前に村が作られた。

すなわち、「未だかつて誰も足を踏み入れたことのない、だが存在だけは語り継がれてきた神山」は誤りである。

2つ目。大らかでのんびり屋な気質の魔女達は、自分たちのご先祖様に頓着などしていない。

そして、パルテノン山に形成された村の名は、パラディソα=ローレヌ。世界にいくつかの存在する、純粋なる魔女の住む村の1つである。

では、何故その存在は今まで白日の下に晒されなかったのだろうか。


数百年前、迫害を受けた魔女の1人、白の賢者ジャクリーヌは、エンパイアス山こそ移住先として最も相応しいと考えた。人間が決して足を踏み入れない聖地。そして高山故、その地は雲に隠されている。

彼女は時空間魔術を駆使し、エンパイアス山の神殿内に、自身が創り出した異空間へと繋がるポータルを設置した。

そのポータルの先に存在する異空間こそ、パラディソα=ローレヌである。1つの村落とはいえ侮ることなかれ。そこは、ジャクリーヌの魔術で創られた、1つの世界として完結した空間である。現在、この村では48人の魔女がまったりスローライフを堪能している。

そして今日、15歳の成人の年を迎えたある魔女姉妹が、この地を発とうとしていた…。


◆◆◆


「グズングスン…2人とも…ズビッ…こんなに立派になって…15年前までは右も左も上も下も分かんない赤子だったのに…ズズズッ」


「あーはいはい。恒例のシスター泣きはいいからさ。日はもうてっぺんに昇ったし、あたしらは行くからね」


「そんな鼻水顔じゃ、せっかくの美人が台無しだぞ、チミ。気が向けば、また会える日も来るだろう」


グレゴリウス歴3月19日。パラディソα=ローレヌ、通称ロレーヌ村。太陽…と呼ばれるものが頭上を照らし、何処から吹くとも知れぬ涼風が頬を撫でる。

この村は、大きな円形の湖、ミラグラス湖を中心に村落が形成されている。しかし今、その村は閑散としていた。午後の最も暖かな時間の今、薬草としても用いられる美しい彩色の花が風に吹かれ、首を傾げるかのように微かに揺れている。

一方、村の入り口、スタンダール石柱門は人で賑わっていた。それこそまさに、村の皆が集まったかのように。

そう、今日は2人の魔女の旅立ちの日。村の皆総出での見送りである。


成人を迎えた魔女の名は、アーティチョーク・シュノンソーと、スターアニス・シュノンソー。双子の姉妹である。

アーティチョーク・シュノンソー、通称アーティ。腰までの銀髪が風に膨らみ、太陽の光を受け、七色に煌めく。アメジストのように深い紫色の瞳は、今は生意気な笑みで細められている。

そして彼女と瓜二つの片割れ、スターアニス・シュノンソー、通称アニス。夜の闇のように漆黒の髪が、腰の辺りでゆらゆらと揺れる。アーティと同じく、その瞳は紫色。眠たげなぼんやりとした瞳は、それでも太陽の光で鮮やかな光彩を放っている。


「グスッ…そんなこと言って〜…今までそういう風に言い残して、戻ってきた男なんていなかったんだから〜!…グスン」


「ほらシスター、こんな晴れた日に泣き顔なんて、御先祖様に叱られるよ!今日は折角、アニスとアーティの旅立ちの日なんだからさ、笑顔で見送ってやんなよ!あんたらもさ、シスターに気を遣わなくっていいから。早く行きなって」


そして、2人の前で豪快に泣いている女性は、テグス・ド・システィーナ。瑠璃色の艶やかなブルネットが特徴的な、この村の長老(とはいえ、この村の成熟した魔女が皆そうであるよう、見た目は妙齢の女性だが)である。銀細工の装飾が為された白地のローブを羽織り、群青色のベロア素材のロングドレスがその身を纏う。

皆からは、お姉ちゃん、即ちシスターと呼ばれている。まあ、人間の感覚では、この村で最年長の彼女はお姉ちゃんと呼べる許容を易々と超えているのだが。

2人を引き止め続け、はや午後の2時。村の皆がそわそわしてきたところで、姐御肌のパン屋の姉さん、ブーラン・ジュリーが2人の出立を促す。


「ングッ…分かった…」


ホッ…皆が胸を撫で下ろした。


「けど、最後にハグさせて…」


はぁ〜…皆は一斉に頭を抱えた。ハグ魔シスターのお決まりパターンである。


「はいはい」


「年齢不詳のくせにしょうがない甘えん坊だなあ、シスターは」


2人が顔を見合わせ、肩をすくめるやいなや、かまされるシスターのベアハグ。スカイフィッシュ顔負けの早業である。


ぎゅううううーーーー!


瑠璃色の豊かなブルネットがベールのように2人を覆う。首に回された両腕は万力の如し。シスターのたわわな胸部が正常な呼吸を妨げる。しかし、死なない程度に力は抑えてあったおかげで、墓地の増設は免れた。


「「ギブギブギブギブギブ!」」


「あわわわわ、生きてる??ねえ、生きてる???」


「生存確認〜…アーティ生きてまーす」


「アニス…横に同じく…」


「よかったぁーーーー!」


むぎゅううううーーーー!


「「あべしっ!!!」」


「シスター!断末魔、断末魔!!!」


「わあぁあ、めんごめんご〜!」


ジュリーが、ベリッと勢いよく、シスターを2人から引き剥がす。なんとか、最悪の事態は免れた。


「ええと、ええと、まあ、気を取り直して。みんな、2人に何か言いたいことある?」


号泣から一転、ケロリとした様子でシスターは周りを見渡す。彼女の不安定な情緒など、もう皆慣れっこだ。

そしてシスターの発言をうけ、何人かの魔女達が前へと進み出る。


「そうねぇ。外界に出たら、まず男には気をつけるべきね」


「そうそう。甘い言葉で惑わして、絞れるだけ金を搾り取ったらポイ!だなんて輩、いっぱいいるんだから!2人とも可愛いんだから、気を付けなさいよ!」


「あと、少しでも違和感を感じるような相手には近付かないこと!詐欺とか、連れ去りとか、そういう危険があるから!」


「気が付いたら娼婦として働かされた、なんて駄目よ!」


そして、声を合わせ、


「「「「男には気を付けなさい!」」」」


身に覚えがあるにだろう。縮こまっている者がかなりいる。そして、15歳未満の、まだ成人していない無垢な少女たちが「男に気を付けるってどーゆーこと?」と母親に聞くたび、頭をぺちっ、と叩かれていた。


「ま、そういうことで。あっ、あと、連絡は定期的に頂戴ね。みんな心配しちゃって、仕事が手につかなくなっちゃうから」


周りの皆が一斉に首を縦に振る。

大らかでのんびり屋な気質の魔女たちは、寂しがり屋な性質も兼ね備えている。そして、繋がりを最も大事にしているのだ。村で皆と助け合って生活してる故、1つの集団としての意識が強いのであろう。


「はいはーい」


「あいわかった」


間の抜けた返事と共に2人は右手をヒラヒラと振る。


「では、もう行くぞ。3時までにはクリームヒルトに着きたいからな」


彼女たちの住む山、パルテノン山はイウロペ大陸の中央部に位置する。

そしてパルテノン山から東北に進むと、そこにはザクセン帝国、イウロペ大陸でも有数の大国が存在する。帝都…ではないが、準帝都とでも言うべきだろうか。そこにある、まあまあ大きな都市こそ、クリームヒルトである。


「もう、ほんとに行くからね!行くから!みんな、元気でね!」


後髪を引っ張りまくる彼女たちから逃げるかのように、アーティはまくし立てる。そして、アニスの手を引っ張り、スタンダール石柱門を勢いよく、くぐろ…


「「「ままま、ちょまっ!ちょっと待って!」」」


「ちょっと、なーにもう!あたしらは行くの!行くったらいくのーーー!!!」


アーティが年甲斐もなく、地団駄を踏む。銀髪を振り乱し、腕を振り回すと、アニスにビシビシ当たった。アニスの眉間に、ぐぐぐっとシワが寄る。

その姿を気にせず、皆は一斉に声を揃え、


「「「お土産、待ってるからね〜!」」」


「あーもう、この現金な平和ボケ魔女ども!分かってる、分かってるっての!ほらアニス、早く行くよ!」


「うむ。では、皆達者でな」


皆の声を受け、今度こそ、スタンダール石柱門をくぐる。

互いに手を繋ぎ、繋いでいない方の手でトランクを持った2人は、門をくぐり…そして、門の向こうに広がる草原へ出ると、砂塵のように…消えた。


◆◆◆


「行っちゃったね〜…あの子ら」


「うん…大丈夫かなぁ…ねえ、どう思う、ジュリーは。2人とも、あんなに可愛くて、純粋無垢で、世の中の悪い事なんて知らなくて、そして…」


「うーん、どうだろうね。分かんないわ、あたしには。けど、大丈夫じゃない?シスターだって最後にはちゃんと、こーして村に帰ってきたんだからさ」


「うーん…私が心配なのはさ…」


「あの子達、外界ではっちゃけ過ぎたりしないかな〜、とでも言うんでしょ。シスターは」


「ご名答。ジュリーは何でも分かるんだね」


「まあ、余計な心配しなさんなって」


「うん…けど、ほんとに大丈夫かなぁ…」


◆◆◆


「「ぶえっっっぷし!!!」」


スタンダール石柱門の先は、もちろん、草原などではない。白の賢者、ジャクリーヌのポータルである門をくぐり、着いた先はパルテノン山の神殿。

見上げるほどの大理石の柱が幾つも続く。その苔むした柱の経年具合から、かなりの月日が経過していることが窺える。神殿の中は薄暗く、アニスの右手のランタンが唯一の光源であった。


「あーもう、こんな埃臭いとこ早く出よ。にしても、伝説の神殿っつったって、人の手が入らなきゃただのダンジョンだわ」


「うむ…む?アーティ、あそこが出口ではないかね?」


ランタンで指し示した先には、柱と同じく大理石で出来た巨大な扉が鎮座していた。

扉の表面には、難解な幾何学模様のような彫刻が施され、埃と苔に覆われていてもその重厚な風格を隠すことは出来なかった。

アーティはパタパタと扉に駆け寄り、トランクを下ろすと、ふぎぎぎぎぎっ!と言いながら、扉を押す。その様子を滑稽な余興でも見るかのように、アニスは見物していた。


「アーティ、もっと腰を入れないと駄目だぞ〜。ほら、ジュリーに小麦袋を運ばされた時のことを思い出すといい」


「んぎぎぎぎぎぎっ!そんな悠長に見物してないで、アニスも手伝ってよっ!これを開ければ、やっと外に出れるんだからさっ!」


そんなアーティの様子を尻目に、アニスはつかつかと反対側の扉に歩み寄り、片手でノブを引っ張ると、


パカッ


「床に、何かが擦れた痕がある。普通の思考回路をお持ちなら、引く方を選ぶのは当たり前ではないかね、チミ?」


顔面に広がる絶望。今のアーティの顔を形容するならこれであろう。アニスはやれやれと首を振り、そんな哀れな片割れの姿を一瞥すると、さっさと外に出てしまった。


「置いてくぞ〜、アーティ」


「まっ、待ってよアニス!てか、一杯食わされたし!今度マジで逆襲するから!覚悟しとき!」


「アーティ、きゃんきゃん吠えるのはやめたまえよ。それより、この景色を見て何か感じないのかね?」


アーティが足元に横たわるトランクを拾い、アニスを追いかけると、その先には…


「うっわ、めっちゃ曇り!なんも見えないマジくそ!」


扉の向こうに広がる外界。初めてその目に収めた景色は、雲に覆われた灰色一色の世界であった。アーティの悲痛な叫びが、雲の中に虚しく消える。


「まあ、伝説通りならそうだろう。白の賢者、ジャクリーヌは、この山が常に雲に覆われているからこそ、移住先として相応しいと考えたのだからな」


アニスの言うことは最もである。彼女達、魔女が迫害されていたのは事実なのだから。この山が人間から逃れるための隠れ里として機能しなければ、意味が無いのである。


「けどさ〜、初めての外界がこれだよ!もーなんの感動も感じられないじゃん!」


「いや、待ちたまえよ。チミは感じないのかね?この陰鬱な雲の外に広がる雄大な景色、自然の鼓動が…」


「ない」


「奇遇だな。私も同じだ」


大袈裟に広げた両手を脇に収めると、アニスはコクリと頷いた。


「さて、こんな所で他愛もない話にうつつを抜かしていてもしょうがない。早く行くぞ、アーティ」


「待ってアニス」


「なんだね、チミ?」


いつになく神妙な表情でアニスを見つめるアーティ。高山故、強風が吹くこの場所で、アーティの銀髪が眼前に広がる雲の一部の如くたなびく。紫色の瞳をぐっと引き絞ると、


「続きは、第2話にて!」


…暫しの凪。

どこに向けたとも知れぬアーティの視線が奇妙な迫を持ち、虚空を睨む。


「第四の壁を破るのはやめたまえよ、チミ…」


◆◆◆


《おまけ・魔女のチェストルーム》


アーティチョーク・シュノンソー(15)


・頭

アールヌーボー風バレッタ・鈴蘭

(アンブラ社製)

・身体

軍服風ピーコートワンピース・オフホワイト

(シュタイン社製)

・脚

ハイヒール革靴・モデル:ワーテルロー1815

(ドクトル・マティンソン社製)

ケーブル編みソックス

(ブルガール・ド・フランク社製)

・その他

ケルピー革製トランク・カカオリカー

(グリフィス・ラント社製)



スターアニス・シュノンソー(15)


・頭

ベーシックベレー〔ブラック〕〜オフホワイトリボンを添えて〜

(リリアン・イーストウッド社製)

・身体

フォーアームパフスリーブ・ストライプワンピース

(インノケンティウス・ワーズ社製)

ワイバーン革手袋・ダークシアン

(エメローラ社製)

・脚

ハイヒールショートブーツ・モデル:ライプツィヒ1813

(ドクトル・マティンソン社製)

スタンダード・黒タイツ

(ブルガール・ド・フランク社製)

・その他

ウェアウルフ革製トランク・クーベルチュール

(グリフィス・ラント社製)



テグス・ド・システィーナ(???)


・身体

ローブ・オールドファッションインクホワイト

(製造元不明)

イウロペアン・ベロアドレス

(グリニッチホップ社製)

レイヤードシルバーリング・オリハルコン鋼金

(モノクローム社製)

・脚

ピンヒール:セイレーン・ダンサー

(セルギー・ロッジ社製)

こんにちは、福尾です。あらすじに全てを置いてきました。どうか一読お願い致します。

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