宴会にて(アグラダとイヴン、『空の座』より)
※この小話は、以前バトンで答えた、
◇お酒を飲んだ時
アグラダ(ラスティエ教の教義で酒を飲んでいいかどうか、イヴン枢機卿と延々と論議する。結局はイヴンに酒のグラスを取り上げられる)
を元に構成されています。
ラスティエ教国の教皇アグラダ(外見年齢は二十七歳、実年齢は千歳)はお付きの人と共に宴会の席に呼ばれた。
アグラダ「お酒を口にするのは何百年ぶりだろうか。普段は周囲の人の目もあって飲めないからなあ」
そう言って酒のグラスに口をつけようとすると、枢機卿のイヴンがやって来る。
イヴン「ちょっと待って下さい、教皇様。あなたは天空神ラスティエに仕える身であり、すべてのラスティエ教徒の模範となる方です。そんな方がラスティエ教の教義に反して、酒を口にしてもよろしいのでしょうか?」
アグラダ「ラスティエ教の正式な教義では、酒を飲んではいけないとは定めてはいないのだよ、イヴン。それはリコッサの聖典に書かれている教義ではないのかい? 確かにリコッサの聖典には、酒は堕落の飲み物だと書かれ、禁止してはいるのだけどね。それも解釈の仕方によっては、酒を飲み過ぎなければ良い、とも受け取れるのだよ?」
イヴン「しかし聖ウルリウスの教義では、酒を飲むことを全面的に禁止しています。ピッポスティの聖典でも、酒は人にとって有害で口にしてはならないと書いてありますが?」
アグラダ「聖ウルリウスはただ単に酒が嫌いだっただけだよ。だから酒を飲むことを教義で禁止したんだよ。ヒッポスティはどうだったかな? あぁ、思い出した。ヒッポスティは、酒を飲んでからんで、好きな女の子に振られたから、聖典にそう書き残しているだけだよ」
イヴン「そうなんですか?」
アグラダ「そうなんだよ。だからラスティエ教の教義では酒を飲んでいいんだよ」
イヴン「しかしラスティエ教の信心深い者達は、我々聖職者も含め、酒を絶っていますが?」
アグラダ「そんな固く考えることは無いんだよ、イヴン。この宴会の席では、逆に酒を飲まないことの方が失礼だと私は考えるが?」
アグラダは酒のグラスを口につける。そこへすかさずイヴンがグラスをひったくる。
イヴン「宴会であれ、どこであれ。現在のラスティエ教の教義では、広くそう信じられているのですから、その指導者である教皇様には人々の目がある場所では、その模範となっていただきたいと、私は考えますが?」
イヴンは微笑を浮かべながらも、その目は笑っていない。
アグラダ「で、でも、この場は宴会なんだし、少しくらい飲んだって良いんじゃないかな? 私も久しぶりにお酒飲みたいし…」
イヴン「酒は教皇様のお体に良くない影響を与えかねません。教皇様はお年もお年ですし、お体のためにも酒を慎んだ方が良いのではないでしょうか?」
アグラダ「でも、少しくらいなら」
イヴン「駄目です」
アグラダ「ちょっと飲むくらい」
イヴン「駄目です」
アグラダ「……(不満顔)」
イヴン「何ですか。何か言いたいことがあるのでしたら、どうぞ仰ってください」
アグラダ「イヴンのけち、頭でっかち(ぼそり)」
イヴン「!」
イヴンは手に持っていた酒のグラスを握りつぶす。グラスは砕け、酒が辺りに飛び散る。
イヴン「よく聞こえませんでした。もう一度仰ってください」
アグラダ「(震えながら)いや、いい。じゃ、じゃあ、烏龍茶を頼もうかな?」
イヴン「では給仕の者を呼びましょう。あ、烏龍茶を二つと、雑巾とほうきとちりとりを頼む」