表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ノモンハンの亡霊

作者: トファナ水

 本作は「自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた(分家)」のSSスレ(萌え)にて展開されている「帝国の龍神様」の二次創作作品として、同スレにて発表された物です。

「帝国の龍神様」の一部再編集版が、小説家になろうにて「帝国士官冒険者となりて異世界を歩く」http://ncode.syosetu.com/n7036ca/ として掲載された事に伴い、同作の二次創作作品として、原作者の北部九州在住様(「分家」での執筆名義は龍神様の中の人様)の御許可を頂きUPしました。

(参考:『帝国の龍神様』まとめサイト)

 1942年10月。

 東部戦線に於いて枢軸軍の俘虜となったソ連兵の中に日本人とみられる者が存在するとの報道が、突如世界を駆け巡った。

 あわてた日本政府は在独大使館を通じ、事実関係を照会した。

 ドイツ側の説明は、次の通りであった。


 最近になって俘虜収容所に配属された将校の内に、日本に滞在経験がある者がいた。

 その将校が、これまでモンゴル系義勇兵ばかりと思われていたアジア系俘虜の内に、日本語を話す者がいる事に気付いたというのが、事のあらましである。

 SSの厳重な監視の下、大使館員が当該俘虜に面談した処、まさしく彼等は日本人だった。

 ノモンハン事件の際にソ連の俘虜となり、停戦後の俘虜交換の際に帰国を拒否。そのままソ連軍に編入されたというのである。


「何故、帰国を拒んだのか?」

「……俘虜となった事が判れば、自分は元より、家族までが国の恥、非国民として扱われてしまいます。それならば、行方不明となった方が良いと思ったのです。ソ連側には、偽名を伝えました」


 日本人俘虜は総勢二十名程だったが、おおむね、同様の答えだった。

 ノモンハン事件当時には、”生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ”の一節で知られる、戦陣訓はまだ存在しなかった。

 また、俘虜になった事自体を処罰する規定は、当時は元より、昭和十七年現在にもない。

 しかし、俘虜になった事を恥辱とし責め立てる風潮は、戦陣訓刊行以前から、既に日本に蔓延していた。

 加えてノモンハン事件では、交戦相手が共産国だった事も災いした。俘虜となった者が赤化思想を植え付けられているのではないかとの疑念も持たれたのだ。

 帰還した俘虜達の内、将校は自決を強要され、下士官・兵もまた、辺境に配転されて長らく帰国を許されていない。

 ただ、当該俘虜達の日本陸軍における階級は全員、上等兵以下の兵であり、自決を強いられる立場にはなかった。国民の義務として兵役に就き、運悪く満蒙国境の部隊に配属されただけの者達だったのである。


「彼等をどう処置するおつもりか」

「我が国としては、貴国が”適切な対応”をお約束して下さるなら、お引き渡しする用意があります」

「”適切な対応”とは?」

「法に則った”適切な対応”をと、総統閣下は貴国に期待しておられます」


 在独大使館の報告を受けた日本政府は、対応に苦慮していた。

 ドイツは、日本が英国と関係を修復しつつあり、さらに人道支援と称して医薬品等をソ連に輸出している事に神経を尖らせていた。

 今回の件を利用して、日ソ間の冷却化を狙っているのだろう。

 既に当該俘虜は日本人ではないとして突き放せば、ドイツは日本の責任放棄として受け取り、対英接近で危うくなっている日独同盟にさらなる亀裂が入るのは明白だ。

 今後の欧州情勢いかんによっては、日英同盟復活、枢軸陣営からの日本離脱という選択肢も有り得る。だが、未だその意を決する時期ではない。

 また、日本には陸軍を中心に、親独派が根強い事も懸念された。

 閣僚間で議論がまとまらぬ中、小磯首相は決断を下した。


「当該俘虜の送還を受け、日本の手で処分するしかあるまい」

「処分とはいかなる物になりますか」

「一命をもって償わせねば、ドイツは納得しないだろう」

「当該俘虜は全員、兵であります。将校・下士官ならともかく、それはあまりに過酷」 

「仕方あるまい。俘虜交換の時に戻っておれば、命までは取らずに済んだのだ」

「しかし、法に則った処置、即ち裁判にかけよというのがドイツの意向です。自決という訳にはいきますまい」

「俘虜を正式に処罰せよと言うのが、先方の意向だからな」

「法で裁こうにも、俘虜となった事を処罰する法的根拠がないのです」

「実は非公式に、外患援助罪の適用を望んでいる旨の打診があったのだ」

「外患援助罪!」

「内外に日独同盟が健在である事を示すには、これが有効という事なのだろう」


 外患援助罪とは、外国からの武力の行使において、外国の軍務に服する事又は軍事上の利益を与える事を内容とする。法定刑は死刑、無期懲役又は二年以上の有期懲役となっている。

 しかし、これはあくまで日本に対する武力行使を想定した罪であり、同盟国に対する武力行使が範疇に含まれるかは疑問だった。


「外患援助罪を適用すれば、大津事件の再来です!」

「判っている。独・英を両天秤にかけておく状況を今しばらく保つ為にも、それは不味い」

「では、法根拠はどうなさるおつもりか」

「うむう……」


 議論はいかなる法を適用すべきかという法論に移り、陸軍刑法の逃亡罪を適用して死刑と決まった。俘虜交換での帰国を拒否した事が、逃亡に該当するという論法である。

 また、当該俘虜は日本に移送せず、在独大使館において特設軍法会議を開廷し、判士は在独大使・大島浩陸軍中将及び麾下の駐在武官・武官補が担当する事や、判決後、刑は直ちに大使館敷地内にて執行する事も決定された。

 通知を受けたドイツ側は、外患援助罪を適用しない事に不満を漏らした物の、裁判結果をドイツ宣伝省によって広報する事を条件として、決定を受け入れた。

 日独政府間の合意を受けて日本人俘虜達は在独大使館に引き渡され、慌ただしく特設軍法会議が開廷された。

 俘虜の中には、既に自分達はソ連国籍であり、日本人として裁かれるのは不当であると抗弁する者もいた。

 しかし、正規の手続きによって日本国籍を離脱していないとして、その主張は一蹴された。元より、結論は既に出ている茶番劇である。


「被告を銃殺刑に処す!」


 大島大使による判決後、俘虜達は直ちに中庭に引き出されて執行を待つばかりとなった。

 記録及び広報の為の取材を兼ね、ドイツ宣伝省の意向を受けた国策映画会社・ウーファーの撮影技手が、機材の準備を進めている。


(世界中の晒し者にする気か!)


 大島大使ばかりでなく、大使館員の誰もが内心で唇を噛んだが、処刑の撮影及びその公開も政府間の合意事項に含まれている為、抗議する事は出来なかった。

 銃殺刑の準備が整う中、立ち会いのSS将校から物言いがついた。


「大使閣下、この売国奴共に名誉ある銃殺を与えるのは、相応しくないのではありますまいか」

「しかし、我が軍の規定では銃殺刑となっている。今から絞首台か断頭台を用意しろというのかね?」

「成る程。では、この者達はソ連兵であります故に、銃殺もソ連の様式で行うのが良ろしいかと」


 一般的な銃殺刑は、死刑囚を柱に縛り付けるか壁際に立たせた上で、複数の銃殺手が一斉に胸部を狙って狙撃する。銃殺手の心労を緩和する為、銃弾が込められている銃は一部であり、残りは空砲である。

 対して、ソ連で行われている銃殺刑は、死刑囚を跪かせ、背後から後頭部に大型拳銃を突きつけて撃つ。

 死刑囚の頭部は大きく損壊されて無残な様相を晒す事となり、また銃殺手も、自分の撃った銃弾ではないと内心を誤魔化す事が出来ない。


(最後の嫌がらせか...)


 大島大使が、銃殺手として控えている下士官達に目をやると、一様に顔をこわばらせているのが解った。

 彼等は本来、大使館の警備が任務だ。暴徒や不法侵入者ならともかく、無抵抗の同胞を射殺する羽目になるとは思ってもいなかっただろう。


(あの精神状態では、とても狙撃などおぼつくまい。万が一し損じれば、日本の恥を上塗りする事になってしまう)


 そう言う意味では、SS将校の要望は考慮する余地がある様に思われた。

 だが、ソ連式の銃殺では、下士官達の心痛が桁違いに大きくなる事も想像に難くない。

 大島大使は、自ら銃殺刑を執行する決心をした。


 「私がやる。受刑者を固定しろ」


 俘虜達は後ろ手に縛られ、目隠しを施された上で、横一列に跪かせられた。

 大島大使は俘虜達の後頭部を、拳銃で次々と破壊していった。

 乾いた銃声が大使館に響き渡る。

 ウーファーの技師達は、脳漿をぶちまけて斃れゆく俘虜達の様子を、淡々と撮影していた。

 銃殺刑の様子はニュース映画として、日独並びに枢軸諸国、そして中立国へと配信された。

 日本の大衆は、俘虜を自ら射殺した大島大使を、日本の恥をそそいだ英雄としてもてはやした。また、処刑された俘虜達の遺族は、非国民として圧力を受け、一家心中や家族離散が相次ぐ事となった。

 連合国に対しても、中立国を通じてフィルムは渡っていった。

 対日接近を図っている英国は、軍の名誉を重視する措置として比較的冷静に受け止めた。

 一方、米国に於いては、俘虜となる権利を認めない野蛮国であるとして、日本に対する批判が渦巻く事となる。

 当事国の一つであるソ連においては、このニュースはむしろ自国民に対する見せしめとして活用された。日本同様、将兵に無降伏主義を強いていたソ連は、敵軍に降伏した者の末路を示す良い材料としたのだ。

 また、ドイツが期待した日ソ冷却化の効果はほとんど見られなかった。劣勢のソ連は、日本からの人道物資を絶たれる事を怖れ、処刑に対する一切の抗議を行う事が出来なかった為である。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ノモンハンからドイツと聞くとハッピータイガーを思い出します 有り得なくはない状況を胸くそ悪く(誉め言葉)描写されていて素敵ですね 元ネタ作品も追ってますが、元ネタよりも胸くそ悪い雰囲気が増し…
[良い点] まるで史実で実際の起こった事実であるかのような冷徹なリアリティがありました。 あらすじを見なければ、勘違いしかねないほどに硬派な戦記でした [気になる点] 短編は間に、あらすじと各話への…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ