暁の7人 75年
2015年11/20ガラケー投稿 2022年9/13タブレット端末にて改稿開始〜9/23作業終了 投稿当時は幻の名作扱い 2020年DVD化
【 ドイツ軍は残虐非道な侵略者で居てもらわなければならない 飴と鞭の政策で右肩上がりのベーメン・メーレン保護領 (チェコスロバキア併合=ドイツ領扱いだった)における戦闘機/戦車/重軽火器の生産を妨害するためラインハルト・ハイドリヒ副総督を暗殺せよ その結果起きたのは無辜の民間人5000人の大虐殺を皮切りに始まった強制連行と見せしめ処刑 占領期の犠牲者は57000以上+ユダヤ人推定7万〜11万人 映画好きだった父親からのお勧め作品の話でした 碌な説明描写無しで観せられた時はあまりの悲惨さにドン引きしましたが チェコでもイギリスでもなくアメリカが製作した理由が有るそんな物語 】
★正義だの自由とか綺麗事で騙され片道切符で使い棄てられたレジスタンスに機動隊員だった父は誰を投影してたのか? 敢えて言うまでもないですかね
原題:THE PRISE OF FREEDAM 自由の対価
英国公開版はOPREATION DAYBREAK 暁作戦
アメリカ劇場公開作品
76年 日本 劇場公開
原作:アラン・バージェス SEVEN MEN AT DAYBREAK 1960年
翻訳版は76年早川ノンフィクション文庫 暁の7人 ハイドリヒの暗殺 で出版⇒後年色々捏造判明し廃版に(笑)
旧稿執筆当時は午後は寝る時間&ワンコとお散歩タイム 深夜00:00〜朝09:00辺りまでコンビニでバイトでしたから躁鬱状態で喜怒哀楽がもう滅茶苦茶……やはり人間は夜眠り昼間働くべきだと今なら断言します ただ、あのまま会社残っても僻地に島流しで寮住まいの挙げ句同じ生活待ってた訳だし 相手違っても言葉の刃物でズタズタになるまで神経擦り減らした後で傷口に辛子擦り込む様な人間関係はそのまんま どの道1度死に掛けるのは確定していた訳だ(汗) 2015年=平成27年は今振り返ってみるとイスラム原理主義者達による無差別テロの年 軍や政治家ではなく女子供中心に民間人を狙った自爆テロや無差別発砲事件がヨーロッパ全域〜トルコや東南アジアまで頻発し輸出元のアラブ諸国ではISIS アフリカ諸国ではボコ・ハラム等々による殺戮行脚 世間もプライベートもヤサグレモードだった時にふと思い出したのが高校生の頃、父親のお勧めで並んで見る事になったこの作品
確か私が近所の違法レンタル店で借りて来た ペイルライダー と 遠すぎた橋 を共に視聴 お前もしっかり血を受け継いだかと父が借りて来たのが此れ 面白かったけどアメリカ映画にも関わらず画面は暗めで滅茶苦茶救いが無い……本作に登場した主人公達の姿にISISの無差別自爆テロ要員を連想したのは、もしかしたらあながち間違いでも無かったかなと思う様になったのは このテロ行為の本当の目的を銀英伝のヴェスターラントの虐殺に絡めて説明したドイツ人女性(ちなみにディ・ノイエ・テーゼの独語版翻訳スタッフ)がNETに投稿したエッセイをこの間偶々読んだ経験から
同僚や上司からも残虐非道の人でなし呼ばわりされ恐れられたラインハルト・ハイドリヒは副総督就任後、融和路線だった旧チェコスロバキアの占領政策を飴と鞭なやり方に変更 組織的なユダヤ人やロマに精神病患者の殺処分を始めつつ占領統治に反抗的な中産階級や旧政権の生き残りを見せしめとして処刑 但し憎まれ役は形ばかりの上司とヒムラー長官率いる親衛隊やゲシュタポに押し付ける形で戦車に重軽火器等の装備生産効率上げようと画策 真面目に働く人々には報奨与え社会補償の改革取り組み 直接会い話せば分かる相手だと後のマッカーサーがやった方法で住民を味方に付けようとした人物だったとか 子供達の教育に悪いからと住んでた所は城や豪邸ではなく庭付きの一軒家 普段は護衛無しのオープンカーで公邸の城へ行き来し記念写真撮影応じたりや子供相手ににこやかに握手したりとそんな日課熟しており だからこそ英国は何が起こるか理解していながら 亡命チェコ政府を焚き付け、10名のイケニエ兼暗殺者を彼等の中から志願させ生還不可能な任務に送り出すなんて非道な作戦=エンスラポイド(類人猿作戦)実施に踏み切った訳です
作戦そのものは不手際が重なり中途半端な結果となりましたが ハイドリヒの謀殺企んでいたのは敵=連合軍だけじゃ無かった……入院先で原因不明な感染症に掛かり殉職 お気に入りの部下をテロリストに殺された事実だけ知らされブチ切れたヒトラーの命令で始まった見境なしの報復処刑 特に実行犯匿ったとされる2つの村を対象とした根絶やし作戦は記録映像が占領地全域で劇場公開 結果、其れまでドイツ軍に協力とまでは行かないけど傍観していた人々の恐怖と反発招いたのは言うまでもなく アメリカでは暗殺者達を称えるため 死刑執行人もまた死す 43年 なんて殆どフィクションなプロパガンダ映画を作成 なおこの作品は今も普通にレンタル店にラインナップされてます 勝つためなら手段を選ぶな……その結果チェコスロバキアを筆頭にドイツ軍占領地を見舞った災厄と有耶無耶なまま放置された責任の所在を取り上げようなんて動きが始まったのはベトナム戦争が泥沼化した70年代半ば ノンフィクション小説から映画化された本作は、反戦運動や世界中で同時多発的に始まってた学生運動=イデオロギーに酔った御花畑な連中に強烈な冷や水を浴びせる結果を招いた作品になりました
但し底なしの幼稚な単細胞生物が圧倒的に多いアメリカではそれ程大ヒットした訳じゃ無かったんだなこれが 映画は様々な理由から登場人物削られたり脚色されたり又は大袈裟に嘘描いて検閲パスするためグロシーン削りました だから長年幻の名作扱いだったんだよ
【 あらすじ纏めようと漸くレンタルした本作見てて思い出したけど 父と映画見てて首傾げる事になったのが タイトル暁の7人だけど史実じゃ10人で1人裏切者 じゃあ残り2人は何処行った? ビデオパッケージ裏のダイジェスト写真で目玉になってたゲシュタポが拷問で使った生首の女性(勿論マネキン)は誰? そもそもそんなシーン無かったことでした ある程度史実ちゃんと記載してるローラン・ビネ氏著作の本事件扱ったノンフィクション小説 "HHhH プラハ、1942年" よると生首の正体は頑なに犯人の行方吐かない音大生のアタ・モラヴェクの心圧し折るためゲシュタポが持ち出した油漬けにされた彼の母マリアの成れの果て 】
★前振りや小見出しでも書いたけど本作はノンフィクション小説ベースに脚色したフィクションです 本物なのはリディツエ村虐殺と破壊シーン撮影したカラーフィルムと特別撮影許可降りた当時は共産圏のチェコスロバキア=プラハロケ 史実はハイドリヒ暗殺と作戦参加メンバーの裏切りぐらいかな ナチの追跡劇は最後の1人ジリ・ポトゥチェク軍曹が捕まり処刑される1942年7月2日まで続きます
☆なおモラヴェク家の生き残りは居ません イギリスに亡命し戦闘機に乗ってた長男も1944年6月ノルマンディーで戦死 末の妹なんて端から居ませんし捕まったアタと父親の2人はガス室送りとなったから本当にそんな描写あったかは不明なまま
1941年10月のとある朝、物語はフラチャニー城でまるで貴族階級な生活送るハイドリヒ総督の出勤風景 とある理由でイギリス軍司令部に出頭するヨゼフ・ガブチーク軍曹と親友ヤン・クビシュ軍曹の再開シーン 何か1人居心地悪そうな口髭のカレル・チュルダ軍曹の3人がハイドリヒ暗殺命じられ即座に旅立つシーンから始まる 10月3日未明にハリファクス爆撃機で早朝パラシュート降下 映画ではいきなり雪景色になるが降下ポイントしっかり間違えたしヤン軍曹が墓石にぶつかり脚怪我したのは史実通り 辻褄合わなくなるから潜入時期全く違うカレル軍曹は早々に行方不明 ヨゼフとヤンは降下早々パトロール中のドイツ軍に捕まりそうになったり採石場で親切な老人達に世話になり同じくパトロール中だった親切なドイツ兵の車に便乗する形で病院兼レジスタンスのセーフハウスへ そこで美人看護婦や老医師の世話になりながらカレルと合流
ヨゼフとヤンは滞在先となるモラヴェク家の末娘シシドリマスカの自転車に引率される形で生まれて初めてのプラハ観光体験したあと学校へ向かいレジスタンスと合流 カレルは独りプラハ近郊の農村部で彼の帰りを待ち続けてる妻と再会 イギリス亡命前に仕込んでいた娘は3歳になっていた 3月28日に連絡支援要員として降下していたアドルフ・オパールカ少尉&イヴァン・コラリク軍曹(史実じゃカレルもその時先行)が合流し総勢5人となった暗殺チームの狙撃作戦は弾が外れたのみならず敵に撃たれた事すら気付かれない形で大失敗(そもそも計画したものの実行されなかったそうだけど突っ込んだら負けです。)
クリスマス挟み更なる応援要請で降下するアルフレッド・バルトシュ少尉をリーダーとするジョセフ・バルチーク軍曹/ジリ・ポトゥチェク軍曹/ジャン・ゼメク軍曹/ウラジミール・サシャ軍曹の5人が加わりレジスタンスの協力部隊含め暗殺チームは数百名の大所帯に(映画では勿論省略 ヒロインとヤンのラブシーン必要だったし) 史実でも映画でもターゲットがハイドリヒなのは秘密だった筈なのだが レジスタンスのみならず周りの人々もドイツ軍秘密警察や親衛隊の1部も彼等の目的熟知していた 知らないのはハイドリヒ当人とその側近や家族にヒトラー総統ぐらいのもの 暗殺準備は着々と整えられる そして季節は瞬く間に過ぎ去り1942年5月27日 ヤンとヨゼフ、映画ではモブのレジスタンスが代役やってるがオパールカ少尉も近くに居たらしい ヨゼフによるステンガンでの襲撃はマシンガンが弾詰まり起こし見事に失敗 拳銃片手に運転手が逃げるヨゼフに向かったタイミングでヤンが咄嗟に手榴弾投げ込むが 負傷したもののハイドリヒはヤンに向け拳銃撃ちまくり追い払う その後2人は狭い路地を自転車や走って追手まき 遂に力尽きたハイドリヒは集まった群衆の手で通り掛かりの貨物トラック乗せられ病院へ
何故か病院で待ち受けハイドリヒの治療妨害するヒムラー長官と親衛隊員達 身体に食い込んだ手榴弾の破片摘出手術は12時間掛けベルリンから到着した医師の手で行なわれ無事成功した筈だが 数日後原因不明の感染症に苦しめられたハイドリヒは1942年6月4日家族とヒムラー長官が見守る中、遂に昏睡状態となりフラチャニー城のパーティールームで死亡(史実は一応病院のベット) 死ぬの待ってた親衛隊員達によりゴテゴテの軍服着せられ即座に棺桶へ 見た目だけは豪華で上品な葬儀が開催された ヒトラー総統の命令で始まった報復処刑 映画では特段理由も無しに選ばれてるけど史実ではレジスタンスとその恋人の不用意な手紙の遣り取りからマークされたリディツエ村の虐殺(全て当時撮影された本物の虐殺と破壊活動) あれだけ大騒ぎになったのに親衛隊やゲシュタポの捜査は空回り状態 事件はそのまま迷宮入りするかに見えたが罪悪感で色々心折れた裏切り者が現れる(史実は懸賞金に目がくらんだだけなんだけどな)
カレル軍曹がゲシュタポの捜査本部に出頭し始まるレジスタンスの一斉検挙と拷問 カレルの裏切り見抜けず色々喋ったアタ・モラヴェクの証言から暗殺チーム6人(史実は7人)が潜伏するハースロバー街の聖シリル教会を包囲し始まった壮絶な銃撃戦は6月17日に始まった 第1派のみならず第2派の突入チームも返り討ち 地下室ではヤンとヨゼフがモブメンバー(史実は4人)と共に脱出路掘り続け教科では出窓に陣取る3人のモブがマシンガン片手に大暴れするもやがて櫛の歯欠ける様にドイツ兵に倒されてゆく 残るは地下室に潜むメンバーのみ 出来れば未だ捕まってない暗殺チームやレジスタンスが居る筈だから生きて捕らえたい モブの暗殺メンバーが手榴弾で戦死しヤンとヨゼフは尚も抵抗続けるが水流し込まれ万事休す 延々8時間に及ぶ銃撃戦の末にヤンとヨゼフは道の反対側から見守るヒロイン達残し自決 なんつーか色々出鱈目な後日談がスーパーで流れエンドロールへ突入
この時点で生き残っていたのは偶々潜伏先から外出してたバルトシュ少尉とポトゥチェク軍曹だったが 其々レジスタンスと共にバラバラに逃走続けたもののやがて力尽き少尉は自決し軍曹は捕まりその場で処刑された
勿論教会(史実は聖ツィリリル・メトディ正教会)での銃撃戦でドイツ側の戦死者は精々数名程度です カレル・チュルダは別の名前とドイツ人妻貰い成金生活エンジョイしてますが戦後レジスタンスに捕まり絞首刑 ハイドリヒ夫人はドイツに戻り戦後手記出版してますが2人の長男クラウスは1943年にチェコでトラックに跳ね飛ばされ即死してます
★今回本作纏めるに辺りウィキだけでなく後年映画化されたノンフィクション小説 "HHhH プラハ、1942年" も参照に……残念ながら映画化された当該作品 "ナチス第三の男" も近年作られた "ハイドリヒ暗殺云々" もかなり偏見と脚色入ってます そもそもイギリスから送り込まれた暗殺参加メンバーの数が違ったりしてるのは流石にどうかと思う(汗)




