八ツ木探偵の昔から
(´・ω・`)
此処は都内にある五階建ビルの二階、八ツ木探偵事務所。
かつて名探偵と呼ばれた男が探偵として社会に名を馳せる以前から使っていた場所。
その男はとある件を依頼してきた女となんやかんやあって、今は世界中を二人で旅している。
そのラブラブ具合は異常で、生まれた子を放ってまでして二人の時間を大切にしているのだ。
自分達の愛を確かめ合い、それで生まれた愛の結晶とも呼べる子供が嫌いなわけでは無い。
その証拠として探偵としての仕事を長年共にしてきたこの部屋の管理を今は全て自分達の子供に任せ、自由に使わせている。
その子供は幼若な時から親の逆光を浴び探偵としての仕事に胸を馳せ続けたのだが、大きな仕事をやり遂げる事なく二十五の誕生日を迎えてしまった。
今ではほぼ何でも屋と化してしまっている。
探偵を仮の本業として大学時代に仲良くなり、お互いを振り回しあった滅茶滅茶で無茶苦茶な友人と共に。
「ねぇ海凪さん、ソファなんかでゲームやってないで少しは仕事をしてはくれませんか…」
「こんな貧乏探偵なんかに仕事頼む奴なんかいないだろ。それにお前今忙しいとか言ってなかったっけ?」
「はぁ。自分で言っちゃダメでしょそれは。忙しいのは貴方が依頼を完遂したのはいいけどやり方が異常すぎたんですよ。そのせいで私が後始末をつけることになって……なんでこんなことしてるんだろ…」
暗い雰囲気がこの男、竹田 真斗から靄のように溢れ出てくる。
竹田は社会という名の戦場に毒されたせいで、今では海凪に迷惑をかけるということは一切なくなっていた。
そんなこんなで海凪も真斗がいるからこそこの事務所の経営ができるのは分かっているので、少し焦りながらソファの上に正座する。
「俺にはそっち関係の仕事が肌に全く合わないから何もできないんです。お願いしますからどうか辞めないでくださいっ、ほんとにお願いします!そうじゃ無いと俺死んじゃうっ‼︎」
「今更辞められるわけないでしょ、貴方とコンビを組んじゃったんだから。それに此処は私の帰る場所でもありますからね」
毎日こんな事を飽きずに続けているが、今日は一つ変化があった。
幅広のポケットでも仕舞いきれていないものを取り出す。
「さっきコンビニで貴方に頼まれたプリンとアイスを買ってきた時、丁度封筒が届いたんですよね」
「ちょっと見せてくれ」
海凪は真斗から手渡され、どんなものが入っているのか様々な予想をし、不思議そうな顔をしながら足を下ろす。
裏表どちらも見た後封筒の開けると中には折りたたまれた契約書などの堅苦しいものではなく、気軽なものであるが何か違うと思わせる一通の手紙であった。
「依頼…か。ふむ、ほほぅ…こいつ舐めていやがるぜ。お前も読んでみろよ」
「分かりましたよ。なになに〜、依頼書?」
依頼書と書かれた良質な紙に書かれた内容としては、このようなものだった。
『昔にそちらに依頼させていただいた時の仕事の速さを見込んで今回は別件となりますが仕事を依頼します。
呑んでくださる場合は、ホテルもご用意してありますので寝鬼幌島へいらしてください。
私が主催するイベントは今年も開きますのでぜひ参加してみてはいかがでしょうか。
リザベラ・アルタ』
簡潔すぎる。
報酬の具体的な額が提示されていない。
出向かなければどんな仕事なのかもわからない、粗末なものだ。
それにこの様な仕事は一つも受けたことがないため海凪の親に対するものだとすぐに理解した。
「何をしたいのか箇条書きでもいいですから伝えてくだされば良かったのに」
「そうだけどさ、最近暇だよなー。こいつ舐めてるけど困ってそうだよなー」
「私も今現在貴方に困っているので、困らせないで欲しいです。それにこれは私たちに対する依頼ではありません」
「なーなー、これどうするー?」
「……」
「……」
「あぁっもう…その輝く目と棒読みで全く本心を隠す気ないですよね!?分かりましたから、その仕事受けて差し上げなさいよ」
「よっしゃああ!あの事件も無理矢理解決できちゃったし、最近面白味がなかったんだよ!だからこういうミステリアスなのを待ってたんだ。早速行くぞ、今日行くぞ!」
海凪は見ず知らずの土地へ向けて準備を目にも留まらぬ速度で終わらせ、真斗は知識がある子供を相手しているようで頭を抱えた。
「オヤジの名にかけて何があっても絶対に報酬金を受け取るぞ!」
「貴方面白そうだからって理由で受けようとしてますし、そんな誇り捨ててしまいなさい。貴方の親父さんはすごい人だというのになんで子は…」
真斗も嘆きながら必要なものをリュックサックにまとめる。
「うんうん、やっぱりすごいよな、俺」
「お前じゃねーですよ、お前の!親父ですよ!」
曇り空の中事務所からバスと電車をいくつも乗り継ぎ、寝鬼幌島へと繋がるフェリー乗り場にたどり着く。
一夜明けてから。
周りは薄暗く、太陽もまだ登りきっていない時間帯だ。
「流石にこの道のりはキツかった」
「途中で帰るとか言い出した時は、びっくりしましたよ…」
「俺たちをここまで来させたんだから、しっかりと誠意というものを見せて貰わなきゃいけないな!」
フェリーのチケットと時間の確認をしたが、フェリーは一日に二本しかなく後数分で出航するところであった。
二人は慌てながら急いで乗り込みなんとか間に合う。
荒くなった呼吸を座席に座り込み一旦落ち着かせる。
「俺の運がなければ即死だったぜ」
「こんな簡単に死んでたら今までに何回死んでるんでしょうね。いや、一回死んでみれば私の苦労もわかるはずですよ、どうです?」
「遠慮させていただきます…」
真斗の辛辣な物言いに、海凪は若干殺気を覚えテンションを下げる。
何時もは体験しないフェリーの揺れや海の様子を楽しむ事に言葉はいらないので、それ以上話かけたりはしない。
三十分経った頃だろうか。
いつも体験しない揺れと、あまり変わらない景色から永遠とこの船旅が終わらないのでは無いかという思いが溢れ、気分を損ねる。
簡潔に言うと海凪がゲロった。
顔を海へと向け顔色が真っ青になっている見るからに病人を、真斗は背中をさすってやる。
「私が気持ち悪くなるかもしれないと心配していたら、名前に海が付いている貴方が吐くんですか。大丈夫です?」
「名前に海がついてるからといって相性が良い訳無いd…やばぃ、また、オロロロロロロロ……はぁはぁ」
海凪は全てを吐き尽くしやっと落ち着いたところで船内へと戻る。
先程座っていた座席には一人の女性が座っていた。
風貌としては、黒髪ショートのボーイッシュで可愛らしさも備えている男からも女からもモテそうである。
その女性はこちらに気付くと手招きをする。
二人は顔を見合わせ一つうなづき、女性の座る座席へと向かう。
「やぁ可憐なお方。私たちに何かご用でも?」
海凪の態度の急変に真斗は糞野郎ですねと小声を漏らし、それに気づいた海凪は女性の目に入らないように軽く小突く。
「こんにちは。少しお話を伺いたく思いまして…隣どうぞ」
「では失礼します」
相手の真面目な態度にこちらも真摯な態度で接する。
「最初に自己紹介でもするか。俺の名前は八ツ木 海凪で探偵をやってる。こいつは竹田 真斗」
「どうも、竹田 真斗と申します。一応海凪の探偵助手ですかね」
「次は私ですね、私は照月 若菜と言います。え〜と、家族がいない間自宅を守る重要な任務に就いています」
「えっと…済まない」
「いえいえ、もう慣れてますので」
「照月さん慣れちゃダメですよそこは」
照月の告白により場は和み、取り敢えず真斗はツッコミをいれる。
やけにフレンドリーなニートだなと二人は感じた。
まだヒキニート歴が短いのか、コミュニケーション能力は全く失われないものなのか。
「俺ら収入があまり無いっていうところは似てるな!はっはっは」
「そうですね。ですけど竹田さんの方はやけに暗い顔をしてますけど」
「この人が生活できてるのは私のおかげなんですよ。誇張とかそういうものは全く含めないで。海凪さんはやる時しかやる気出してくれませんから…はぁ。それよりお話とは?」
「あっそうでしたね。何か手紙なんかが届いたから寝鬼幌島に行く事になったんじゃないです?」
どこかでその話を漏れたか、と不思議に思った真斗は別に知られても問題ない話だが、言葉を発するのを一瞬ためらう。
そして駆け引きに関しては上手な海凪と一瞬目を合わせ、海凪に話相手を任せる。
「どうしてそれを?」
「私もそうなんですよ。このフェリーに乗ってる人に話しかけてみたら、過半数の方が手紙を貰ったと話してくれたんです」
「そうなのか。ふむ、照月の手紙も見せてくれ」
「初めて会うのに呼び捨てですか…まぁ別に構わないですよ。はいどうぞ、私に届いた手紙です、あと封筒」
「サンキューな」
さっと読んでみたが、リザベラという人物から呼ばれたという点に違いはない。
ただ、照月に送られてきた物の内容は只々興味を引く様な内容だけというものであった。
「ほい、返すよ。ちょっと照月はここで待ってろよ。真斗ちょっと来てくれ」
「…?」
「はい」
海凪と真斗は不思議そうな顔をしている照月を座席に残し、二人で外へ出る。
「真斗、仕事の内容ってあいつらに関することなんじゃないか?」
「えぇ、その可能性が大いにある気がします。それと一つ気づいたんですが、女性はわかりませんが男性乗客で、服装から表面上の社会に疎い様な事を感じさせる方が多いですよね」
「そうなんだよな。なんでリザベラとか言う奴は無職の奴らを集めているのか」
「何か実験でもやっているのですかね。その触媒に人体が必要だとか」
どの国でもまず政府が何が何でも表沙汰にはしないであろう事を言う真斗に苦笑いをながら海凪はこう答えた。
「その考えは突飛すぎないか?それにそんなことがあったらとっくのとうに俺の親父が勘付いてとっちめてる」
う〜んと眉をひそめながら唸る真斗と対をなすかの様に海凪はさっぱりとした顔だった。
長時間照月から離れると何かやましい事を考えているのではと思われるとのちの行動に支障が出るかもしれないので、二人は一旦話を切る。
「おかえりなさい、どうしたんですか?」
「いや、また上から催したからな」
「この人これで三度目ですよ?流石に船の揺れに弱すぎですよ」
「大変ですね。本当に大丈夫です?」
照月は心の底から心配してくれている様なそぶりを見せてくれる。
「だいじょぶだいじょぶ、腹を貫かれる訳じゃないんだし全っ然平気!」
大袈裟なリアクションをとる事でそちらに思考が向かせる。
アドリブで二人は吐いたと嘘をついだのは念のためだ。
その後は自分の趣味を適当に駄弁る内に海凪と照月はお互い似通っているところが多々あるのだなと感じた。
そのためこんな海上ではなく普通に遊びたいと思える仲になり、電話番号やメールアドレスを共有するまでに発展する。
やけにフレンドリーな職務に忠実な警備員さんであった。
海凪は共有する際出していた携帯をポケットに仕舞っている時、丁度言い忘れていた事を思い出したので話を変えた。
「そういえばさっき手紙見せてもらったろ?それで分かった事があるんだ」
「どんな事です?」
「手紙もらった奴はほぼお前と同じだ」
「皆んな私と同じって、趣味?いや違う。服装…な訳ないし性別でもない。えーっと…あっ。もしかして自宅警備員の方達です?」
「いや、うん…まぁ自宅警備員と言う名のあれだな」
そうモヤモヤとした感情を抱くが、無職である理由にも色々あるのだろうと思い、今後深くは言及しない事を決める。
それに対し真斗は海凪も無職に近いものだろうと思ったのだが、口に出して突っ込むほど野暮ではない。
ここで海凪が軽く話したが、照月は一つ気付くことができなかったことが生まれる。
何故、この二人だけ探偵という職業に就く者であるのに、リザベラのもとへ向かっているのか。
そうこうしている内にアナウンスが流れこの船旅の終わりを告げる。
山のある島もここも未だ憂鬱な気分誘う曇天であった。
「リザベラ様の主催しますイベントへの参加者の方はこちらです」
フェリーから降りると、誰もが見るからにメイドだと思える服装を身につけた女性が呼び集めていた。
上司にいそうな雰囲気を纏っている為、まるで大きな子供を引率する先生のようである。
「ねぇ海凪さん。私メイドって創造物だけの存在だと思ってました…」
「ああ、おれも初めて生で見たわ…」
海凪の目線は普段見慣れないフリフリの部分に釘付けである。
視線が離れないそんな二人を見て、軽くため息をしてから真斗は声をかける。
「二人とも、呼ばれてるんだからさっさと行きますよ」
「へーい」
「はいっ」
その一人のメイドの下に集まったフェリーの乗客は過半数を超えていた様で、アリの軍勢の様になっていた。
メイドは先にホテルへご案内致しますと言っていたので、特に逆らう事など一つもないので海凪達は素直について行くことを決める。
ホテルへ向けて坂道を歩いている時に、海凪は思った事を口に出す。
「さっき、口に出してる奴がいたけどリザベラって金持ちなんだな。おれらが泊まる予定のホテルだってこんな田舎と比べても人が居ない所に建てて、現にリザベラ個人で建物を維持できちゃうみたいだし。」
「その田舎と比べてもという所は的を射る表現ですよ。フェリーにあったパンフレットとインターネットでこの寝鬼幌島について調べて居たのです」
「おー!助手君は仕事が早いねぇ」
「ナイスです、真斗さん!」
鋭い目線を海凪に視線を向けるが、これには何を言ってもしょうがないとため息をしてから、また視線を元に戻し話を続ける。
「分かったこととして、この島の面積である三十平方キロメートルに存在する人の偏りがみられます。これは別に至って普通のことですよね?」
「まあな、ただでさえ人が少ないのにばらばらに住んで居たら不便すぎて俺だったら死ぬ」
「はいはーい!私も死にます!」
「今まで何度も死ぬと言って居ますがこの状況なら貴方達、本当に死ねますよね……。話を続けますと…というか話さなくてもパッとみただけでわかります」
真斗の言葉に首を傾げながら前を見る二人はあることに気づき、後ろの景色と見比べた。
そして目を見開いて気づいたことを真斗へ向けて口に出す。
「「山の上だ(です)!」」
「はい、簡単に気づけますよね」
つまり、皆が知るような島は海沿いに街が発展したりするのだが、ここは山の上の方まで建物が続いている。
海沿いに建物を建てれば傾斜もほぼなく、フェリー乗り場からも近く便利であるはずなのにだ。
「これは昔の名残みたいです。もともとは海沿いではなく、山頂の付近に村があったようで百年ほど前に海沿いにも建物を建設していったんだそうです」
「海から現れる怪物でもいたのか?それとも自然災害の類か……」
「そこまでは分かりませんでした」
「いや、よく調べてくれた」
「はい。もう一つ分かった事として、この寝鬼幌島を本島にして周りにいくつかの離島があるのですが、一つ一つに古典的な建物があります」
「古典的ってつまり神社とかお寺とかのことですか?」
「そうそう。よく文化遺産に認定されるやつとかな…」
頂上へ進めば進むほど昔古くの建物が残る道をメイドに連れられて歩き始めて二十分後、目的の場所に着く。
外観は昔ながらのものではなく、つい最近建てられたような艶を感じられる外観を持つ大きなものであった。
「お泊りにはこちらのホテルをご利用下さい。料金などは一切いただきませんのでご心配されていただかなくても結構です」
金の心配をする必要が皆なくなったところに、一人の女性が声を上げる。
「質問でーす!何日間イベントはやるんですか?」
「予定としては一週間を予定しております。何か不都合な点がございましたらフロントへお申し付けください。例としてお洋服などの着替えがないという方などでも様々なことに対応させていただきます。家にどうしても帰らなくてはいけない為参加できないという方がいらっしゃいましたら、私に仰ってください。」
リザベラは何故か無職である人間だけを的確に招待したため、不都合のある人間がこの場にはいなかった。
いたとしても一瞬迷っただけで、生活に余裕のある者ができる体験をしたい欲が勝る。
「よろしいですね?では、今夜の七時にホテルの近くにあります羊広場へ足をお運び下さい。それでは皆さん、指定時刻までごゆるりとお過ごし願います」
「照月は先に部屋をとっておいてくれ。少しメイドさんに話があるから、あとでフロントに集合しよう」
「はい、また何か思いついたのですね!では行って来ます!」
この曇り空に反し、元気な声を上げ駆けていく。
「すみません、あまり入り口付近では走らないようにして下さい」
「あっ、ごめんなさい」
いや、表情一気に曇りテンションがだだ下がりだ。
海凪と真斗の二人は招待された訳ではなく金に関わる契約の基にある関係なので、仕事を受けにきたことをメイドへ伝えに行く。
「なぁメイドさん」
「どうなさいました?」
「自分は貴女の主人から依頼の受けた八ツ木という者だ」
「そうでしたか、話は聞いております。すみませんがそちらの方は?」
「私は八ツ木の探偵助手をしています、竹田と申します。そちらにご依頼頂いた件でリザベラ様と対談をお願いしたいのですが」
「畏まりました。ではお二人はこちらへどうぞ」
メイドとの話は簡潔に済ませ、依頼主と早く話ができそうである。
ホテルの関係者のみが入ることの許される通路を通りすぎ、一度空が見えまた別館の様な建物へ足を踏み入れる。
そこからエレベーターを利用し一気に最上階へと昇る。
エレベーターから降りそこにあったのは、赤い絨毯にきめ細やかな模様の壁紙、独特の薄暗さなどがあいまった静寂に包まれるVIP専用の場所。
そんな言葉が頭をよぎるフロアであった。
メイドは音を一切出さずに周りの様子と相互が一層引き立てるダークトーンの扉へ歩いていく。
ノブを一、二回叩き、間を空け口を開いた。
「リザベラ様、探偵の方々をお連れしました」
室内から響く甲高い金属音。
「失礼します」
それは入っても良いという許可だったようで、メイドが重厚な扉を開けた。
海凪達はそれに続き会釈して部屋へと入る。
「やぁ。こんにちは」
銀髪赤眼の吸血鬼と形容できる女性が、机に肘をついて首の体重を預ける様にして座りこちらを見ていた。
視線を動かしている訳でもないのに、体だけではなく思考の隅々まで見られている様でならない。
「そんなに緊張しないでさ、もっとこっちにおいでよ」
「「あっ、はい」」
対面して相手をしたことのない人種ゆえの不慣れから冷静さを欠いてしまったが、二人はすぐに落ち着きを取り戻し真斗は海凪に一歩譲る様にして直立する。
それを準備ができたという合図だとリザベラは捉えた様で、次の言葉を発する。
「ふふ、ちゃんと子供の方が来たのね」
「やっぱりとはつまり、私の親に宛てた手紙を見て私が来ると分かっていたという訳ですか…」
「ええ、貴方達に仕事を頼むとね、必ず子供の方が来るのよ。不思議よね」
「つまり私に仕事のご依頼をしたいと?」
「私ね貴方のお父さんのことがすっごく苦手なの。なにかしら…その、貴方達は素直そうでいいけれど、あの人は常に余裕があって人を優位に立たせてくれないというか…」
「そうだったのですか…」
海凪は、こいつ俺が手紙を読むと分かっていたから手紙では親父のことを褒めていたのかと思った。
実際にはどちらも本音ではある。
有能な人材ほど上にとっては扱いづらいというだけで。
「では一体どの様なご用件でしょうか」
「あー…。うん!手紙に詳しく書いてないからどんな内容か知ってる訳がないわね」
昔のことはあまり思い出したくないのか仕事の話を持ちかけると、手を合わせ声のテンションを上げた。
それはまるで三文芝居である。
「この島に幾つか遺産とか異物があるの。だけど東にある小さな山の神社を、まだしっかりと管理して使っているわけ。で、そこの巫女が少し困ってるの」
「私達はその方から話を聞き、解決すればいいという訳ですね」
「うん、それに近いわね。この依頼もわざとイベントと期間を被せたものだから、楽しんでいってね」
イベントに参加するのは余裕が出来てからだなと思う海凪は貧乏である為、がめついかもしれないが金の話も忘れずに行う。
「ご厚意に感謝致します。…あの、時間と費用の方はいかに」
「色々とあるかも知れないからねぇ。百万あれば足りるかしら?」
少し大変になりそうだが、今は生活費を稼がなければどっちにしろ飢え死ぬ。
なので大金ががっぽり懐に入るのならば問題ない。
「はい。よろしくお願いします」
「あとは期限だったわね。時間の方はいくらでも良いけど、あえて決めるとしたら十日でよろしく。じゃあ前金として二十万と、ホテル、お金払わなくて結構だから使いなさい」
「ありがとうございます。必ずや報酬に見合う成果を出してみせます」
こうして対談は数分で終わり、エレベーターに向かう途中ティーセットを持ったメイドが現れたので、飲めなかったが感謝の意は述べておく。
エレベーターの沈黙の中、海凪は先ほどの緊張で凝り固まった身体をほぐすかの様に安堵の声を漏らす。
「はぁぁぁ。金払いのいい奴は好きだけどああいうタイプはやっぱり好きになれないなぁ」
「そうなのですか?私は似通ったものを断片的に感じたので結構話の通じる方だと思いましたよ」
「通じるっちゃ通じるんだが、あいつ弱みというか嫌なことをあえて言ってこっちに警戒させない様にしてきたしなんか信じられん。単純にただ好意からきたものなのかもだが…」
「人それぞれ得意不得意と同じで好き嫌いもありますからしょうがないことですよ」
「そうなのかなぁ。それとあいつ絶対ただの遊びでこのイベント開こうとしてるぞ。深い意味なんてなかったな」
言い終わった数秒、耳に鳴り響く音が一階に着いたと告げる。
降りた後もその話が気になった真斗は続きを話してもらう。
「だって、深い意味があったら同じ人間だけで揃えるだろ。俺だったら何かに支障が出るかも知れないから、わざわざ揃えた人間に探偵という例外を混じらせはしない。それに書いてあっただろ?手紙に。俺の親父に対する仕事の早さって評価、あれも俺に当てはまるかも知れないって考えると思うから俺がいる今、危険を犯したりしないだろ」
真斗はこの言葉に、迷惑ごとの心配が和らぎ表情に表れる。
ホテルのフロントへ戻ると多数が手続きが終わっていた様でがらんと、良い意味で静まりかえっていた。
それ故、照月をすぐさま発見できたので驚かせてやろうと海凪は企む。
「あっ海凪さんと真斗さん!待ってましたよ」
二歩歩いたところですぐに発見された。
頭にレーダーでもくっついているのではという速さから驚いてしまうが、本人は何事もなかったかのように平静を装う。
「スマンスマン。俺達も部屋とるけど、その後ちょっと行く場所があるから一緒に来るか?」
「場所としては、この東の方の周りより小高くなっている場所ですね」
「はい!七時までずっと暇になるところだったんで行きたいです!」
決まったところで、二人は部屋に荷物を置き観光気分で照月と一緒に神社へ向かうのであった。
ホテルから徒歩一時間で、山の麓から神社へ続く石畳の小道にたどり着いた。
皆疲れ切った表情で。
「神社使ってるんなら道全然整備しとけよっ!」
「確かにここまでの道、ほぼ獣道だったし……かなりっ…歩きづらかったです」
「はぁはぁはぁぁぁ…。最近は事務仕事しかしてませんでしたから、全身が悲鳴をあげてますね…」
「どうしてついてきちゃったんでしょぅか〜」
「ふっふっふ。ここまで来たからには最後までしっかりと付き合わせてヤルゼェェェ」
こうして石畳の階段の有り難みを全身で感じながら、獣道への理不尽な怒りを募らせていく。
怒りがおかしな方向に曲がり、もともとがあれな人を変えてしまう程に。
木々の茂っている葉の下からでは判断できなかった空が、青々とした空が葉の傘の端から顔を出す。
海凪は溜めに溜め込んだものを火山が噴火するかのよう空へと向ける。
「ついたぁぁあああ!」
テンションが狂っている為疲れている中でも一人、大きな声で歓声をあげるが他二人はそれどころではない。
何故か途中で大人にもなって、「階段を先に登りきった奴が勝ちな」と言い出した輩がいたためである。
止めずに参加した二人も自業自得なのだが。
きれぎれな呼吸を整え三人は物珍しいような目で鳥居をくぐる。
そして社へ歩いていくと少女が箒を片手に現れた。
巫女であろう。
白を基調とした緑の巫女装束を着ており、見てくれは十代だと海凪は判断した。
しかしおかしな話である。
何故この巫女以外に人の活動が一つも感じることができない。
そんな中、異変を感受できなかった照月は警戒心など微塵もなく口を開いた。
「こんにちは!」
「………あいつ、これに仕事頼んだのか?」
「ふぇぇ…」
長い沈黙の末放たれたのは、可憐な容姿からは想像できない言葉使いである。
海凪は眉をひそめ訝しげにしている巫女を見て、照月ではなく自分が依頼された事を述べた。
「巫女さん、こいつは仕事に全く関係ない。俺が仕事を受けたんだ」
「そうなのか。ふ〜む…及第点といったところか」
「他に人の気配がないようですが、ここにはあなたしかいないのですか?」
「あっ、俺もそれ気になってたんだ。嫌じゃなければ教えてくれないか?」
「…あいつが仕事を頼む奴らなら教えてやっても構わない。その代わりと言ってはなんだが先に一つ、やるべき事を終わらせてからにしてくれ」
「仕事を一つ終わらせてからってことか。それをやるために来たんだから全然構わないけど」
巫女はその言葉を聞きそうだったな、と納得した様子で海凪と真斗を交互に見やりながら内容を伝えた。
「じゃあ説明するか。この場所はここに住んでいるものなら誰もが知っている場所だ。だが最近町で身も蓋もない噂が流れている。その出どころを探ってはくれないか?」
「それを探り当てればいいってことだな」
「うん。よろしく頼む」
噂の出どころというのは、一度拡がってしまったら見つけ出すのは困難である。
しかし、この島と限られているのであればどうにかなるのではないかと海凪は踏んだのだ。
「そういえば、お互い名前も知らないよな。俺の名前は海凪でこいつは竹田、で竹田後ろに隠れてるのが照月」
「よろしくお願いします」
「よっ…よろしくです!」
「よろしく。私の名前は朝霧だ」
こうして名前を知り合うことができ、仕事の完遂に向け動き出すのであった。
「そっちから帰るより、こっちの舗装路を通って行った方が楽だぞ」
「あったのかよぉぉぉぉ!」
飲食店から多くの客が出てくる影がとても短い頃。
三人は町に戻り、照月のお腹から唸り声が耳に届いたのをきっかけに、うどんで軽く済ます。
「久しぶりに釜玉うどん食べたなぁ」
海凪はセルフサービスの冷水を飲みながら感慨深かそうにそんな言葉を言う。
「私は結構食べますよ。茹でるだけですし」
「今思えば、昼飯でもなんでも真斗が手間暇かけて作ってくれてたよな」
「一応、海凪さんに部屋を貸してもらっている身ですからね。それに私が何もしなかったら貴方、死んじゃうじゃないですか」
「マジでありがとうございます。今後ともよろしくお願いします!」
言葉通り、事務所に備え付けられている台所は真斗の戦場でもある。
それ故海凪の身体は少しでも生活習慣病から遠ざかっているので、冗談で言った死ぬというのはあながち間違いでもない。
^^