嘘つきショーンとお姫様
大体、この和平交渉は最初から破綻していた。
国を境に、何世代にも渡って争い続けた、トゥルーディア国とミスティカ国。
トゥルーディア国は小国ながらも資源が豊富。国民は勤勉家。
対するミスティカ国は、国は強大でありながら、資源が乏しく傲慢で尊大だった。
長年の戦争で不利になったのは、強大ミスティカ国。
そこでミスティカの政府は、あることを決めた。
戦争を終わらせること。
それが国を永らえさせると――。
“場所は、国境――トゥルーディアの砦”
“交渉人は一人――ミスティカ国の外交官”
それが、トゥルーディアが求める条件だった。
ミスティカは、難色を示したが、不利になっているのは、ミスティカ国。
条件を飲むしか無かった。
砦へ向かう馬車の中、馬車が小石に乗り上げる揺れで、『嘘つきショーン』と幼少期に呼ばれていた外交官であるルーカス・フォックスは、回想から現実へと引き戻された。
憂鬱な気持ちで窓の外を見る。
なにもない、だだっ広い平原。
(なんで、俺が交渉人なんて⋯)
「出来るわけねぇーよぉ⋯」
外交官、ルーカス・フォックスなんてこの世にはいない。
ミスティカ国が作り上げた、でっち上げの外交官。
砦で捕まろうが殺されようが、ミスティカ国は助けてはくれない。
彼は、ただ和平交渉を遂行するために、国に脅されて今日という日を迎えたのだから――。
嘘つきショーンは、昔から人を騙すことに楽しさを覚えていた。
友達、親。恋人。無関係の他人。
皆の騙された姿が滑稽で。
年頃になり、端整な顔立ちを活かし、いつしかそれで小金を稼ぐようになっていた。
『天涯孤独で、女でもあり男でもあるカメリア』
『女との浮名は、数え切れないエイデン』
『献身的な、アルベルト』
『天真爛漫な、シリル』
言葉や表情、仕草を巧みに使い分けながら、小金持ちの未亡人、老婦人などを誑し込み、金を貢がせる毎日。
しかし、両親にその事が発覚し、烈火のごとく怒り狂った両親から勘当を言い渡された。
ショーンの他に兄妹がいる。
ショーンがいなくなることで、家族はなにも困らなかった。
砦へ入ると、兵士から案内されたが、ある部屋に入ると、目隠しをされ、手首を縄で巻かれた。
抵抗は出来なかった。腹に刃物の感触があったから。
そこから、部屋を出て、また歩かされ、どこかの部屋に入ると席へと着かされた。
ショーンは、どうせ殺されるなら、と開き直っていた。
開き直ったまま、口を開く。ショーンは、この時、大変腹が立っていた。
「トゥルーディアという国は、随分と他国の客人の扱いに慣れているようだな」
フンと鼻を鳴らすが、なにも反応がない。
なんだか少し、居心地が悪くなった。
扉が開くと、一斉に衣擦れと足音が、部屋に響いた。
(一体何人いるんだ⋯この部屋)
途端に、ショーンの心臓が早鐘を打ち始めた。
「ご足労をおかけしました。貴方のお名前を聞かせてくれますか?」
鈴のような声がショーンに語りかけた。
(⋯俺に話しかけているのか?)
戸惑っていると、後ろから耳元で低く囁かれた。男性だ。
「そなたの名を聞いている。名乗れ」
なんて、尊大な態度。
(トゥルーディアは、誠実な国じゃなかったのかよ)
事前に聞かされた、
『要請があればどこの国へと赴き、自分たちが開発した技術を惜しみなく提供している、お人好しの国』
と、ショーンは教えられていた。
だが、今、ショーンの耳元に囁いた男性は。
痛いほど刺さる視線の数々が。
とても誠実に生きてきた人たちのそれとは違う、とショーンは、感じていた。
『私は、ミスティカ国、外交官。ルーカス・フォックスと申します。この度は、ミスティカ国政府を代表し、参りました』
なにか、声を発する時に違和感を覚えたような?
(気のせいだろうか⋯?)
また後ろに人の気配。
目隠しは、外された。
前に座る人物を見る。
同じように目隠しがされていた。
目の前の人物は、どう見ても少女で、目隠しをされていても分かる、気品があふれていた。
その後ろには、ずらりと並ぶ兵士の面々。
(なんだよ、これ⋯。こえーよ)
ただの一般人。脅されてここに来たショーンの心臓は早鐘のようにドクドクと鳴る。
あまりの動悸の激しさに、口から飛び出そうだ。
だが、この交渉事は、なんとしても乗り切らねばならない。
ショーンは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
――ここに連れられてくる前。
ショーンは、安アパートに独り住まい。
今日も、騙した女からの金で買い物を済ませ、鼻歌交じりに家のノブを回した。
――鍵が開いていた。
「⋯え」
締め忘れてたっけ?と都合良く解釈したいが、ここは安アパート。
(貧乏人の家に泥棒に入るんじゃなくて、金持ちの所に行けよ)
と、思いながらそっ、とドアを少しだけ開けた。
ドアの向こうを覗こうとしたショーンの背中に、鋭い感覚の物が押しつけられた。
思わず、声を出しそうになる所を寸前で堪えた。
「――ちょっと、来てもらえる?」
低い声が、耳元で囁く。
ショーンは、首をコクコクと縦に振り、付いていこうと振り向き様に顎を殴られ、そのまま昏倒した。
目覚めたのは、作りからいって幌馬車の中。
両手両足を縛られて。
そこで無理やり布越しに見せられたのは、ショーンの実家だった。
(⋯なんで、俺の家を知ってんだよ⋯)
不気味さにドクドクとなる心臓を掴むように、後ろから男が言う。
「お前に依頼したいと国からのお達しだ。断るのも自由だが、その時は、お前もお前の家族の命は無いものと思え」
男の声に嘘は、感じられなかった。
(そんな、なんで、⋯俺がこんな生活してるから――?)
家族は、関係ない!と言いたかったが、猿轡をされた状態では、まともな言葉は発せない。
(――俺ひとりなら別に殺されたって良いんだ⋯!でも、家族はダメだ。兄貴には最近、子供が生まれたばかりなんだ⋯)
ショーンは、脅しを飲んだ。
だが、どうせ帰ったところで口封じで殺されるんだ、そうショーンは、察していた。
(家族は、道連れにしない⋯!だから、なんとしででも成功させるんだ⋯!)
そう決意するショーンの目の前で、少女の目隠しが外された。
ショーンは、はらりと外れた少女の目を見た。
頭の中が真っ白になった。
――目の前にいる少女の瞳は、石で出来ていたからだ。
石膏のような真っ白の瞳。
輝きなんて無い。
ぼやけた白さがまるで作り物のようだった。
「さあ、始めましょう」
少女は言った。
この少女もここに無理やり連れてこられたのかと、最初思った。
でも、この落ち着き――。
異様な目――。
ショーンは、ぐびり、と唾を飲み込んだ。
頭の中で、叩き込まれた条件、要件、全てを思い出そうと、集中する。
こんなところで動揺してはいけない。
家族の命がかかってる。
(俺は、ミスティカ国、外交官。ルーカス・フォックス!ミスティカ国政府代表の交渉人!!)
そう自分自身に言い聞かせ、すぅ、と深呼吸を一息。
落ち着いてきた。
頭の先から爪先まで、ルーカス・フォックスとなったショーン。
さらさらと口から戸惑うことなく、台詞が紡ぎ出される。
でも、何故だろう。
さっきから違和感を感じるのは。
言葉遣いも完璧。
用意された言葉も自分の言葉のように喋れてる。
なにも問題はない。
目の前の少女だって
「ええ」「そう」「そうだったのですね」と相槌人形のようになっている。
同情だって引いているはずだ。
自国は悪くない。あなたの国も悪くない。
ただ、ほんの少しの行き違いで争いが長引いてしまったのだと。
そう、ショーンは、能弁した。
少女の後ろの兵士を見る。
皆、無表情。
ショーンの下履きは、冷や汗でぐっしょりとなっていた。
上半身に汗はかかない。汗なんて出したら一発で嘘だと分かる。
さらりとしたら涼し気な余裕のある、
そんな男が、ルーカス・フォックスだからだ。
でも、何故だろう。
違和感が拭えない。
「――我が国の要件は、以上となります」
なんとか話し終えた。
誰もいない一人なら、深く息を吐いてた。
ショーンは、ぐっと堪えて少女の出方を余裕のある笑顔で待つ。
「あなたの言葉は、すべて聞き届きました」
不思議な言い回し。国柄だろうか。
ふいに、少女が
「⋯お辛かったでしょうね。家族のために」
「――え⋯?」
(家族⋯?)
そんな話はしていない。
なにを言っているのだ、この少女は――⋯。
家族の話なんて、こんな敵国の前で。
口が裂けても言わない。言いたくない。
「貴方――さっきから喋っていましてよ?」
「なん――」(なんだって――?)
ショーンは、理解できない。
「そんなはずは⋯」『そうなんです。すべて事実です』
「私が、家族の話なんて、そんな話⋯」『どうか、俺の家族を助けてください。このままじゃ、殺されちまう――!』
気付いたら涙がボロボロとショーンの目から溢れていた。
己の顔を覆う。手のひらを見ると、濡れていた。
「⋯涙?なんで⋯?」
(意味が分からない――)
「お辛かったでしょう?もう大丈夫――」
石の目の少女が、俺を見ている。
「いえ、少々混乱していて⋯お見苦しい所を⋯」『俺の、俺のことは良いんです⋯っ!家族を助けてください⋯』
「貴方の嘘は、全て見抜いておりますよ」
「――え?」
そういうと、少女は穏やかに微笑んだ。
結局、ショーンやショーンの家族は、トゥルーディアの手引きを頼り、秘密裏に亡命した。
あの石の目を持つ少女は、トゥルーディアの第三王女だった。
「わたくしの目が石だったのは、呪いのせいですから」
その目に見つめられると、誰もが事実を言ってしまう。
誰もが、喋りたくないものまで。
王女の前では腹の内は、全て曝け出される。
それが、償いだった。
呪いを解く唯一の鍵は、国が危うくなるような嘘を見抜くこと。それが完遂された時、献身の証として、石の目の呪縛から解き放たれるという。
昔の天罰を、今も背負う少女。
そんな王女は、今は澄んだ青い目をきらりと輝かせる。
「でも、わたくしがこの先の人生で、もしひとつでも嘘をついてしまったら、今度は後継者の第三王女が、私と同じ呪いがかかってしまうわ」
「その昔、神を謀ったのが、第三王女だったから」
「だから、私、嘘が大嫌いなのですの」
そんな王女を呆れたように、ショーンは見る。
「よく言うよ。俺に大嘘吐かせるくせにさ」
「あら、ふふ。嘘はあなたの癖みたいなものでしょう?」
何の縁だか、あれからショーンは第三王女の従僕の一人となった。
周りの大臣達は大反対。
しかし、王女はそんな大臣達の反対を押しのけた。
王女が、心にも思っていないことを言わなければいけない時は、ショーンが代弁している。
「あなたのその見惚れるほどのお綺麗な顔は、なにかと便利なのよ?」
王女は嘘をつかない。
ショーンは、自分の頬に触れて赤らめてるのを誤魔化すように、
「まあ、王女には恩もあるし、そんなに俺をご贔屓にしてぇなら仕方ねぇか」
俺の嘘で人を守れるなら、まあ、悪くねぇか、と思うショーンだった。




