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抗戦

「――『風礫(かざつぶて)』!」

 突然、今まで沈黙を保っていた小春が術式を行使した。振るわれた左手から、複数の風の弾が放たれる。

 虚空を飛んでいくと思われたその攻撃は、何かと衝突し高い音をあげた。

 宙に舞うあれは……投げナイフ!

「ほう、勘の鋭いやつが残っていたようだな」

「誰よッ! 出てきなさい!」

 イリスの言葉に従ったのか、通路から人影が現れる。その数、六人。

 全員が武装した屈強な男たちだった。傷だらけの皮製の装備を見るに、冒険者兼傭兵といったところだろうか。

「仲間から変な魔力を感じるなどとと聞かされたときは、なにを馬鹿馬鹿しいと思っていたが、まさか本当にいるとはな」

「何用か、などと聞くのは野暮というものなのじゃろうな」

「初対面の挨拶が投擲とは、なかなか洒落た文化をお持ちでらっしゃるのですね、掃討者(スイーパー)の皆様は」

「ふん、清浄なる地を穢すモノに組する奴らなどにかける礼儀はない」

「……随分な言いようね。あったまくるわ」

「イリス、落ち着いて」

 男の言葉に激高するイリスをなだめる。

「だがまあ、あくまで我らの目的はそこの漂流者(ドリフター)だ。今大人しく手を引くなら見逃してやるが、どうする?」

 顎に手をやりながら、見下すように男がそう告げた。

 なめられたものである。

「そんなの決まってますよね、お兄さん?」

「まあね」

 沙希の声に当然とばかりに頷くと、正面の男たちを見据える。

「お断りするよ」

「あ、あっくん……」

 ユキを背に庇い、ひそかに右腕の武装の起動準備に入る。

「交渉決裂だな」

「ふん、何を白々しい。もとより逃がすつもりなどないくせにのう。そこに伏兵を用意しておるのじゃろう?」

「……なるほど。どうしてこんなガキどもが、などと思っていたが、どうやらそれなりにキレるようだな。……いいぞ、出てこい」

 小春を値踏みするかのように睨んでいた男が声をあげると、同様の武装した男たちが通路からぞろぞろと現れた。

 迷宮融合(フューズサイド)によって合流したのだろう。総勢は二十人を超えていた。

 思っていたよりも数が多い。

「……これは、撤退したほうがいいね」

「そうでございますね」

 一小隊くらいならなんとかなると思っていたが、四小隊相当が相手では分が悪い。

 こちらの目的は殲滅ではないのだ。帰路のためにも、消耗はできる限り避けたかった。人数差が開いている状況で戦うのは、決して得策ではない。

「……癪に障るけど仕方ないわね。後ろ側の通路に退避でいいかしら」

「沙希が時間を稼ぎます。その間に逃げてくださいです」

「ユキ様は(わたくし)がお連れしますわ」

 逃げるが勝ち。白守を通じた会話で、方針を定める。

 行動を起こそうとする直前、しかし先に動いたのは掃討者(スイーパー)の方だった。

「――『炎撃槍(フレイムジャベリン)』」

 複数の冒険者が、槍を象った炎の術式をそれぞれ放ってくる。

 防御のため咄嗟に身構えるが、飛ばされた火の槍は仲間の誰にも当たることはなく……かわりに逃走予定の通路の付近に殺到した。

 幹の焼失により自重に耐えられなくなった木が、重なり合っていくつも倒れ通路を塞いでいく。退路は塞がれたと思って間違いないだろう。

 術式で切り開くことは可能だと思うが、そのためには時間が必要だ。そして、それを黙って見過ごしてくれるほど敵も悠長ではないに違いない。

「……用意周到なことじゃな」

「悪いが、おいそれと逃がすようなヘマはしない。まあせいぜい足掻いてみるんだな。結果なんて分かりきってるが」

 集団の中央にいたリーダー格と思しき冒険者は、鼻で笑うかのようにそう言い捨てると手を前に突き出した。それに合わせて、横に並んでいた男たちも同様に構える。

 戦闘における数の暴力は、いつであっても正解手となりうる。

 くっ、どうする? どうすればいい?

 ふと後ろを振り向くと、怯えの色を必死に隠しながらこちらを見つめて微笑むユキの姿が目に写った。

 ――ああ、そうだ。彼女を失ってはいけないのだ、きっと、絶対に。

 ならば、やることは決まっている。

 思考が研ぎ澄まされていく。それはあの試験会場で小春が倒れたのを見たときと同じような感覚だった。

「小春」

「わかっておる、みなまで言うでない。どうせ止めても無駄なのじゃろう?」

「迷惑かけて、ごめん」

「なに、おぬし一人くらい背負う羽目になったところでどうということはないのじゃ」

「ありがとう。……イリスは倒れた木を吹き飛ばして。小春、沙希、セシアは迎撃をお願い。ユキを、頼むよ」

 仲間へ指示をとばすが。

「あらあら、私に気遣いは無用でございますわ。……なにしろ、とうの昔に汚れておりますので」

 本当に、よく気がつくメイドだった。

「止めぬとは言ったが、一人で行かせるとは言っておらんのじゃがのう」

 小春も引き下がる気はないようだ。

「ふぅ、分かったよ。でもまずは守備をお願い。それから隙を見て援護を頼むよ」

「ふむ、心得た」

「承知しましたわ」

「お兄さんはどうするんですか?」

「……秋人?」

 試合などではない、初めての対人戦。

 人の血で手を濡らすのは、今はまだ自分だけでいい。二人の声に応えることなく前方をにらみつける。

「ふん、全員撃てッ!」

 敵から術式が放たれた。炎の槍が、風の矢が、氷の剣が、こちらへと飛び来る。

「『風散(かざちらし)』」

「白守ッ! 『雨笠(あまがさ)』!」

(かざ)しなさい――『赤き防楯(ルベルスキュータム)』」

 それに対してこちらも、一斉に防御の術式を展開した。風の壁が、懐剣の笠が、赫い光の膜が、攻撃を遮る。

 防御をこれ以上減らすことはできない。ならば、動けるのは自分だけだ。

「まだだ! 次弾、放てッ!」

 術式の発動では"想像の容易さ"がひとつの大きな要素を占めることから、射出型術式において武器の形状を象ることは非常に多い。熟練をそれほど必要とせず、扱いやすいからだ。

 一方、弱点もある。結局のところ投擲の具現化である以上、その攻撃は直線的にならざるをえない。ならば――。

 陽の気を全開放して過出力(ブースト)の準備を完了させると、右足を踏み出して体を沈めた。

「おいおい、なんだ。おまえ一人だけで――」

 先頭に立っている別の冒険者が何か言っているが、そんなことは気にもとめない。ただ障害たる目の前のものを、一つずつ消していけばいい。それが"殲滅射手(バニシングシューター)"である自分の役目だ。

「――『虚風動(ホロウライン)』」

 移動術式を発動し、地を這うような低い姿勢で攻撃をかいくぐりながら掃討者(スイーパー)の集団に向かって接近する。

 そして間合いを見極めると、右腕の武装をすばやく解放した。

狙獲する輝星(エイミングステラ)鞭剣形態(モードウィップ)――『風閃刃(エアスラスト)』」

「――何ができひゅっ」

 射出した鋼糸付きの短剣を、風の力をもってすばやくしならせ鞭のごとく振り払う。魔力付帯(エンチャント)によって風の力を纏い鋭利な刃と化した先端の短剣が、男の首を一瞬で鋭く切り裂いた。

 噴出した鮮血が、空を舞う。

「ちぃッ!」

 突然の反撃に慌てる男たち。

 遅い。

 敵が防御の体勢を取り始める前に再び腕と魔力の操作で鋼糸を振るい、その隣にいた冒険者二人の胴体を防具ごとまとめて切り払った。過出力(ブースト)を込めた『風閃刃(エアスラスト)』は、なめし皮の防具程度では防ぐことはできない。

「がぁぁぁッッッ!」

 切り裂かれた腹部から飛び散る鮮血が、また空を舞う。

付帯術者(エンチャンター)だ! 武器に気をつけろ! 盾を使え!」

 三度振るった短剣は、リーダーの声に従って冒険者が構えていた厚い木の盾に突き刺さり、その動きを止められる。

 いい反応だった。だが――。

「――『風裂波(ゲイルバースト)』」

 短剣を起点に術式を行使し、爆発とともに周囲に風の斬撃を撒き散らした。

 防御行動は織り込み済みだった。小盾では防ぎきれなかったのだろう、盾をもっていた冒険者の顔はずたずたに切り刻まれて元の形を失い、真っ赤な血で染まっていた。

「――ァァァァァッッ!!」

 言葉にならない悲鳴が、あたりに響き渡った。

「くそッ! 何だ今のは!」

「どこから撃ちやがった?!」

 敵が至近距離での術式発動に動揺を見せて叫んでいた。どうやら、さすがに魔力共鳴(レゾナンス)までは悟られてはいないようだ。

「――『炎撃矢(フレイムアロー)』!」

「――『炎撃槍(フレイムジャベリン)!』

 鋼糸を引き戻して短剣を回収している隙に、標的をこちらへと切り替えた冒険者たちから複数の炎の術式が放たれる。

「――『塵旋風壁(ダストワール)』」

 慌てずかざした左手の前に風の壁を現出させて、飛来する槍と矢を象った炎を防ぐ。今の状態ならば、この程度の術式に対して強度で劣ることはない。

狙撃形態(モードスナイプ)

 お返しとばかりに、最も近い敵へめがけて短剣を撃ち返す。撃たれた男は、それを余裕とばかりに胴すれすれで回避した。

「おっと、あぶね――」 

「バカ野郎! 距離をとれ!」

 リーダーの声が響く。そのとおりだ、まだこちらの攻撃が分かっていないらしい。

「――『風裂波(ゲイルバースト)』」

 瞬間、短剣を中心に炸裂した風の力は、至近距離にあった男の脇腹を塵のごとく吹き飛ばした。胴体を大きく抉られながら吹き飛ばされた男は、そのまま地面から動かない。

 何も目標に命中させてから術式を使う必要などないのだ。これは、範囲を攻撃する術式なのだから。

 そのまま破裂の反動を用いて横薙ぎに鋼糸を振るい、再び短剣を掠めた敵に術式を発動する。

「落ち着け! 数ではこちらが有利だ! 慎重に回避しながら戦え!」

 さすがというべきか、リーダーは冷静だ。だが一度恐慌状態になった集団は、戦いに最も重要な冷静さを失っていた。

 攻撃範囲外(アウトレンジ)での混戦なら、絶対的にこちらが有利となる。振るう短剣が敵を切り裂き、または吹き飛ばし、一人、また一人と屠っていく。

「いい加減にしろやッ!」

 埒が明かないと踏んだ敵の一人が、距離を詰めてくる。

 その動きはこちらの予想外に速かった。これは……速度強化術式か。

 再び短剣を右腕に回収したときには、既に敵の剣の間合いに入っていた。

 すでに回避は間に合わない。やむを得ず左腕の小盾を構えて受け流しの体勢にはいる。最悪負傷しても、右腕さえ無事なら戦い続けられるのだから。

 だが覚悟していた斬撃の代わりに視界に飛び込んできたのは、桜色の着物をたなびかせながら矢のごとく突撃してきた、小さな少女の姿だった。

「ぐえっ」

「わしを忘れておらんかの?」

「小春!」

 男の顔に飛び跳ねた小春の掌打が直撃していた。突然の打撃によって男は怯んでいる。

「――『風払(かざばらい)』」

 そのまま密着させた掌から、小春は躊躇(ちゅうちょ)なく風の術式を解き放った。

 まるで高所から果実を硬い地面に落としたかのように、男の顔がはじけ飛ぶ。風に乗って、細かな肉片が後方へ飛び散った。

 崩れ落ちるように男が倒れる。

「待たせたの」

「助かったよ、それとありがとう」

「調子はどうじゃ?」

「もって、あと少しってところかな」

 蓄積していた陽気は、もう残り少ない。

法師(ホウシ)を使う準備をしてきたのじゃが、いけるかえ?」

「範囲が足りてないんじゃない?」

「それについてはセシアに任せてきたのじゃ」

 一瞬だけ後ろに視線を向けると、すぐ後ろでセシアが準備万端で箒を構えていた。

「いかなるご要望にもそつなくお応えするのが、優秀なメイドでございますわ」

 彼女はいつもと変わらない生暖かい微笑みを浮かべながら、だが確固たる自信をその顔に浮かべていた。

「わかった。やってみよう」

「セシア、頼むのじゃ」

「承知しました。……咆えなさい――『奔放なる焦熱の軍勢リベルイグニス・レギオ』! ――『第二撃(セクンドゥム)』! ――『第三撃(テルティウム)』!」

 炎弾の群れが、三度にわたって放たれる。それは掃討者(スイーパー)たちの外周を回るかのような弾道を描いて襲い掛かった。

「うわぁ!」

「あっぶねぇ!」

「へっ、当たんねぇぜ!」

 命中こそしなかったが、回避を強制された敵の一陣は必然的に中央に集まる状態にさせられた。もとより、これが狙いであるとも知らずに。

「……今度こそ、これで打ち止めでございますわ」

 疲労困憊といったセシアの声が聞こえる。

「上出来だよ」

 これならばいける。

 右腕を上空にむけて構える。その腕を小春が両手で支えていた。

 急いで、魔力共鳴(レゾナンス)を書き換える。

「――狙獲する輝星(エイミングステラ)飛翔形態(モードソアー)

 完了後、すぐさま上空へと短剣を射出する。ちょうど敵の真上で、それは風の力を帯びて滞空した。

 小春がぴたりと横に寄り添いながら、朗々と詠いはじめる。

「――其は在りし日に(とどろ)く幻想たる巨兵の跫音(きょうおん)。墜とされし潰滅(かいめつ)打擲(ちょうちゃく)を前に、永らえる存在(もの)は無し」

 魔力共鳴(レゾナンス)は、何も自分だけが対象とは限らない。互いを深く知りえているものであれば、その存在に擬製することも可能なのだ。

 結合術式――。

「――『大太法師(デイダラホウシ)』!」

 小春が術式を発動する。発現点は、浮遊させている短剣(ステラ)

 短剣を中心とした円状の広い範囲で空間がひずむ。直後、そこから下方へ向けて術式による大気の力が押し寄せた。まるで何者かの巨大な足底に踏み潰されるかのように、発動範囲にある地面が力を受けて(くぼ)む。

 無論、真下にいた掃討者(スイーパー)も無事に済むわけはなく。

「がッ……」

「苦……し……」

「潰……れ……」

 伏して四肢を地に繋ぎ止められた彼らは、動くこともかなわずに少しずつ、少しずつその体を押し潰されていく。

 大地であればただ圧縮されて固められるだけだ。だが人の体は、それに耐えうるほど頑丈にはできていない。

「……ァ……ッ」

 もはや悲鳴にすらならない声が、眼下の窪みのあちこちから漏れ聞こえる。

 非道な仕打ちだと、自分でも思う。小春の手まで汚させてしまった。

 それでも、ここで手を抜くことは許されない。……こちらにはもう余力が無いのだ。自分は言わずもがな、小春とセシアも恐らく限界に近い。

 咄嗟の判断だろう、何人かは術式の範囲から回避していた。敵は、全滅していない。

 この場を切り抜けるには、彼らに撤退してもらうしかないのだ。そのためには、これ以上の戦闘を諦めてもらわなければならない。

 恐怖を、見せ付ける必要があった。

 ついに体に限界が訪れたのか、メキリ、それからグシャリといった音があたりに響いた。

「……小春」

「ふむ……もうよいかの」

 残っていた掃討者(スイーパー)たちが逃げ出していくのを確認すると、術式を解除する。

 どうやら、なんとか当初の目的は達せられたようだ。

「ふう……」

 肩の力を抜いて、息をつく。

「遅くなってごめんなさい。退路を確保したわ」

 同じようなタイミングで、イリスが近寄ってくる。沙希はユキのそばで待機していた。

「こっちも終わったみたいね」

 目の前の惨状が視界に入らないわけがないが、イリスはそれ以上何も言わなかった。賢明な彼女のことだ、恐らくその意図するところを察してくれたのだろう。

「では、撤収するぞ」

「申し訳ございませんが、移動の警戒はお嬢様と沙希様にお願いいたしますわ」

「まあ仕方ないわね、引き受けたわ。秋人は大丈夫?」

「ちょっと無理かな。……小春、悪いけど頼むよ」

「ふむ、承知したのじゃ」

 情けないと思いつつも、既に気は尽きていた。

 小春に伝え終えてすぐ、ふっと目の前の景色は暗転するのだった。

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