世界が遠い
「落ち着いてる。魔力の流れも、異常なほど安定してる……。壊れている気配が、ない」
その言葉に、リシアは何も返さなかった。
少女の精霊は、少しだけ目を細める。
(……違う。壊れていない、というより……)
しばらく沈黙したあと、精霊の少女は声の調子を変えた。
責めるでも、試すでもない。
ただ、静かに問いかける。
「ねぇ、リシア」
「……はい」
「今まで、生きてきて……」
一瞬、言葉を探すように視線を逸らした。
「……すごく、つらかった時期って、なかった?」
リシアの呼吸が、ほんの一瞬だけ止まった。
「誰かに、否定され続けたとか……。安心できる場所が、なかったとか」
直接は、言わない。
「……何かを、感じない方が楽だって思うような」
部屋の空気が、静かに張りつめる。
少女の精霊は、リシアの反応をじっと待った。
急かさない、答えを強要しない。
「別に、詳しく話せって言ってるわけじゃない」
そう付け足してから、少しだけ柔らかく続ける。
「ただ……。もし、あんたが強いんじゃなくて、感じすぎて自分で距離を取るようになっただけなら……」
言葉を切る。
「それは、神経開花のせいじゃないでしょ……?」
リシアは、しばらく俯いたままだった。
やがて、ぽつりと口を開く。
「……世界が」
それは幼い子どものような小さな声だった。
「少し、遠い感じは……ありました」
ラーナの胸が、静かに締め付けられる。
「……そう」
それ以上、踏み込まなかった。
「なら、辻褄は合う」
ラーナは、深く頷いた。
「心が壊れなかったんじゃない。リシアは壊れないように、閉じたんでしょ?」
リシアは少女の精霊の言葉を聞くと顔をゆっくりと上げた。
その瞳は悲しみも驚きも何もない、からっぽの目だった。
少女の精霊はその瞳をまっすぐに見つめ続けた。
「それができたのは、あんたが弱いからじゃない。生き延びるために、必要だっただけ」
ーー沈黙。
だが、その沈黙は先ほどよりも少しだけ柔らかかった。
少女の精霊はしばらく考え込むように視線を落としてから、静かに口を開いた。
「……それとね」
リシアはさらに顔を上げた。
「もう1つ、ちゃんと話しておかなきゃいけないことがあるの」
少女の精霊は窓の外ーー森の奥、精霊達が消えていった方角を見つめた。
「リシアは精霊王に会わなきゃいけない」
精霊ではないのに何故会わなきゃいけないのか、リシアは不思議に思った。
「それは、どうしてですか……」
「……少しだけ聞いてくれる?」
少女の精霊がリシアに尋ねるとリシアは数秒考え込んでから頷いた。




