01
シアナ・クローデルは物心ついた時からいつも鏡の前で考えていた。
光に煌めく長い銀髪に、南国の海のようなエメラルドブルーの目。ややつり目だが、整った目鼻立ちはビスクドールのように可愛らしい。文句なしの美少女だ。
自分で美少女と称するのもどうかと思うが、生まれてからまだこの容姿が自分のものとだと思えなかった。シアナは転生者だ。生まれ変わる前は日本という国で平凡な生活を送る女性だった。
自分の最期は朧げだが――恐らくショックで思い出せないのだろう――、まだ若いと言われる年齢で亡くなったことは覚えている。自分が育った環境や周りにいた人、好きだったものもぼんやりとだが思い出せる。
そんな半端な記憶もなければこんなに悩むことはなかったのだろうとシアナは思う。
どこかで聞いたような名前に、どこかで見たような銀髪碧眼の美少女――。
“自分は一体誰になったのか”
物心ついてからのシアナの疑問だった。
「――まぁ、お嬢様、まだ鏡をご覧になってるのですか?」
ノックと共に入って来た侍女が苦笑する。
「ノーラ」
「お嬢様は本当に鏡がお好きですね。心配なさらなくても、髪型も服も変なところはありませんよ。とっても可愛く仕上がっております。もっとも、お嬢様は普段の格好でもとっても可愛いですが」
鏡ばかり見ていることを不思議に思われた時に、「ちょっと髪が……」とか「ちょっと服が……」などと言い訳をしていたら、いつの間にかおしゃれ好きだと思われるようになっていた。
全くもって違うのだが、訂正するのも面倒なのでそういうことにしている。
「えっと、今日はどこに行くのだっけ……?」
「王宮でございます。国王陛下と王妃殿下からお招き頂ていおります。本日は王太子様のお披露目があるとのことです」
「王太子……」
「お嬢様とは同じ歳でいらっしゃいますよ。仲良くなれるといいですね」
ノーラはにこりと微笑うが、仲良くなっていいことがあるのだろうかとシアナは思う。
クローデル家は公爵家でそれなりの権力はあるが、王家はその上をいく。機嫌を取ったり何たりと、かなり面倒――大変なのではないか。
(それともこれは、仲良くなって胡麻を擦っておきなさいってこと……?)
身体は七歳になったばかりだが、二十数年分の人生経験があるシアナの頭の中はとても冷めていた。
両親と共に馬車に乗り着いた王宮は、公爵家の何倍もの大きさがあった。
シアナは前世のテーマパークにあったような塔が何本も建っている城をイメージしていたのだが、目の前にある建物は公爵家の建物を大きくして装飾を多めに付けたような感じだ。
(勝手にお城だと思ってたけど、宮殿って感じなんだ)
そういえば、城とは元々砦だったけ、と思い出しながら両親について宮殿の中を歩く。
内部の装飾は更に豪華で、シアナはちょっとした観光気分でいたのが、暢気に構えていられたのもそこまでだった。
「――では、皆に紹介しよう。私とマリアンネの間にできた子、クリストハルトだ」
宮殿の広い庭の中、国王夫妻だという人物に紹介された赤毛の子供に、シアナは釘付けになった。
(誰かに、似てる……名前も、何か知ってる……)
鏡で自分を見た時と同じような違和感が身体の中を駆け巡る。
やっぱり何かおかしい。知っている。似ている。
シアナは周りを見回す。招かれた貴族達に、一緒に連れて来られた同年代の子供達。その中に、同じように知っていると感じる顔はない。
(王太子だけ知ってる気がするのは何か変だ……)
どうにか思い出そうとシアナは前世の記憶を掘り出していく。
(赤毛とか銀髪で見覚えがあるってことは、海外関連……?)
――違う。
(映画?)
――違う。
(読んだことがある漫画? いや、カラーだからアニメ……?)
――少し違う。
そうして自問自答をしている間にも、周囲は国王夫妻と王太子への挨拶を始める。
爵位が高い順なのだろう。シルヴェストル公爵家、ベルリオーズ公爵家、という家名が立て続けに聞こえてきてシアナははっとする。
「シアナ、行きますよ」
母ベルナデッタに手を引かれ、シアナは国王一家の前へと進み出た。
赤毛に緑の目。髪は王妃のマリアンネの色を引き継いだのだろう。緑の目は国王からか。
(やっぱり、知ってる気がする……)
表情も取り繕えず、シアナは真顔のまま両親と共に一礼をする。
「陛下と王妃殿下、王太子殿下におかれまして、ご機嫌麗しく存じます。此度の王太子殿下のお披露目にお招き頂きましたこと、妻子共々心より感謝申し上げます」
父アルフレードが丁寧に言う横で、母も恭しく礼をする。母を真似て礼をしていると、父が軽く屈んでシアナの背に手を添えた。
「さ、シアナ、王太子殿下にご挨拶を」
声を掛けられて、シアナは少し現実に引き戻された。
ああ、なるほど、とやけに子供が多い会場に納得する。
これはお披露目会であると同時に、側近や婚約者選びの場でもあるのだろう。だから、国王ではなく王太子に挨拶をしないといけないし、“招かれて感謝”なのだ。
ちゃんと貴族らしい挨拶をすれば褒められるかもしれないが、目を付けられても困る。ここは七歳らしい挨拶を、と思いながらシアナはスカートの両端を軽く持ち上げた。
「初めまして。シアナ・クローデルです」
そう言って、右足を後ろに引いて腰を少し落とす。七歳ならこれで十分だろう。
シアナの挨拶を見た王太子クリストハルトは、「うむ」と大人を真似るように頷いた。
(あれ、こんな感じだったっけ……?)
知っているのとちょっと違う、と違和感が脳裏をよぎる。
「帝国の正当な血を引く私に会えたことを光栄に思うと良い」
シアナの中で一瞬時が止まった。
――帝国? ああ、そうか、王妃は帝国から嫁いで来た人だったか。というか、ここはベネディア王国なのに、いくら帝国が覇権握ってるからって、そっちを出すか?
この間、おおよそ二秒。
(ないわー……)
思わず口に出しそうになった感想を辛うじて心に留めていると、クリストハルトが更に言った。
「私が言った言葉は難しかったか? まぁ、まだ七歳だからな。これから勉強に励むといい」
寛容な態度を取ったとでも思っているのだろうか。クリストハルトは満足げに笑っている。
「お言葉、ありがとうございます」
シアナは口許を引き攣らせながら必死に笑みを作ってそう返した。
その後も貴族達の挨拶は続き、シアナは少し離れた所でそれを眺めていた。
子供は子供で交流を持たせたいらしく、あちらでお話しておいで、と子供達の集団の方へと送り出されたが、結局子供の輪から一歩引いた場所で独り王家の様子を窺っている。
侯爵家、伯爵家、と爵位が下ってくると、まだまだ礼儀作法に不安がある子供も出てくる。そんな子達に対し、クリストハルトは上から目線の言葉を投げかけていた。
王族は立場が上だからあれでいいのかもしれない。これが帝王学というやつだろうか。
などと思ったのはほんの一瞬で、緊張してまともに話せなかった子に溜め息混じりに小言を言っているのを見て、ただのクソ王子か、とシアナは考えを改めた。
(本当、あんなんだったっけ……?)
そんな風に思うということは、やはり自分は前からクリストハルトを知っているのだ。
(いや、まぁ、ちょっと俺様なところはあったけど、包容力が打ち消してたし、遠慮がちなヒロインを元気付けるのにはあれくらい強引な方がよかったから、あれはあれで――)
――待て、自分は一体何の話を思い出している?
つらつらと頭に思い浮かんだ内容に、シアナは口許に手を当てて考え込む。
――ヒロインって何だ。アニメの主人公か?
ちょっと違う気がする。何せ、ヒロインがいたことは確かだが、名前も顔も全く思い出せないのだ。
そこだけ記憶が抜けているのかと思ったが、それも違うと自分の中の何かが言っている。
思い出せ、思い出せ、と自分の中に訴えかけていると、ふと、隣に誰かが並んだ。
「あの王太子、どう思う?」
お披露目会の参加者だろうか。考え事をしていなければ七歳の自分に尋ねてくることを訝っただろうが、生憎とシアナは前世の記憶を思い出すことに集中していた。
「ああ、ないですね、あれは」
とりあえず返答を、と思っていることを口にして、シアナははっと我に返った。
尋ねてきた声は子供ではなく、大人だった。
しまった! と、慌てて取り繕おうとして顔を上げ、シアナは目を剥く。
「なかなかはっきりと言うね、君は」
先程両親と共に挨拶をした国王陛下その人が、面白そうに笑っていた。
「あっ、えっと……」
どう取り繕おうか。失言です、ごめんなさい、と素直に謝るべきか。色んな葛藤が頭を廻るが、シアナはふと思った。
――失礼なやつだと思われた方が、婚約者候補から外れるのでは?
国王の息子をこき下ろしたのだ。国王もそんな令嬢を婚約者にはしないだろう。
それがいい、と思ったシアナは、片手を口許に当てて、「ふふ」と笑ってみせた。
「思わず本音が出てしまいました。すみません」
一応謝罪はするが、本音であることをさり気なく念押しする。
不敬だと思われるかもしれないが、シアナはまだ七歳の子供だ。国王が真っ当な人であれば注意されるだけで済むだろうと、国王の人柄に賭けた。
「君はアルフレードの娘だったね。本音が聞きたかったからよかったけど、私以外の前では言っては駄目だよ」
国王はそう言うと会場を見て回るかのようにふらりと立ち去っていった。
軽い忠告だけで済んで、シアナはほっとする。
それにしても、いくら王太子が今日の主役とはいえ、国王が会場をふらつくのはどうなのか。護衛はちゃんと付き添っているが、参加している貴族に気軽に声を掛けているのがちょっと不思議に思えた。
(気さくな王様ってことでいいのかな……)
一方、王妃は用意されていた豪華な椅子に座って、クリストハルトを満足げに見ている。
(国王夫妻って、もしかして仲悪い……?)
そんな考えが浮かんだが、きっと婚約者候補から外れただろうシアナにはもう関係のないことだ。
今はとりあえず前世の記憶を思い出す作業に戻ろうと、独り黙々と考え始めた。
元々ぼんやりとしていた記憶なので、ヒロインやクリストハルトといった名称から記憶を掘り起こそうとしたが、出てくるものは関係がなさそうなものばかりだった。
あと一つくらい知っているものが出てくれば、などと思っている内にお披露目会は終わり、両親に手を引かれて馬車の待つ広場へと歩く。
来た時は建物内の装飾にばかり目を奪われていたが、流石に王宮だけあって、庭も見事なものだった。
綺麗に刈り込まれた垣根に色とりどりの花々。休憩所にはガゼボがあって、少し離れたところには白い石でできた噴水も――。
噴水の真ん中にある彫像が珍しい、とシアナは感じた。
立っている女性の像は恐らくこの世界を生み出したという女神ディアネシスだ。その女神がヴェールを被った人物に手を翳している。
いつの間にか歩く速度が遅くなっていたのか、シアナの手を引いていたベルナデッタが、不思議そうに足を止めた。
「シアナ、どうしたの?」
「あの噴水の像、初めて見ました」
「ああ、あれか」
同じく足を止めたアルフレードが噴水へと目を向ける。
「あれは、女神ディアネシスが聖女に力を与えるところを模しているんだよ」
「聖、女……」
その言葉をきっかけに、シアナの脳裏にいくつもの言葉が巡り始めた。
汚染、瘴気、沼、浄化、王子、攻略対象、恋愛――。
「瘴気の沼が発生した時に聖女様が喚ばれて、瘴気の沼を浄化して下さるのよ」
知っている。その過程で関わる王子や貴族の子息と交流を深め、最終的に結ばれるというのが、この手の恋愛ゲームだ。
そして、シアナ・クローデルは――。
(王太子の婚約者で、聖女に嫉妬した挙句、瘴気と同化して討たれる悪役令嬢……!)
作品タイトルまでは思い出せなかったが、大まかなストーリーはほぼ思い出した。
シアナは口許を引き攣らせる。
(まさか、悪役令嬢に生まれ変わっているなんて……!)
冗談じゃない。前世では若くして死んでしまったから、今世では平均寿命くらいまで生きてやるぞと思っていた。
だが、このまま行けば十七、八歳で死んでしまうということだ。
「今度時間がある時にゆっくり見せてもらおう」
そんなことを言うアルフレードにシアナは思い切り首を横に振った。
「い、いいえ! ここからでも十分見えました! 何の像か気になっただけで、もう分かったので大丈夫です!」
きっとストーリーの舞台になるだろう王宮にそう何度も足を運びたくない。
「そうかい? じゃあ、帰ろうか」
「は、はい! 早く帰ってお屋敷でお茶でも飲みたいです!」
一刻も早くここから立ち去りたいと、シアナはベルナデッタの手を引いて馬車の待つ広場へと向かった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。




