第十二話 妖精の噂
「ミナキは俺達と会ってそんなに経ってないけどさ、何でそんなにべったりなんだ?ちょっと気持ち悪いよ」
「そうですよ。私を見て笑ったり抱きしめたり、一体何なのでしょう」
杖職人の店へ向かう途中、パロマとシルクに責められる。
うう、気持ち悪いは傷つくな。
「シルクのことが可愛くて可愛くてつい・・・ね・・・?」
動揺を隠せず、そんな曖昧な返事が口から出てくる。
トウヤにも注意されたことがあったが、そこまでいけないことなのだろうか。
私は可愛がってあげてるだけなんだけどな。
「私はそういう目で見られたりするのは慣れてないので、程々にしていただけると助かります。――着きましたね」
シルクにそんな大人の対応をされながら、私達は杖職人の店へと着いた。
お金がないので杖を作って貰ったり強化してもらうことはできないが、職人がどんな杖を作っているのかは凄く気になる。
どうしても欲しい物があれば、しばらくはここに滞在するんだしクエストでお金を稼げばいい話だ。
私は味のあるドアベルの音を聞きながらドアを開ける。
ベルの音色は心地よく、職人の店という雰囲気を醸し出してくれる。
そんなことを思いながら、店の中を見回してみるが、人の姿が見えない。
留守なのだろうか?
でも鍵もかけずに店を出るはずもないか。
ここは私自慢の演技を入れつつ、店の人を呼んでみよう。
「つ、杖職人様ああああああ!!!貴方様のご自慢の杖を是非この目で見たくううううう!!!遠い地から遥々やって参りましたああああああ!!!」
私は時代劇の旅人風に、勢いよく挨拶をする。
小学生の頃からは声量には自信があり、友達からはスピーカー女の三奈木ちゃんと呼ばれた程だ。
パロマとミナキから痛い人を見る様な視線を浴びせられるが、今の私の会心の演技が職人の心へと響かないわけがない。
ほら、ドタドタと慌てて駆け寄るような職人の足音が・・・・・・。
「――曲者か!? ロウル様に手は出させん!『フレアライトニングボール』!!」
「うわっ!」
奥から三十を超えるか超えないか程の、杖を持った男が出てきた。
声を荒げ奥からやってきた男は、私に向かって杖を掲げ、突然魔法を放ってきた!
その人は明らかに私を警戒しているような、険しい表情をしていた。
ちょ、そんな唐突に魔法を撃たれたら対応できな――、
「――よっと!」
バシュンッ!
私は慌てて右腕を前に掲げ、防御態勢をとったが魔法を受けた様な様子はなかった。
一体何が起こったのだろうか。
私は恐る恐る腕を下ろす。
すると私の目の前には、剣を振り下ろした姿のパロマがあった。
パロマは用が済んだかの様に剣をしまうと、魔法を放った人物を睨みつける。
私に魔法が届くまでのあの瞬間に、素早く剣を抜いて魔法を撃ち消したのか。
凄い反応力だ・・・・・・。
「ちょっとお兄さん、確かに派手で迷惑なうるさい挨拶をしたかもしれないけど、いきなり魔法を撃ってこなくてもいいじゃないか! 危ないよ!」
パロマがそんなことを言ってくれるが、貶しているのか擁護してくれているのかがわからない!
遠くの地から職人に会いたくて、苦労してやっと会えた嬉しさを抑えきれない、そんな旅人を演じてみたのだが。
「ええいうるさいっ!大体そこの黒髪の女、赤眼と青眼なんて変わった顔をしているではないか。 魔物が人に化けているのではないのか?」
な、この人・・・・・・!
私のオシャレを貶した上に、魔物呼ばわりするなんて!
どういう神経しているのよこの人は!
「ちょっとちょっと!いい?この眼は私のチャームポイントなの!それに魔物呼ばわりなんてあんまりじゃないの?あんたこそ人としてどうなのよ!」
私とパロマで男と睨み合い争っていた。
シルクは表情を引きつらせて、私達の一歩後ろでそれを眺めている。
男は身構えながら私に言い返そうとする。
すると店の奥から、か細いおじいさんの声がしてきた。
男は声の方向へ体を向かせ、それを聴き始める。
私達の位置では聴こえない、ぼそぼそとした感じの小さな声だった。
やがて声が聴こえなくなると、男はこちらへ向き直り
「・・・・・・ははっ!すぐ向かいます!ロウル様と話をしてくるから、お前達はここで少し待っていろ」
男はそう言うと、ドタドタと店の奥へと走っていった。
一体何なのだろうか。
よくわからないまま争いが始まって、終わっていた。
「今のあの人の魔法は、下位の火と電気魔法を組み合わせた複合魔法ですね。中位魔法まで使えるのでこの地域では相当強いはずです」
男が去ると、シルクが私の隣に来てそんなことを語る。
複合魔法は中位魔法まで習得すると、下位魔法同士を組み合わせて放つことのできる、魔法だけができるテクニックの一つだ。
上位魔法を習得すれば、同じように中位魔法の複合魔法を扱える。
私の回復と補助魔法も、中位まで習得することができれば、防御と回復を同時に行ったりできてとても便利になる。
肝心の中位魔法と比較すると、威力は中位魔法より低くはなるが、消費魔力が少なく下位魔法を使うよりは威力は高くなるので、複合の攻撃魔法は使い勝手がいいと聞く。
どういった人なのかはわからないが、正直あまり関わりたくない。
そもそもベルがあるんだったら、鳴らした時に返事の一つでもしてほしいところだ。
それにあの人はさっきロウル様って口にしてたけど、その人は一体どんな人なのだろう。
私達三人はしばらく待っていると、先程の男が奥から姿を現した。
男は唇を噛み締め何か言いたそうにしながら、こちらに手招きをしてくる。
こちらに来いということだろう。
私達三人は顔を見合わせて首を傾げ、疑問に思いながら奥へと向かって行った。
「ロウル様がお呼びだ。粗相のないようにな」
店の奥の部屋まで案内し、男はそう告げると壁に腰をかけ、目を閉じて手を組む。
部屋の中にはベッドに横たわっている初老くらいの男がいた。
きっとこの人がロウルって人なのだろう。
無防備に目を閉じて手を組んでるこいつに、ちょっかいの一つや二つかけてみたいが、また騒ぐのも面倒なのでそのまま部屋の中へと入る。
私達はベッドの男に近づくと、その人はこちらを向いて、
「こんにちは、私が杖職人のロウルだ。恥ずかしいことに今は腰が悪くて、仕事はできないのだがね」
さっきの男とは違い、微笑みながら優しく私達に挨拶してきた。
この人が杖職人のロウルか。
声は少し小さく、顔は老けているが、堂々としたその口調は職人の威厳が感じられる
想像通りと言えばその通りなのかな・・・・・・?
って今気になるようなことを言っていたような。
「杖を作ることができないんですか?」
私が聞き返すよりも速く、シルクがロウルに質問をする。
この子はこの町に来てから、職人に凄く興味を抱いている。
同じ魔法使いとしてはわからなくもないが。
「小さくて可愛いお嬢ちゃんだね。そうだ。数日前に腰が急に悪くなってしまってね。今の調子じゃ作れないんだよ」
「そうなんですか。ロウルさんの作った杖が欲しかったのですが・・・・・・、残念です」
それで寝たきりになっているのか。
歳の影響だろうか、可哀想な話だ。
かなり有名な職人だし、このまま杖を作れないとなると大きな影響が出そうだ。
何とかしてやれないものだろうか。
「というわけだ。諦めて立ち去るんだな」
部屋の前で話を聞いていた男は、険しい表情で私達に言ってきた。
癪に障るが、事情を知った以上はこの人と喧嘩をしても仕方がない。
シルクも落ち込んでしまっているが、ここは素直に諦めよう。
「お嬢ちゃん達、ちょっと待ってくれないか。頼みたいことがあるんだ」
私達が部屋の外へと振り向くと、ロウルが呼びかけてきた。
頼み事?私達に何かできることがあるのだろうか。
「頼み事・・・・・・ですか?」
「そうだ。この町を西に行ったところにある森林に、妖精が目撃されると言われているのは聞いたことあるだろう」
私達はそれを聞いて頷く。
でもその妖精は滅多に人の前に現れず、幻とも言われているくらい、目にすることはできないそうだ。
そんな妖精が何か関係があるのだろうか。
「その妖精に会ってきてほしいんだ。妖精たちはどんな痛みにも効くという完治の葉という物を持っていてね。それを貰ってきてほしいんだ」
「しかし妖精は幻とまで言われていて、滅多に見られないと言われています。そんな妖精に会うなんて難しいのでは・・・・・・」
シルクが落ち込んだまま、ロウルに対応する。
シルクの言う通りだ。
ちょっと無茶を言っているのではないだろうか。
確かにその葉でロウルの調子が良くなるのなら、手伝いをしたいところなのだが。
するとロウルはフフンと笑い、得意気に話し始める。
「中々姿が見れないというのはね、まず二つ条件があるからだ。一つは純粋な心優しい人の前にしか姿を現さない。彼ら妖精は普段姿を隠しており、心を感じ取る力がある。何か悪い事を目的に森林に来る人の前には絶対に姿を見せないんだ」
子供の頃に読んだ本とかでも、聞いたことがあるような習性だ。
妖精やエルフは心の汚れた人間を嫌う性質があったり、清らかな人の願いを叶えてくれたりとか。
でもそれだけで幻と言われる程の存在にはならないだろう。
二つ目の条件が引っかかっているはずだ。
「二つ目の条件はなんですか?」
「うむ。ここが結構落とし穴となる条件なんだ。二つ目は子供の前にしか姿を現さないということだ。大人は子供と違い、悪い方向へと考える輩が多い、という理由で避けているそうだ」
なるほど・・・・・・。
妖精が現れるという話を聞けば、夢見がちな子供はそれを見てみたくなる。
しかしそんな噂が流れている場所と言えど、日本と違ってここはモンスターだらけなのだ。
子供が行こうにもモンスターと戦えなくて殺されてしまうし、それ以前に親が行くのを許さないことだろう。
それに妖精を見た子供がいたとして、親と一緒に森林へ行っても親はその姿が捉えられず、親は子供が幻覚か何かを見たと思い込んでしまう。
それなら噂程度にしかならないわけだ。
「でも不思議だよね。しっかり会う方法がわかっててさ、なんで噂にしかならないの?」
パロマがもっともなことを口にする。
条件さえわかっていれば、その存在に納得も行くのではないのだろうか。
絶滅・・・は無いか。
今会いに行ってほしいって言っているわけだし。
するとロウルは真剣な顔になり語りだす。
「それはこの町では妖精の条件のことを、私しか知らないからだ。人は成長すれば、やがて自分の道を進む為に町を出ていく。子供は妖精が子供にしか見えないということを条件と知らずに大人になり、この町を出ていくから、やがて会うことのできる条件を知る人が途絶えていく。やがて時代の流れで、上手い具合に噂話となったんだ」
中々深い話だ。
子供にしか会えない、噂の妖精。
まさに童話の様なとでも言うような話で、子供心がくすぐられる。