第五冊;真剣勝負ッ!?
夜凪が側に来る度に、綜司の眉間に寄る皺は深くなる。
「碧音は相変わらず可愛いのな。成長してねぇだろ?」
茶化す様に言って碧音へ近付き、夜凪はくしゃりと頭を撫でる。
薄茶の髪が僅かに乱れ、大きな瞳は楽しそうに細められた。
「仕方ないでしょ、ユグドラシルが居るんだから。成長とまってるもん」
自らの頭に手を置き、これ以上は伸びないんだよね。
と名残惜しそうに呟くと碧音は自分と違い充分な背丈のある二人を見上げてニッと笑い
「綜司、夜凪…俺に身長分けてよ」
と言った。碧音の突飛な発言はいつもの事だが、夜凪がいると無茶の度合いが増す。なのに止める役目は一人にしか出来ないのだ。
「碧音、俺より綜司ちゃんに頼んでよ。綜司ちゃんのがチョビッとだけでかいから」
「私をちゃん付けで呼ぶのは止めろと、何度言えば分かりますか?」
碧音の悪戯に悪乗りし、尚も自分を綜司ちゃんと呼ぶ相手に対し盛大な溜め息を零す。
瞳には、たとえクノアの仲間であろうとも許さない冷たい色が宿っている。
「ひっでーな。同じクノアだって言うのに。な、碧音」
馴々しくも主の肩に手をやり強めに引き寄せると、中身と違いまだ子供の体格の碧音はいとも簡単に傾く。
「あっ…」
「ヤベッ」
彼が息を漏らしたのはほんの短い時間。
何かを思う前に傾いた体は夜凪の前を抜け、固い床に叩き付けられてしまった。
鈍い音が廊下に響く。
「ぃ……っつー」
「碧音!?」
「悪ィ、碧音!大丈…ぶ」
夜凪から発せられた碧音の体を案じる言葉は綜司によって途切れさせられてしまう。
ジャキリ、と金属同士が擦れ合う嫌な音がする。
綜司が腰に挿している剣を抜き、研きぬかれた極上の刃先が夜凪を襲った。
「おぅっと……っぶないってば綜司ちゃん!死んじゃうから!!」
すんでの所で何とか避けわめく夜凪の姿を認め、らしくもなく綜司が舌打ちをした。
同時に、避けた時に出来た間合いを詰めて一つ前に出る。
「死んでください」
「ひっでぇなあ。そんな事言われちゃ…引き下がれないだろ?」
緑の瞳に冴え冴えとした怒りを浮かべ冷酷な言葉を発する綜司に対して、それまで飄々としていた夜凪も纏う雰囲気を塗り替えた。
軽い口調で話しているが威圧するそれは、まさしく盗賊の頭としてのもので、緩やかに上がった唇の端が冷徹な印象を強める。