恋は思案の外(作:SIN)
何か変わった物はないかと探していた。
どの店にも売っていないような、そんな変わった物。だからって手作りするだけ器用ではないし、材料も分からないし、作り方も分からない。
女性は記念日を大事にするって言うから、付き合って1年記念日となる明日、何かプレゼントをしようと思ったんだ。
記念日に相応しくて、同じ物がそこら辺には中々ないような、そんな物。だけど、それが何なのかは具体的に決まっていない。
服?アクセサリー?それとも他の……。
チカッ、チカッ。
外灯が急にチカチカと点滅を始めた。
今は夕方ではあるが、まだまだ明るい時間帯。普通なら外灯が点くような時間じゃないが、育ちに育った入道雲が太陽光を遮った事でかなり薄暗くなっている。
「こりゃ一ひと雨来るな」
ポツッ。
思ったよりも早くに降り出した雨。雨宿りをしようと辺りを見回してみると、チカチカとしている外灯の下に、さっきまであったか?と思う程不自然な店が建っていた。
看板には「黒猫貴重品店」と書かれている。
貴重品?骨董屋みたいな感じか?にしたって貴重品って位だ、ただの雨宿りとして気軽に入れるような雰囲気じゃない。きっと1品1品が恐ろしく高額で、どれか1つでも買わなきゃ帰してもらえなくて、強引に帰ろうとしたら店の奥から怖そうな人が出て来て……。
「にゃは☆」
店の入り口を眺めていると中から人が出て来てニコリと微笑んできた。店主?にしてはやけに幼い気がするが……そのお陰で恐ろしい店じゃないかも?と思えてきた。それに、貴重品店って事は珍しい物があるかも知れない!
1歩店の中に入ってしまうと、さっきまでの心配が吹き飛んだ。
なんだこのメルヘンな店内!商品1つ1つに付けられている値段のリーズナブルな事!何に使うのか良く分からない物まであるなんて、完璧!
こういうのだよ、このマネキンの腕の部分だけの奴とか、指輪置きとして逸材じゃないか。こっちの何を入れるにしても小さ過ぎる小瓶なんて、小物作りが好きな彼女には最適。
凄い……100均にはなかった物ばかりだ!
ゴチャッと色々買って、お楽しみ袋みたいな感じにすれば楽しいかも知れない。取り合えず小瓶と、後は……マネキンの腕もいっとくか?でも流石に大きいか……ん?
「こ、これだ……」
アクセサリーを見ていると、その奥に1つ、ズッシリとした存在感を放つ物が置かれていた。
大きさは横幅30センチ位だろうか、引き出しが4段あって引き出しの左側には大きめの引き出しが2段、右側には鏡が着いているアンティーク調のジュエリーケースだ。
これだ、これにしよう。
ジュエリーケースを手にレジに向かうと、店主が恐ろしく綺麗な笑みを浮かべながら俺を見て、物凄くご陽気に言った。
「お兄ぃさんに売れるのは、この眼鏡だけだよ」
と。
店主が持っている眼鏡は何処にでもあるような眼鏡で、何なら100均にでも売っているような、なんの変哲もない極々普通の代物。珍しい物を探している俺からしてみれば、こう言っちゃ何だけど、今1番いらない物だった。
「いらんわ。コレ買うし」
カウンターにジュエリーケースを置くと、その上に眼鏡を置いた店主は何の悪びれもなく2点の会計を俺に要求してきた。その額100万円也。
「これは、黒猫貴品店人気商品。運命眼鏡にゃ」
そして更に眼鏡の説明まで始めた。
運命眼鏡?商品名に少し惹かれて説明を聞いてみれば、現実離れした話を聞かされてしまった。
この眼鏡を掛けると、小指にある運命の赤い糸が見えるんだと。
メルヘンか!その癖値段が100万て現実的か!自分で自分の世界観を壊すなよ!そこは、クッキー100万枚☆とか、100万トゥインクル☆とか……。
何を言ってるんだ俺は……。
「100万なんか、そうですかって簡単に出せる額ちゃうわ」
「……じゃあ、試しに掛けてみると言いよ」
人の話を聞かない店主は俺に眼鏡を差し出してきたが、100万と言う高級品においそれと触れる訳にはいかないから、店主が手に持っている眼鏡を覗き込むようにしてレンズ越しの景色を眺めて見た。
見えるのは店主の手だが、赤い糸なんて何処にも見えない。
「何もないやん」
「自分の指を見て」
自分の?
覗き込む角度を変えて、自分の手が見えるように手を挙げてみた右手の小指に、ダラリと伸びる赤い糸!?
え!?赤い糸って、こんなしっかりとしたモンなのか?もっと、縫い糸位の細さをイメージしてたけど、コレじゃあ糸ってよりも紐だ。寧ろロープだロープ。
じゃなーい!小指にこんなモン着けてないし!着けてないのに見えるって事は、この眼鏡は本物って事になってしまう!それを認めたら100万円だ……。
うん、俺は何も見えてない。
「何も見えへんし!」
でも、珍しさで言うならこれ以上の物はないから興味が……いやいや、ちょっと興味が出たってだけで支払える金額じゃないんだ。ここは諦める他ない。
「運命の人だけがお兄ぃさんを助けられる。お兄ぃさんには眼鏡が必要だよ」
店主は急に声色を変えてくるもんだから、妙に嫌な汗が背中を流れる。店内の様子に変化はないのに、さっきまで感じていたメルヘンさは姿を消し、変わりにやって来たのは幽霊屋敷のような不気味な雰囲気。
運命の人が俺を助ける?そんなの、俺はいつでも彼女に救われてる。眼鏡なんかなくったって、もう既に彼女と出会えてる。だからこんな店主の脅し文句なんか少しも怖くない筈だってのに……。
「ちょっと、まけてくれへん?」
気が付けば俺は店主に値切り交渉をしていた。
初めのうちは渋っていた店主だが、粘りに粘った結果、
「1万で1日レンタル。それならいいよ」
と、当初にはなかったレンタル案を提示してきた。
「よっし、それで決まりな!」
こうして俺は不思議な眼鏡とジュエリーケースを手に入れ、彼女の家に向かって走り出した。
眼鏡を掛けて辺りを見渡せば、ありとあらゆる生き物の小指やら前足やらから赤い糸が伸びている。太さに統一感はなく、今にも切れそうに細い糸もあれば、紐やロープみたいに太い物もあって、糸の色も薄いのから濃いのまで。
多分、色が濃くて太いのが相性ばっちりとかそんなんだと思う。っても糸が繋がってるんなら運命の相手か。
ピンポーン♪
彼女の家に着き、呼び鈴を鳴らす。
もうすぐしたら、小指に酷く重たそうな濃い赤色のロープをぶら下げた彼女がドアを開けてくれる筈。記念日は明日だし、特に連絡もせずに来てしまったけど、それでも歓迎してくれる筈。だって俺達は運命の相手なんだから。
ガチャ。
「え……?」
最初に声に出したのは俺なのか、彼女なのかは分からない。だけど、ほぼ同時に声が出てしまった。
彼女の指には良い感じに濃くて、そこそこしっかりとした赤い糸が伸びていたんだ。俺の小指に向かってではなく、部屋の奥に向かって。
誰か、いる?
「え?ちょっと……」
靴を脱ぎ散らかして部屋に上がり込み、糸を辿って進んで行くと、そこはクローゼットの前。
静かに開けてみたその中には、身を小さくして背中を向けている男がいて、その男から伸びる糸は彼女と全く同じ色と太さの赤い糸。それはしっかりと彼女と繋がっていた。
この状況だけを見ればこの男は浮気相手だし、俺が強気に出て追い出すか怒り散らしたって問題ない。だけど、違うんだ。俺じゃない。彼女の運命の相手は、今は浮気相手なだけのこの男なんだ。
付き合って1年目の記念日。何か変わった物をプレゼントしようと思ってさ、アンティーク調のジュエリーケースまで買って。けど、今の彼女に喜ばれるのはそんなプレゼントじゃないんだろう。
とびっきりの変わった贈り物をしようじゃないか……。
「ちょ、丁度良かったわ!今日、別れ話しよう思ってた所やねん」
笑え、笑え。後から存分に出してやるから、今はまだ流れるな。
「え……?」
「そう言う事やから、バイバイ。理由は別に言わんでもえぇやろ?お互い……」
2人に背を向けて、歩き出す。
靴を履いて、走り出す。
あのチカチカしている街頭の下にある「黒猫貴重品店」に向けて。
「なんで……」
店がない。
道を間違えた?まぁ、涙で視野がぼやけてるし、曲がる場所を間違えたのかも知れない。
一旦大通りに出て、ゴシゴシと目を拭って視野がはっきりした所で再び「黒猫貴重品店」を目指すが、チカチカとしている外灯の下には空き地があるだけだった。
2日目のレンタル料まで取る気か?それとも、俺と繋がる運命の人に会えていないから?
そう言えば、俺を救ってくれるとか何とか言ってたっけ?
失恋の痛みでも癒してくるのだろうか?運命の人って位なんだから、出会った瞬間に何かが変わるのかも知れない。この喪失感が少しでもマシになるのなら……会ってみたい。
赤黒いロープを辿ってトボトボと歩き出して角を曲がると、ロープは1件のカフェの中に伸びていた。
あの店の中にいる?
何気なく店の前を通り過ぎてみたが中が良く見えない。だったら入店してみようかと足を止めた所で、中から数人の客が出てきた。
その3人組は入り口の前で突っ立っていた俺をチラリと見たが、特に気にもならなかったのだろう、傘をさすとそのまま歩き出した。そのスピードに合わせ、赤黒いロープがまた伸びて行く。
そんな……嘘だろ!?
慌てて追いかけて行って、ロープが繋がっている人物の肩を叩いた。
「ん?」
振り返ってくるそいつは、何処をどう見たって男。まだ中性的とかなら納得は出来……ないけど、それでも理解は出来……ないけど!でも、こんな男らしいのは流石に嫌だ!
「何でお前なん?まだそっちの子ならともかく、なんで1番強そうなお前なん!?」
俺の運命の男の隣には、まさに中性的な容姿の男子高校生が立っていて、俺を怪訝な顔で見つめている。
そうだよ、可笑しいんだ。可笑しいんだよ!だって、可笑しいだろ?どうして彼女と別れてまでこっち!?
「知り合いですか?」
中性的な男子高校生が不思議そうに俺の運命の人に声をかけるから、なんだか分からないモヤモヤした気持ちが湧き上がってきた。
嫉妬……なのか?
「いや?初対面……やろ?」
あははは、嫉妬ってなに!?ありえないし!それに、サラッと思ったんだけど俺の運命の人って可笑しいからぁぁぁ!!
「そーやで初対面!もー……なんでなん……」
一旦ちょっと冷静になろう。運命の人とは赤い糸で結ばれてんだよな?俺の小指と繋がってるこの男の間にあるのは赤黒いロープだ。決して赤い糸ではない。
「ちょっとこの人と喋りたいから、ここでバイバイな。気ぃ付けて帰りな」
男は中性的な男子高校生ともう1人の男子高校生の背中を押して帰るように促すと、さっきまでの優しげな表情を放り投げ、ゾッとするほどの鋭い視線を俺に向けてきた。
「……で、お前。道具持ちか?」
道具って、なんだ?俺は特に何も持ってない。傘すら持ってなくて……あ、もしかして。
「この眼鏡?なんか、変な店でレンタルして……なんやっけ、黒猫なんとかって……」
眼鏡を外して見せながら、俺は思い出せる限りの事を声に出す。嘘を言う必要が無いと思ったから。それに、何故かは良く分からないけど、嘘をついても無駄な気がしたんだ。
「あぁ……んで、道具はあっても良いと思うか?ない方が良いと思うか?」
ほら、店の事も知ってるっぽい。
でも道具の有無を問われたって、どう答えるのが正解なんだ?俺の思うように答えてもいいのか?それなら答えは決まってる……。
「ない方が良かったわ!彼女と別れる羽目になるし、お前が運命の相手とか……」
だから赤黒いロープが運命の赤い糸である筈が無いんだから、こいつが俺の運命の相手だなんて事は……だとしたら、俺の本当の赤い糸は何処にあるんだよ……。
「運命?あ、え?前のスイッチの効果?相棒が欲しいってのが受理されたん?」
知るか!スイッチってなんだよ!
「そもそも道具ってなに?この眼鏡の事じゃないん?」
まさか、こんな可笑しな物が他にもあるってのか?もしかしてさっき言ってたスイッチってのも道具の1つなのか?
「そんな事も分からんのに、なんで道具なんか持ってるん?命にかかわる事やで?悪い事言わんから、それ返却してき」
男はさっきまでの表情を改めると溜息を吐き、呆れたように言うが、返却出来るのなら今すぐにだって行きたい。なんとしてもレンタル料は1日分……いや、まだこの眼鏡を手に入れて数時間しか経ってないんだから、せめて半日料金にしてもらいたい。
だけど、それが出来ないんだ。
男はさしていた傘に俺も入れる為だけに密着して、半分雨に打たれながら歩き出すから俺も歩くしかない。不思議と何処にいくつもりなのかって恐怖はなかったし、男があの店に向かって歩いている事に違和感も無かった。
チカチカとしている外灯の下、雑草の生い茂る空き地の前に到着した途端、男はその空き地に向けて声をかけた。
「おーい骨董屋ぁー出てこーい。レンタルなんやろ?出てこーい」
骨董屋?
「貴重品店やで」
もしかして、別の店?だとしても場所は同じだから……ここには色んな種類の店が入れ替わり立ち替わり現れるって事?そんなアホな!いや、でも実際店はなくなって空き地になってる訳だし、あり得ない話ではない?そうだった、この眼鏡1つにしても現実にはあり得ない物だった。
「えぇから、なんか違う名前で店呼んで」
なにが良いのだろう。違う名前?って事は貴重品店をわざと骨董屋って呼んだのかな。
「えっと……黒猫……貴重……品、店……」
「そのままやん!」
ツッコミが素早い!でも、急にふって来る方にも問題あると思う!ハードル高いし……第一俺は傷心中だ!何が悲しくて大喜利なんか……。
「にゃは☆」
短い笑い声が聞こえて空き地を見ると、そこには「黒猫貴重品店」と書かれた看板の前に立つ店主と、怪しげな店が建っていた。
「あ……これ、返却に来た!半日もレンタルしてへんねんし、5千円にして」
「この眼鏡買い取りたいんやけど」
店主は俺よりも男の言葉を優先的に聞き届けたようで、さっさと2人して店内に入り、カウンターに向かってしまった。
勝手に話がトントンと一気に進んでいる気がする。買い取られる事になった眼鏡はまだ俺が持っているってのに、完全に蚊帳の外だ。
「お兄ぃさん名前は?」
店内に入って、適当に商品を眺めていると、カウンターから店主が俺に声をかけてきた。こんな不思議な店に名前を知られて大丈夫なのだろうか?それに、俺はまだあの男の名前すら知らない……。
「……シュウ。お前は?」
タケシと名乗った男は鞄からナイフを取り出すと柄の部分を外し、小さく丸めた紙?を入れ込んだ所で店主にナイフを手渡し、2人して俺に背を向けた。何をしているのかは見えなくなったけど、その背中をぼんやり眺めていると胸の辺りがジンワリと暖かくなった気が……。
恋?
いやいや、そんな訳あるか!
「えっと……あれだ。運命共同体って事でよろしく!」
軽く走りながら近付いて来たタケシは、物凄く胡散臭い満面の笑みで右手を差し出してくるから、
「運命共同体、か。ウマイ事言うな」
そう言って握手を交わしながら、本当に何となく半袖シャツの袖を少しだけ捲り上げて見た。するとそこには黒猫柄の可愛らしい絆創膏が貼り付けられていて、うっすらと血がにじんでいる。
「あー、大した傷ちゃうし。それより、とりあえず今日の事は忘れて」
運命共同体とか言った直後に、忘れろって?今日の事って言ったら、お前の事も含まれてんじゃないのか?忘れて良いのかよ!
だけど、俺には何も出来そうにないってのは、分かってるつもり……だから、全力でお前の事忘れるよ。物凄く色々あって忘れる事なんか難しいんだろうけど、それでも忘れた振りしてる。
そうしなきゃお前が困るんだよな?何も分からない俺が傍にいたら迷惑なんだろ?だから道具の事とか調べて、基礎知識をつけるまでは忘れててやるよ。
じゃあ、またな!