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02

 長年のもやもやは解消したが、シアナには問題が山ほど残っていた。

 まずはゲームのラスボスにもなる悪役令嬢に転生したという事実。

 昨日会った王子には微塵も惹かれなかったが、ここがゲームの世界であるならば、シナリオという強制力でラスボスに仕立て上げられる可能性もある。

 婚約者にならないのがまず第一歩だとシアナは思っているが、婚約者を決めるのは王家だ。自力でどうにかなるものではない。

(昨日は婚約者候補から外れた気分になってたけど、ゲームみたいにシナリオが決まってるなら、あれくらいで外れれるとは言い切れないし……)

 しかも四大公爵家で王子と同じ歳の令嬢はシアナだけだ。まだ候補に残っている可能性は十分にある。

(そういえば、昨日来てた子供で私よりも歳下の子はいなかったな……)

 王太子の側近や婚約者候補選びのお披露目会といっても、王族に会うのだから最低限の礼儀作法は身に付いていないといけないのだろう。

 今後、歳下の婚約者候補は増えていくだろうが、自分が候補から外れていた方が安全だ。

(今年はお披露目会だったけど、きっと毎年選定のためのお茶会が開かれるようになるはず……だったら、社交期はずっと領地に引き籠っておいた方がいい……?)

 子供の我が儘がどれくらい通るのかは分からない。だが、婚約者選びの適齢期になるまでは人前に出なくても許されるかもしれない。

(とりあえず、来年からはその方針で行こう……あとは……)

 どうにかして、ゲームの知識を取り戻さないといけない。

 件のゲームが、乙女ゲームの類であったことと、ヒロインが聖女として瘴気の沼を浄化すること、そして悪役令嬢シアナ・クローデルの最期を何となく思い出した程度だ。

 攻略対象すら、あの傲慢クソ王子以外思い出せていない。

 昨日のお披露目会からずっと、朧げな記憶を探っては関連していそうなことを書き留めているが、どれも乙女ゲームでは基本的な内容ばかりだ。ストーリーもほとんど思い出せていない。

 シアナはポンコツな自分の記憶力を呪った。転生した時点で記憶がリセットされなかっただけマシなのだが、もうちょっと重要な内容を覚えていてくれていても良かったのではないか。

(まぁ、貴族の婚約者が悪役令嬢になる場合は、攻略対象ごとに相手が設定されてることが多いからいいんだけど……)

 稀に、攻略対象が変わっても悪役令嬢が同じというゲームもあったような気もするが、現実世界に当てはめてみると、攻略対象それぞれに婚約者がいるのが普通だ。

 そういう意味で考えれば、シアナはクリストハルトのルートの時の悪役令嬢だと知っているだけで十分だ。

(うーん、でも、他の情報から芋蔓式に何か思い出すかもしれないし……ゲーム関係はできるだけ避けて通りしたいし……)

 やはり思い出す作業は必要だと結論付け、一日一回は過去の記憶を掘り返すことにした。


 ――この世界は創造神たる女神ディアネシスが生み出した。

 それは子供向けの本にも書いてあるため、この国の子供は幼い頃からそれを読み聞かせられて育つ。

 ――女神は生き物達が暮らしやすいようにと魔法を与えたが、生き物達の中には自分達のためだけに魔法で相手を傷つける者も現れるようになった。怪我を負った生き物は怒りや悲しみ、憎しみに染まり、その感情は次第に一つに固まって瘴気の沼となった。瘴気の沼は生き物達に悪い心を植え付け、生き物達は更に争うようになった。

 ――そのことを悲しんだ女神は地上に降り立ち、瘴気の沼を綺麗にして消し去った。同時に悪い心を持った生き物も消え去った。ほとんどの生き物がいなくなり、女神はそれから自分の力をほんの少し与えた聖女を遣わすようになった。

 シアナはずっとこの話を子供向けのお伽噺だと思っていたが、この話は遥か昔に実際にあったことらしい。

 子供向けなので言葉は平易なものを選んであるが、要するに魔法で戦争をし始めたら瘴気の沼が発生してしまって、女神自ら浄化したら悪意のある者も全員消し飛んだということだろう。

 どんな威力なんだ、と思うが、創造神ならばそれほどの力を持っていてもおかしくないのかもしれない。

(魔法か……)

 この世界では、人々はもちろん他の生き物も魔法を使うことができる。

 力量の差はあるようだが、人間だと平民でも竈に火を点けたりコップ一杯分の飲み水を作り出したりすることができるらしい。ただし、使える魔法はその人の属性に合ったものだけだ。火属性に適性がない人はどんなに努力しても竈に火を点けたりすることはできないという。

(学園に通うようになる前に勉強しましょうね、と言われた記憶はあるけど……)

 シアナはまだ基本的な読み書きや計算を学んでいる段階だ。計算に関しては前世の記憶が功を奏してかなり進んでいるが、文字はこの国特有の文字であるため一から勉強している。

(読み書きが問題なくなったら、魔法の勉強も前倒しできる……?)

 自分がどのような魔法を使えるか分からないが、役に立つなら身に付けたいところだ。クリストハルトの婚約者候補になるのを避けるために役立つかはさっぱり分からないが。

(魔法はとりあえず保留だな……でも、読み書きは早めにマスターした方がいいかも……女神や聖女に関する本を読んでる間に何か思い出すかもしれないし……)

 シアナは優先してやることを指折り数えながら、他にできそうなことを考える。

(あの王子の婚約者にならないってことは、私に先に別の婚約者ができれば候補から外れる……?)

 そんな考えがよぎるが、相手は王家で国一番の権力者だ。先に婚約者を作っても、王家の力で握り潰される可能性がある。

(王様の人となりとかはよく分からないけど、あの王子と王妃様はなんか権力に物を言わせて理不尽なことしそうだよな……)

 偏見かもしれないが、お披露目会での印象はかなり悪かった。

(別の婚約者はやめておいた方がいいな……相手の家にも迷惑掛かるだろうし……)

 もっと情報が欲しいところだが、生憎シアナの年齢では他家との交流もほとんどない。親戚とか両親の親しい友人とその家族に会ったことがある程度だ。

(学園って十五歳からだっけ……それまでに多少は情報を集めたいな……)

 メモ帳代わりの日記を見返しながら、シアナは小さく溜め息を吐く。

 お披露目会から数週間が経ったが、他にいるだろうゲームの攻略対象の名前すら思い出せない。

(そこそこプレイしたと思うんだけどなぁ……)

 他にも似たようなゲームをやっていたからだろうか、それらしい情報を思い出しても、よくよく思い返すと別のゲームだったりすることもある。

 自然と思い出すことに期待もしたいが、人の記憶は時間が経てば経つほど薄くなるものだ。

「――あの、お嬢様……先程からずっと難しい顔をしておられますが、持ち帰られるものはお決まりですか……?」

 侍女のノーラに声を掛けられて、シアナははっとする。

 明日はクローデル家の領地に帰るのだ。荷造りなどの準備はノーラを含めた使用人がするのだが、見られてはならない日記や道中に読みたい本があるため、そこは自分でやると言ったのだ。

 最初はその作業をしていたのだが、日記や本の中身を見返している内にすっかり思考が逸れていた。

「ごめんなさい、ノーラ。持って帰るのは日記とこの本よ」

 そう言ってシアナはノーラに日記と本二冊を差し出す。

「こちらですか。どちらの本も領地のお邸にあったと思いますが……」

 ノーラは領地にある屋敷の蔵書も把握しているらしい。

「馬車に乗ってる間とか、途中で泊まるお邸で読もうと思って」

「なるほど、分かりました。お嬢様は最近本当に読書がお好きですね。以前のように鏡を見ることもなくなりましたし」

 どちらも必要に駆られてやっているので何とも言えない。

「えっと、読んでいる内に面白くなってしまって……」

 シアナは誤魔化しながら微笑った。物心ついた頃から傍にいるノーラは身近な存在になりすぎて、偶にいることを忘れてしまう。

(日記とか、見られたくないものもできちゃったし、気を付けないとな……)

 一応、日記には鍵が付いているのだが、開いている時に見られでもしたら困る。

 この国の文字はまだ勉強中であるため、シアナのメモは大半が日本語なのだ。



 翌日、シアナは母ベルナデッタと連れ立って領地へと出発した。父のアルフレードは仕事か何かあるらしく、少し遅れて領地に戻るらしい。

 クローデル家の領地は王都から見て東の地にある。一応王家の領地とは接しているのだが、広過ぎて家がある領都までは馬車で三日を要する。天気が悪くて足止めを食らうと五日以上かかることもあるのだとか。

 馬を替えながら強行軍で行くともっと早く着くらしいのだが、馬を替えれるのは緊急時だけらしい。

 途中の町で休憩を挟んだり、親戚の家に泊まったりしながら進むこと三日。雨に降られることもなく、昼過ぎには領都の家へと着いていた。

 出迎えてくれた使用人達の中に、四歳下の弟を見つけてシアナは駆け寄る。

「エリアス、ただいま!」

「ねーさま、おかえりなさい!」

 まだ幼いため留守番だったエリアスと会うのは二か月以上ぶりだ。使用人がたくさんいるし、祖父もいるとはいえ寂しかったのだろう。ひしとしがみ付いてくるエリアスにシアナは胸を締め付けられた。

(王都なんて行ってもいいことないし、エリアスも寂しがるならやっぱりずっと領地にいるのがいいんじゃないかな)

 それがいい、そうしよう、とシアナは内心頷く。

「お嬢様、お帰りなさいませ。お茶の準備もできておりますし、中に入られてはいかがでしょうか」

 聞き慣れた少年の声が聞こえてきてシアナはぱっと顔を上げる。

「ルーク! ただいま!」

 笑顔でそう告げれば、ルークは少し驚いたような顔をした後、ふわりとまなじりを下げた。

「はい、お帰りなさいませ。お疲れでしょうから、どうぞ中へ」

 ええ、とルークに頷き返し、シアナはエリアスの手を引いて邸の中へと入る。

 ルークはこの家の使用人の一人だ。歳は一つ違いで、初めて紹介された時は自分の遊び相手として雇われたのかと思っていた。実際には、彼は祖父付きの侍従で、普段はずっと祖父に付き従っている。

 爵位をシアナの父に譲って引退した祖父と十歳にも満たない少年の侍従。シアナには少し不思議な組み合わせに見えるのだが、ルークから聞いたところ祖父から色々と学んでいるらしいので、将来クローデル家の家令となるべく英才教育を受けているのだろうと勝手に思っている。

 そんなわけでルークは基本的に忙しいのだが、この邸には子供の使用人がほとんどいないため、祖父からの課題がない時はシアナやエリアスの相手もしてくれる。常に一緒というわけではないが、身近な存在の一人だ。

 家族専用の居室でお茶を飲みながらエリアスと話している間にその日はあっという間に過ぎていった。

 翌日、朝食を終えたシアナは、ゲームの記憶を思い出すために自室に籠った。この三日間は移動で常に人目があったため、日記帳を開くことができなかったのだ。

(ノーラには日記を書かないのかと言われたけど、書いてるのは日記じゃなくて前世の記憶のメモだもんな……)

 家に着いたらまとめて書くのだとその場は誤魔化したが、いつも傍にいるノーラを誤魔化し続けるのも大変だ。できれば早くこの作業を終えたい。

(といっても、移動中も何も思い出さなかったんだけど……)

 道中の景色や建物がゲームの内容と重ならないかと期待したが、そう都合のいいことは起こらないようだ。

 王都に行く時に見たなぁ、という感想以外、何も出て来なかった。シアナの記憶力がポンコツなのか、ゲームとは関係ないのかについては定かではない。

(攻略対象を思い出せてないから絶対とは言えないけど、そもそもゲームの舞台って王都だもんな……)

 瘴気の沼を浄化しに行く場面だけは王都を出ていたような気がするが、それ以外は王都、それも学園やデートで行く街中が中心だったように思う。

 王都からクローデル家の領都までの景色がゲームのワンシーンと繋がらなくても不思議ではない。

 実際に学園や王都の中心地に行ってみれば何か思い出すかもしれないが、学園にはまだ入れないだろうし、王都には極力近付きたくないというのが今の心情だ。景色や建物から何かを思い出すのは諦めた方がいいかもしれない。

(となると、次は攻略対象かな……)

 この手のゲームの傾向的に、攻略対象の大半は貴族と思っていい。学園物の要素も含んでいるから、相手は学生、教師辺りだろうか。大穴で用務員? と、一瞬そんな単語がシアナの脳裏をよぎったが、まずないだろう。

(あれ、貴族以外って学園に通えるのかな……?)

 十五歳になったら学園に通うと聞かされたが、学園の詳細は聞いていない。否、一応何をするところなのか尋ねたのだが、シアナが幼いため、「色々なことを学ぶところだよ」と簡単な説明で済まされてしまったのだ。

(これは後で確認するか……)

 でも、とシアナは思う。

 シアナもそうだが、貴族は基本的に家庭教師を雇って各家庭で教育する。わざわざ学園に行ってまで集団教育を受ける理由が分からない。

(行きたい人だけ通うって感じの言い方じゃなかったし……)

 貴族社会を模した世界観でやっているのに、学園物要素をぶっこんだゲームの設定に無理があるのだろうか。

 これが平民相手で読み書きや簡単な計算を学ばせるためにあるというなら納得できる。それかもしくは大学などの研究機関ならあっても不思議ではない。

(まぁ、乙女ゲームに限らず、漫画とかでも普通に貴族が学園に通ってる設定はあったか……どんな科目があったかまでは覚えてないけど……)

 元日本人としては、子供が学校に通うのは当然という思考だったため、今まで疑問に思っていなかったが、自分はそもそもこの国の基本的なことを知らないんだな、とシアナは実感した。

(学園に関しても一旦保留だな……)

 平民も学園に通えるのかは分からないが、貴族の攻略対象がいることは間違いないと思っていい。そこから探っていけばその内何か思い出すかもしれない。

 貴族、と考えて、シアナは身近な貴族を思い浮かべる。

 クローデル家の家族、従兄弟やその他親戚の家、父や母の友人と思われる人々、父の商談相手だと思われる身なりの良い人――。

 顔を思い出せるのはそれくらいしかいない。

 貴族は、一年の大半を領地で過ごす。王都で官職にでも付いていない限り、領地を出るのは春から数か月間の社交期だけだ。夏になれば領地へと帰る。

 父は仕事で偶に余所の領へと出掛けているが、基本的には領地を治めるのが仕事だ。領地内にいることが多いし、女主人たる母や家庭教師から勉強を教えてもらっているだけのシアナは領都を出る機会などほとんどない。

 前世のように移動手段が発達していないので、しょっちゅう出掛けていたら領地の運営なんてままならないだろう。

(だめだ……他にどんな家があるとか名前とか、全然分からない……)

 貴族に関しても早速詰みである。

 社交期になれば王都に行って様々な貴族と交流を持つのだろうが、シアナは領地に引き籠ると決心したばかりだ。情報が得られるかもしれないと分かっても、やはり王都には行きたくないという感情が勝っている。

(ノーラとかに訊く……? 有名な家とかは知ってそうだけど……)

 ただ、積極的に聞き過ぎて社交に興味があると勘違いされるのは頂けない。

(こう、貴族名鑑みたいなものとかないかな……それだったら、偶々見つけた本を読んでただけ、で済ませられるし……)

 それが一番無難なのでは、とシアナの中で何かが告げる。

 そうと決まれば読み書きの練習だ。簡単な本は読めるようになって来たが、専門用語などが出始めるとまだ詰まってしまうレベルだ。貴族名鑑のような本があるのであれば、それは歴史書も兼ねているだろう。ある程度難しい言葉も読めなければならない。

 よし、とシアナは日記帳を閉じ、文字の勉強へと頭を切り替えた。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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