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序章

人間はどこから来て、どこへ行くのか。

そう問えば、幾つもの答えが返ってくるでしょう。

光の出自を語る者もあれば、ただ漂い続けるものだと説く声もあります。

けれど私は、問いそのものだけが残り続けるのだと思っています。

問いが残るということは、答えはいつも届かないということに尽きましょう。


赤ん坊が泣いて生まれるのは、それがこの世への希望の宣言なのか、それとも初めから突きつけられた絶望の知らせなのか。

私には、意味を与えられる前に厳しい世界へ放り出されるそのありようを、嘆いている声のようにも聞こえます。


人はそれぞれに、何らかの役割が与えられているのでしょうか。

もしそうだとするならば、私に課された役割は──誰かの優越を際立たせるために敷かれた敷石の一枚、その程度のものなのかもしれません。

世のためになりたいと願ってきた日々は誰のためになるものでもなく、足で踏まれるような取るに足らないものでしかないようです。


何もできない自分の手を眺めるたびに、私は自分の重さを量っている気がします。

手はいつもそこにあるのに、何も掴めない。

冷えた指先やざらついた皮膚が、できなかったことの記憶をひとつずつ連れ戻してきます。

人は小さな所作の積み重ねで暮らしを築くと言いますが、私の手はしばしば空をなぞるだけで終わります。

「生まれてくることに意味はあるのか」その問いが夜ごと戻ってくるのです。

意味は誰かから与えられるものか。

それとも自ら掘り出すものか。

あるいは最初から欠けているものなのか。

意味を与えられないまま荒い世界に放り出されるなら、産声は歓迎の歌ではなく、試練の号砲に思えます。

そう考えると、なぜ私がここにいるのかを問いたくなる。


理由を求めることは怠慢でしょうか。

あるいは、人らしい必然でしょうか。

理由がなければ、行為は空洞に響き、日々はただの繰り返しになります。

だから私は、答えがないと分かっていても問うことを手放せない。

手放した瞬間、私の輪郭は崩れてしまう気がするからです。


他の人はどうしているのだろうとも考えます。

多くの人はそれぞれに小さな火を抱え、消えぬようにこらえているのではないか。

私はその火を遠くから見るだけで、自分の火を育てる術が分かりませんでした。

羨みと孤独が交互に胸を刺します。


意味を探して生きる者には、私は敬意を抱きます。

問いを捨てず、日々を少しずつ形作る人たちは決して軽々しくは生きていません。

自分もそうありたかった。

だが何度手を伸ばしても、掴めない。

意志だけでは世界は動きません。

私の手は何度もそれを思い知らされました。


では、なぜできなかったのでしょうか。

弱く、臆病だったのか。

あるいは時間が私の周りだけ速すぎたのか。

理由は一つではないのでしょう。

恐れ、疲労、知らぬ間に背負った期待、自分で築いた見えない壁──それらが重なって静かに動きを奪っていった。

できなかった事柄は今、目の前に並んでいる。

どれも小さくとも、重なれば深い溝になるのです。


苦しみははっきりと分かるものではなく、むしろ漠然としている。

気付かぬうちに、日常の隙間からじわりと染み出してくるのです。

そうして私は首まで泥に浸かってしまい、身動きが取れなくなってしまいました。

もはや、呼吸すらできない状態です。


声に出せば砕けてしまいそうな思いを、この紙の上に載せておきます。


名もなき誰かへ。

もしもこの手紙が、いつか誰かの目に触れることがあったなら──

ここに想いを残した者がいたのだと、ほんの片隅にでも留めておいてください。

それだけで、私は少しだけ救われる気がします。



手紙を挟む指先は穏やかでありながら、どこか遠い響きを帯びていた。

誰も手に取ることのないこの古びた詩集は、いわば自分自身の墓標である。

理解されることのない痛みを──その奥深くに埋めるためのもの。


革表紙を閉じると胸の奥に冷たい風がひとつ、押し寄せた。

こうして誰にも知られず、彼は自らの心を静かに埋葬したのだった。

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