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ELEMENT2017夏号  作者: ELEMENTメンバー
テーマ創作「入道雲」
4/12

とおりま(作:marron)


 久しぶりに海に来た。可愛い姪っ子が俺の腹を見ている。

「ねえねえ、おじちゃん、おなかケガしたの?」

「あ?ああ、大したことないんだけどな」

「ふうん」

 青い海と青い空。それに白い入道雲。絶好の海水浴日和だ。こんな空を見ているとあの日のことを思い出す。

 そう、俺がまだ新人警察官だったころのことだ。


◇◇◇


 俺が警官になりたての頃、海沿いの町の派出所の勤務になった。

 派出所の仕事は多岐にわたる。パトロールに交通案内、迷子の保護やら、これを拾っただのあれがないだの、やれ迷惑なヤツがいるだ、ちょっと来てくれだ・・・とにかくなんでもやる。

 それが、海岸そばの観光地ってんで、夏になると目が回るほど忙しかった。

 だから警官もたくさんいるんだが、先輩たちはペーペーの俺にあるアドバイスをした。

 それもなぜか、個別に。

 密かに。

 怪しすぎる。



「先輩、なんっすか」

 愛の告白じゃないことはわかるが、どうも呼び出されて二人っきりというのは落ち着かないもんだ。先輩も同じように落ち着かないようすで、キョロキョロと周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、壁にでも話しかけるかのように小さくなって話しはじめた。

「夏が来る前にこれだけは教えておいてやろうと思ってな」

「はい」

「夏になると、時々だがな、変な犯罪がおこることがある」

「変な?」

「犯罪じゃないんだが、犯罪みたいなもんでな、いきなり襲われて大切なものを盗られる」

「立派な犯罪じゃないっすか」

「まあ、通り魔みたいなもんだが」

「犯罪っすね」

「空が光ったら気を付けろ」

「白昼堂々っすか!?」

 そんな通り魔、聞いたことがない。通り魔って言ったら、暗がりで密かに襲い掛かるもんだろ。ま、最近は白昼堂々ってのもあるのかもしれないが。

「身体の一部を盗られて」

「えっ」

 身体の一部って・・・やばくねえか、ソレ。

「だけど、傷がないと立証できないから」

「ん?」

 身体の一部が盗られて、傷がないって矛盾してねえか。ああ、髪の毛とか、爪とかかな。傷がなくても、髪の毛切られたら分かるだろうが。

「そういう相談が来たらな、これを渡してやれ」

「絆創膏っすか」

 先輩は俺に絆創膏をひと箱渡すと、行ってしまった。

 そういう相談、って意味がわからんのだけど、つまり、通り魔にあって身体の一部が盗られた人が来たら、絆創膏をつけてやれ。と?



 どの先輩も口をそろえて言うのは、

「空が光ったら気を付けろ」

 ということだった。どういう意味なんだろう。だけど

「お前も気を付けないと」

 ってことは、俺も襲われるってことか。えっ、俺、警官の恰好してるのに?

 すげえな、その通り魔。警官も襲うって。

 しかも、どの先輩も同じ忠告をしてくるってことは、少なからず被害にあってるってことだろう。

 怖えっ。

 なんだそれ。



 海沿いの観光地で、そんなに凶悪犯罪が頻発するようには思えないけどなあ、と、俺は一人でパトロールに出ていた。

 海水浴場まで行って、監視員のお兄さんとお喋りしたりする。

 暑いけど、夏らしくて俺はこのパトロールが好きだ。

「こんちは~、今日、どうっすか~」

 俺が話しかけると、高いところに座って遠くを見ていたお兄さんが、日に焼けた顔を俺の方へ向けた。

「あ、駐在さん」

 駐在じゃないけどな。おまわりさんって言ってくれよ。

「今日は雲が出てっから、気を付けた方が良いですよ」

「あー、ホントだ。どうも~」

 お兄さんは海上の、遠くの入道雲を指さしていた。

 青い海と青い空。それに白い入道雲。絶好の海水浴日和だ。鮮やかな海の景色に俺は目を細めた。

 とはいえ、入道雲はこの後大きくなって積乱雲になると雷雨になって危険だからな。

 さすが監視員のお兄さん。泳いでいる人のことだけじゃなくて天気もちゃんと把握してるんだな。

 でもまあ、今日の雲は積乱雲にはならなさそうだ。こういうのは感覚でわかるようになる。



 ところが、派出所に戻ろうと歩いていた時、空がピカピカと光った。遠くの方で少しゴロゴロ聞こえるが、雷か?

 俺は入道雲の方へと振り向いた。

 いや、まだ雷が鳴るほど大きくはなってない。ま、あの程度の入道雲だったら何もないか。

 頭をポリポリと掻きながら、入道雲に背を向けた時だった。

「ピカーリ」

 目の前に子どもがいた。

 虎のパンツに小さな二つの角、鬼のコスプレをしている。

「ぼうや、鬼かい?かっこいいパンツだね」

 俺が言うと、子どもは手に持っていたギザギザした細い棒を俺の腹へ向けた。

「ピカーリ!」

 子どもがそう言うと、俺は腹になにか違和感を感じた。ヘソを摘ままれたような、ちょっとくすぐったい感覚だ。

「うひゃひゃっ」

 その次の瞬間、子どもの棒とは反対の手に何か小さな物が握られていた。

 なんだ、ソレ。

 見たこと、あるような。

「あっ!」

 ヘソだ。

 俺は慌てて制服の裾を出して、自分の腹を見た。

「俺のヘソー!」

 俺のヘソはそのちんちくりんの鬼のコスプレガキに盗られた。

「このガキャ、俺のヘソ、返しやがれ」

 俺が掴みかかろうとすると、鬼のガキはひょいっと避けながら高い声で言った。

「こ、これくれ!」

「はあ?ダメだ、返せ!」

「お願い、くれ!」

 鬼のガキはひょいひょい俺をかわしながらも、俺のヘソを片手に俺の“許可”を得ようとしている。

「ダメに決まってんだろうが!」

「お願いです!」

 こんな小さなガキにこんなに必死にお願いされて、ダメと言うおまわりさん。

 俺って悪役?



 俺は鬼のガキを追い回すのを止めた。立ち止まってガキの目線までしゃがんで顔を覗き込んだ。

「なあ、なんで俺のヘソ欲しがるんだ?ていうか、お前、ナニもん?」

「お、オレっ、オレは雷の鬼、だ!」

「雷の鬼?」

 へえ、雷様って鬼だったんだ。知らんかった。

「雷だからヘソ取るのか」

「そ、違う。ヘソ持って行かないと、一人前になれないから・・・」

「あ?何?小さな声でごにょごにょ言うな。なんだって?」

 雷の鬼のガキは下を向いて俺のヘソを弄んだ。

 やめれ、なんかくすぐったいっ!

「ごめんなさい。オレ・・・まだ雷じゃなくて、見習いだから、ヘソ持って帰れたら雷の鬼になれるんだ。だから、ヘソのある人を探してて」

 理解はしたが・・・こんなにしょぼくれちゃって、なんか可哀想だな。

 この姿がなんか妙に可愛くて、ついつい(ほだ)されてしまった。

「仕方ないな。じゃあ良いよ。もってけよ」

 俺がそう言うと、雷鬼のガキはパッと顔を上げて満面の笑みを見せてくれた。

 俺はコイツの黄色いアフロヘアをガシガシと撫でてやった。ガキんちょは「うへへ」ってくすぐったそうに笑って、

「ありがとうございます!」

 と丁寧に礼を言った。

「でもさ、そのヘソどうすんの?何に使うの?」

「特性の汁に浸けて、干して、珍味にしてお店に出すの」

「は?」

 なんか怖いこと聞いた気がするが・・・聞かなかったことにしよう。

「じゃ、さよなら」

「おう」

 雷のガキはまた深々と礼をすると、ギザギザ棒を掲げて

「ピカーリ!」

 と、言って空に登って行った。

 ツルりと何もなくなった腹には、絆創膏でも付けておくか。



 いきなり襲われて、身体の一部を盗られた俺は、それでもソイツを罪に問おうとは思えなかった。


◇◇◇


 入道雲のどこかの店で、俺のヘソが珍味のツマミとして供されたのか、それはいまだに謎である。





おしまい

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