第十四話 冒険者
トウヤ視点の本編です。
今の自分の体ではとても歩ける状態ではない。
腹が今にも裂けそうな程に痛く、かなりの吐き気にも襲われる。
そんな状態でパロマとミナキに担がれながらトンネルを進み、奥から差し込む光がどんどん近づいてくる。
俺がトゥロリテの町を出て、初めて冒険して初めて到達する次の町、フラットへとやってきたのだ。
「――ようやく着いたか」
俺は冒険の一歩を踏み出せたことに強く喜びを感じ、笑みを浮かべて呟く。
トンネルの出口からは町一帯を見渡すことができる。
その景色はとても眺めがよく、パロマとシルクも見入っているようだ。
町の道はしっかりと整備されており、道端に雪が残っている程だが、町の外は辺り一面真っ白だ。
この町には職業に関することを担っているギルドがないので、その分人口もトゥロリテと比べたら少ないらいしく、町の規模も明らかに小さかった。
そしてこの雪の町フラットには別名があり、『氷山チャレンジャーの通り道』とも言われている。
この町は標高の高い場所となっているが、北にはフラット氷山と言われている雪山がある。
その氷山の頂上は、この世界屈指の絶景スポットとなっているらしい。
自然に溢れたこの世界の景色は、きっと日本の山から見下ろす景色と一味も二味も違うはずだ。
凄く興味がある。
それに次の町へはどういった道になっているか、というのも確かめることができる。
普段見ることのない物を見ることができ、次への一歩にもなり、一石二鳥だ!
冒険脳である俺は、トゥロリテでフラット氷山の情報を得た時から、これは制覇するしかないと決めていた。
・・・・・・今の体では行くことはできないのだが。
「とりあえずトウヤを寝かせるために宿屋に向かいましょうか」
景色に見惚れている三人を見てミナキは促してくる。
もう少し眺めていたい気持ちもあるが、流石に体がだるすぎる。
また見られるようになったら見に来ればいいだろう。
俺はパロマとミナキに身を任せ、町の中へと運ばれていった。
町の中の人々は俺達の姿を見ると道を開けてくれ、二人に担がれている俺の方へと視線を向けられる。
雪玉を投げて遊んでいる子供達も、投げる手を止めて俺の方に注目してくる。
いくら何があるかわからない異世界と言っても、町中でこんな光景を目にしたら気になるのも当たり前か。
するとパロマが手を横に上げ、子供達に向かって小さく手を振り始める。
子供達もそれに対応する様に笑って手を振り始める。
こいつなりに気を遣ってくれているのだろうか。
そんな光景を目にしつつ進んでいると、この町の宿へとたどり着いた。
シルクが宿のドアを開けて、先に三人を中へと通す。
今にも死にそうで感覚が鈍ってる俺だが、中は魔法か何かを使っている様で暖かくなっているのが感じられる。
部屋を確保する為、まずは受付の方へと並ぶ。
宿屋にしてはかなり広く、酒場や食堂らしき施設が見え、かなり大勢の人が座っている。
中には冒険者の様な身なりの人もおり、それぞれ大声を出して笑ったりしながら話し合っている。
やはり寒い地域となると、室内が溜まり場の様な感じになるのだろうか。
子供は外で元気に遊び、大人は室内で語り合う。
こんなところで妙な現実味を感じるとは・・・・・・。
やがて俺達の方へ順番が回ってくると、受付の女性は俺達を見て驚いた顔をする。
無理もないだろう。
一人のいい年した男がぐったりして、自分より年下の子供と同い年の女の子に担がれているのだ。
「お、お客様!? どうなされたんですか!?」
「私達はトゥロリテの町から来た者でして、ナイトシャドーモンキーと戦ったのですが、この人が相打ちでやられてしまって・・・・・・。私の覚えたての蘇生魔法だと完全には治らないみたいなんです。しばらくの間同じ部屋に泊めさせていただけませんか?」
慌てて応対する受付の女性にミナキは丁寧に返答する。
・・・・・・何か別人みたいだな。
俺と話す時は変なことばかり言う癖に。
一度生き返って襲ってきた不可解な現象に関しては、一応伏せてくれている様だ。
「――そういうことでしたら・・・・・・。少し待っていてくださいね」
受付はそう言うと、ドアを開けて奥の部屋に入っていった。
そして何やらぼそぼそと聴き聞き取れない話し声が聞こえてくる。
やがて声が聞こえなくなると、奥の部屋から出入り口を潜る様にして、立派に髭を蓄えた一人の大男がやってきた。
その男の身長は二メートル位はあり、こちらは顔を上げないと目線を合わせられない程にでかい。
それに続いて先程の受付の人も出てくる。
男は真剣な顔をし、俺達全員の顔を一人一人じっくりと眺めると、
「俺がこの宿を経営している者だ。ふむ、見たところ子供達ばかりじゃないか。あの黒猿と戦ったという話が信じがたいところなのだが・・・・・・」
「オ、オーナー!?」
俺達に疑いをかけるオーナーに、受付の女性が驚きの声を上げる。
その宿のご主人は、どうやら俺達の身なりだけを見て判断している様だ。
確かにそれ程年齢もいかない子供達のパーティに、大した装備も特に持っていない。
パロマやシルクは鎧やローブこそ着ているものの、ミナキに至っては、冬の町にその辺りにいそうなただの女子高生の様な見てくれである。
鎧や服は体をぶち抜かれたこともあり血だらけだが、確かにあの猿を倒した物的証拠とはいい難い。
疑われるのも無理は無いが、何とか言い返してやりたい。
――だが今の俺には喋る気力はもう無いに等しい。
「そこらのモンスターに転がされてきて、そんな姿になっちまったんじゃないのかい?」
オーナーは更に追い打ちをかける。
あの黒猿がいるとなると、トゥロリテ側からの人の出入りは少なくなる。
すると当然この宿へと影響も及ぼしてくるだろう。
それを退治できたかできていないかは、このオーナーにとってとても大事なことなのだ。
その話を持ちかけられれば、真剣になるのも無理はないか。
人が陰でどれだけ頑張ろうと、報われないときは報われない。
それは向こうの世界でもこちらの世界でも同じなんだな。
そう俺は諦めていた。
・・・・・・その時だった。
「私達は嘘なんてついてません!ミナキが麻痺魔法で猿のモンスターの動きを止めて、そこへパロマがしっかりと息の根を止めました。それにトウヤはそのモンスターに一度殺されたんです!信じてください!!!」
その訴えかける大声に、周囲の人の視線がこちらに一気に向けられる。
そして必死に訴えかけていたのはパロマでもなくミナキでもなく・・・・・・。
トンネルの前で喧嘩した様に、いつにも増して感情を露わにしたシルクだった。
それを聞きオーナーも口を開け、驚いた顔をする。
俺も驚きだ。
というよりこいつ怒る時は本当に怒るなあ。
それにその説明だと、俺がただ死んだだけに聞こえるのがいただけないんだが。
「本当だよ!冒険者じゃないおじさんにはわからないと思うけど、僕の剣でしっかり倒したんだよ!信じてよ!!」
続く様にパロマもオーナーへと訴えかけた。
助かるんだけど、あまり煽った感じで言わないでもらえる方がいいと思うな。
三人はオーナーに向かって真剣な眼差しを向ける。
三人も俺と同じく、信じてもらえないのが嫌で悔しいのだろう。
仲間に共感してもらえるというのは嬉しいものだな。
オーナーは腕を組み、目を閉じて考え始める。
まだ疑っているのだろう。
クソッ、本調子なら一発ぶん殴ってやりたいところだ。
「俺、この姉ちゃん達が上の方から下って来るのを見てたぜ」
そんな男の声が後ろの方から聞こえてくる。
「私も見たわ!この人達、トゥロリテの町の方角から来た人よ!」
女の人の声も聞こえてくる。
俺達を擁護してくれるってのか。
「なあ主人、こいらの話信じてやってくれよ」
「そうだそうだ!そこらのモンスターじゃこんな大げさな姿にはならねえよ」
「あんな迷惑な化け物やっつけてくれたんだ。タダで泊めてやってもいいんじゃないかい?」
次々と俺達に味方してくれる冒険者の声が聞こえてくる。
同じ冒険者たるものだけに通ずる思いがきっとあるのだろう。
頼もしいぜ、お前ら!
様々な冒険者の声を聞き、オーナーも顔をしかめていく。
宿内は様々な冒険者の声が飛び交っている。
物凄い人数が俺達に味方してくれているのだ。
そんな状況に我慢できなくなってきたのか、オーナーは体をぷるぷると震わせる。
やがてオーナーは目を見開くと、
「よおおおおおおおおしわかったああああああああ!!!あのモンスターを倒したことを信じてやろうじゃないかああああああああああ!!!!」
オーナーはやがて吹っ切れたかのように、建物中に響き渡る大声で俺達を認める。
すると周囲のざわつきも一瞬で鳴りやんだ。
俺は何もしていないが、やり遂げたかのような達成感が込みあがってくる。
ありがとう冒険者仲間達!
オーナーは叫び終わると、一旦息を整える。
「それで、何日ウチで泊まりたいんだ」
オーナーが聞くとミナキは財布を取り出して、
「あ、そうでした!すいません!えーっと二週間泊まりたいんですけど・・・・・・!!」
急に本題に入り、財布を取り出すミナキ。
だが何か見てはいけないものを見てしまったかの様な、まずいとでも言った様な表情をしミナキの動きが止まる。
どうしたのだろうか?
だがオーナーはその光景を見ると、
「――ああお代はいい。あの猿を倒してくれたんだろう、礼がしたい。それに・・・・・・疑って悪かったな。二週間ぐらいタダで泊まっていけ。 飯もタダにしてやる」
オーナーがさらっとそんなことを言う。
結構優しいじゃないかこの人!
すると再び、辺りから歓声が飛び交い始めた。
「おおおおお! オーナー流石だ!!」
「太っ腹じゃねえか!」
「よっオーナー!俺もタダにしてくれい!」
「お前は一般客だろ!金払え!」
そんな叫ぶ冒険者とオーナーのやり取りも聞こえる。
いいな!これぞ冒険者達の間で起こるやり取りって感じで!
こう、盛り上がるような感じがとても気持ちがいい。
よーし、俺も思わずガッツポーズを・・・・・・!
「よっしゃ!? ――ああああああああああああああああ・・・!!!!」
「「「トウヤ!?」」」
瀕死の状態で無理に体を動かした俺は、あまりの痛みにそのまま気を失ってしまった。