第十五話 絶望のご対面
「そんな古めかしい要求なんぞしないから落ち着け。ほら午前の紅茶だ、これを飲んで気を落ち着かせるんだな」
日本で読んだ本でも、大概は主人公の近くにいる人物が物語のカギを握っている場合が多い。
そしてその正体は思いがけないものである場合が多い。
『――実は勇者だった!』とか、『――実は敵のスパイだった!』とかだ。
「・・・好みまでわかってんのか。そうだな喉乾いたし貰っとこうかな」
でも流石にこんなケースは俺でも考えられなかった。
まさかそんな奴が、大胆に正体を現しに来るとは・・・・・・。
ってこれかなりヤバい状況なんじゃ?
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「んっと・・・ここは・・・?」
俺は目が覚めるとベッドの上へと寝かされていた。
トゥロリテの宿ではない、別の宿の様だ。
えーと、何があったんだっけ。
「やっと起きたか。貴様は出会った時から馬鹿だとは思っていたのだが、我の目に狂いは無かったようだな」
ミナキが手を組んで俺を見下す様にそう言ってくる。
お、寝起きに美少女がお出迎えだなんて何かのイベントですか。
「ってお前なあ、寝起きからいきなり馬鹿とはなんだよ。こんなモンスターだらけの世界で、普通に女の子の服装なんかしてて、お前の方がよっぽど馬鹿にしか見えねえよ」
少しは喋れる程度に回復していた俺は、先程のオーナーとの言い合いで気になっていたことにつっこむ。
そういえば宿屋のオーナーと言い合いをしていて、周りの冒険者からの歓声で盛り上がってたんだっけ。
それで俺も調子に乗って、その場の勢いに乗ろうと思いっきり体を動かしたら・・・・・・。
――そのまま気絶したってわけか。
何コレ、凄く恥ずかしいやつじゃん・・・・・・。
鎧は外されており、服も血塗れの物から真っ白で清楚な物に変えられている。
気絶している間に、こいつらが着替えさせてくれていたのか。
「そんなことよりも我が戦友よ。今日はよく戦闘に貢献してくれた。安心して永遠の眠りにつくがよい」
相変わらず見下す様な態勢で言ってくる。
それどちらかと言うと俺が言う台詞じゃないか。
しかももう一度死にそうなことをさらっと言うのはやめてほしい。
「だから上から目線で語るな。後死んでないから! ・・・・・・いや死んだけど今は生きてるから」
俺は少し横を向いて訂正する。
チラっと横を見るとミナキが口を手で押さえてクスクス笑っているのが見える。
何だこいつ、動けない俺に向かってハメに来てんのか。
嫌な性格してんな・・・・・・。
するとシルクが俺の顔に近づき優しく言ってくる。
「トウヤの性格では、二週間ここで安静にしているのは退屈だと思いますが、我慢してくださいね」
しっかりと可哀想な目で真っすぐ見てきてくれて、俺のことを心配してくれている。
そのシルクの姿を例えるなら天使とでも言うべきだろう。
よく気遣いのできる子じゃないか。
あんな調子に乗った痛々しい中二病悪魔とは大違いだ。
・・・ってその目でそんなに顔を近づけられるとドキドキするんですが。
「お、お前はよくわかってんなシルク。早く動けるようになって、この町を見たりクエスト受けたりしたいぜ」
俺は少し笑いかけて動揺しながらシルクへ言い返す。
シルクはそれを聞き、安心した様にニコリと笑顔を浮かべる。
何だろう。
こんな一つの動作だけで凄くドキドキする。
ミナキの時もそうだったが、俺って女の子にかなり弱い方なのだろうか。
引きこもっていたのもあり、向こうの世界では女の子と関わること自体が無に等しかった。
女の子に慣れている人なら動揺したりなどせずに、平然と返せているのだろう。
落ち着け、人を心配する状況で、当たり前の行動をしているだけなのだ。
決して恋愛要素なんて含まれていない。
落ち着け俺。
勘違いするな俺。
「じゃ俺はトウヤの寝ている間に、この周辺の敵を全滅させちゃおうかな!」
パロマが無邪気な笑顔で挑戦的なことを言ってくる。
そんなことができるはずはない・・・・・・のだが、それを聞いて先程の俺の緊張が解けていく。
ちょっとだけパロマに感謝しながら俺は目を瞑って、
「おいおいそれはずるいぞ。お前のレベルだけ上がってまた引き離されちゃうじゃないか」
合わせるように俺は悔しそうに言い返してやる。
するとパロマは、へへんと言って嬉しそうにする。
言っておいて思い出したが、こいつの成長速度は本当に速い。
あの黒猿倒した時も俺が一つレベルが上がっただけだったのだが、こいつは三つ上がったと言っていた。
戦闘の貢献度具合で入る経験値は変わると聞いたが、ちょっと上がり過ぎな気がする。
単純にこの世界の人間とは違う、俺の成長速度が遅いだけなのだろうか。
「――よし!私達はご飯食べたらこの町を見てくるから、トウヤはちゃんと大人しく寝ててね」
しばらく話をした後、いつの間にか昼を過ぎていたらしく、ミナキ達はそう言って部屋を出て行った。
俺も行きてえなあ・・・・・・。
しかし二週間経たないと戦闘ができず、最低でも一週間は無理には歩けない・・・か。
退屈だな。
家にいた頃は同じ状況になっても、こんなことは思いもしなかっただろう。
ベッドの上にパソコンを持って来て、ごろごろしながら一日中ネトゲ。
そんな俺が今すぐ外に飛び出たいと正反対なことを思っている。
人ってのは変わるもんだな。
そんなことを考えながらしばらく天井を見上げていると、部屋のドアが二回ノックされる。
ミナキ達が出てからそんなに経っていないが・・・忘れ物か何かだろうか。
「どうぞー」
俺は気怠げな返事をドアへと返す。
するとガチャりとドアが開き、明らかに俺の仲間ではない人物が入ってくる。
そいつは耳と顎が尖っており、紫色の肌をしていて・・・・・・!
「お前はあの時の!・・・うっ!?」
少し興奮気味に反応してしまった俺に激痛が走る。
入ってきたのはトゥロリテの夜の食堂で会った、オカマ口調の謎の男だった。
そいつは蹲る俺を見て、口を横へと伸ばしニヤニヤとしながら、眺めるように俺のことを見ている。
一体何しに来たんだこいつは。
「こんにちは、トウヤちゃん。お元気そうね?」
そいつは相変わらずのオカマ口調でそんなことを言ってくる。
こんな変人に笑われながら、煽る様に今の状況と逆のことを言われるのが凄く腹立たしい。
「俺のどこを見て元気そうに見えるんだよ。腹が裂けそうなくらい痛いんだ」
「そうね。あの魔法使いさんじゃ、まだ完全な蘇生魔法は使えないものね」
俺は苦しみながらも何とか声を出して言い返すと、そんなことを言ってきた。
何だこいつ、ミナキのことを知っているのか?
そもそも何者だこいつは。
「・・・・・・お前一体何なんだ?俺達のことを見透かしたようなことを言いやがって」
するとそいつは一旦目を閉じて左手を後ろにやり、右手を横から前へと下ろし、畏まったポーズを取る。
そして閉じた目を少しだけ開き、
「私は闇の魔法を扱う上位職のソーサラー、サンデニスよ。宜しくね。 貴方達とこの宿の大男のやり取りは見ていたわ」
ポーズとは合わない口調でサンデニスは語る。
ソーサラーといえば魔法使い系統の上位職に当たる一つの最強職だ。
普通の魔法使いとは異なり、闇属性の魔法を操る。
その闇の魔法はかなりの魔力を要するが、攻撃はもちろん、蘇生や補助魔法なども使うことができる万能職だ。
一方で上手く使いこなせない者はその力に溺れてしまい、死んでしまったり闇落ちしてしまったりしてアンデットに属するモンスターとなり、その強力な魔法で旅人を襲うんだとか。
危険であり中二要素も全開の不気味な職業である。
「・・・そのソーサラーさんが俺に何の用だ。お前に構っていると俺まで毒されて変になりそうなんだ。早く帰ってもらえないかな」
俺は睨みつけながらサンデニスを追い返そうとする。
するとサンデニスは右手の人差し指を口元に当ててから、俺に向けて何かを飛ばすように話す。
うわ、気持ち悪い。
「まあそんなこと言わないで。私はあの弱々しい女の子の魔法使いに代わって、貴方を治しにきたのよ」
そういうことだったのか。
ソーサラーの詳しい詳細とかはわからないが、かなり強力な魔法使いと聞くし、こいつならそんなこともできるのだろうか。
いや簡単にこの話を呑み込むのも何か怪しい気がするな。
容姿や性格が不気味なだけに凄く胡散臭い。
「そうか、聞いてるだけならいい話には聞こえるんだがな。でもお前に治療なんてされたら、闇属性魔法の影響で俺がおかしくなったりするんじゃないか」
・・・こいつの魔法の影響で、俺までこいつみたいな頭になってしまったら困る。
「そこはご安心なさい。他人には悪影響を及ぼさないはずよ?」
そう言うとサンデニスは目を閉じ、両手を広げて俺の方へと突き出し、勝手に呪文を唱え始める。
止めようにも体を動かすことができないので、それを見守ることしかできない。
呪文を詠唱する声は、さっきまでの無理に高くしている様な気持ち悪い声とは一変し、低く、強く、重々しい声だった。
気のせいか空気もピリピリしている様に感じ、正直に言うと怖い。
これがソーサラーって奴なのか。
普通の魔法使いとは全くの別物だ。
「『ダークリカバリー』!!」
サンデニスがそう叫ぶと、俺のベッドの上に黒い魔方陣が現れ、紫色の光に包まれる。
俺やミナキの回復魔法と違って、凄く物々しく闇に引き込まれそうな悍ましさだ。
まるでゲームのラスボスの魔王が使うかの様な、そんな桁違い感、強大さを感じさせる。
「おお・・・・・・」
俺はその凄まじい魔法の光に一瞬見惚れてしまう。
素人の俺でもわかる。
こいつは口だけではない、れっきとした上位の魔法使いなのだと。
しばらくしてサンデニスが目を開き手を下ろすと、魔法陣が消え、発せられていた光も徐々に消えていく。
サンデニスはそれを見て、左目を閉じウィンクをすると、
「これで完璧に治ったはずよ」
そう言われた俺は、横になっていた体をそっと起こしてみる。
ベッドの上で胡坐をかいて座ってみるが、先程までの激痛も嘘のようにさっぱりと消えていた。
上半身を前後させてみるが腹部に痛みは感じられない。
冒険したい、クエストしたい、強くなりたい、彼女が欲しい。
頭も正常の様だ。
何だこいつ、ただの変人かと思っていたら普通にすげー奴じゃないか。
人は見かけによらないってやつだな。
「おお本当だすげえ!完全に治ってるよ!サンキューな!」
俺は治ったことに興奮しながら礼を言う。
疑って悪い事をしたな。
世の中どんな人がいるかわからない物だ。
「あらそれはよかったわ。伊達に魔王をやってないもの。でも人間に治療魔法はかけたことなかったから、実際のところはどうなるかわからなかったのだけれどね」
そうか魔王なら闇魔法を使うのも納得できるし、実力もあって当然のはずだ。
流石そこらの冒険者とはちが・・・・・・ってオイ!
「――お前今魔王って言ったか!?俺は聞き逃さなかったぞ!!!魔王って言っただろ!!!」
俺の激しいツッコミを聞き、サンデニスはハッハッハと小さくも不気味に笑う。
すると奇抜な服を華麗に脱ぎ捨て、漆黒ながらも清楚な服装になった。
紫色の肌や人間離れした容姿も相まって、只物ならぬ恐ろしさを感じさせる。
そして右手を左から薙ぎ払うようにして手の平を俺の方へと突き出し、呪文を唱えた時の様に、低く重々しい声で名乗りを上げる。
「――私は魔王サンデニス!貴様ら人間を絶望へと陥れ、根絶やしにし、この世界を統べる王となる者だ」
宿屋に魔王サンデニスが現れた!