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他小隊

 合図とともに、金髪の男と赤髪の少女二人が一斉に動いた。

 地上の機械兵との間合いを詰める金髪の男と、その後ろを追随する赤髪の少女二人。当然のごとく、地上兵と飛行兵の三体の砲門から火炎弾の術式が先頭を行く金髪の男目掛けて放たれる。

 だが彼は、それに怯むことなくそのまま駆け抜けた。迫る火炎弾に対応したのは、後方を走る双子の少女だった。

「マスターの邪魔はさせないわ!」

「――凍てつく狩人の魔手よ、疾く穿て!」

 双子の少女は、走りながら右手を前へとかざす。

「『氷結矢(アイシクルアロー)』!」

 二人が同時に術式を発動すると、彼女たちの前方に数多(あまた)の具現化された氷の矢が形成された。その数は、二人あわせてゆうに数十をこえる。

 それらは、即座に金髪の男を狙う火炎弾へと発射された。

 ぶつかり合う炎の術式と氷の術式。術式強度は恐らく火炎弾のほうが上、だが氷の矢は数で大きく上回っていた。果たして、それらは二人の狙い通りに相殺する。

 後に残るのは、速度を緩めず地上兵へと肉薄した男の姿だけだった。男が手に持った得物を振りかぶる。

「咆えろ、虚ろなる(つるぎ)よ」

 斬撃を見越して、すぐさま急速に後退する地上兵。間合いの外へと移動してから反撃を行う算段だったのだろう。事実、確かに刀の届く距離ではなかった。

「――『虚空刃(ヴォイド・ロア)』」

 にもかかわらず男は迷うことなく斬撃を繰り出した。無論それは地上兵に当たるはずもなく、(くう)を切り裂く。

 一見、あまりにも無意味に見える一撃。

 だが直後、確かに後方へ退避していたはずの地上兵のその胴体は、まるで何かに切りつけられたかのように激しい破砕音を立てて後方へ吹き飛んだ。

 一体なにが起こったのか、観客も唖然としている。

「斬撃という物理現象を擬似的に延長する術式でしょうか。なるほど、実際の斬撃という現象を基底にすることで術式による消耗を抑えられるだけでなく、ある種の目くらましにもなるわけですね」

「加えて、威力も申し分ないようじゃな」

 セシアと小春がそう分析していた。

 金髪の男は、すぐに返す刃で二度目の斬撃を放つ。それはやはり空を切っているのだが、隣にいたもう一体の地上兵も同様に吹き飛んでいた。攻撃を受けた二体の地上兵の損傷は激しく、もはや動くこともできない様子だ。

 わずか数瞬で地上兵が行動不能となっていた。

「残るのは、あの空のやつね」

「どうするんでしょうか」

 イリスと沙希の呟きに答えるかのように、男が振り返る。

「ヒルダ!」

「まだだ、もう少し時間を稼げ」

「……わかった!」

 上空の飛行兵が、ローブの少女へと砲門を向ける。

「させるか!」

 そこへ、金髪の男が先ほどの見えない斬撃を地上から放つ。飛行兵は素早くそれを回避するが、繰り返される見えない斬撃により移動を強制され砲門が定まらない。時間稼ぎをしているのは明白だった。

「『氷結槍(アイシクルジャベリン)』!」

 双子の少女も加わり、氷の槍を象った術式を放って支援する。飛びゆくニ撃のうち片方が、斬撃を回避した飛行兵の回転翼を掠めた。衝撃で体勢を崩し、逆さまになって急速に墜落していく敵。

 思わぬ好機が訪れた。撃墜したところを地上で攻撃すればいい、これで終わったかときっと誰もが思ったであろう。

 だが次の瞬間、飛行兵は地上ぎりぎりで体勢を立て直すとすぐさまローブの少女へその砲門を向けた。

 あるいは、わざと被弾した振りをして急降下したのかもしれない。どちらにしても、妨害する余裕のない間合いとタイミングだった。

「くッ! 『仮造壁(テンポラル・ウォール)』」

 咄嗟に金髪の男が振り替えり、ローブの少女へと手を伸ばした。少女の眼前に、彼女を覆うほどの半透明な壁のようなものを発現させる。ほぼ同時にローブの少女めがけて発射される衝撃砲。

 次の瞬間大きな轟音とともにステージ上で爆発が起こり、衝撃が四人全員を襲った。幸いにしてステージ際には防壁術式が張り巡らされているため物理的な衝撃は観客や受験者には届かないが、破壊された床による煙が立ち込めておりその威力の大きさを物語っていた。

 この圧倒的な攻撃力の前に、多くの受験者が倒れていったのだ。

 今回も間違いなく直撃した。でも梟なら? 彼らならなんとかなるんじゃないか? そんな期待の視線が何も見えないステージに集中する。

 やがて煙が晴れる。そこに現れたのは、倒れ伏して動かない二人の少女と、刀を床につきたて膝立ちで耐えている男と……そして無傷のローブの少女だった。

重畳(ちょうじょう)だ。だが次はもっと上手くやれよ?」

 ローブの少女は男に向けてそう呟くと、視線を上空へと向けた。

「空間掌握完了。もはや逃げ場はない」

 今まで微動だにしなかったローブの少女が、すっと左手をそえて右腕を突き出した。向けられた先には、再び中空へと舞い上がっていた飛行兵。

「其は暗きに蠢く紅蓮の葬送。幾多焼き尽くす赫焉(かくえん)の奔流なり」

 少女が謳うように詠唱する。

「淘汰せよ――『深淵の劫火(ヘイル・グラム)』!」

 行使される術式。瞬間、彼女の前に巨大な炎、いやむしろ炎の川とでも呼ぶべきものが発現した。

 放たれた燃えたぎる川が、空の敵に向かって瞬く間に押し寄せる。無論これほどの広大な術式の前には、いかに素早く動く相手であっても回避する手段など存在し得ない。

 流れる炎は瞬く間に敵を飲み込み、上空へ一定距離を進むとそのまま虚空へと霞のように消えていく。全てが消えたその後の空間には、当然のごとく何一つ残ってはいなかった。

 ひとときの静寂のあと。

「ここまで。『堅牢なる梟』の合格を認めます」

「おおおおおおおーーーーーー!」

 歓声がこの場に立ち込めた。



 金髪の男と双子の少女が、ローブの少女に付き添われながら救護室へと運ばれていく。

 次の試験までは少し待機らしい。どうやらステージの修復に時間を要すようだ。

「さすがでしたねー」

「まあそうでなくちゃ面白くないわね」

「最後の術式、威力と範囲だけはお見事でしたわ。……少々準備に手間がかかりすぎでございますが」

「僕たちも頑張ろう。きっと大丈夫だよ」

「うむ。どうやらまわりも触発されてるようじゃしの」

 確かに、周囲の受験者たちは次に続けと気合が入っているようだった。

「この調子なら、合格が増えるかもですね」

「さて、それはいかがでしょうか」

 沙希の期待に対し、セシアは懐疑的だった。その後の展開は、残念ながらセシアの予想通りとなる。

 梟の突破により盛り上がる受験者たちではあったが、さすがに気合や根性だけでどうにかなる相手でもなかった。一つまた一つと、失格者の山が増えていく。

 そして――。

「次が最後です。六十番、『秋人と愉快な子猫団』」

 結局ほかに合格者が現れないまま、自分たちの番がきた。なにやら最後だったらしい。確かに申請書の作成に時間がかかってしまったので、締め切りぎりぎりの提出になっていたかもしれない。

「じゃあ行こうか」

 先の戦いによるいくつかの確認をした後、五人でステージ上を目指す。

 途端に、観客席が騒然としだす。なんだあれは、なにを考えているんだ、そんな言葉が耳に入る。

 まあ無理もない。今から戦闘を行おうとしている小隊の、それも唯一である男が、小柄な少女二人に支えられながら歩いているのだから。

 加えて、構成のほとんどがうら若き少女であるうえにこの小隊名にだ。話題性には事欠かないだろうという嫌な自覚くらいはあった。

「……こんなことを試験官である私が言うのもおかしいですが、棄権しなくても大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃ」

 小春がかわりに答える。

「分かりました。では準備はよろしいですか」

「えっと、ちょっとだけ待ってくださいなのです」

 そう言うと沙希が右腕から離れた。途端に少しの虚脱感が襲ってくるが、倒れるほどではない。

「ではお兄さん、頑張ってくるのです。小春さん、あとはよろしく頼むのですよ」

「うむ、任かされたぞ」

 正面を向いた沙希はすっと大きく深呼吸をすると、目をつぶって唱え始めた。

「――は我が久遠くおんともがらなり。虚ろなる千万(ちよろず)の身もて、我と共に駆け抜けよ」

 透きとおった声が、よどみなく言葉を紡いでいく。

召器(おいで)、『空宮白守(そらのみやしらもり)』!」

 詠唱を終えた沙希の目の前に光輝きながら現れたのは、中空をふわふわと浮いている一振りの小さな抜き身のつるぎだった。

 木製の柄に一尺弱ほどの刀身を持つ、鍔も装飾もない極めて簡素な懐剣。それこそが彼女の家が代々承継している神器、『空宮白守(そらのみやしらもり)』だ。

 彼女はただ巫女をしているわけではない。そこには、相応の理由があるのだ。

「さてと、私も準備するかしらね」

 こちらの盾になるかのように前へ歩み出たイリスが、声色を変える。

「――第五元素練成(エーテライズ)、『撃ち抜く双銃(ストライクジェミニ)』」

 静かな声で呟くと、イリスの両手それぞれに淡い光が集う。やがて彼女の手の中に現れたのは、彼女の小さな手でも難なく握れるほど小型の銀色の拳銃だった。

 彼女の家系は、錬金術の流れを汲んだ術式を得手とする一族だ。第五元素(エーテル)と彼女たちが呼称する架空元素を術式によって具現化することで、戦闘を行うのだ。

 彼女の銃は、神の遺産(アーティファクト)を模倣して作られていた。具現化には個々の適正があるらしいのだが、なぜか彼女にとって最も馴染んだのが銃だったのだそうだ。

「では私も参りますわ」

 イリスの隣に付き従うように、セシアが立つ。

 その手には、どこからともなく取り出されて展開された折りたたみ式の木製に見える箒――彼女が呼称するところの『裁きの箒(ジャッジメント)』――が握られていた。

 あの箒に関しては、自分もよくわかっていない。ただ、あの得物が彼女には最も手馴染んでいることは想像がついた。

 自分と小春の前に三人が立ち並ぶ。

「では、始め!」

 そして、秋人と愉快な子猫団の試験が始まった。

※術式名は語感を重視

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