精霊王のもとへ
「精霊王のもとへ。ここで生きるなら、避けては通れない話よ」
リシアは静かに立ち上がった。
胸の奥にあるのは、恐怖ではない。
リシアと精霊の少女は、ゆっくりと玄関へ向かって歩き出す。
もとは自分の家なのだから――そう思ったのか、リシアは自然と先に立った。
木の床に足音が柔らかく響き、窓から差し込む日差しが、扉や指先を淡く照らす。
少女の精霊は、その背を追うように静かについてくる。
「怖がることはないわ。精霊王は、あなたの存在を認めれば、ここに住むことを許してくれる。でも覚えておきなさい――嘘も誤魔化しも、精霊王の前では通用しない」
その言葉を背に受けながら、リシアは一歩、また一歩と玄関の扉へ近づく。
差し込む日光が手や頬に触れ、温かく、それでいて少しだけ眩しい。
ふと、微かな魔力の気配を感じて、リシアは振り返った。
そこには、少女の精霊がわずかに宙へ浮かび、ふわりと佇んでいた。
柔らかな光をまとい、背筋を真っ直ぐに伸ばすその姿には、幼さとは異なる威厳が滲んでいる。
リシアは思わず足を止め、その瞳を見上げた。
少女の精霊はかすかに微笑み、ゆっくりと口を開く。
「そういえば……私の名前、言っていなかったわよね」
リシアは息を飲み、わずかに身を引いた。
「……あ」
言われてみれば、確かに彼女は一度も名を名乗っていない。
少女はそんなリシアを前に、胸を張るように光を強め、そして少しだけ意地悪そうに笑った。
「私は光の上級精霊。ラーナ」
その言葉に、リシアは思わず息を呑む。
「上級……精霊……」
その名には、力と同時に重い責任が宿っているように感じられた。
一瞬の躊躇の後、リシアは意を決して口を開く。
「……ラーナさん、ですね。よろしくお願いします」
ラーナは目を細め、肩をすくめる。
「堅いなぁ……」
その一言に、リシアは少し照れたように視線を逸らした。
ラーナは柔らかく微笑み、再び前を向く。
玄関の扉の前に立つと、午後の日差しが差し込み、木の扉を温かく照らしていた。
リシアは取っ手に手をかけ、一呼吸置く。
ラーナは傍らで、静かに待っている。
「準備は、できた?」
午後の柔らかな光の中で、ラーナの声が静かに響く。
リシアはゆっくりと頷いた。
「……はい。行きます」
日差しの中で、二人の影が長く床に伸びる。
静かな決意を乗せた一歩が、今まさに踏み出されようとしていた。




