第三冊:苦悩のち楽天
次第に、すらりと伸びた長身と幼さを含んだ体躯は扉の向こうへと消えゆき、やがて完全に見えなくなる。
「何故…何故私ではない……っ!?」
ダンッ
低く音が響き一同が視線を一点にやると、ミシュカの拳が硬く結ばれ口からは影すらも残さず失せた彼らに呪うような言葉が唾棄されていた。
深い哀しみと凌駕する憎しみが詰まったかの問い掛けが昇華されることはない。
自らの中にある“選ばれなかった理由”がわからない、否、分かっているが認めたくないこの国の主は、ひたすらに虚空を見つめ、ギリリと音が聞こえるくらいに強く歯を噛み締めていた。
「ちょぉっと、やり過ぎたかなぁ?」
ミシュカの拳がきらびやかな玉座に叩き付けられるのを感じた碧音が、クスクスと漏れる声を抑えもせずに今度は年相応の顔で隣りを歩む綜司に声を掛けた。
特に、答えを期待した訳ではなかったのだが心地よいテノールでの返答がある。
「平気ですよ。あの方も感づいていたでしょうから」
「そっか…ま、俺の義父様と義母様を騙した罰かな」
絶対に許さないけど。
チクリと刺すように走った痛みに眉をしかめその年の少年にはあるまじき迫力の声で碧音は呟いた。
別に碧音は復讐がしたい訳でもないし、王位が欲しいのでもない。
第一、王位に就いたところで何をすれば良いかなどさっぱり分からないから国をつぶしかねない。
ただ、ミシュカから一つだけ欲しい言葉がある。それだけなのだ。
懐かしい養父母の思い出に浸っているのか遠くに視線を預ける碧音に向かって綜司が声を掛けようとした刹那、ガサガサッという音と共に碧音の側の茂みが不自然に揺れた。
反射的に綜司は一つ前に進み体で碧音を隠し、腰から下げた剣の柄を握り締める。
じわじわと重い緊張に身を投じたその時、間抜けな声があがる。
「や、なぎ…?」
そう言ったのは碧音だった。ついで肯定を返す返事がある。
「正解っ。久々だな、碧音。それから…綜司ちゃん」
柳ではなく楊でもなく、夜が凪ぐとかいて夜凪。
城下町を騒がす盗賊団
「ナイトメア カルム」
の頭で世界樹を守る存在、クノアの内の一人。
また彼は、感情をあまり表さない綜司の表情を崩す珍しい者の一人でもある。
夜凪さん登場!これでようやく主要メンバーが揃いましたァ!でもまだまだまだまだ(以下エンドレス/苦笑)続きます。
すごく長い作品になりそうですが良ければお付き合いくださいませ。