属性固定がない魔術
「……っ、あぶなっ……」
リシアは、珍しく動揺をその顔に滲ませ、思わず一歩、精霊から距離を取った。
しかし、その場に立つリシアを前に、精霊たちは皆、息を呑んだまま凍りついたように動きを止めていた。
「……今の…」
「光を使っていない……?」
少女の精霊は、呆然とリシアは見つめていた。
攻撃の構えを説くことも忘れたまま。
「……属性反応がない…?」
少女の声はとても小さかったが信じられないという声だった。
「ここに住んでいる光の精霊ならば光属性の魔術を使うはず……。でも……あんたの魔術は、風ではないけど光属性ではない……」
リシアはゆっくり立ち上がり、制服に付いた土を手で払う。
表情は落ち着いているが、頬は少し青い。
「……えっと、」
視線を少女に向ける。
「私は、人間です。……精霊じゃありません」
精霊達がざわついた。
「人間……?」
「でも、人間が詠唱なしで魔術を……?」
少女の精霊は、しばらく黙り込んでからはっとしたように目を伏せた。
「……私…」
次の瞬間、彼女は顔をすっと上げ、リシアと目を合わせた。
「……ごめんなさい」
その声には、先程までの鋭さはなかった。
「新しく生まれた下級精霊だと思ったの。王のもとに来ない精霊は、規則で……処分しなければならなかった」
視線を逸らし、少し気まずそうに続ける。
「……でも、完全に私の早とちりね」
謝罪を向けられたリシアの目は、先ほどとは違い、落ち着いた色を帯びていた。
そんな中、リシアは小さく息を吐いた。
「……正直、不思議でした」
「え?」
想定外の返答に少女の精霊はきょとんと首を傾げた。
「…えっと、わざと外しましたよね……3回」
家を出てすぐの一撃。
逃げ道を断つように、足を狙った一撃。
そして、魔法でかわしたあの一撃。
リシアは淡々と、指を3本立てた。
「……全部、急所は外してました」
その声は、責める響きはない。
ただ事実を並べているだけだった。
少女の精霊は、一瞬言葉を失う。
「……」
数秒の沈黙ののち、彼女は小さく息を吐いた。
「…気付いていたのね」
「はい」
リシアは頷き、続けた。
「だから……人間に限らず、完全に殺す気はないんだろうなって……」
その言葉に、少女の精霊は苦笑した。
「……まいったなぁ」
肩をすくめ、少し照れたように視線を逸らす。
「規則だから、止めなきゃいけなかった。でも……敵意がある存在なら最初から当ててる」
そう言ってから、少女はリシアを真っ直ぐ見た。
「怖くなかった?」
リシアは一瞬考え、正直に答えた。
「危険だとは思いました。……でも、怖いかと言われると………あまり」
その返答に精霊の少女はなにか察するものがあった。
少女はリシアをまっすぐに見つめる。
―—この子は、恐怖という感情に鈍いのかもしれない、と。
見知らぬ者から突然攻撃を受ければ、恐怖を覚えるのか普通だ。
だが、この少女は違った。
「……そう」
それ以上、踏み込むことはしなかった。
けれど、その視線には、はっきりとした気遣いが宿っていた。
少女は軽く手を振り、周囲の精霊達に合図する。
「もういいわ。この子に敵意はない」
ざわついていた精霊達が、次第に距離を取っていく。
少女は距離を取っていく精霊達を横目に先程の魔術について少しばかり思案した。
(先程の魔術には属性反応がなかった…。風属性に似た魔術……。そんなものはない………。それなら…)
まさかと思い精霊の少女は勢いよく顔を上げ、真っ直ぐにリシアを見据えた。
「……人間で、しかも属性固定じゃない魔術…。あんたのその魔術、月光魔法……かしら?」
リシアは僅かに目を開いた。
「知ってるんですか……」
「えぇ。精霊の中では有名よ。やはり、そうだったのね…。……ねぇ、あんた、月光魔法はいつから使えるようになったの?」
問いかけに、リシアはわずかに思案する。
正確な時期は分からない。
ただ、少なくとも今朝には、その力は手の内にあったはず。
今日、という言葉が胸に引っかかったが、彼女はそれを口にはしなかった。
「……今日からです」




