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冒険者協会

 揺さぶられるような振動で、意識が覚醒する。

「秋人、朝じゃぞ」

 目を開けると小春が微笑んでいた。

「……おはよう、小春」

「ふむ、挨拶はできるようじゃな」

 小春が伸ばした手をつかんで体を起こす。手を握っている内に、少しずつ体に力が戻ってきた。

「ふわぁ……」

「なんじゃ秋人。眠いのかえ?」

「んー、久々に夢を見たせいかもしれない。大丈夫、そのうち覚めると思うよ」

「ふむ。少々動くでないぞ?」

 ベッドへ身を乗り出し、頬に手をそえてすっと顔を近づけてくる小春。

 ねぼけた頭では、ただそれを見ていることしかできなかった。

「ん……」

 直後、口元に温かく柔らかい感覚が広がった。小春の唇なのだと気づく頃には、既に彼女は離れたあとだった。

「……ッ」

 動揺を隠せない。

 小春はいたずらが成功したといわんばかり、にやっとした顔を浮かべていた。

「どうじゃ、目が覚めたじゃろ?」

「……おかげさまで」

「ならばこちらもした甲斐があったというものじゃ」

 眠気なんて、一気に吹き飛んでしまった。

「さて、着替えはどうするかの?」

「それくらいはなんとか自分でやるよ」

「そうか。では下でセシアが食事の準備をして待っておるからの」

 そう言うと、小春が部屋から出て行く。

 全く、朝から勘弁して欲しい。彼女にしてみれば今更このくらい大したことないというのかもしれないが、こちらとしてみればからすればいつだって緊張だらけなのだ。

 鳴り止まない鼓動を気合で抑えながらの着替えは、いつもより時間がかかることとなった。



 朝食後に借家を出発すると、予定どおり冒険者協会(ギルド)の建物へと赴いた。

 街の中心から少しはずれたところに建っているそれは、周辺にある住居とは一線を画すほど大掛かりな建物であり、広さもさることながら華美ではない程度に装飾を施していたりと、語彙の乏しい表現をすればただただ立派な建築物だった。

 本館と同じコンクリート製の大きく開かれた正面の門では、多くの人の出入りが繰り返されている。

 冒険者協会とは、何も迷宮探索や依頼仲介だけを取り扱っているわけではない。今となっては商工会議所や手工業組合、時には市場の管理も行っているのだという。……相変わらず、セシアは博識だった。

「それで、どうすればいいの?」

 前を歩くイリスが、振り返りながらそう尋ねる。

「迷宮の探索には協会の許可証が必要で、その許可証を得るためには試験の合格が必要です。会場はこの協会内、試験日は月に一度、そしてちょうど今日がその試験日となっておりますわ、お嬢様」

「そう、ありがと。なら早く行きましょう、秋人」

「うう、お兄さん。沙希はなんだか緊張してきましたです」

「……沙希よ。その台詞、この街に来るときも言っておったぞ。少しは落ち着くのじゃ」

「じゃあ行こうか」

 門の前できゃっきゃしているところを、周囲の人の視線がぐさぐさと刺していく。もう慣れてしまったが。

 少女たちの中心にいるのは当然自分だ。今日の担当は右腕が小春、左腕が沙希となっている。もう慣れてしまったが。

 案内板を確認した後、人ごみを抜けて迷宮担当の窓口を目指す。目的地は、建物の中でも奥のほうとなっていた。

 冒険者と一口に行っても、窓口はいくつか存在するのだ。迷宮探索が花形なのは間違いないが、何でも屋としての側面がなくなったわけではない。そういった仕事を斡旋する窓口も存在していた。

 やがて行き着いたそこは、大きな広間になっていた。様々な格好をした冒険者でひしめくその場は、先ほどまでの騒がしくも朗らかな場所とは明らかに雰囲気が違っている。

 自分たちが踏み込んだ瞬間、鋭い視線が一斉に向けられるのが分かった。

「……よう、ぼうずと嬢ちゃんたち。見学にでもきたのかい?」

 出入り口の一番近くにいた、装備の整備もおぼつかないやぼったい格好の中年の男が、そう話しかけてきた。うっすらと顔が赤いところを見ると、酔っているのかもしれなかった。

「いえ、僕たちは」

「悪いがここは、あんたらがいちゃつくような遊び場じゃねぇんだよ。ケガしないうちにとっとと帰んな」

「ですから」

「わっかんねぇかなぁ、見せつけるんならよそでやれって言ってんだよ、このクソが」

「――うるさいわねぇ。いいからその汚い口をさっさと閉じなさいよ」

「ああんッ?!」

 こらえ性のないイリスが、ついにキレてしまう。これはまずい。

「イリ――」

「おい、金髪の嬢ちゃん。今のはオレに言ったのかい?」

「他に誰がいるって言うのよ。そのくらいも分からないの?」

「あわわわ。イリスちゃんダメですってば」

 時すでに遅し。沙希がなだめに入るが、後の祭りだった。

「私たちは迷宮探索の試験を受けに来たの。邪魔しないでもらえる?」

「おまえらが迷宮に? わっはっは、これは傑作だぜ。冒険者はガキの遊びじゃねぇんだよッ」

「そんなこと知ってるわよ。別に問題ないわ。私、あんたより強いし」

「ほぅ……上等だ。口でわかんねぇなら力ずくで教えてやるよ。ついでにそのまったいらな胸でも揉ませ――」

「――おいたはそこまでですよ、名も知らぬ冒険者様? それ以上は、お嬢様のメイドであるこの(わたくし)がお相手いたしますわ」

 いつのまにか二人の間に割り込んでいたセシアが、イリスに向かって手を伸ばしかけていた男の首にそっとナイフを当てながら、にこやかにそう告げた。

「今回はこちらにも非がありますので、今ならまだ退いて差し上げますが、いかがいたしますか?」

「ひっ!」

 男はしりもちをつくと、ほうほうのていで慌てて広間を逃げ出していく。その後姿を見送ると、ナイフをしまったセシアはため息をつきながらイリスへと顔を向けた。

「お嬢様。お気持ちは分かりますが、冷静さを欠いた者と言い争ってもろくな結果にはなりませんわ」

「別に、あんなやつくらい私でもどうにでもできるわよ」

「ええ、確かにそれはお嬢様の言うとおりでしょう。ですがその結果、もし何かの弾みで秋人様が怪我でもされてしまったとしたら?」

「……ッ」

「些細な事から大きな被害が引き起こされることは、稀に起こりえることですわ。お嬢様がなさったことは、その危険を冒してでもなお成し遂げたかったものなのですか?」

「……悪かったわよ」

「お怒りになったそのお気持ちは大切なものです。失ってはなりませんわ。ですが何事も比較考量、時と場合を考えなければならないということなのです」

「覚えておくわ」

 そう答えてイリスはうつむいた。どうやら、少しは反省しているようだ。

「……もっとも秋人様に危害が及ぶような事があれば、隣の方が黙ってはいらっしゃらないでしょうけれども」

 イリスには聞こえないように、ぼそっとセシアがつぶやく。

 隣に目をやると、小春が右の手のひらをそっと構えて風の術式を行使できる体勢を取っていた。……全く気がつかなかった。

「小春、もう大丈夫だから。それと、ありがとう」

「ふむ、承知した。しかしセシアはよく見ておるのう」

「私、メイドでございますので」

「メイドさんというのは、やはりすごいのですね! 沙希もいつかやってみたいと思っているのですが、今はとても無理そうなのです」

 巫女がメイドに憧れるというのは、なんだか随分と違和感のある光景だった。



 その後は何事もなく、受付窓口らしきところまでたどり着いた。あえてこちらに構うほど酔狂な人はいないらしい。

 大きな机の前のいすに座っている女性へと小春が声をかける。

「迷宮探索の受付窓口はここであっているかの?」

「はい、そうです。もしかすると試験を受けられる方がたですか?」

「そ、そうなのです。遠路はるばる――」

「沙希、余計なことは言わなくていいの。それで、どうすればいいのかしら?」

「こちらが試験申請書兼冒険者登録書になりますので、記入をお願いします。なお登録は小隊(パーティ)制となっておりまして、以降全ての責任は連帯となりますので、ご承知のうえで手続きをお進めください」

 女性から申請用紙を渡される。えっと、名前、性別、年齢、特技、小隊名……ん?

「……配置(ポジション)?」

「ああ、それですね。分かりづらいかもしれませんが、いわゆる役割とでも言いましょうか。実績のある小隊の方がたには、こちらから依頼をすることももありまして、その際にどういった構成の小隊なのかを見極めるための参考資料として用いていたものです。……最近では、あまり使われることは少なくなりましたけどね」

「具体的にはどういったものを書けばよろしいのでございますか?」

「そうですね。前衛、後衛だけでも結構ですが、説明書きさえつけていただければどのような表記でも構いません。"殲滅者(デストラクター)"などという記載をした方も、過去にはございましたよ」

「……なんだか恥ずかしいわね」

「そうですね、よく言われます。ただ、決まりごとですので。では書き終えましたらこちらまでお持ちください」

 そう言われて、少し離れたところにある筆記場所まで移動した。

「さて、困ったな。小隊名なんて考えてなかったよ」

「お兄さんが決めていいのですよ」

「うーん、といわれてもすぐには、ね。みんなも考えてくれないかな」

 自分が一任されて決めるのは、なんというかしっくりこなかったのだ。この小隊が出来たのは、仲間のおかげなのだから。

「そう言われてもね」

「わしは何でもよいぞ」

「困ったのです」

「……ではこうしましょう」

 突然セシアが、いくつも紙を小さく切り分け始めた。それから紙切れを一人ずつにニ枚手渡す。

「これに好きな言葉を書いて、この袋に入れてくださいませ。そこから無作為に三つ選びますので、それを組み合わせて考えましょう」

「なるほど、そういう趣向かの」

「いいわねそれ、乗ったわ」

「わかりましたです。んー、どうしましょう」

 みなが頭を悩ませ始める。

 その間に、そっとセシアに話しかけた。

「ありがとうセシア」

「いえいえ、私はただ面白そうだと思っただけでございます」

 彼女は否定するが、きっと自分の気持ちを汲んでくれたのだろうと勝手にそう思った。

 全員が書き終えると、袋の中に全ての紙が入れられる。そこからセシアが三枚の紙を取り出した。

 選ばれたのは『子猫』、『愉快』、そして……『秋人』?

「ちょっとそれって――」

「ん? それはわしが入れたぞ」

「あら奇遇ですわね。私も入れましたわ。それも二枚」

 思わず絶句してしまう。個人名なんて入れたら、悪目立ちするに決まっていた。

「これを組み合わせるのよね。……『愉快で子猫な秋人』?」

「ただの変態だよそれじゃ……」

「ふむ、秋人も斯様(かよう)な耳が好みかの?」

 小春が自分の耳を指でなぞる。そこは、すごくもふもふしていた。

「好きか嫌いかで聞かれたら……それはその、好きだけど……」

「……お兄さんは猫耳好きっと。沙希、覚えましたです」

「そこ覚えなくていいから」

 セシアは、そんなやりとりを見てくすくすと笑っていた。

「さて提案者としましては、まとめに入らないと秋人様に怒られますわね。そうですございますね……」

 少し悩んでいたセシアが、ぽんと手のひらを叩いた。

「ここを団として、これにいたしましょう」

「うむ、良いのではないか」

「なんだかあまり強そうじゃないけど……まあいいわ、結局は実力しだいよ」

「沙希に異存はないのです」

「……どうしても、その頭のやつっていれなきゃダメかな?」

 諦めきれず、四人を見渡しながらそう伝えてみるが。

「ダメね」

「ダメですわ」

「ダメじゃな」

「ダメですよ」

「……分かった。僕が悪かった。好きにしていいよ」

 一致団結した否決により、諦めざるを得なかった。

 小隊名も決まり、個人欄も相談しながらそれぞれ全て埋めると、再び窓口へと向かう。

「こちらが申請書です」

「はい……確かに確認いたしました。ではこちらが受付番号になりますので、失くさないようにお願いします。また試験は十時からとなりますので、遅れないようにしてください」

 そう言われると、六十番と記された紙が手渡された。備え付けの時計を見ると、試験時間までもう少しといったところだった。

「ところでセシア、試験は何をするのかしら?」

「わしも知らんの」

「沙希も知らないです」

「僕も知らないな」

 そういえば確認してなかった。

「……お嬢様には以前ご説明しておりましたし、それをほかの皆様にもお伝えするようお願いしていたと思いましたが?」

「なによそれ? 知らないわよ私」

「そうでございますか。……お嬢様を信用した私が愚かでしたわ。申し訳ありません」

「えっ? ちょっとなに、私が悪いの?」

 納得のいかない顔をするイリスと、大げさに落胆した表情を浮かべるセシア。

 セシアが、改めて周りを見渡す。

「試験内容は一定ではなく変更されることも多いのですが、こと最近の試験内容はすべて模擬実戦となっておりますわ」

「あの、よろしければ試験についてご説明いたしましょうか?」

 あまりに緊張感のない会話に堪りかねたのだろうか、受付の女性がそう願い出てくるのだった。

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