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魔法の砂糖菓子

僕は飛行機の中で、たった今別れた母が周りの目も気にせずに泣いていたのを思い出していた。

あれは僕が中学二年生の夏休みの事。僕は

両親の元を離れ、一人北陸にある学校に編入すべく飛行機に乗っていた。

 「ひきこもり。不登校。」

 病名はどっちでも良かった。なぜならば僕は二年もの間、家からは一歩も外にでる事もなく、当然、学校にも全く通っていなかったのだから。

 一人っ子だった僕は、それはそれは大切に育てられた。そんな目に入れても痛くない子が、ある日突然、学校に行かなくなった。

心配した両親は、ありとあらゆる所に僕を連れて相談に行った。そして、ある精神科医の先生を通じて、北陸にのある学校の事を知った。二年間も家に引きこもっていた僕を、たった一人で寮に入れる事を母は最後まで反対したが、父の強い意志によって僕の北陸行きは決定した。


 北陸での生活になんとか慣れ始めた頃、僕は不思議な体験をした。

 いつも行く本屋へむかう途中、角をまがると、そこにちょこんとおばあさんが立っていた。

 「昨日、巣から落ちた雛を親鳥の所さ戻してあげたんべ。やさしい子じゃ、やさしい子じゃ。」

 確かにそれはそうなんだけど、何でこの人は、そんな事を知っているんだ?僕の気持ちに気づいた様におばあさんは言った。

 「ばっちゃんは、いつも見とるで。この砂糖菓子さ持って行げ。願いながらこれなめると何でも願いが叶う、魔法の砂糖菓子じゃ。」

 白い紙に包まれたお菓子を半ば強引に渡された僕は、とりあえずお礼を言って歩き出した。砂糖菓子は、僕のポッケに無造作に入れられた。

 その夜、ズボンをしまおうとしていた僕は、あの砂糖菓子のことを思い出して包みを開いた。丸い茶色の砂糖菓子が、三っつ並んで入っていた。

 「ばかばかしい気もするけどな…。」

慣れない寮生活の中で何だか人恋しかった僕は、おばあさんの顔を思いうかべながら砂糖菓子を一つ口に放り込んだ。

何でもいいから信じてみたい気持ちになっていた。

 次の日の朝早く、寮の先生が僕を起こしにやってきた。

 「早く起きて支度をするのよ。お母さんが倒たんだって。今から行けば始発に間に合うわ。」

 飛行機の中で、先生が言っていた事を思い出した。

 「君が家を出て行く事にお母さんは耐えられなかったのね。お父さんから休学の申し入れがあったわ。お母さんの為にも、あなたをしばらく東京に戻したいって。」

 母さんの容態も心配だったが、実は僕は違う事に心を奪われていた。

 『僕は確かに、両親の元に帰りたいと願った。あの砂糖菓子をなめながら…。』

 誰にも言えなかった僕の願いは、おばあさんの言った通り現実になった。

 家に帰ると母さんは思ったより元気だった。そして僕は家の中を城とする以前の生活に戻った。家の中の沈んだ空気は相変わらずだった。

 二、三日すると、北陸からの荷物が届いた。洋服の整理をしているうちに、僕はあの砂糖菓子にたどりついた。

 「コーヒーでも入れようか?」

 何年ぶりに、僕は自分から声をかけた。母さんと僕のせいで会社を休んでいる父さんは、一瞬返事もできないくらいに驚いていた。

 

コーヒーカップにコーヒーを注ぎながら、僕はもう一度考えてみた。

 「父さんと母さんの願いが叶うなら、もし、今度も魔法がきいたなら…。僕はもしかすると変われるかもしれない。」

 今考えても、なぜその時にこんな風に考えたのか全くわからない。でもこの時は本気で僕はそう思った。

 コーヒーにはもちろん、おばあさんからもらったあの砂糖菓子を入れた。

 僕らは何も言わず、黙ってコーヒーを飲み干した。


 北陸からの僕の荷物は思ったよりも沢山あって、母さんは僕が北陸で買ったコートや洋服の収納場所を確保するのにてんてこまいだった。母さんが押入れの上の荷物を引っ張り出したその時、勢いあまって箱の中身が部屋中に放り出された。

 「こんなのがあったのねぇ。」

 母さんは懐かしそうに出てきたアルバムに見入っていた。

 何気なく離れてそれを見ていた僕は、あわてて近づくと母さんからアルバムを奪い取った。

 「この人、誰?僕、この人知ってるよ。」

 そこには、北陸で会ったあの魔法の砂糖菓子のおばあさんが映っていた。

 「いやぁねぇ、亡くなったあなたのおばあちゃんよ。あなたが産まれた時は、それはそれは喜んでね。言わなかったっけ?あなたの名前はおばあちゃんがつけたのよ。」              

 僕は黙って写真を見つめた。誰かが僕を見ていてくれたとわかって、僕の心に灯がともった。この時は、まさにそんな感じだった。


現在(今)の僕は高校三年生。受験地獄のまっただ中。

友達は多い方。

カラオケも、そこそこ上手いし、自分で言うのも何だけど、女の子にもそこそこもてる。

 

おばあちゃんのアルバムを見つけたその日、僕は肩の力が一気にぬけた。

誰がどう思おうが、誰から何を言われようが、今まで一番気になっていたそんな事、あんな事が、全く意味を持たなくなったから。

 翌日から僕は学校に通いはじめた。最初は腫れ物に触るようにしか接してくれなかったクラスメイトや先生も、そのうちにだんだんと普通になった。僕の生活は一変した。

 そしてもう一つ、僕の生活の中で大きく変わった事があった。それは毎朝、仏壇に手を会わせる様になった事。

 「チン、チ~ン」

っとね。

 何を言う事もない。ただ、『おばあちゃん、みなさん、ありがとねっ』と手を合わせる。

 「あなたに何が起こったのかしらね?」

 手を合わせる僕を見て母が笑いながら言う。

 あっ、そうだ、今日こそは聞こう!

 「僕がコーヒーを入れた日覚えてる?何も言わずにコーヒーを飲みながら、母さんはあの時何を考えていたの?」

 急に真剣な顔をして母さんは答えた。

 「あなたが大声で笑い、愛される子になる様に心から願ったわ。おばあちゃんは、そんな想いを込めてあなたの名前を決めたと言っていたから。」

 そして、急に笑顔になってこう言った。

 「もっとも最近のあなたには、もう少し昔のおもかげが残っていた方が良かったかなって思うくらい、うるさいけどね!」

 僕は仏壇に向き直って言った。

 「おばあちゃん、サービスだよ!。」

 チン、チン、チン、チン、チ~ン。

 

楽しそうに鐘を叩く僕を、母さんは一体何だと思っていただろう?

 

僕はそんな事を思いながら、学校へむかうべく、大急ぎで家をでた。



ばあちゃん。

大好きだよ。


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