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 領都の中を実際に歩くのはこれが初めてだった。基本的にシアナが外に出掛けることがまず少ない上に、出掛けたとしても移動は必ず馬車だ。

 実際に歩いてみると、馬車から眺めた時に感じた雰囲気とはまた違うとシアナは感じる。特に匂いなどは色々なものが混ざっていて、独特としか言いようがない。

(下水道とかってどうなってるんだろう……?)

 中世や近世のヨーロッパではその辺があまり整備されていなかったと記憶しているが、この国はどうなのだろうか。

(病気とかも関係してくるから、衛生面はしっかり整備した方がいいんだろうけど……)

 実際にどういう整備が行われているのか、そして前世ではどのような仕組みになっていたのか、細かいところが分からないのが悩ましい。

(雨とか降った時の水の処理とかも必要だよね……)

 シアナが今歩いている道は煉瓦が敷かれているが、ふと視線をずらして路地を見ると、そちらは土が剥き出しの道になっている。側溝みたいなものは見当たらないので、煉瓦が敷かれていない部分は水捌けが悪いだろう。

「ノーラ、細い道は煉瓦で埋めたりはしないの?」

「領都内については、旦那様が少しずつ進めておられます。ですが、まずは馬車が通る大通りや街道から進めなければなりませんので」

 そういえば、領地の端などは馬車が通るような道も土が剥き出しになっていたとシアナは思い出す。

「それに今は収穫の時期ですから、その作業も止まっております」

 人足が雇えるのは主に冬だそうだ。多少歩きにくいとはいえ、馬車が通らないのであればなくても問題はない。自然と優先順位は下がってくるのだろう。

 孤児院からギルドまではそう離れていなかった。教会は人々が通う場所であるため、領都の中心近くに建てられており、ギルドや店などその他の施設も必然的に教会の近くになるようだ。

「お嬢様、ここがギルドです」

 セストに案内してもらいながら、シアナはギルドの中に足を踏み入れる。

 建物の外観は周囲の建物とあまり変わらなかったが、中は広々としていた。正面左右とコの字にカウンターが備え付けてあり、商人らしき姿もあれば、武器を持った人々もいる。

「ここは何ギルドなの?」

 シアナの疑問にセストが首を傾げる。

「ギルドはギルドですよ?」

「え? 商人ギルドとか冒険者ギルドとか、名前は付いてないの?」

 セストは更に首を傾げた。

「聞いたことがありません」

 本当に名前がないようだと思っていると、ノーラが「お嬢様」と小声で割って入った。

「冒険者ギルドというのは分かりませんが、クローデル家の領地では、先々代のご当主の時代に各ギルドを一度解体し、一つのギルドにまとめた聞いております」

「そうなの?」

「はい。各ギルド間で頻繁に揉め事が起こっていたそうで、見兼ねた先々代様がそうなさったと。ですので、クローデル家の領地内ではギルドは一つだけです。その中で商人部門、手工業部門、傭兵部門と分かれております」

「へぇ」

(冒険者じゃなくて傭兵なんだ……)

「冒険者っていないの?」

「冒険者、ですか……確か、未開の地に乗り込んでいって珍しいものを持ち帰る者達のことをそう呼ぶと聞いたことがあります。ですが、魔獣だけが暮らす領域や精霊樹の領域を犯すのは、あまり褒められたことではありませんので……」

 ああ、とシアナはこの世界の神話を思い出す。そうやって、他の生き物達の棲み処に侵入して生き物を殺したりしていたから、最終的に悪意がある者が全て消し飛んだのだ。それが教訓となって、積極的に他の生き物の領域を犯すのはタブーになったのだろう。

(貴族史を読んだ限りでは、人間同士や国同士は偶に争っているようだけど……)

 人間同士だとしがらみや思惑があって更に複雑になるのだろう。それで最終的に瘴気の沼が現れて聖女を召喚する必要に駆られるというのは、愚かとしか言いようがないのだが。

(でも、一生無欲で生きられる人なんて、いないよね……)

 争いごとや戦争は良くないと思っていても、貧しいのは嫌だと思う気持ちは分かる。誰だって豊かに暮らしたい。あとはどうやって豊かになるかだが、それはその人次第だし、運良く成果が挙がる者もいれば、どれだけ努力してもなかなか芽が出ない者もいるだろう。他人を追い落としてそれを手にする者もきっといる。

 人間社会から争いごとを失くすのはとても難しいことなのかもしれないと、シアナは感じる。きっと、他の生き物の領域を犯さないという認識があるだけましなのかもしれない。

「あの、お嬢様……?」

 セストに声を掛けられて、シアナははっとする。

「ごめんなさい、考え込んでしまって。薬草の鑑定をしてもらいましょう?」

「はい」

 セストは頷いて、カウンターの一つへと向かう。

「すみません、薬草の鑑定をお願いします」

「薬草の鑑定ね。物は?」

「アロスナとサルヴァを一袋ずつ」

 そう言って、セストは薬草が入った袋とポケットから出した木札を受付の女性に渡す。

「準備をするから少し待ってて」

「セスト、今の木札は?」

「ギルドの登録証です」

「登録していないと鑑定はしてもらえない?」

「いえ、登録してなくても鑑定はしてもらえます。でも、お金がかかります」

「じゃあ、登録していない人は鑑定をせずに直接売りに行くのかしら? それとも、鑑定をしてないとそもそも買ってもらえないとか?」

 ええと、セストは考えながら答えを口にする。

「鑑定をしなくても売りにいけますし、買ってもらえます。でも、そうすると薬屋の人が仕分けをしないといけなくなるので、その分安くなります」

 手間がかかる分値段を引かれるのだろう。

「ギルドで鑑定をしてもらった方が高く買ってもらえます」

「だったら、皆登録した方がいいんじゃないかしら?」

「ギルドの登録はお金がかかります。一年毎に払わないといけません」

 なるほど、とシアナは頷く。登録料や更新料の金額次第では、登録しない方が利益が出る場合もあるのかもしれない。

「それに、登録してても、鑑定がタダになるのは毎月三回までです」

「四回目からは、登録してない人と同じで鑑定料が必要なのね」

「はい」

「登録料とかっていくらくらいなのかしら?」

「えっと、おれ――わたしは登録証を作ってもらっただけなので……」

「お嬢様、孤児院の子供達のギルド登録料等はクローデル家で負担しております」

「え、そうなの?」

「生活をしていく上で必要となりますので」

 セストは金額面での話しかしなかったが、実際には売った薬草に違うものが多く交ざっていれば、次からは買ってもらえなかったり買い叩かれたりするそうだ。孤児院の子供達は採取の専門というわけではないため、仕分けが不十分なこともあり、そうやって収入が減っていくこともあるのだとか。

 そのため、クローデル家では孤児院の子供達のギルドの登録料と更新料を負担し、月に三回の無料鑑定を利用できるようにしているらしい。

「じゃあ、子供達は皆ギルドに登録してるの?」

「いいえ。読み書きと計算の勉強が終わった子供だけ登録証を作ってもらえます。今は、わたしとキアラだけです」

 孤児院の収入がどれくらいかは分からないが、二人分でもギルド関係の費用まで賄う余裕はないのだろう。シアナくらいの年齢の貴族の子供は、基本的にはまだ読み書きや計算の勉強をしている段階らしいが、本当に自分はこの国の仕組みも市井の生活も知らなかったのだなと実感した。

「鑑定の準備ができたわよ」

 受付の女性から声が掛かり、セストがカウンター横に設けてある台の方へと向かう。シアナもその後についていった。

「あれが魔道具?」

 台の上には開いた本を模った置物が置かれている。木製だろうか。本の模型の横にはベルが一つ、そして台座の端には属性判定の魔道具と似たような石が埋め込まれている。

「はい、そうです」

 とセストが小さく頷く。

「じゃあ、始めるわね」

 受付の女性が魔道具の台座に薬草の袋を置き、袋の口を開けた。そうして台座の石に触れると、俄かに石の色が変わり、そこから一本の筋が木製の本の模型へと伸びていく。本の模型までたどり着いたそれは、本に刻まれていた文字に色を付けていった。

(すごい……あれって、魔力で色が付いてるの……?)

 属性判定の魔道具よりも複雑な仕組みになっているようだ。

 このような仕組みになっていることに何か意味があるのかは分からないが、魔力によって文字に色が付いたことで、本に刻まれた文字が読みやすくなっていた。

(えっと、“親愛なる本の聖霊よ”――)

 本に書かれている文字を読んでいると、不意に視界の一部が揺らいだ。

(ん……?)

 本の模型から何かが飛び出てきて袋の中に入ったような気がしたのだが、その“何か”が分からなかった。姿形が見えたわけではなく、蜃気楼のような歪みだけが見えたのだ。

 シアナは何度か瞬きをする。目の錯覚だろうか。最近本ばかり読んでいたから目が疲れているのかもしれない。

 そんなことを考えている間に鑑定が終わったのか、チリン、と本の模型の横にあるベルが独りでに鳴った。

「アロスナは大丈夫みたいね。次はサルヴァね」

 受付の女性は、台座の向こうで何やら札を入れ替えると、サルヴァの入った袋を先程と同じように載せて口を広げる。そうして再び台座の石に手を当てた。

 石の色が再び変わり、本の文字にも色が付く。それと同時に、視界の一部が揺らぎ、透明な何かが袋の中へと入っていったのが見えた。

(……疲れ目じゃなさそう……)

 一瞬のことではあるが、最初の時よりも形が分かった。掌に収まる程度の小さな何かだ。

 シアナはそっとノーラの表情を窺う。

 ノーラの表情は特に変わりがない。この現象を見たことがあるのか、それとも気付いていないのかは判断が付かなかった。

 そうしている間に、チリン、とまた本の模型の横のベルが鳴った。

「サルヴァの方も問題ないわね」

 ベルの合図が結果を示しているのだろう。

 「ありがとう」と言いながら袋を受け取るセストに、シアナは「駄目だったらどうなるの?」と尋ねる。

「違うものが交ざってる時はベルが二回鳴ります」

「違うものがどれかとか、いくつ入っているとかは教えてくれないの?」

「流石にそこまではわかりません」

 セストは苦笑する。違うものが交ざっていた場合は、中身を全部取り出してもう一度確認しなければならないらしい。

(属性判定の魔道具よりは複雑そうだけど、そこまで細かくは調べられないのか……)

 鑑定魔法があるのであれば、ステータス画面のようなものが見られるのでは、と期待したが、どうもそういった仕組みではなさそうだ。

(というか、この魔道具、どういう仕組みなんだろう……? ルークかノーラに聞いたら分かるかな……?)

「ねぇ、ノーラ」

 シアナはそうノーラに声を掛けたのだが、ノーラは小さく首を横に振って返す。

「お嬢様、魔道具はご覧になられたのでもう帰りませんと。ご質問でしたらお邸に戻ってからお伺い致します」

 魔道具に気を取られていたが、母の許可を取らずに出てきているのである。質問なら家に帰ってからでもできるのだから、先に孤児院に戻るべきだ。

「あの、ノーラ、今更だけど、お母様に何も言わずに孤児院を出てきて大丈夫だったかしら……?」

「本日は奥様より、お嬢様が孤児院について学べるように付き添いを、と言われております。孤児院への支援はギルド関係のことも含まれておりますので、これも学びの一環と判断致しました」

 社会勉強のためならある程度自由な行動をしていいと言われていたのだろう。シアナはほっと息を吐く。

「私とお嬢様の二人だけで出掛けることはあまり良いとは言えませんが、私も護衛としての心得はございます。それに、孤児院とギルドは比較的近い位置にありますので、奥様に叱られることはないでしょう」

「そう、よかった……でも、早く戻らないとね……セスト、私達は先に孤児院に戻るわ。ここまで案内してくれてありがとう。あとは一人で大丈夫かしら?」

「はい、薬屋はよく行きますので、大丈夫です」

 こういったお遣いは慣れているのだろう。問題はなさそうだと判断し、シアナはノーラと共に一足先に孤児院へと戻った。

 シアナ達が孤児院に帰り着いた時にはまだベルナデッタやルークの姿はなかったが、程なくして彼女達を乗せたクローデル家の馬車が戻ってきた。

「マッテオ、必要な物は全て買い揃え、こちらへと運ぶように手配しました。何か問題があればまた連絡を下さい」

「お心遣い感謝致します、奥様」

「シアナ、孤児院のことは学べましたか?」

「はい、お母様。孤児院の中や子供達がお手伝いをしているところを見ました」

 具体的なことはまた後で訊かれるのだろう。ベルナデッタは「そう」と軽く頷き、シアナに馬車へ乗るように促す。こちらに頭を下げているマッテオに対し、軽く一礼をし、シアナは馬車に乗り込んだ。

 帰り道、セストとすれ違ったりしないかと窓の外を眺めていると、ベルナデッタから声が掛かった。

「シアナ、孤児院でどんなことを学んだか、教えてちょうだい?」

「ええと、孤児院の建物は古くて、補修がいっぱいしてありました。ちょっと寒かったので隙間があるのかもしれないけれど、冬に暖炉を使うから、隙間はちょっとあった方がいいそうです。あとは――」

 シアナはセストの言葉を思い出す。

「他の地域の孤児院では、寒くて子供が死んでしまうことがあると聞きました……この領地の孤児院は大丈夫だと聞きましたけど、それでも寒いのは良くないので、暖かくできるようにした方がいいと思います……」

「どのように?」

「どのように……ええと、暖かい服とか……」

(寝る時に寒いんだったら電気毛布みたいなのがあるといいんだろうけど……)

 そんな魔道具があるのか定かではない。

(あ、でも、魔法を使えるようにならないと魔道具も動かせないのか……)

 魔力を操作するという点ではどちらも変わらない。平民も生活魔法は使えるが、孤児院の子供達がどれくらいで生活魔法を覚えるのかは訊かなかった。

(大人にやってもらうにしても、その人の負担が大きくなるし……)

「暖房……でも暖炉は、寝てる時に点けてると危ないし、消えちゃうだろうし……」

 エアコンがあればいいのに、と思うが、そんな便利なものはこの世界に存在しない。

(他に何かちょうどいいもの……)

 うんうんと悩んでいると、見兼ねたのか、ベルナデッタが「シアナ」と呼んだ。

「どうすればいいのか、今はまだ答えが見付からないかもしれないわ。でも、そうやって領民のことを考えるのが貴族の役目の一つなの。覚えておいてちょうだいね」

 あぁ、とシアナは納得した。どうやったら暖かく過ごせるのか、正解を求めていたのではなく、こうして人々のために考えることを教えたかったのだろう。

 どうしていきなり社会勉強なのだろうかと思っていたが、これが答えなのかもしれない。


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