告白(『仮面舞踏家』より)
「師匠、俺のところに嫁に来て下さい!」
そう言って花束を手渡す弟子に、仮面師の彼女は思いっきり渋い顔をする。
まだ入って一ヶ月になる弟子と、花束とを見比べる。
溜息を吐く。
「あんた、入って一ヶ月で何寝ぼけたこと言ってるの?」
彼女は新米の弟子の言葉をまともに取り合おうとしない。
「確かあんた、実家が仮面師で、父親の跡を継ぐために私の工房に入って来たんじゃないの。どうせあんたのことだから、手っ取り早く実家の工房の名を上げるために、私を嫁にもらって自分は楽しようと思ってるんじゃないの?」
彼女が新米の弟子の顔をうかがうと、図星とばかりに視線を逸らしている。
やっぱりそうか、と彼女は溜息を吐く。
「悪いけど、私はあんたの実家の工房には嫁に行けない。他を当たるんだね」
彼女は手をひらひらとさせて、新米の弟子を追い払う。
そんな根性ではすぐにこの工房を辞めるだろうと見通しを付けて、彼女は仮面に使う木材の選別に戻る。
まだ花束を持って立ち尽くしている新米の弟子を、兄弟子である青年が追い払う。
「ほらほら、仕事に戻った戻った。師匠は忙しいんだ。そんな甘いこと考えてると、この先の師匠のしごきには耐えられないぞ?」
新米の弟子は肩を落とし、彼女から離れて行く。
彼女は木材から顔を上げ、古参の弟子を振り返る。
「そういえば、お前はどうしてまだ私のところにいるんだ。お前の技術ならば、もう一人で工房を構えてやっていけれるはずだが?」
不思議そうに問い掛ける。
「それはほら、まだ師匠のところで学ぶべきことがあると思ったから」
「私はお前に教えられることはすべて教えたはずだぞ? 後お前に足りないのは、経験くらいなもので…。いや、経験ならば私にも足りないな。もっと数多くの経験をしないと、とても先人たちの技術には及ばない」
彼女は木材の表面を指でなぞる。
その指は、一般的な女性の細く繊細な指ではなく、職人の太く節くれだった指だった。
古参の弟子は困ったように頭をかく。
辺りを見回し、工房の中に他に人がいないのを確認する。
「あ~、師匠。良かったら俺の嫁になってくれませんか? 俺、こう見えても真面目で、師匠に苦労は掛けさせないつもりですよ?」
彼女は木材から目を離さずに答える。
「いいぞ」
「いいんですか?」
古参の弟子は驚いて聞き返す。
彼女は古参の弟子を振り返り、にやりと笑う。
「ただし、私の作品を超える出来の仮面を作れたらな」
「え~、せめてワインの飲み比べで、どちらが先に酔い潰れるか、にしましょうよ」
「お前、北方の出だけあって酒に強いだろう。それでは私の分が悪い」
「酔った師匠も可愛いですよ?」
「馬鹿、それでは私が損をするだけだろう」
そんなやり取りを交わしつつ、二人は笑っている。
彼女は、それも悪くないな、とぼんやりと考えていた。
おしまい