試験
説明を聞いている内に約束の時刻を迎え、自分たちを含めた受験者たちは建物の裏手へと案内された。
そこには、いわば闘技場ともいえるような施設が用意されていた。中央の石床でできた大きな円形のステージを囲むようにして観客席が遠巻きに作られている。
席はすでに多くの人で埋まっており、大きな喧騒が沸き起こっていた。なんでも試験という名がついているものの、実際は合わせて催事として周知し、観客から入場料を取っているとのことらしい。さすが協会である、抜け目がない。
「これより、許可試験を行います。試験内容は単純明快です。協会側が用意する敵を戦闘不能としてください。なお小隊の全員が戦闘不能になったとこちらが判断した場合は、その時点で不合格といたします。また抗議については受け付けません」
ステージ脇で待機している受験者に向かって、ステージ上の試験官と思しき女性が声をかけた。
「では、対戦相手である模倣体を呼び出します。これらは術式による想像体ですので、全力で排除してもらって構いません。ただしこちらも手加減はいたしませんので、そのおつもりで。――では、準備をお願いします」
試験官が、ステージ後方の待機している数人に声をかけると、突如ステージ上の空間に光が集まり始めた。それは徐々に何かの形を象っていき、やがてその姿を現していく。
出現したそれは、いわば人と同程度まで巨大化させたおもちゃの機械人形のようだった。金属製らしき胴体の下部に車輪のような細長く平らな何かをつけ、胴の上には顔らしきものもついている。肩には腕がついているが肘から先は見当たらず、腕の中は空洞となっていた。もしかしたら砲門だろうか。
そして、それらニ体の上空にさらにもう一体が出現する。
まるでそれは、空飛ぶ鉄の樽だった。大人の一抱えほどもある円柱状の胴体、その両脇には地上兵と同じ砲門が、さらに中央にはより大きな砲門が取り付けられており、上部には目に見えない速さでぐるぐると回る細長く平たい板が取り付けられていた。
神界に存在するといわれている機械兵を文献などから想起したものだろうか。あるいは既に神界の遺産として発見されているものがあり、それを摸倣したのかもしれない。
思考する頭に突如として例の知識が流れ込んできた。この感覚も久しぶりだ。
――履帯による無限軌道、及び大型回転翼による自立飛行する二種の兵器体。形状から、どちらも高速移動による一撃離脱が可能。
とすれば、同時にそれら移動部位が弱点であるとも予想できる。あとは他の試験の様子を見ながら判断すればいいはずだ。
「一番、『重装剣士隊』の方々はステージまで上がってください」
「ではゆくぞ」
「うむ」
たまたま近くにいた全身に金属鎧を着込んだ六人組が、ステージへと上がっていく。腰には重そうな長剣を下げていた。顔すら兜で覆われていたため性別は分からなかったが、大きな体格からして全員男性なのだろう。
鎧の節々に見られる古傷が、熟練の剣士であることを物語っているようだった。
「用意はよろしいですか」
試験官の声に、うなずいてこたえる剣士たち。
「では、始め!」
「うおおおおおッッ!」
合図と同時に、気迫の声を上げながら金属鎧で身を固めた集団が長剣を片手に地上兵へと突撃した。
……結果から言えば、勝負はすぐに決まった。剣士たちの完敗である。
地上兵の両腕は、術式による火炎弾の砲門だった。開幕に地上兵二体の両腕計四門による火炎弾が降り注ぎ、剣士の半数が地に伏せた。
恐らく術式抵抗や守備力を増強する補助術式を主とした肉弾戦を得意としていたのだろうが、いかに補助術式があったとしても高威力である術式の連撃には耐えることができなかったようだ。
残りの半数は火炎弾を避けたり堪えたりしつつ、なんとか地上兵へと肉薄したのだが、強化による一撃必殺をかけた鋭い斬撃が地上兵の急速後退により紙一重でかわされると、再び火炎弾の雨に襲われあえなく轟沈した。
この間、ものの一分もかからなかったと思われる。
動けない剣士達が、試験の補助員と思われる人たちによってステージ外へと運ばれていく。同時に、術者によって地上兵の損傷が修復されていくのが見えた。
「次、二番の……」
次々と小隊がステージ上へと呼ばれていく。だが、その多くが地上兵の火炎弾によって倒されていった。
連打される砲撃を耐えるか、あるいは回避する技術を持ち、威力のある中距離攻撃手段で回避されずに地上兵をなぎ倒す。言葉にすれば簡単だが、小隊に要求されている技術と能力は高い。
それでも、中にはこれらの難関を乗り越え地上兵の撃破に成功する小隊もいた。
「やったぞ!」
「あとは上のあいつだわ!」
「でもどうすれば……」
だが問題は、むしろ飛行兵のほうだった。対人を前提に組まれた戦術は、当然ながら空飛ぶ未知なる敵に対してはほとんど通用せず、仮に遠距離攻撃の手段があったとしても地対空と空対地では優位度に歴然とした差が生じていた。
加えてあの飛行兵は予想通り高速で移動を可能としていた。遅い的なら何とかなるであろう高威力の術式も、四方へ飛びまわる飛行兵が相手では分が悪いといわざるを得ない。
「くそっ! 術式が当たらない!」
「あの攻撃、さっきのやつと威力が桁違いだわ! 『氷結盾』が破られ――きゃああッ!」
中空を縦横無尽に動いて回避しながら、迂回追尾する火炎弾で標的を一箇所に固めたあと、胴体中央に備えた高威力の衝撃砲でまとめて吹き飛ばす。単純だが効果的な戦術だった。
アレを落とすには、高威力かつ広範囲の術式を用いるか、もしくは――。
対策を練りながら他の隊の試験を眺めているうちに、午前の部は終了した。
午前に試験を受けることができなかった隊は、午後の組へとまわされることになっていた。しかたなく、施設に備え付けの食堂へと五人で昼食を取りにむかう。
協会の一区画を広く切り取って作られた広場は、大衆食堂とでも言うべきか屋内にもかかわらずテーブルがいくつも並べられており、利用者でごったがえしていた。その端のほうに席を取り、おのおの好きなものを注文しに行く。
ここは、窓口で料理を指定するとその場で料理が出される仕組みになっていた。特に考えてなかったため、とりあえずおすすめ定食とやらを頼んでみる。出てきたのは、ご飯と焼き魚、
全員が揃ったところで食べ始めるが、どうにも気もそぞろなようだった。みな、やはり試験が気になるのだ。
「かなりの強敵のようなのです」
「そうね。秋人はどう思う?」
「油断をしなければ、地上の二体はなんとかできると思う。問題は……」
「空の敵でございますわね」
「ふむ。しかし、本当に誰も突破できぬとは思いもよらなかったの」
「確かにそうね」
小春に同意するイリスの言葉に、申請時にかわした受付の女性とのやりとりが記憶に蘇る。
「――ここ数年、迷宮の徘徊者が強くなったっためか冒険者の死傷者数が急に増加の一途をたどりまして、この対策のため協会側が試験の難易度を上げることで実力者だけを許可するように方針を切り替えたのです」
なんでも、ずっと昔は簡単な筆記だけで通った時代もあったらしい。
「近年は術式の発達もあって模倣体の作成が昔よりも容易になり、比較的安全に模擬戦を行えるようになりました。そういった処々の事情も相まって、今は実戦形式の試験が行われているのです。……ご存知のとおり、収入源としての意味合いも大きいのですが」
協会としても、無駄に死者を出したくはないのだろう。まあ、当然といえば当然だった。
「問題は、難易度が高すぎるといいますか、受験者の方が対人戦しか想定していないといいますか、ともかく合格者がとても少ないのです。一度の試験で合格できる小隊の数はほとんどが片手で数えられるほど、もしくは残念ながら誰も突破できないときさえあります」
昔と比べて実力者の不足が嘆かわしいと、女性は嘆息していた。
「ですので、確かに冒険者の申請に年齢等の制限はありませんが、その、こちらは本当に受理してよろしいのですね」
「大丈夫です、受理してもらって構いません」
「まあ確かにあのはぐれと戦ったときに思ったけど、あれは普通の人じゃ無理よね」
「……今、なんと?」
「――お嬢様」
「あっ……と、ごめんなさい。なんでもないの、今のは忘れて頂戴」
……あの女性の言っていたことに、嘘偽りはなかったようだ。現に午前の部では誰一人合格しなかったのだから。
「一応、作戦は考えてみたんだ」
思考を切り替えて、そう打ち明けてみる。
「へえ、伺おうかしら」
「さすがお兄さんです!」
「まずはなんだけど……」
そうして、仲間へ自分の考えを伝える。推論を交えつつもより高い可能性を考慮し、仲間に能力に合わせた行動展開を説明していく。
武人気質で前線役の彼女らと違って、自分はどちらかといえばこういった参謀役になるほうが適任だった。
「なるほど、よろしいのではございませんか」
「なんだか沙希の責任がすごく重大な気がするのです」
「主役ってことじゃない。目立つわよ」
「お嬢様が失敗しますと、全てが水の泡になってしまいますけどね」
「ふん、大丈夫に決まってるじゃない」
「わしは、いかなるときであろうと秋人を守るだけじゃよ」
「あら秋人様、そろそろ時間でございますわ」
「じゃあ、行こうか」
そして再び、例の試験会場へと赴く。
会場は相変わらず喧騒に包まれていたが、午前のときとは少し様相が違う気がした。
「なんだか、午前のときよりも騒がしいわ」
「これは少し耳に堪えるのう」
小春が、猫耳をひくつかせていた。
「小春様、なんでも午後一番で今日の目玉というべき小隊が試験を受けるのだそうです」
「なるほどの」
試験官が、受験者が集まっているか確認するようにこちらを見渡した。
「……では、これより午後の試験を始めます。四十番、『堅牢なる梟』」
「さて、ようやく出番だね」
試験官の声に対して、そう呟きながら四人組のまだ年若い男女が横を通り抜けていく。
途端に、周囲からざわめきが起こった。梟だ、梟ならきっと合格できるに違いない、そんな会話が四方で囁かれる。
「西のほうからやってきた冒険者なのだそうです」
イリスのためにすかさず解説を入れるセシア。
「ふーん、強いのかしら」
「旅商人の護衛をしながらこの街まで来たそうですが、その商人が酒場で大変褒めちぎっていたとか。なんでも多数で襲ってきた盗賊をあの人数で撃退したとのことですから、それを信じるならば相当な実力者なのではないかと思われますわ」
「もしかしたら、最初の合格者になるかもですね」
「ふむ、お手並み拝見といこうかのう」
ステージには、リーダーらしき金髪の男とその後ろに女性が三人立っていた。
金髪の男は二十前後の青年で、後ろの女性たちはそれよりもずっと若く見えた。
男の容姿はとても見目麗しく、よく耳をすませば歓声の中に黄色い声が混じっているのがわかる。
「準備はいいですか?」
「ああ、いつでも」
そういって金髪の男は、腰の鞘から剣を抜いた。刃渡りが長く薄いその剣は、片刃で峰が少し反り返っている。
刀、そんな名称の武器がこの世界にもあることを何かの本で読んだ記憶があった。だがあれは対人戦に特化しており、威力に物を言わせるような戦闘には不向きであったはずだが、さて。
金髪の男と前衛と思われる少女二人は、とても軽装だった。服の上に簡素な皮鎧を装備しているほかは、肘などに保護具をつけているだけである。機動力重視なのは明らかだった。
「ミリア、サリア。二回攻撃する間だけフォローを頼むよ」
「分かったわ、マスター」
「頑張るね、マスター」
赤い髪をした少女二人が、満面の笑みで金髪の男に頷く。二人の顔のつくりは鏡写しのように瓜二つだった。恐らく双子なのだろう。
「ヒルダは――」
「みなまで言うな。己の仕事くらい分かっている」
「ああ、信じてる」
「クリス、おまえこそ役目を果たせよ?」
「大丈夫、やってみせるさ」
残りの一人は、灰色の大きなローブを身に纏っていた。他の三人に比べると背が低く幼げに見えるが、振り向いたときにかいま見えたその表情からは少女とは思えないほどの力強さをうかがえた。
「始め!」
試験開始の合図の声があたりに響き渡った。