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迷宮

「そこですっ!」

 沙希の声とともに、幾多にも数を増した白守の分け身がその切っ先全てを敵へと向けて瞬時に飛翔する。

 まるで馬を人型の二足歩行にさせたかのような敵――固有名"ミノタウロス"――は、全身を白守に貫かれながらもなお立ち続け、あたりに咆哮を響き渡らせた。

 全身を黒光りする強固な筋肉質で覆いつくした強大な敵は、見た目通りの強靭な生命力を持ち合わせていたが、しかし今はその手に持つ巨斧もむなしく、ただただされるがままとなっていた。

 脚部を集中して狙い続けたイリスの攻撃が功を奏して、その素早い動きを封じられたためである。

「観念なさいませ」

 そこへ、準備を終えたセシアの魔術による炎弾が手に構えた箒から放たれる。腹部に直撃を叩き込まれたミノタウロスはついに倒れ伏し、やがてその姿を光の粒子へとかえていく。

 あまねく迷宮の徘徊者に定められた、なれの果てだった。

 あとには、額にあった小石ほどの大きさを持つ半透明の赤い魔石だけが残される。そっとそれを回収し、だいぶ数量の増えた袋へと放り込んだ。

「ふむ、このくらいの敵ならどうとでもなりそうじゃの」

「近接だけの攻撃バカなんて遠巻きにやれば楽勝よ、楽勝」

「そんなことを言っていると、今に近接戦闘を強制されるフラグが立ちますわよお嬢様」

「白守、いつもありがとうございますね」

「みんなお疲れ様」

 声をかけて仲間を労わる。

 なんとなく予想はしていたが、低階層の徘徊者くらいであればこの小隊の敵ではないようだった。

 中距離以遠での攻撃が豊富な"愉快な子猫団"にとって、イリスが言っていたように近接戦闘を仕掛けてくる敵などは容易にいなすことができた。

 それと比べると、あの試験の難易度はおかしかったといえる。……やはり、何かしらの意図をもって高められてたと考えざるを得ない。

 ふと懐中時計を手元に取り出して見ると、迷宮への管理門(ゲート)を抜けて探索を始めてから、はやニ刻が過ぎようとしていた。

 ある程度は知識として仕入れていたとはいえ、直接の探索はこれが初めてになる。少しでも慣れようと、予想時刻よりもかなり早めに迷宮入りしていた。

 周囲は、あたり一面が木々と草花による緑に覆われていた。うっそうと茂る自然の大森林の中を、にもかかわらずあまりにも人為的な広めの獣道が走っている。

 ここを通れといわんばかりの道が存在するあたりが、ここが迷宮と呼ばれる所以(ゆえん)だといえた。

 それに加えて魔力によるものだろうか、ここの樹木は若干だが発光する性質があるらしく、森林の奥深くにもかかわらず付近が視認できるほどの光量は保たれていた。

「それにしても、静かでございますね」

 セシアが、周辺を見渡しながらぼそっとつぶやく。

 確かに、生き物の気配はするのに音がほとんどしない。時折吹きぬける風によって揺らされる木の葉だけが、音を響き散らかしていた。

 自然とは異なるその雰囲気からは、なにか不気味なものを感じずにはいられなかった。

「まあ今は進むしかないね」

「そうね、行くわよ」

 不安を感じた心を押しとどめて、探索を再開する。

 魔力を取り込んだことにより徘徊者へと姿を変えた狼や虎といった獣を蹴散らしながら、小春に支えられて奥へと向かうこと小一時間。

 歩きながら腰から深度計を取り出して確認すると、もう少しで第三階層へ差し掛かるといったところだった。

「そろそろ第三階層だから、気をつけて」

 仲間に注意を促す。

 迷宮の魔力の濃さと徘徊者の強さは、比例するといわれている。それに伴って取り付いている魔石の純度も高くなっているようだが、これも諸説あり関連性や原因などはほとんどが不明のまま。

 慣習的な法則から成る常識などはあるが、それすらもどこまで信用してよいものやら。

 そもそも誰が作ったかもわからないようなものを、おいそれと解明できるはずもないのかもしれないが。

 獣道を抜けると、やがて少し開けた草原地帯に出た。付近には徘徊者もいないようだ。

 迷宮融合(フューズサイド)の予想時刻までもう少し時間がある。このあたりで休憩をしていたほうが良いだろう。

「ここで一休みしよう」

「承知しましたわ。準備いたしますので、少々お待ちくださいませ」

 そういってセシアがてきぱきと背嚢から布を取り出し、草地の上へと敷きはじめる。

 みなで腰を下ろし、ひと時の休息を得ていた。セシアがどこからともなく道具を用意して、お茶を火で温め始める。……流石は炎の魔術師。

「なんだかこの場所、あのときを思い出すわね」

「確かに、こんな雰囲気の草原だったかもね」

 イリスの声に同意する。

「結局、あのはぐれはなんだったのでしょうか」

「さあのう。ただあのような短期間に複数のはぐれが発生するのは、普通では考えられんそうじゃが」

「できましたわ、こちらをどうぞ。……はぐれについては、学者の方々でもまだよくわかってないそうでございますからね」

 それから、お茶を片手にして無言のときが流れる。

 きっと、少し前のことを思い出しているのだろうと思った。

 自分も含め小春たち全員の転機であり、この迷宮都市へ来ることになった全ての原因となる事件。

 あの、悪夢の日のことを。



 それは、およそ一月前のことだった。

 あの日、自分たちが住んでいる街の隣の集落で事件が起きた。

 "はぐれ"の襲来である。

 はぐれとは、"本来、迷宮に存在するはずの徘徊者、守護者が、なぜか迷宮外に出現してしまったもの"だ。

 原因は不明、周期や出現地点も全く不明。天災にも等しい現象でありながら、しかし人々はそれを天災以上に恐れていた。

 理由は簡単だった。なぜなら、それらは必ず人を襲う存在であったのだから。

 低階層の徘徊者級ならば、自警団を総動員すれば撃退することもできる。だが――守護者級ともなればそうはいかない。

 そもそも守護者は、迷宮の中でもそれなりの階層以降にしか出現しないものだ。戦闘を生業(なりわい)としている専門の者でなければ、戦いにすらならない。

 襲来したのが守護者級であるとの速報を受け、沙希の父である源十郎とイリスの父であるアルフレドを筆頭に、戦えるものはすぐさま隣町へと向かった。

 一方、戦う(すべ)は持っていたもののまだ年若いという理由で、自分や小春たちは街に残されていた。

 源十郎たち二人を含め、街の手練が総出で救援に向かったのは決して間違った判断ではなかったと思う。対処が長引けば長引くだけ、隣町の損害は大きくなるのだから。

 そう、ただ誰も考えてもいなかっただけなのだ。

 もう一体のはぐれが、自分たちの街に襲来してこようなどとは。

 町にその報告が入ってきたとき、十分に戦える技術をもった者は町に自分たちしか残されていなかった。

 せめて町の人が避難する時間だけでも稼ごうと、迎え撃つべく郊外の草原地帯へと向かう。

 あのときは、他に方法がなかったのだ。

 だが、自分たちでも何とかできるのではないかという根拠のない自信、驕りが少なからずあったことはきっと否めないだろう。

 戦闘が始まってすぐ、そんなものは甘すぎる考えだったのだということを思い知らされた。

「その程度、当たらぬのじゃッ!」

 中距離戦を展開するべく前衛を買って出た小春が、繰り返される敵の巨大な双斧の攻撃を紙一重でかわしていた。

 切り降ろされる攻撃は左右へ、切り払われる攻撃には間合いを取り、風の概念による術式を駆使して俊敏に立ち回りながら敵の攻撃を引きつけ続ける。

 掠めるだけでも深手となりえる斬撃を前にしても、冷静に立ち回り続ける小春はさすがというほかなかった。

 だがそんな彼女でさえ、猛攻を凌ぐのに手一杯で反撃には一切転じることができていない。

「いけっ! 白守!」

 小春を援護するべく、沙希が後方から反撃を試みる。

 (あるじ)を守るべく無数に展開した白守が、沙希の声にこたえて次々と滑空し敵目掛けて突き向かっていく。

 (くう)を切り裂くその幾多の刺突は、だがしかし敵の持つ術式抵抗(レジスト)により阻まれる。

 その多くは敵の直前でまるで柔らかい壁にでも当たったかのように薄い膜に阻まれ、あるいはなんとか突き抜けたとしても威力を削がれ、その強固な皮膚にほとんど傷をつけることができない。

「くっ、なんなんですか、あの術式抵抗(レジスト)はっ!」

 鉄壁にも思える敵の防御が、こちらの攻撃の前に立ちはだかっていた。

 戦闘を開始してまだ本の僅かしか時が経過していないにもかかわらず、焦りにも近い緊迫が仲間の内に広がっていた。

 敵は、強大だった。

 張り詰めた筋肉と緑色の硬い皮膚で構成された巨躯、一片の慈悲すら感じえない凶悪な容貌、両手それぞれに握られている無骨で巨大な手斧。

 二足二腕の人型でありながら、決して人ならざるモノ。

 神界の怪物、双斧の暴虐者――固有名オーガ。

 そう、果たしてそれは守護者だった。

「いくわよっ! 弾頭術式(コード)――『氷撃弾(フリーズアウト)』!」

 イリスが凍結の魔弾を放つ。

 足元、手元、首元、背部、後頭部。

 正面からでは埒が明かないと判断したのだろう、イリスはオーガの周囲を駆け巡りながら急所を狙撃していくが、やはり全て術式抵抗(レジスト)にかき消される。

 どうやらあの術式は、全身を保護しているようだった。

「――『奔放なる焦熱の蹂躙リベルイグニス・デレオ』」

「――狙獲する輝星(エイミングステラ)狙撃形態(モードスナイプ)

 セシアが放った炎弾に合わせて、構えた右腕から短剣を射出する。

 両側面からの同時攻撃。

 だが、オーガはそれにも対応する。腕を交差するように構え――。

「ォォォオオオオッ!」

 咆哮とともに両の手斧で切り払った。結果、炎は霧散し、短剣は弾き飛ばされる。

「まずいわね、ぶっちゃけ歯が立たないわ」

「ど、どうしましょう!」

「これは、早急に撤退を視野に入れたほうがよろし――」

 白守の力によって、相談を始めた矢先だった。

「いかん、セシア!」

 今まで守勢に徹してほどんど動きを見せていなかったオーガが、突如としてその巨体からは考えられないほどの跳躍を見せた。

 予想外の動きに誰も反応ができない。そしてオーガの視線の先には、最後衛ゆえに一人離れてしまっていたセシアがいた。

「ァァァァアアッ!!」

「――くッ!」

 咄嗟に横へ跳び転がるセシア。間一髪で、振り下ろされた手斧は先ほどまで彼女がいた地面だけを抉った。

 だが次の瞬間。

 刺さった手斧が淡く赤く光ったかと思うと、斧を中心に爆発が起こった。

 一瞬の閃光が走ると、ドンッという激しい音とともに爆風が吹き散らかされる。

 細めた視界の片隅に、吹き飛ばされるメイド服の少女がうつった。

「セシアッ!」

 咄嗟に彼女の元へ駆け出したイリス。それは、戦闘中に行うべきではない行動だった。

 振り返ったオーガが、イリスへと両の手斧をすばやく連続で投擲した。

 目を離したがために気づくのが遅れたイリスは、回避が間に合わない。

 自分には咄嗟に斧に届く攻撃がない。

 刃が迫る、その直前。

「――『雨笠(あまがさ)』!」

 沙希がイリスの目の前に立ちはだかり、白守を幾重にも重ねて笠状に展開させて飛来した斧を防いだ。

 続く第二投も同様に展開した白守で受け止める。

 だが。

 またしても、閃光とともに手斧が爆発する。

 余波を抑え切れなかったのだろう、沙希とイリスは白守ごと後ろに吹き飛ばされ、地面を転がったあと伏したまま動かなくなった。

 そのときの自分は、頭が全く回っていなかった。茫然自失とでも言うべきだろうか。

「おぬしだけでも逃げるのじゃ、秋人!」

 小春からそんな言葉をかけられても、動くことすらできなかった。

 どうすればいい? 逃げる? 駄目だ、見捨てることなんてできない。

 戦う? 攻撃の効かない相手にどうやって? 解決策が見出せない。

 そのうちに、再び爆風が吹き荒れる。

 何かが地面を転がる音が聞こえた。目を向ける。

 小春が、自分のすぐ近くに倒れていた。立ち上がろうと、もがいている。

「……なにを、して、おる。早く……逃げ……」

 手斧が、小春目掛けて投げられる。

 彼女はもう動けない。

 飛来する死の形。

 激しく鼓動する心臓。

 刹那。

 ――自分の意識はそこで暗転した。

 次に目が覚めたときには、既に治療室に運び込まれたあとだった。

 あの時何があったのかは、結局誰も分からないままだ。小春すらも、意識が曖昧でよく覚えていなかった。

 だがあの状況を切り抜けたということは、オーガを倒したことに他ならない。消去法的に、そんな判断がなされた。

 結果として、あの事件は自分が彼女たちを救ったということで落ち着いてしまうことになった。……見覚えのない腕の刻印を、その代償として。

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