遠乃物語 12年
2020年11/26〜11/29タブレット端末にて執筆し脱稿 即日投稿
5000文字前後で纏める積りでしたが無理でした 少し長いです。
【 時代は世界的な異常気象と伝染病が続く明治39年(西暦1906年) 神隠しに河童や天狗……此処は生まれ育った筈の岩手県遠野に似てるが何かが違う 物理的な脱出が不可能な隠り世=遠乃に迷い込んだ親子程歳の離れた2人が体験する様々な怪異 立ち向かう彼等に待ち受けるモノとは? タイトルは知ってるけど何故か読む機会逸したままな柳田國男せんせの遠野物語前史を描いた世にも奇妙な物語。 】
★読んでて何故か頭に浮かんだのはマンガ家 故 矢口高雄せんせの秋田の山奥を舞台にしたコミック作品でした 2020年11/20享年81歳……御冥福と彼の残した作品達に感謝を 残念ながら釣りには嵌らなかったけど自然に対する感謝と敬意は彼の描いた作品から学びました。
日本 伝奇小説
ある意味東北地方暗黒史
藤崎慎吾 著
光文社 刊
2020年11月後半 今年も庭の菊は軒並み赤紫……可笑しいな黄色とか白とか色々植えた筈だけど土壌が合わないのかも知れません。 藤崎慎吾の物語は此れで3冊目 読んでる最中に茨城で大きな地震が有ったり色々法事に振り回されたり あの独特な画風がお気に入りだった矢口高雄せんせが亡くなったりと 毎度の事ながらこの季節はおちおち本も楽しめない中、何とか読ませて頂きました……それにしても相変わらずエロは控え目なのな(苦笑) 小見出しにも書いたけど私は柳田國男作品は読んだ経験有りませんし 地方を回る紀行文や古い伝承を集めた物語も苦手でした 陰鬱な物語が多いのに何か惹き込まれそうになるんだよ。
今作の舞台となる東北地方は、繰り返された飢饉と津波や地震 北海道同様後にアイヌ民族と呼ばれるシベリアから侵入して来た異民族と時に戦い時に手を取り合ったややこしい歴史を持つ場所で有り 山女や座敷童子に河童や天狗等の様々な妖怪伝説が後世に伝えられた所でも有ります まあ……アレだよね、今回も本当に興味深い物語だったけど 此れ読んだら恐くて暫く近寄りたく無くなるかも知れません 大体明治末期の頃を描いているから江戸末期の人食いや子殺しの描写に加え楢山節考で有名になったデンデラ野とか神隠しも身近で起きてた世代の老人達が未だ生きてた時代だから闇が濃いのよ 海外含めて当時は何処も似たようなモノだしアフリカやアマゾンだけでなく 文明が進んだ筈の都市部でも起こりうるし多分人知れず繰り返されてる其れをどう受け止めるかで評価が分かれるかもね 子殺しや虐めについては今もそうだし。
【 赴任先の台湾で首狩り族の研究を続け マラリアを患い故郷へ戻って来た人類学者 伊能嘉矩と とある理由で闇の世界に引き込まれ易い体質となり、後に民俗学と口承文学の研究者となった 佐々木喜善 隠り世である遠乃に迷い込み7つの怪異と対峙する事になった2人は何を見て何を失ったのか 黄昏の世界からやって来た怪異と出会う事で人は真に目覚める 其れは天災や戦、犯罪に巻き込まれた時も同様に 多くの人々は夢うつつのまま生き続ける事を望んでいる だが夢はいつか覚めるもの 失われた記憶を伝説を掘り起こし語り告げ 矛盾に満ちた行為こそが微睡みの誘惑から逃れる手段となる。 】
★歪みは怪異を引き起こし人々の心を苛む事で やがて本物の災厄を産み出すのだろう 黙すれば現となる だから向き合わねばならない 怪異と
■序章:神隠し
☆其れは逢魔が時に起きるモノ 特に狙われる子供や娘は夕刻を迎える前に家へ帰れと怒られる
1906年(明治39年)9月6日 台湾総督府雇員 (生蕃=台湾先住民との交渉役) の職を40手前で辞した伊能嘉矩が熊野神社を訪れたのはちょっとした好奇心からだった。 生蕃人との10年に渡る交流で中華の其れと異なる文化や風習を学んだが、生き方を変えない彼等と違って既に欧米文化を取り込んだこの国の古来の風習は滅びようとしている 罹患したマラリアに苦しめられながらも後に続く多くの民俗学や口承伝の先駆けとなる研究を始めていた彼は 偶々東京から里帰りし 夢現のまま実家から軽く2里(7.8km)も離れた此処に迷い込んだと言う21歳 不思議キャラな大学生 佐々木喜善 と遭遇
親子程歳の離れた2人は 地元の名士な喜善父を通し顔見知りであり 文士を目指す彼の主題が口承文学だった事から意気投合 突如マラリアの発作を起こした嘉矩を介抱し 家へ向かう彼等が目撃したのは其れまで清流だった猿ヶ石川が赤茶色に濁り泥が渦巻いている異様な光景 川が渦巻く時、遠野に災いが降りかかると錯乱する喜善 台湾で目の当たりにした頭顱架=首晒しの幻影を見る主人公 やがて立ち込めた靄の中で軽く意識を失った嘉矩と喜善は何時の間にか別人に入れ替わった車夫が引く人力車に乗せられたまま其々の実家へと送り届けられた。
■第1章:サムトの婆
☆山に消えた娘が数十年後、老婆の様な姿で現れ村に嵐が訪れる怪異譚 山伏や巫女が石塚を建立した事でサムト婆は二度と現れなかった。
主人公が意識を取り戻したのは三日三晩ほど台湾の幻に魘された末 寝かされていたのは見慣れぬ まるで何かが組み立てた書き割りの様な部屋 介抱してくれたのは薄紅色の生地に蛾を思わせる紋様をあしらった着物姿の歳の頃は20台前後の若い女 彼女はどうも主人公の妻らしい……知世の名前を思い浮かべたものの違和感が拭えない 見舞いに訪れた喜善も母や父に何か異様な違和感を感じ続けている 田舎なら当たり前の娯楽な筈の昔話を誰も話さないし知らないらしい 日露戦争終結から1年、三陸の大津波から10年 度々災厄に見舞われ此処5年程は米の不作で娘や息子を人買いに売ったりしていた此処では有り得ない筈なのに
喜善の懐に何者かが忍ばせた木札に記された謎のメッセージは "黙すれば現となる" あちらこちらに潜む河童や座敷童子 人の居る気配は有るものの、声を掛けるまでは姿が見えない村人達 まるでこの盆地自体が "迷い家" そのもの 何度か海へ向かった喜善は気が付いたら此処へ戻され出られない そもそも此処は遠野でこの橋が掛かる集落は登戸のはずなのに 新聞や手紙、橋に記された名前は遠乃で有り寒戸となっているのは何故? 上書きされる記憶 岩手に戻り神子の才能を開花させ外出が増えた妻 下登戸の集落で起きた神隠しの怪異に巻き込まれた2人 消えた娘サダを探し巡査や青年団、娘の両親に彼女を慕う幼馴染 磯吉少年を連れて六角牛山へ分け入る主人公達。
此処は自分達が知る生まれ故郷では無いし世界の理そのものが違うのだ モンスケ婆の昔話=災厄を齎す帰還者の伝承 過酷な寒冷地で暮らす人々の間では突然快活な人物が塞ぎ込んだり不意に着の身着のまま姿を晦ます案件が有ると言う その多くは悪霊を始めとする怪異のせいにされて来たが 実の所その多くは栄養不足から来るヒステリー症状らしい 行方不明となった娘は明らかに発達障害を患っていた 16歳の筈の彼女の見目は虐待による栄養不足で12〜3歳にしか見えない 10年前に入水自殺を遂げた里屋の下女 お仙姉様に呼ばれたと話すサダを辛うじて捕まえたものの何者かの介入により集落へ戻れない
加茂明神の別当(要するに宮司の代理)を務める山伏 = 良厳院と神子を司る知世の登場 お仙の死因は入水自殺では無かった 彼女に性的虐待と暴行を繰り返し殺害したのはサダの義理の父 徳弥 人でなしは捕らえられ事件は解決したが 連れ子で同じ様に性的暴力的な虐待を受けていたサダは 村に遅い掛かろうとする災厄をお仙と共に抑えるため山へと消えた。
■第2章:デンデラ野
☆楢山節考や姥捨山は御伽話だが、老いて家人の厄介者となった老人が家を離れ或いは捨てられて荒野で暮らす風習は 本州各地のみならず世界中に存在する なお蔵ぼっこは座敷童子の変異種なんで読みだけ変えました。
サムトの婆の事件から半年後の2月 嘉矩と喜善は未だ遠乃から出られない 東京から手紙は届くし返事も相手に伝わるが果たして其れは本当に外の世界と繋がっているのか そもそも電話どころか地方ではラジオ放送すら無い時代だから知る由もない。 1面の雪景色 屋敷の離れに作った台湾館=持ち帰った文献や文物を飾り付けた部屋で見付けた 清国の俘虜アイの遺品となったアタイヤル族の上衣 様子を見に来た知世にねだられ始まったファッションショーと………… 疚しい事しでかした反動から 久し振りに喜善と話したくなった主人公は三里程離れた彼の実家を訪れる。
同じ様に脱出行脚を繰り返していた喜善 昨年秋頃から始まった失踪事案と遺体発見 犠牲者は既に10名を越え青年団は厳戒態勢に入っている 行方不明を経て変死体で見付かるのは60代を越えた老人達 何れもデンデラ野に晒された彼等の表情は穏やかだが 何者かの手で明らかに首を圧し折られている 孫四郎の父、弥之介だけが1週間を過ぎても見付かっていないらしい 偶々村を回っている良厳院により執り行われた神楽舞いを見学 金は天下の回りモノ命は天地の巡りモノ……神楽を舞う知世の口から紡がれる主人公達だけに聞こえた意味不明な舎物と共に始まる生贄の儀式の幻
弥之助の手掛かりを求め屋号孫ストの屋敷を訪ねる 父は御役目を果たすため山神様に呼ばれた 何気なく今まで可愛がった鶏の頸を捻り殺し軒先に吊るす孫四郎の幼子 幸吉 家人には見えない存在である座敷童子に呼ばれた2人が見せられたのは 変死した老人達の思い出の品々が溜め込まれた長持 異界と化しデンデラ野の伝承が消えた事で理が変わった遠乃では 留まる命の巡りを促そうと老いた命が奪われる 山神様に操られ幻に誘い出された老人達を捻り殺していたのは孫四郎だった 事実を知った弥之助は呪われた連鎖を断ち切るために息子孫四郎を殺し次世代の処刑人となった幸吉をも手に掛けようとするが 座敷童子に呼び出された主人公達と 事実を知り息子を連れて山神様の手が届かない街へ移り住む事を決めた息子の嫁 お常に説得される形で孫を離す 山神様=狼はけじめとして役目を放棄した弥之助を食い殺す。
■第3章:郭公と時鳥
☆かつて遠野では何方も妖怪だった 飢饉の折、自分よりも良いものを食べてるに違い無いと妹は姉を殺し臓腑の中を探る自身の罪を悔いてホトトギスへ 包丁で刺殺された姉はカッコウに生まれ変わったのだと言う 私が食ったのはゴミだったのにと嘆く姉 姉様に包丁掛けたと嘆く妹 史実何度も訪れた飢饉により繰り返された陰惨な記憶。
春は山焼きの炎と共に訪れる 5月を迎えた遠乃から未だ抜け出す方法が見付からず 途切れがちな記憶と襲い掛かる台湾の幻 何を書いて何を食べどの様に知世を抱き話したのか思い出せない 土俗学の本の取材で2〜3日程泊りがけで喜善と共に早池峰山神社へ向かうと口実作り外出 妻が持たせてくれたのは魔除けの護符 喜善と合流し脱出路の手掛かりを求め山へと分け入るが喜善は突如頭痛に苛まれ昏倒し、 偶々通り掛かった親切な農婦に世話になる形で彼女の屋敷へ 家屋から漂う怪異の臭いと庭から聞こえる郭公の鳴き声 5歳程の幼い娘マサエと其れを見守る呆けた老婆
漸く意識を取り戻した喜善に見えるのは 此処で殺されたらしい3人の娘と1人の息子の残留思念 怯える農婦に尋ねると以前に10歳を迎えたばかりの双子の娘と8歳の息子が何者かに拐かされたのだと話してくれた 半世紀以上前に起きた天保の飢饉では当時15歳を迎えたばかりの老婆の姉が行方を眩ませているらしい 郭公が鳴いていたのは廊下の下 時鳥が鳴いているのは此処の床下 オマクが指差す其処に埋められていたのは4体の白骨死体 姉を殺し呆けてからは3人の孫を殺し食べていたのは老婆だった マサエを殺し食おうとした老婆は郭公と時鳥の群れに襲い掛かかられ錯乱 柿の木へ登り奇声を上げて身を踊らせ命を絶った。
大騒ぎになった集落を離れ当初の目的地=早池峰山神社を目指す主人公達 其処の宮司は噂によると外から迷い込みながらも一度は此処を離れ 再び戻って来た安倍村の元猟師だと言う 再び喜善を昏倒させる頭痛の発作 森の中から現れたのは狂女と成り果て集落の人々から山女と恐れらる人外のモノ 怪異を呼び寄せ喜善に発作を起こさせていたのは知世から託された魔除け……実は呪いのアイテムだった 山女の警告に従い護符を焼き捨て漸く呪いから開放された主人公達は神社に閉じ込められた元猟師に対面を果たすが 廃屋と化した神社に残されていたのは衰弱死しオマクとなったかつて籐蔵だったモノ
隠り世の事は口外しない&1月以内に此処へ戻る事を条件に遠乃から出た彼は約束を破ったがために記憶の大半を奪われ此処に封じられたのだと話す 夜が明け閉じ込められていたモノは今度こそ姿を消した タイムリミットまで残り3ヶ月 彼等を迷わせた熊野神社は何者かにより破壊されているが奉納されていた鉄剣を入手 2人を助けた妖怪=山女とは何者なのか………彼の出自を知る主人公だけはその推測が付いている。
■第4章:河童淵
☆河童は水子を揶揄した怪異である 産まれた我が子を育てるかどうか決めるのは母の特権だった時代が存在するが 沈められ或いは頭を砕かれ川や淵に捨てられた其れを見た人々にしてみれば子殺しそのものが怪異だったのかも知れない
7月に入り遠乃は梅雨の季節を迎える 主人公の妻を名乗る知世は何故呪符を渡し2人を殺そうとしたのか 口にしてしまえばこれ迄の関係が崩れてしまう 喜善と距離を置いて欲しい……其れが叶わなければ現地調査に同行を 山女と籐蔵に会って以来、家族と距離を置いている喜善からの手紙 彼は山女に付き纏われていた。
複雑な出自を持つ佐々木喜善 養父母の久米蔵とイチに実の子として可愛がられ育った彼の生みの母は厚楽家の断絶を阻止するため実家へ戻ったタケだと言うが 本当は頭を割られ記憶を失った状態で川に捨てられていた所を拾われたタケの連れ子だった。 本当の父親はアチラの遠野で行方知れずとなった猟師の籐蔵 母は不幸な婚姻を繰り返した末に集落から追放され 生き残るのに邪魔になった2人の幼子を殺してしまった事で山女に成り果てた優しい女=お利和 喜善に付き纏っていたもう1つの怪異=河童の正体は弟の残留思念
アチラの遠野ではお前を救えなかった 楽にしてあげる事が出来なかったと嘆く山女は喜善を怪異の世界へと誘うが 水の中に引摺り込まれ殺され掛けた彼は主人公により助け出され わざと手を離した山女は其れを確認し安心した様に微笑み姿を消した 此処遠乃で起きた其れは現実の遠野で起きた事実とは必ずしも重ならない 君も私もまずは此処から出て現実世界へ戻らないと何も始まらない 隠り世の世界は少しずつ歪み出す 太陽は沈まず月日の流れも可笑しくなる だが懸命な調査により脱出路は見付かった 全ての手掛かりは知世を操っているらしい良厳院との対峙
■第5章:オシラサマ
☆養蚕の神で有り馬や農耕の神 或いは母性や父性の化身とも言える其れは時に子を惑わす恐ろしい存在にも成り得るモノ 多神教の世界では荒魂・和魂が共存するが其れは人も同じ事 何故オシラサマが2柱居たのかについては遠野物語をどうぞ
★何故ラスボスが大蛇なのか 神道において蛇は注連縄を始めとする結界の象徴だから 面白い事に世界中に存在する地母神や生まれ変わりを象徴するのは蛇が多い
知世に薬を盛られ既の所で正気に戻る……最早一刻の猶予も無い 良厳院は彼女の対となる存在で 隠り世を微睡みの世界を現実へ広げようとする知世を封じる存在だった。 自宅に保管されていたオシラサマこそが怪異の正体 喜善と合流し遠乃から脱出する 立ちはだかる知世を始めとする様々な怪異と白い闇 喜善に化けた知世との対峙 オシラサマを焼き捨て 遠乃からの出口を封じている大蛇との戦いの最中、漸く結界を突破し合流して来た喜善と共に奉納剣で大蛇を退治
閉じ込められた喜善を救い出したのは姿を眩ませた筈の山女=お利和だった 此処から出ればお前は私の子では無くなる其れは正しい事なんだ 遠乃は滅びようとしていた 這う這うの体で隠り世からの脱出を果たした2人を出迎えたのは良厳院 天狗の正体を現にした山伏は主人公等の無事を確認し森へと消えた。
■終章:遠野物語
戻って来た現実世界 2人の帰りを熊野神社の前で待っていた車夫によるとアレから1時間しか経過していなかったらしい 喜善は大学へ戻り翌年祖父と養父の死去に伴い遠野へ戻り家督を継いだ。 同い年の本物の妻キヨとの再会を果たした嘉矩は東京と遠野を行き来しながら講演会や執筆活動に従事 再び台湾への取材旅行に出掛け戻った後は故郷に足を据え 本格的な土俗学の研究に取り組む 数年後、嘉善は農政学者で土俗学者でも有る柳田國男と知り合い 出会う度に口論や大喧嘩を重ねながら遠野物語を協同執筆し出版 主人公も協力する事になったが 遠乃で体験した様々な案件を話す事は無かったと言う。
2020年11/20にこの世を去った漫画家 矢口高雄先生に感謝を捧げつつ




