精霊と人間
少女の精霊に問われ、リシアは数秒ほど考え込んでから、静かに首を縦に振った。
「……精霊と人間は、昔から対立してきたのよ」
その言葉に、リシアは無意識のうちに息を詰める。
「今は結界があるから、人間も精霊界に入れる。でもそれは、通行を許されているだけ」
少女の精霊は淡々と語り続けた。
「昔ね、精霊界と人間界の境が曖昧だった時代があった。そのせいで土地を巡る争いが何度も起きた。人間は資源を求めて踏み込み、精霊は住処を守ろうとした。……結果、互いに傷ついた」
その声には感情がない。
だからこそ、言葉の重みが際立っていた。
「その名残で、今も精霊は人間を完全には信用していない。だから結界を張った。人間が精霊の国に住むことは、原則として許されていない」
リシアは、何かに気づいたように顔を上げる。
「……例外は?」
少女の精霊は、真っ直ぐにリシアを見据えた。
「精霊王の了承がある場合だけ。その人間が害をなさないか、精霊界の均衡を乱さないか。ここで生きる理由があるのか。それを判断するのが精霊王よ」
少女の精霊の視線が、家の壁へと向けられる。
「そして、あんたの家は……」
一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから続けた。
「完全に精霊界の内側にある。立ち寄りでも、仮住まいでもない。――完全に、住んでる」
リシアは静かに息を吸った。
「つまり……今のままじゃ、あんたは精霊王の許可を得ていない居住者になる」
責めるような口調ではなかった。
ただ、事実を述べているだけだ。
「最近住み始めたから、まだ問題になっていないだけ。でもね……神経開花の加護を持ち、月光魔法を使える人間が精霊界に住み着いていると知れたら――精霊王が黙っているはずがない」
リシアは、わずかに首を縦に振った。
「……だから、今のうちに」
「そう」
少女の精霊ははっきりと頷く。
「こちらから出向いて、正式に住む許可をもらう。追い出されるか、認められるか。一か八かだけど……噂や報告じゃなく、あんた自身を見て判断してもらうの」
声が、ほんの少しだけ柔らいだ。
「精霊と人間の問題は感情が絡む。逃げれば、余計に悪く取られる。正面から向き合う方が、まだ可能性はある」
少女の精霊は軽く息を吐き、
「それに……」
ほんのわずか、目を細めた。
「神経開花を持ち、しかも心を保っている人間を、理由も聞かずに排除するほど、精霊王は短絡的じゃない」
リシアはしばらく考え、静かに口を開いた。
「……逃げても、意味はないですね」
少女の精霊は、ほんの少しだけ微笑んだ。
「ええ」
立ち上がり、扉へ向かう。
「行きましょ、リシア」
振り返って告げる。
「精霊王のもとへ」




