静かな断定
その言葉を聞いた瞬間、リシアの指先がわずかに震えた。
「……この加護はね、特別なのよ。大体一億人に1人がもつことができる加護。身体全ての神経が異常なほど研ぎ澄まされる」
少女の精霊は、淡々とけれど慎重に言葉を選ぶように続けた。
「視覚、聴覚、触覚だけじゃない。魔力の流れ、空気の揺らぎ、感情の残滓……。本来は意識しなければならないものを、無意識のまま受け取ってしまう」
リシアは、無意識に自分の指先を見つめていた。
「神経開花の加護を持つ者は魔術を考えて使わない。感じて、動く。だから詠唱も理論も必要ない」
少女は、リシアが先ほど見せた動きを思い返す。
ーー迫る刃を、風属性の魔術を使って一瞬で流れるように避けたあの瞬間。
「……」
リシアは小さく息を吸った。
確かに、あのとき魔術を使う際に性質を考えた覚えはない。
怖いとも何も思わなかった。
「でもね」
少女の声が少しだけ低くなった。
「この加護は、祝福であると同じに……呪いでもあるの」
リシアは呪いという言葉にゆっくりと顔を上げた。
動揺の表情なのか不安が混じった表情なのか、その顔にうつる感情は精霊の少女には読み取れなかった。
それでも少女は続けた。
「感覚を司る神経ってあるでしょう? あれが、神経開花の影響で鋭すぎてしまうの。普通の人なら無視できる程度の刺激まで、全部拾ってしまう。痛みも、悲しみも、恐怖も……」
少女はまっすぐにリシアを見つめた。
「心が壊れる者も多かった。だから、この加護を持って生き残った記録は……ほとんど残っていない。そもそも数年に一度誰かが与えられる加護だしね…」
部屋の中に、静寂が落ちる。
リシアは、少し考えてからぽつりと口を開いた。
「……それで、月光魔法の使い手は、いなくなったんですか」
少女はわずかに目を伏せた。
「えぇ、月光魔法は、神経開花の加護を持つ者しか使えない。そして、その加護に耐えられる者は……いなかった」
再び、視線を上げる。
「だから、5000年前のたった1人を最後に、月光魔法は失われた魔術になった」
その言葉が落ちたあと、部屋の中に重たい沈黙が広がった。
リシアは何も言わず、ただ静かに視線を落としている。
少女の精霊は、そんなリシアから目を離さなかった。
「…つまり」
少女の声は、これまでよりも低く、慎重だった。
一泊、間をおく。
「その神経開花の加護をーー今、あんたが持ってるってことになる」
彼女の声音は、迷いのない断定を帯びていた。
リシアの肩が、わずかに揺れる。
「……はい」
小さく、けれど否定の余地のない返事。
少女の精霊は、ゆっくりと息を吸った。
「おかしい」
ぽつり、と独り言のように呟く。
「本当に、おかしいのよ」
視線が、リシアの目に向けられる。
「神経開花を持つ人間はね、感覚に耐えきれず、心から壊れる。早い者は幼い頃に。遅くても、成長する前には」
少女の精霊は、慎重に言葉を選ぶように、続けた。
「感覚が暴走するか、恐怖で動けなくなるか……」
一拍、間が落ちる。
「……あるいは、何も感じられなくなる」
その言葉に、リシアの指先がわずかに強張った。
自覚はない。ただ、体が先に反応しただけだ。
「なのに、あんたは――」
少女の精霊は、それ以上言葉を紡がなかった。
ただ、じっとリシアを見つめている。
まるで答えを待つように。
あるいは――すでに、答えを見つけてしまったかのように。
視線は鋭いが、敵意はない。
まるで――壊れやすい硝子細工を慎重に観察するような目だった。
「……落ち着いてる」
ぽつりと、独り言のように言葉が零れる。
「魔力の流れも、異常なほど安定してる……」
わずかに目を細め、精霊はさらにリシアを見据えた。
「……壊れている気配が、ない」
その言葉は、問いかけではなかった。
驚きでも、疑問でもない。
――ただの、断定だった。




