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「いかん!」

 小春が駆け出した。途端に体の力が抜けてふらつくが、何とか慌てて立て直す。

「『風散(かざちらし)』!」

 小春が四人の前に風の壁の術式を張りめぐらせるのと、飛行兵の衝撃砲が撃たれるのはほぼ同時だった。一瞬の無音のあと、すさまじい衝撃が周囲に撒き散らされる。それは、今までの試験のものとは明らかに威力の桁が違っていた。

 吹きすさぶ暴風が身を襲ってくるのを、腕で顔をかばって耐える。やがてあたりを覆いつくした砂塵が晴れると、そこには倒れている三人の仲間の少女の姿があった。気を失っているのか、身動き一つしていない。

 四人を守るために大きく展開した小春の術式では、術式強度が及ばず破られてしまっていた。

 だが小春のおかげで、どうやら彼女を含め三人に出血や大きなケガの様子はないようだった。一方で、比較的距離があった自分にはほとんど被害がない。はるか上空にいる沙希にも当然被害はないが、合流までには時間がかかる。

 どうする? このまま試験を続行するか? いや、沙希の攻撃力では突破は難しい。そもそも三人の介抱が必要だ。

「これは……いけない、過負荷(オーバーロード)による暴走だわ。試験は中止です! やめなさい!」

 すると試験官の女性が大きな声を上げてが割って入った。どうやらあれは予定外の行動だったようだ。ならば仕方がない。

 そんなことを考えていた次の瞬間、信じられないような光景が目に写った。制止のために横から飛行兵に近づいた試験官が、衝撃砲で吹き飛ばされたのだ。

 吹き荒れる爆風。騒然となる試験会場。

 だがそんな騒ぎにも構わず、飛行兵はさらに衝撃砲を周囲に乱れ打ちする。それらは、ステージを円状に包んでいる防御術式にぶつかり大きな爆発音を鳴り響かせていた。

 騒然から次第に大混乱となる周囲。

 その内に、飛行兵が砲門の射線の先を倒れて動かない小春たちに向けていた。

 ……あの威力の攻撃を、無防備な状態でまともに受けたら?

 考えた途端、ぞっとするほど凍えるような寒さとたぎるような血の熱さを覚えて、目の前がちかちかした。

 自分の中で、何かか吹き飛ぶような感触があった。それは、普段は戒めている封を解放した瞬間だった。

 急に雑念が取り払われ、思考が明瞭になる。

 そう、何も考えず普段抑えているものを全力で放出すればいいのだ。

「――『虚風動(ホロウライン)』」

 小春のものを応用した、局地的追い風の移動術式を発動する。背後から殴り飛ばされるような衝撃を受けながら、前方へと急速に跳躍した。移動先は、今まさに狙撃されようとしている小春たちの前だ。

 間に合うか、間に合わないか……いや、間に合わせてみせる。

「『塵旋風壁(ダストワール)』」

 左手を前にかざして風の壁の術式を発動するのと、飛行兵の衝撃砲が撃たれるのは、ほぼ同時だった。

 ぎりぎりの間際で、衝撃砲はこちらの術式とかち合う。それはまるで小春のときと同じような光景。

 着弾した砲撃が、大きな衝撃をあたりに撒き散らす。これもまた同様だ。

 ……唯一違うのは。

「ふぅ……まに、あった」

 衝撃砲をまともに受けても破られることなく目の前に残存している、上昇気流による風の防壁術式。

 あの日この身に現れた呪いは、緩やかに確実な死を招く忌まわしき代物だったが、その副産物として得たものも僅かながら存在した。

 呪いにより際限なく身体から放出されていく陽の気、その量を意図的に増加させることで、あわせて魔力の放出量も増加するという性質。これを利用することで一時的に能力を超えた術式強度を編み出すことを可能とさせる、諸刃の技法。

 ――"過出力(ブースト)"。

 使用できるのは、限られた極僅かな時間だけだ。だがその間だけは瞬間的にとはいえ、あのセシアをすら超えた術式強度を得ることができる。

 次はこちらの番だ。次弾を発射される前に、是が非でもあれを潰さなければいけない。

 再び前方に高速移動するとともに、右腕の武装に魔力を供給して起動準備を行う。

 そこにあるのは、肘まで覆っている黒く染められた大掛かりな篭手のような装備。

 特殊な鋼糸付き短剣を内装し、魔石による風の術式を射出機構として組み込んだ自作の魔装。

 飛行兵より少しだけ距離を取った予定の地点まで接近すると、右腕を左手で支えながら前方に突き出す。

「――狙獲する輝星(エイミングステラ)狙撃形態(モードスナイプ)

 武装を起動し、短剣を右腕から射出する。

 高速で飛翔する短剣は、狙い通り真っ直ぐに飛行兵の胴を目指した。

 だが飛行兵に突き刺さる直前で再び『防壁術式(シールド)』が展開され、短剣はまるで柔らかい壁にでも突き刺さったかのようにその進攻を阻まれる。

 攻撃は届かない。

 飛行兵の砲門が、再び動き始める。

「おい! 早く逃げろ!」

 ステージ脇の受験者から、そんな声がかけられる。

 さきほど、二人がかりの術式を防いだ防壁だ。並大抵の術式では突破できないことは、誰の目にも明らかだった。

 だが背後には小春たちがいる。ここで逃げるわけにはいかないのだ。

 ためらわず術式発動へと移行する。

()に招くは誅罰者(ちゅうばつしゃ)たる風の顕現(けんげん)(つつが)無く(ひれ)伏し、塵と散らせ」

 詠唱により世界へと宣言を行い、干渉による情報の改変で現象を導く。

 通常、術式は基準点である発動者の周囲でしか発現できない。なぜなら基準点から離れた地点での発現は、均衡を是としている世界の修正力が勝り弱化してしまうためだ。

 ゆえに、密着した攻撃を行うためには接射をするしかない。しかし接射型の術式は文字通り近接する必要があり、それをこなすには体術その他多大な技術が必要である。一撃の威力は凄まじいものの、それ以上に身に降りかかる危険も大きくなってしまう。

 そのため、術式の大半は周囲からの射出型となっている。発現時に指向性を持たせてしまえば、その後は発動者から離れても修正力によって弱化することはないからだ。

 だが射出型には、射出機構に式を割く分だけ術式強度が落ちてしまうという欠点がある。威力という面においてだけは、接射型には劣ってしまうのだ。

 ――しかし、例えばもし、何らかの方法で自分の身とは別の基準点を創造することができれば……そこを起点として術式を発動できる。その新たな基準点だけを相手に近づければ、近接せずとも最大威力たる接射をすることが可能となるのだ。

 それはいわば、世界の認識を(あざむ)くのにも等しい。

 魔力付帯(エンチャント)を応用し、擬似的な自己情報を複製する技法――『魔力共鳴(レゾナンス)』。

 自分が持ちうる切り札の一つだった。

 術式を発動させる。発現する点は飛行兵の直前で留まっている、『魔力共鳴(レゾナンス)』を施した短剣(ステラ)

 短剣と飛行兵との距離は、ほとんど無かった。

「――『空裂の誅罰者(エアパニッシャー)』!」

 術式は宣言の完了をもってその意味を完成させ、発動する。

 射出距離を必要としないがゆえに術式強度だけに特化させた、指向性をもって集約された風の術式が瞬時に解き放たれる。

 それは『防壁術式(シールド)』と揉み合うかのようにその強度を競いあい、せめぎあい――そして突き破った。

 研ぎ澄まされた暴風が、飛行兵を直撃する。

 大きな破砕音が続けて起きた。衝撃による大気の震える音が、あたりに拡散して響きわたる。

 視界を遮る土埃が晴れた後には、ばらばらに吹き飛んだ飛行兵の残骸があたりに散らばっていた。

「なんとかなった、かな……」

 目的を達成したことに安堵し、大きく息をついた。鋼糸を戻して短剣を回収した後、腕を下に降ろして脱力する。

「お兄さーーん!」

 沙希が空中から駆け下りてくる。

「大丈夫ですか!」

「うん、なんとかみんな無事だよ」

「いえ、それは見れば分かります! さすがお兄さんです、助かりました! ……ってそれも大切ですがそうではなくて! お兄さんのことです!」

 ああ、そっちか。

「うん、そうだね。多分……大丈夫だとは思うけど……」

 隣に立つ沙希へ向けて、にこりと微笑む。

「後のことは任せていいかな?」

 既に立っているのも限界だった。脚の力が抜けて、体が沈む。

 どさりという自分の倒れた音が聞こえたのを境として、徐々に視界が闇へと閉ざされていく。

 倒れた原因は簡単だった。要するに陽の気が不足したのだ。

 やはり過出力(ブースト)は体への負担が大きすぎるようだ。それほど長時間使用したつもりはなかったのだが、駄目なものは駄目らしい。

 もっとも既にこの体は、彼女たちがいなければ満足に動かすことも、それどころか生き長らえることすらできないのだが。

 朦朧とする頭の中には、あのときのことが思い浮かんでいた。治療師であるナギから説明を受けた、始まりのときのことが。



 ――治療院に運び込まれたあの日、仲間がナギに呼ばれて誰もいなくなったあと。することもなくうとうとと眠りかけていた自分の目を覚まさせたのは、ドアの開く音だった。

 見れば、出て行った五人がこの部屋へと戻ってきていた。

 だが、どうもさきほどとは雰囲気が異なる。

 例えば、諦めて何かを決意したような達観した表情を浮かべていたり、恥ずかしそうに頬を赤くして震えていたり、怒ったように目を吊り上げてわなないていたり、それを見て生暖かい視線で微笑んでいたりしている。

 にもかかわらず、誰も何も一言も口にしない。明らかに不自然な、なんとも言いようのない空気が漂っていた。

 いったい別室で何を話してきたのだろうか。

 そんな状況には構いもせず、ナギがこちらへ近づいてきた。

「彼女たちの意思は確認しましたので、次はあなたです。……といっても、あなたに選択肢はないに等しいのですが。それでも形式上、質問させてもらいますね」

 何を言いたいのかよくわからなかったが、真剣な彼女の声を遮ることははばかられた。

「あなたは、彼女たちのことが好きですか?」

 少しだけ耳を疑う。なんというか、随分と直球な質問だった。

 そもそも今の状況と何か関係があるのだろうか。

「……質問の真意を図りかねますが、そのままの意味であればもちろん好きですよ。嫌いだったら、仲間になることなんてできませんから」

 予想外の内容に動揺しながらも、ありのままを答える。少し型どおりな回答だったかもしれない。

 とはいえ偽りはない。個性豊かすぎる彼女たちではあったが、好意を持ちこそすれ嫌いになるはずなどなかった。

 ……自分の中でも、まだどの程度の好意なのか測りかねているところはあったが。

 それでも人並み以下の出自であり、人並み程度の魅力しかない自分には過ぎた環境であることくらいの自覚はあった。

「わかりました。少し意思が弱い気もしますが、その答えをもって合意といたしましょう。右腕を出してください」

 そういうと、ナギがベッドの右側に回り込む。

 言われるままに右腕を差し出すと、二の腕――ちょうど左の刻印と対称となる部分へと彼女の両手がかざされた。

 そのまま、彼女が目を閉じる。

「我導くは対なる(いしずえ)()に刻むは架け橋たる(ちぎり)(あかし)――『祝福の刻印(ブレスシンボライズ)』」

 詠唱とともにかざされた手が淡く光り、同時に右腕の一部に熱を感じた。

 思わず顔をしかめるが痛みはすぐに過ぎ去り、あとには白色を基調とした小さな刻印が残されていた。

「対抗となる陽の気の入り口は作りました。あくまで入り口だけですが」

 ナギが、言葉を続ける。

「先に話したとおり、あなたを回復させるためには陽の気が必要となりますが、通常の供給方法では不足します。そこで仲間の皆さんに協力してもらいます」

 小春たちを見ると、沙希とイリスがびくっとして目をそらした。

「率直に言いましょう。あなたには、彼女たちと交際をしてもらいます」

「……えっと?」

「恋愛をしてもらうということです。もしかして言葉の意味が分かりませんか?」

「いえ、意味は分かりますが……話との関係性がまだ理解できません」

 展開の飛躍に頭が追いついていかない。

「陽の気を形成するものには、いわゆる人の前向きな感情が含まれています。好意、特にも注がれる愛情はその最たるものです。これを利用することで呪いに対抗します」

 ナギが、小春たちに目を向ける。

「ですが、どうにも一人では不足するようです。そのためここにいる仲間の皆さん全員と交際してもらう必要があります」

「…………今、なんて?」

 思わず、呆けてしまう。……全員?

 四人を見渡すと、全員が顔を赤らめて……いや、一人だけ変わらずにこやかな笑顔を浮かべているメイドがいた。

「やはり分かりづらいですか? つまり、いわゆるハーレムを――」

「いえ、分かりました! 分かりましたから!」

 みなまで言わないでほしい。恥ずかしいにも程がある。

「とはいえ、すぐに完全な恋人になるのは難しいかもしれません。ですので、まずは形から入ってくださっても結構です」

「カタチ……ですか?」

「恋人ごっこ、とでも言いましょうか」

 なるほど。まずは行動から実践してみるということか。

「幸いにして、彼女たちは――いえ、これは私が伝えるべきではありませんね。いずれ、あなたがすべきことは先ほど伝えたとおりです」

 仮初のハーレムを作って過ごせ、そういうことのようだった。

「それと、可能ならば肉体的接触を伴うほうが陽の気の吸収効率が上がります」

「肉体的……」

 桃色じみた、あらぬ考えが頭をよぎる。いや、そういうのは駄目だ。不謹慎すぎる。

「手をつないだり、腕を組んだり、そういった接触行為を行うことで結構ですよ」

「わ、わかりました」

 ……危ない危ない。いらぬ自爆をするところだった。

「ただしこれは一時的な対症療法です。継続して行うことでしばらくは大丈夫だと思いますが、いずれは効力を失っていくでしょう。猶予された時間には限りがあります。根本的には、解呪を行う以外に(すべ)はありません」

 そう言ってナギは説明を締めた。

「それと距離が離れると効力が下がりますので、できる限り一緒にいるようにしてください。可能なら同棲が好ましいのですが……そこは相談してください」

 次から次へと新たな情報が飛び交う。

「では、後についてはお任せいたしますね」

 いやちょっと待って欲しい。まだ心の準備ができてない。

 だがそんなこちらの心情に気づくこともなく、彼女はこちらが声をかける前に颯爽と部屋を出て行ってしまった。

 そしてもちろん――部屋には自分と小春たちの五人だけが残されていた。

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