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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「そば清」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「そばせい


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約35分


必要演者数:最低4名

      (0:0:4)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


清兵衛せいべえ蕎麦そばいの清兵衛せいべえちぢめてそばせいの異名を持つ、日に一度は

    必ず蕎麦そばを食わなければ収まらないという男。自己最高記録は

    四十枚。


客1:蕎麦屋そばや常連客じょうれんきゃくその一。

   ごと好きで、相手がそばせいと知らずにけを持ち掛ける。


客2:蕎麦屋そばや常連客じょうれんきゃくその二。

   客1に乗せられてけに付き合う。


親父おやじ清兵衛せいべえや客1・2行きつけの蕎麦屋そばや親父おやじ

   腕が良いと思われる。


金公きんこう清兵衛せいべえの正体を知りつつ、客達が無謀むぼうけをするのを

   高見たかみの見物しようとしていた意地いじの悪い所がある男。


猟師りょうし清兵衛せいべえさんが信州しんしゅうの帰りに見かけた、うわばみにひとみにされて

   しまう猟師りょうしさん。1セリフのみ。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


清兵衛:

客1:

客2:

親父・金公・語り:


※枕・猟師は誰かが適宜てきぎねてください。



枕:皆さんは蕎麦そばはお好きでしょうか。

  いやいや自分はうどんが好き、もしくは麺類めんるいなら何でも好きという方

  もいらっしゃるかと思います。

  蕎麦そばが今の形になったのは江戸時代で、それまではそばがきという

  ものが一般的でした。なぜかというと、そばを打ってこねる際に

  つなぎの素材が必要になるのですが、それまで発見されていなかった

  んですな。

  それが見つかって、当時はそば切りと言われた、今の我々が良く知る

  蕎麦そばが生まれたわけでございます。

  この蕎麦そばをはじめ、白米、お菓子、酒、醤油しょうゆなどをどれくらい食べた

  り飲んだりできるか、今でいう大食い選手権が流行はやったんだそうで。

  見つかっている記録によると、六十三枚の盛り蕎麦そばを食べたという

  記録が残ってます。

  また、普段でも金をける対象になることが多かったとか。

  古今東西ここんとうざいごとというものにハマる人は多いようで。


清兵衛:どぉ~も。

    親父おやじさん、いつものお願いします。


親父:あいよッ。


   【二拍】


   最初の五枚、おまちッ。


清兵衛:ああこれこれ、これですよ。

    あたくしはいろんな所でもって蕎麦そばを食べさせていただいており

    ますが、(ずるずるっ)

    この店の蕎麦そばは(ずるずるっ)

    あたくしに合いますんで(ずるずるっ)

    それからかようようになりましてな(ずるずるっ)

    実にどうも(ずるずるっ)

    コシがようございますね(ずるずるっ)

    またこのつゆの加減かげんが(ずるずるっ)

    あたくしに合うようでございまして(ずるずるっ)


    すいません、蕎麦湯そばゆをいただけますか?


親父:あいよッ。


   へい、お待ち。


清兵衛:あ、申しわけございません。

    あたくし、風邪かぜのある時は、このあつあつの蕎麦湯そばゆに、

    残った薬味やくみ七味しちみを入れていただくんで。

    この七味しちみ蕎麦湯そばゆでもって、風邪かぜが飛ぶわけでございますな

    。(ずずずぅーーっ)


    あぁ~…あったまりました。

    親父おやじさん、勘定かんじょうここに置きますよ。


親父:へい、まいどッ!


清兵衛:あぁ美味うまかった。


    どぉ~も。


客1:…おい、見たかい。

   なんでぇあの人。


客2:? 今の客がどうかしたのかい?


客1:一人で何か言いながら盛り蕎麦そば十枚、

   ぺろっとたいらげて帰っていっちまった。


客2:へえ…。

   あれか、蕎麦そばいてぇやつだな。


客1:そうよ。

   親父おやじさん、あの人よく来るのかい?

 

親父:このごろ来るようになったね。

   いつもああして「どぉ~も」ってちゃあ盛り蕎麦そば十枚食って、

   勘定かんじょうして帰るんでさ。


客2:へえ、いつもいま時分じぶんかい?


親父:ああ、大体だいたいはそうだね。


客1:おい、いま流行はやってるあの、蕎麦そばの勝負しようじゃねえか。


客2:なんでだよ。


客1:いやだからよ、向こうは十枚食うんだから、

   明日のいま時分じぶんみんなで集まって待ち受けてよ、

   盛り蕎麦そば二十枚で一分金いちぶきんけをしようぜ。


客2:…へへへ、おめえも相変わらずごとが好きだね。

   けど、大丈夫かね?


客1:大丈夫だよ!

   十はいけたって、二十は食えやしねえんだから。

   ぜにはもちろん出しあうんだ。


客2:…たしかにな。よし、乗った。


客1:そうこなくっちゃ。

   じゃ、明日な。


客2:ああ、みんなに声かけとくよ。


語り:一分金いちぶきんてのは、今の価格で約二万円弱になります。

   当時はこんな光景が、江戸のあちこちで見られたそうで。

   常連客にうわさされていたとは露知つゆしらず、次の日、盛り蕎麦そば十枚の男が

   またやってきました。


清兵衛:どぉ~も。


客1:おい、来たぜ。


客2:おう、じゃあ行くか。


客1:あ~ちょいと、そこの方。


清兵衛:?へえ、なんでございましょう?


客2:近頃ちかごろよくこの店にいらっしゃいますな?


清兵衛:ええ、最近ここらにして来まして。

    あ、ご近所の方でございますか。

    あたくし蕎麦そばが好きなもので、江戸じゅうの蕎麦そばを食べましたが

    、この店が一番合っていましたもので。

    それで通いつめております。

    いや、これが楽しみでございましてな。


客1:皆でうわさしてたんですよ。

   いま時分じぶん、そこに座っちゃあ蕎麦そばを十枚ズルっとたいらげて帰ってい

   くって。


客2:いや見事みごとなもんですねえ。

   どうです?

   顔つなぎに、ちょいとけしてみませんか?


清兵衛:いや、あたくしはけはしないんです。

    盛りだけなんでございます。


客1:その盛りけじゃありませんよ。

   おかみじゃあ盛りだけだでめてたこともあったようだけ

   ど…って、それは関係ねぇや。

   いま江戸で流行はやってるでしょう、蕎麦そばけ。


清兵衛:ああ、そのけでございますか。


客2:あなたいつも十枚食べてますよね。

   十枚じゃけになりませんから、倍の盛り蕎麦そば二十枚、

   二十枚で一分金いちぶきんけて勝負しませんか?


清兵衛:え、一分金いちぶきんですか?


客1:そうそう、あなたなら二十枚なんて余裕よゆうでしょう?


清兵衛:いやぁ、二十枚なんてとてもとても…無理でございます。

    あたくしここに来るのが楽しみで、腹を減らして参るんです。

    十枚食べますともう腹が一杯になりますんで、

    とても二十枚は…。


客2:またまた~、そんなこと言って、本当は楽勝なんでしょう?

   いいじゃないですか、二十枚で一分金いちぶきん、やりましょうよ。


清兵衛:いえいえとんでもない。二十枚はさすがに無理でございます。

    それに一分金いちぶきんともなると、ふところも痛いですなぁ…。


客1:まあまあそんなこと言わずに。


客2:あっしらとの顔つなぎだと思って! ね!


清兵衛:…そうでございますか。

    それでしたら、本日はみなさんと顔つなぎということで…。

    残します。残しますけどもどうかお笑いにならないように。

    もう、はなから負けるつもりで…ええ、一分金いちぶきんは差し上げるよう

    なことになりますでしょうから、ここに置きますんで…。

    よろしゅうございます。

    盛り蕎麦そば二十枚で一分金いちぶきんけ、お受けいたしましょう。


客1:おっ、受けるかい!

   いきだねェ、さすが江戸っ子はこうでなくっちゃな!


清兵衛:あ、蕎麦そばなんですが、五枚ずつ持ってきていただけるようお願

    いします。


客2:親父おやじィ、蕎麦そば二十枚!

   蕎麦そばけだよ!

   五枚ずつね!!


親父:あいよッ!!


清兵衛:そうだ、あの、どなたか蒸篭せいろを下げるお手伝いをしていただけま

    せんか?


客1:おう、じゃあ俺が手伝うぜ!


清兵衛:あ、あなたがやってくださる、ありがとうございます。

    私が食べ終わりそうだなと思ったら蒸篭せいろをかたしていただいて、

    次を出していただければ。


客2:それじゃ、用意はいいかい?

   はじめ!


清兵衛:あたくし、いろんな所で蕎麦そばを食べますが(ずるずるっ)

    ここの蕎麦そばが(ずるずるっ)

    一番、(ずるずるっ)

    体に合うようでございまして(ずるずるっ)

    この盛り蕎麦そば十枚が(ずるずるっ)

    楽しみでやって参りますが(ずるずるっ)

    とても二十となると(ずるずるっ)

    食べられるもんじゃ(ずるずるっ)

    ございませんで(ずるずるっ)


    すいません、あの、あとを持ってきていただけますか?


客1:い、いや、それが…。


客2:うそだろ…。


親父:今のでしまいだよ!


清兵衛:え?

    …今ので二十いきましたか!


    いやいや、無理だと思ったんでございますけど、さようでござい

    ますか。

    胃の具合ぐあいがよろしかったんでございますね。

    申しわけございません、それじゃあの、これはあたくしがいただく

    事に致しまして…


    どぉ~も。


客2:な、なんだあの人…。


客1:なんか言いながら盛り蕎麦そば二十枚、ぺろっといっちまったよ。


客2:どうすんだよおい、一分金いちぶきん、取られちまったじゃねえか。


客1:くやしいじゃねえか、ええ?

   よし、明日はもっと増やそう。


客2:え? 増やす?


客1:二十はいくんなら、今度は盛り蕎麦そば三十枚でもって二分金にぶきんけと

   いこうじゃねえか。


客2:おいおい、二十であの調子ちょうしだよ?

   三十だっていくんじゃねえか?


客1:そうじゃねえ。

   ありゃ勢いにまかせていけただけだ。

   だから取り返すんだよ。

   みんなだって取られっぱなしじゃ、くやしいだろ?


客2:そらあ、そうだけど…。

   分かったよ、やろうじゃねえか。


客1:ようし決まった!

   見てろよぉ。


語り:人間、賭けごと勝負事しょうぶごとで負け込んでも、次こそは勝てると言い聞かせ

   、より大きく負けてしまう事が多い。

   戦争と同じで、今も昔もたいして変わりなくあやまちを繰り返すものの

   ようでございます。

   中には生活費をふくがねを残らずスってしまっても、

   「今月の俺は、来月の俺が助けてくれる」

   なんて豪語ごうごするやからもいたりします。

   そんなこんなであくる日、またしても盛り蕎麦そばの男が顔を出しまし

   た。


清兵衛:どぉ~も!

    …おや?

    皆さん、またおそろいで。


客1:来ましたね。

   昨日はしてやられましたよ。


客2:まさかあれほど簡単にたいらげるなんて思ってませんでしたよ。


清兵衛:いや、申し訳ございません。

    ですが、あれがいけませんでした。

    帰りましてから夜分やぶんに苦しくなりまして。

    医者を呼んでてもらって、蕎麦そばの勝負をしたと話したら、

    バカなことをするんじゃない、

    お腹というものはゴミ箱じゃないんだ、なんて乱暴な事をするん

    だと、えらい剣幕けんまくで怒られまして。

    それで一日食べずに過ごそうと思ったんですが、

    ここの蕎麦そばがどうしても食べたくなりまして、ええ。

    二、三枚いただいて、お腹をなんとかたしなめようという次第しだい

    ございます。


客1:そうはいきませんよ。

   今日はね、盛り蕎麦そば三十枚でもって、二分金にぶきんけしましょう。


客2:二十はいけたんだ、三十もたいして変わらんでしょう?


清兵衛:ぇ…三十枚で二分金にぶきんでございますか…。

    いやいや、皆さん昨日の我が家での騒ぎを知らないんですよ。

    盛り蕎麦そば二十枚であんな大変な思いをして、

    医者を呼んだんですから。

    無理でございます。


客1:へえ、勝ち逃げするのかい?


客2:江戸っ子としてそいつはいただけないねえ。


清兵衛:勝ち逃げと言われますとあたくしも困ってしまうんですが…。

    さようでございますか…。

    じゃあ昨日のお返しをするつもりで、

    こちら、二分金にぶきんございますんで、

    あの、無理でございますから、

    どうかお笑いにならないように願います。

    では、どなたかお手伝いをお頼みしたいのですが。


客2:おっ、勝負を受けるんだね。


客1:じゃ、俺がまた手伝ってやるぜ!


清兵衛:あ、あなたですか。

    昨日はしまいのほうになったら息が合いましたなあ。

    まるでもちつきのようでございました。

    それじゃ親父さん、五枚くらいずつお願いします。


親父:あいよ!


清兵衛:無理だったらそこでやめますので。

    ええ、もったいないですから。


親父:へい、最初の五枚お待ちッ!


客1:よぅし、準備いいかい?


清兵衛:はい、よろしくお願いします。


客2:それじゃ……はじめ!


清兵衛:あたくし、いろんな所で蕎麦そばを食べますが(ずるずるっ)

    ここの蕎麦そばが(ずるずるっ)

    本当に、(ずるずるっ)

    体に合いましてな(ずるずるっ)

    昨日はあんな騒ぎで(ずるずるっ)

    とても三十は(ずるずるっ)

    いけるとは(ずるずるっ)

    思いませんので(ずるずるっ)

    笑いませんように(ずるずるっ)

    一つご勘弁かんべんを(ずるずるっ)

    いただきまして(ずるずるっ)


    すいません、あの、おあとを運んでいただけますか?


客1:そ、そんなバカな…。


客2:冗談じょうだんだろ…。


親父:い…今のでしまいだよ!


清兵衛:え…?

    …今ので三十いきましたか!


    いやいけるとは思わなかったんでございますが、さようでござい

    ますか。

    昨日の二十枚で胃がふくらんでいたんですな。

    ですが後の事を考えただけでつろうございます。

    いや、盛り蕎麦そば二十枚であの騒ぎでございますから、

    これから帰って寝床ねどこに入って、夜分やぶんにまた嫌な思いをするかと

    思うと、気が気じゃありません。


    それじゃ申しわけございませんが、これはいただきまして…、


    どぉ~も。


客2:…ま、また負けちまった…。


客1:なんだよおい…、

   なんか言いながら三十枚ぺろっとあっさりいっちまいやがったぞ。

   いったいなんなんだあの男は。


金公:プッ、くだらねぇことしてやがんなぁおい。


客1:!誰でぇ、そこで笑ってんのは。


客2:きんちゃんじゃねえかい。

   何で笑ったんだよ。


金公:何でって、おめぇらがくだらねえことやってるから笑ってんだよ。

   あの人が誰だか知ってんのかい?


客1:あ? 誰ってそりゃあ、近ごろここにしてきたんだと。


客2:んで、最近この店によく来るようになった蕎麦そばいだよ。


金公:へっ、冗談じゃねえや。

   あの人はな、そばの清兵衛せいべえさん、通り名をそばせいさんて言ってな、

   蕎麦そばの勝負でもって家を二軒にけんおってたってえ人だ。


客1:い、家を二軒にけん、建てたって…!?


客2:そばの清兵衛せいべえさん、そばせいさん…?

   おめえ、知ってたんなら教えりゃいいじゃねえか!


金公:いやぁそれがな、おめぇらがどれほど取られるか、

   おもしれぇから見てたんだ。


客1:しねぇな、仲間じゃねえか!


客2:そうかい、そんなに食うのか…。


金公:ああ、四十枚しじゅうまいまではやったことがあるそうだ。


客1:はァ!? 四十枚しじゅうまいィ!?


客2:ど、どうりで余裕だったはずだ…。


客1:それであんな事ベラベラベラベラのたまってやがったのか!

   こいつァ堪忍袋かんにんぶくろが切れるってもんだ!


客2:たしかに、こりゃあ腹にすえかねるな。


客1:よし、明日いっぺんに取り返そう!

   五十枚でもって一両いちりょうといこうじゃねえか!


客2:一両いちりょうったって…そんなにぜにはねえだろ。


客1:てやんでぇべらぼうめぃ!

   どっかで借りたって何したって、取り返さなきゃしょうがねえや!

   明日もどうせ来るだろうから、いま時分じぶんここに金を持って

   集まるんだよ!

   おめぇらだって、負けっぱなしは嫌だろうが!


客2:わ、分かったよ…。


語り:ごとでもっとも重要なこと、それはやめどきほかなりません。

   勝っても負けても感情的にならず、引きぎわ見定みさだめるもの。

   ところが初回で一分金いちぶきん、次回で倍の二分金にぶきん…。

   積もる負債ふさいは、ネズミと雪だるまが仲良くおどって倍々遊戯、

   よく目にする構図こうずでございます。

   しかして此度こたびは相手を知った上、盛り蕎麦そば五十枚に金一両きんいちりょうけ、

   いかにやいかにと言った風情ふぜいであります。

   さて、正体が割れたとも知らずそばせいさん、すっかりいい心持こころもちで

   あくる日もやって参ります。


清兵衛:どぉ~も!


客1:…来ましたな。


客2:昨日はしてやられましたよ…。


清兵衛:ぁいやいや、やはりあれからいけませんでした。

    案のじょうでございます。

    家へ帰りましたら七転八倒しちてんばっとうの苦しみでございまして。

    医者を呼んで大変な騒ぎで…


客1:【↑の語尾に食い気味に】

   うそをついちゃあいけねェな。

   もうネタは上がってるんだ。


客2:あんた、そばの清兵衛せいべえさん、そばせいさんだろ。


清兵衛:!ぃ、いいえ、あたくしはそんなもんじゃございませんよ。


客1:しらばっくれるのもいい加減かげんにしてもらいたいね。


客2:蕎麦そばの勝負でもって家を二軒にけん、建てたそうじゃないですか。


清兵衛:ぁ~…バレましたか。

    いや、だますつもりはなかったんでございます。

    あたくしの食いっぷりがいいもんですから、

    皆さんが寄ってたかって勝負を持ちかけてくるんです。

    そのつど勝っていたというだけでして、いや、家が二軒にけんというの

    はとんだひれがついております。

    ですので、どうかご勘弁かんべんを。


客1:いいやダメだね。

   勘弁かんべんならねェな。


客2:今日は、盛り蕎麦そば五十枚でもって一両いちりょうの勝負といきましょう。


清兵衛:ッ…五十枚で一両いちりょう、でございますかぁ……。

    !あ、申し訳ございません、

    あの、仕事がまだ残っているのを思い出しました。

    失礼します、ごめんください。


客1:あッ、ちょっと!


客2:逃げるんですかィ!


語り:本当にごとに強い勝負師は、負ける勝負はしない。

   見切り千両せんりょうとはよく言ったものです。

   清兵衛せいべえさん、かつ商人あきんどという商売をしているものですから日本中

   を仕事で回る。

   そして蕎麦そばと言えば、やはり信州長野しんしゅうながの蕎麦そばが有名であります。

   そっち方面の用事をこなしつつ、あっちの蕎麦そば、こっちの蕎麦そば…、

   蕎麦そばどころという蕎麦そばどころを回りつくし、さて江戸へ帰ろうかと

   山道を進んでいました。


清兵衛:はあぁ、信州しんしゅう蕎麦そば美味うまかった…。

    ? 物音がするな…なんだろう…?


    【二拍】


    !!あ、あれはうわばみ…!?

    ま、まずい…、?こっちに気づいてない…?

    あ、あれは猟師りょうし…むこうを狙って…ッッッ!?


猟師:うわッ…!!


語り:気づくひまもあらばこそ、猟師りょうしは悲鳴と一緒にばみられてしまった。

   「ばみる」とはなんでも、蛇の合言葉あいことばでもって人間をみこむ事を

   している…とかなんとか。よく分からないですけども。

   さて猟師りょうしみこんだうわばみ、腹が一斗樽いっとだるのごとくふくれて

   さすがに苦しいのか、あっちへのたぁり、こっちへのたぁりしてい

   たが、やがて向こうに見える岩へ向けて動いていきます。


清兵衛:い、いったい、どこへ行くんだ…?

    おや、岩陰いわかげに回り込んだぞ…。

    上からのぞいて…なんだ、あの赤い草は。

    うわばみがぺろぺろめて…ッ!!?


語り:怖いものほど見たくなる。人間のさがでございます。

   後をこっそり付いていった清兵衛せいべえさん、岩陰いわかげえていた赤い草を

   うわばみがめるやあら不思議、あれほど大きくふくれ上がっていた

   腹が、すーーっとへこんで元どおりになってしまったのであります

   。

   うわばみは満足したのかその場を去り、後に残った清兵衛せいべえさん、

   呆然ぼうぜんと赤い草をながめます。


清兵衛:なんだ、この草は…、うわばみがめたら腹が元どおりになっち

    まったぞ…。


    !!そうか、こいつは食ったものをかす草なんだ!

    これさえありゃ、蕎麦そばの勝負で大儲おおもうけができるってもんだ!


語り:これはいい物を見つけたと清兵衛せいべえさん、赤い草をいくつかんで

   ふところにしまいこむと、足早あしばやに江戸を目指します。

   今ならかつて逃げた盛り蕎麦そば五十枚の勝負なんざでもない、

   いやそれ以上の枚数も…と取らぬたぬき皮算用かわざんようなつかしの蕎麦屋そばや

   勢いよく足を踏み入れます。


清兵衛:どぉ~~もッ!


客1:なつかしいねこの人は、ええ?


客2:どぉ~~もってぇのは、調子ちょうしだね。

   それにしてもせいさん、あん時ァ逃げましたね?


清兵衛:いやいや、逃げたんじゃございません。

    あれから本当に信州しんしゅうで仕事がございました。

    蕎麦そばどころでございますから、あっちの蕎麦そば、こっちの蕎麦そばと、

    ところによって色々と味が変わりますんで、それを楽しんで

    ぐるっと回って参りました。

    ただ、蕎麦そば美味うまいんですがどうもおつゆがいけません。

    こちらのおつゆに向こうの蕎麦そばがあると良かったんですが。

    江戸ではここの蕎麦そばが本当に好きでございますんで、

    戻っていの一番に来た次第しだいです。

    もちろん、勝負の事も忘れたわけじゃございません。

    今日は一つ、あの、五十枚でもって一両いちりょうというけをやらせてい

    ただきます。


客1:おっ、やるかい?

   さては向こうで腕を上げてきたと見える。


客2:帰って来て早々に来るくらいだからね。

   じゃ、ここに一両いちりょう置きますよ。


清兵衛:ではあの、今回は五十枚ですので、

    親父おやじさん、十枚ずつでていただけますか。


親父:あいよ、まかしときな。


清兵衛:恐れ入ります。

    それで、そう、あなた、今回も手伝っていただけますか?


客1:おう、いいぜ。


清兵衛:あなたとは息が合いますから、調子ちょうしがよろしいんですよ。

    それで今回はちと急ぎますんで、はなから蒸篭せいろに手をかけておい

    てください。

    なにぶん五十枚ですから、調子ちょうしを上げていきますので。


親父:へい、最初の十枚お待ちッ!!


客2:では……はじめッ!!


清兵衛:あたくし、本当にここの蕎麦そばが好きでございまして(ずるずるっ)

    ここの蕎麦そばが(ずるずるっ)

    あたくしに合うんでございます(ずるずるっ)

    信州しんしゅうの方で(ずるずるっ)

    色々と蕎麦そばを食べましたが(ずるずるっ)

    どこの蕎麦そばも(ずるずるっ)

    口に合うんでございますが(ずるずるっ)

    ここの蕎麦そばが(ずるずるっ)

    一番合いました(ずるずるっ)

    

客1:おい、なんか言いながらやってるぞ。


客2:いつもより調子ちょうしが早いぞ。

   二十……三十、三十いったぞ…!


客1:大丈夫だ、四十まではやった事があるんだ。

   その四十の先だ。


客2:三十五………四十いった…!


客1:四十一…四十二……


客2:四十三……四十四…お、見ねぇな、少し調子ちょうしが落ちて来た…!


清兵衛:【少しずつすする勢いが弱まっていく】

    あたくし…お蕎麦そばが好きでございます…(ずるずるっ)

    はぁ…はぁ…、おそば、あと、何枚ですか…?


客1:あと三枚だよ。


清兵衛:そうですか…(ずるずる、ずるずるっ)

    (もぐ…もぐ…)


客2:蕎麦そばみ始めたよ…。


客1:蕎麦そばみ始めたらおしめえだ。


客2;清兵衛せいべえさん、もうあきらめな。


清兵衛:そうはいきません…そうはいきませんよ…。

    うぷ…っ。


    恐れ入ります…下を向きますと、お蕎麦そばが出てしまいますんで、

    どなたかすいません、はしの先に蕎麦そばをひっかけてもらえますか…。


客1:わ、わかった…俺がやるよ。


清兵衛:すいません…(ずるずる…ずるる…っ、ずっ、ずっ…)


客2:…四十八いった…!

   四十九枚目にかかった…!


客1:清兵衛せいべえさん、もうあきらめな!


清兵衛:そうはいきません……ちょっとお待ちください…っ…っ…。


客2:体をすってら…茶袋ちゃぶくろだね…体ァすって上に隙間すきまを作ろうって

   んだ。

   清兵衛せいべえさん、あと一枚だよ。


客1:清兵衛せいべえさん、いい加減にあきらめな…!

   往生際おうじょうぎわが悪いぜ…!


清兵衛:そうはいきません…そうはいきません…。

    すいません、あの、風にあたってようございますか…?


客2:風にあたりてぇって、どうする?


客1:それぐらいならかまわねえな。


客2:どうすればいいんだい?


清兵衛:すいませんが、そのふすまの向こうまであたくしを、

    連れてってもらえませんか…?


客1:ふすまの向こうな、おい、誰か開けてやんな。


客2:じゃあ清兵衛せいべえさん、押しますよ。

   羽織はおりしわになりますけど、いいですね?

   ふっ…! ふッ…!

   ダメだ、動かないよ。


客1:そりゃあそうだ、四十九枚の蕎麦そばが入ってんだ。

   四十九枚いっぺんに出前でまえするようなもんだよ。

   おい、何人か手伝いな。


客2:いいですか、羽織はおりしわになりますからね!

   よいしょ、よいしょ、よいしょっ、よいしょっ!!

   よし、出ましたよ、清兵衛せいべえさん。


清兵衛:すいません…うしろを…閉めていただけますか…?


客1:ああ、かまわねえけど、あんまり長い事はダメだよ。


客2:すぐですよ、いいですね?


清兵衛:ええ、ええ、すぐに済みますんで…。

    ちょっと、お待ちくださいな…。

    (ぺろぺろぺろぺろ…)


客1:? おい、なんかぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ言い始めたぞ。


客2:腹の減るまじないでもしてんのかな?


   【三拍】


客1:おい、静かになったぞ。

   逃げたんじゃねえか?


客2:あんな状態で逃げられるわけねえだろ。

   動けねえんだから。


客1:だけど静かすぎるな。

   おい、開けてみろよ。


客2:わかった。

   おい清兵衛せいべえさん、いい加減かげんに…ッ、

   え…?


客1:いねえ…?

   いや、見ろ。

   蕎麦そばが着物と羽織はおりを着て座ってるぞ。


語り:うわばみがめていた赤い草、

   それは食べたものをかす草ではなく、


   人間をかす草だったのでした。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


三遊亭円楽(六代目)




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