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「meth」を望んで

作者: 薄い人

 僕は夢を見る。

 僕は夢の中で無数の僕に別れて叫ぶ。叫びは声を伴わず、口はただ開くだけ。

 僕は夢の中で歩き続ける。何処へ向かうでもなく、歩を進める。

 無数に別れ、声なき声を叫び、てんでばらばらに歩み続ける僕達は二度と再会することなく、無限の荒野へ拡散してゆく。

 この荒野には僕以外の登場人物は登場しない。同じ容姿の僕ということであれば人数はそれなりにいるはずなのだが、僕はまだ見たことがない。多少彩りに欠ける舞台と登場人物なのは認めるが、文句のほうは夢のほうに申し立てしてもらいたい。それはお前の夢だろう。なんとかならんのか。そんな向きの意見が聞こえてくるような気がするけれど、そんな意見を言う前に御自身の胸に手を当てよく考えてみてほしい。夢とは自ら好きなものを選べるようなものだったのかどうかを。

 どうだろう、夢とは古来から支離滅裂で、儚く、意味などとても汲み取れないもので、手前勝手に動くことは出来ないものだと僕は思うのだけれど。もちろん異論は認めるつもりだ。明晰夢なるものがこの世に存在することを僕は知っている。

 そんなわけで僕は与えられた舞台と、与えられた設定に乗っ取って、今日も荒野を歩み続ける。



 僕の夢はやたら継続性があるらしく、眠りに就くたびに着実に歩を進められている。見渡す限り、荒野なので確信はないのだけれども、ふと後ろを振り返れば、僕がつけたであろう足跡が見て取れる。もしかしたら前の僕とは違う足跡かもしれないけれど、少なくともスタート地点よりは進んでいるだろう。そもそもこの荒野で僕達の原初の地など、うかがい知れないのだけれども。

 そして、その長い長い旅路において僕らはこの夢を見ている名も知らぬ彼とは違う、個々の意識たるものを獲得した。いつしか俯瞰だった視界は主観にとって代わり、見上げた夜空にはランダムに配置された星々が輝き、僕は暇つぶしに星座を作って楽しむことができるようになっていた。

 僕らは何処へ向かっているのだろう。僕は歩みながらいつもと同じことを考える。いつかどこかの地の果ての果て。その果てで僕らは産声をあげ、夢の荒野に舞い降り、土くれをこねまわされ、地の底から這い出て生まれた。生まれた場所が存在するなら、死ぬ場所も当然あるのだろう。それならば。それならばこの無数の僕等の行軍の果てには、死が口を開いて待っているのだろうか。生誕から始まり、死によって歩みを止める、人生のような旅路なのだろうか。歩み続ける僕らの目の前に、突如として「おめでとう」と大きく書かれた横断幕が垂れ下がり、どこに隠れていたのかわらわらと人々が現れ、僕に握手求めたり、抱き付いてきたり、祝福の言葉を投げかけ、皆そろって僕を奥の門へと導いてゆく。門の前では、先に到着した僕らが待っていて、皆で一斉に門をくぐると僕の額に刻まれた「e meth」の文字から先頭の「e」が剥ぎ取られ「meth」となる。そして僕らは土くれに還り、夢の主人は部屋を明るく照らす朝日に目覚め、日々の生活を繰り返す。そんな日々のおかげで、僕らの人生とも呼べる夢は色を失い、すっかり記憶の影に身を隠してしまう。

 僕が最近気に入っているのは、そんな物語だ。支離滅裂にまとまっていて、なんだかすっきりしない。とても夢らしくいい出来だと僕は自負している。

夢らしさ。それが僕が夢想する際に、最も重要だと思うものだ。でもそれは、実現されることのない物語なのだと今の僕は知っている。



 僕らはてんでばらばらに動いている。少なくとも今歩いている僕は、向かうべきところはなく、果たすべき使命もない。右に光あれば右へ、北に星が輝けば北へ。そんな僕の持ち物といえばゴールがあったらいいなというちょっとした願望だけで、それ以外の荷物を僕は持ち合わせていない。旅は身軽な方がいい。そんな格好良いセリフも言えるけれども、実際のところは手元にあるもの全部引っ張って来て、まとめてこねたらこれだけになってしまいました。なんてお話なので、それを思うと少し恥ずかしい。

 なにも目的が無いのは虚しいと思われるかもしれないけれど、僕はなぜかそういうものなのだと割り切っている。虚しいと思う気持ちも、こねまわす内に何処かへ行ってしまったのだからしょうがない。ある朝目覚めたら巨大な毒虫になっていたとして、そういうものかと納得してしまえばそこには問題は発生しない。人であったという夢から覚めたら、胡蝶になっていたとして、そのままひらひらと空を舞い続けて構わないではないか。とかなんとか考えている。

 そんな僕から言わせてもらえば、グレゴール・ザムザは自らの羽を使い、大空へ飛び去ってしまえばよかったのだ。仕事も、家族も、思い出も捨て去って。ナボコフの言うとおり彼が甲虫であったならば。

 もちろん、僕は夢の中においてのみ、哀れなグレゴール君は現実という舞台の違いは大いに認めるけれど。



 

 いつものように僕は好きなように荒野を歩き、たまに星空を眺めて休憩し、あれはなんだか猿ににているな。と、猿座を作って遊んだ。そして、

 不意に眠気が僕を襲う。

 その理由は単純で、夢の主人が目覚めるのだ。

 あちらが眠ればこちらが起きる。その逆も然り。だから僕が眠くなるのにはなんの問題もなく、こちらとしても歩き回るのは疲れたのでさっさと眠りにつきたい。

 この眠りは、今の僕の消失という可能性を秘めているわけだが、だからと言って長きにわたる旅路において意識なるものを獲得した僕らが、創造神たる彼の目覚めを妨害してまで、旅を続けるといった目論見は持っていない。

 

在るべき意識は然るべき場所へ。

 無数の魂は一つの魂へ。

 

 それが道理というものだ。

 僕としてもそれには賛同なのだが、状況はそうではない方向へ転がりだしていることを僕は薄々感じている。

 閉じかけた瞼を開き、僕は目の前にそびえたつ遺跡を見つめる。

無限の荒野をしこたま歩き回り、僕らは知らずに勢力圏を拡大してきた。その結果として僕らの頭上には星々が輝き、意識が降り注いだ。

 そう、これは戦いだったのだ。そして僕らには侵略者という役割が与えられており、日々せっせと世界を切り崩し、この荒野へと組み込んでいく。僕の目が、耳が、鼻が、足が、それぞれが意識的になればなるほど夢の方はその情報を蓄え進化していく。

 デウス・エクス・マキナの機械仕掛けの腕が、もうよいと振り下ろされるその日まで、僕らの侵略は続く。否応なしに。無意識に。

 しかし、僕はといえばそんなの真っ平御免だ。

 この無彩色の荒野に鮮やかな彩りなんて必要ないし、僕はひたすらに歩き回る生活が結構気に入っていたりする。

 ある朝起きたら人間だったなんて、ある朝起きたら毒虫だったのと同じくらい悲劇だ。僕は夢でいたい。僕は支離滅裂でいたい。整合性なんて糞喰らえ。

だから僕は一つ願い事をする。願いを聞いてくれる神は僕らにはまだいないけれども、それでも願ってはいけないなんて僕はそう思わない。だから僕は願う。朝日に目覚める彼に、世界よ斯く在れ。と。



 そして無数の僕らは目を閉じ、夢を見る。

 朝日に目覚め、ベットから起き上がることから始まる、長い夢を。




オチなし、ヤマなし、やる気なしと三拍子揃った素敵な作品になりました。

プロットの大切さがよくわかりました。

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