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32 世界の犠牲となるもの


「いい加減にしろよ!」


 こんなんばっかだ。この世界は、こんなんばっかだ。


「どうしました」

「どうもこうもねえよ! これなんだよ!」


 セバスチャンを問い質せば、私が読み上げた文章は解読できないと言っていた箇所だった。

 彼も困惑したように私が解読した文章を咀嚼している。


 解読できないわけだ。そもそも文字が違う。


 何故ローマ字が書かれているのか。何故日本語読みで文章になっているのか。

 召喚の原案と日本の繋がりが見えて謎が謎を呼んでいるが、その辺りの謎は勝手に解明してくれ。私が気になるのはそこじゃない。

 召喚魔法の命令式。呼び出すための条件。その内容だ。


『とおくから きたれ まおうとおなじひに うまれたいのち まおうとおなじ せかいのはずれから きたれ きたれわれらが ひらいしん』


 これはまず間違いなくこう変換される。


『遠くから来たれ。魔王と同じ日に生まれた命。魔王と同じ世界の外れから来たれ。来たれ我らが避雷針』


 むずかしく考えなくていい。言いたいことそのままだ。


 つまりこの召喚は、勇者は、こっちの世界の奴らにとって自分たちとかけ離れた魔王に近い存在で。

 自分たちの代わりに、魔王の関心を、魔力を受ける者。

 魔王があまりにも暴れるから、その力の矛先を絞った。

 私は馬鹿だけど避雷針くらい知っている。構造とか仕組みは説明できないけど、役割だけは知っている。他に雷が落ちないように、敢えて作った雷の誘導場所。人間が作った、わざと雷が落ちやすいよう設置された設備だ。

 もうそれだけで、何を考えて昔の人がこの召喚陣を作ったのかよくわかる。


 身代わりだ。

 自分たちの身代わりに、雷を受ける存在が欲しかった。

 つまり、勇者とは魔王を倒す存在じゃなくて…自分たちの代わりに、世界の犠牲となる存在のことをいうのだ。


「ふざけんな!」


 怒りのまま、私は目の前にある魔法陣を手で払った。

 水で描かれたそれは私の手に弾かれて、部屋に散らばり水たまりを作る。わりとしっかり水を叩いた感触が手の平に伝わった。

 ぐるりと部屋を見渡して、私が睨み付けたのはセバスチャンだった。

 彼は黙って私を見ていた。反論も弁解もせず、叫ぶ私をじっと見ていた。申し訳なさそうな、罪悪感が見える顔ではなかった。

 それが無関係を装っているように見えて、非常に腹が立った。

 濡れた右手でセバスチャンの胸ぐらを掴む。身長差から肘がピンと伸びて、引っ張ればセバスチャンの腰が曲がった。


「なんなんだよこの世界の奴らは! 自分たちが世界の危機を作っておいて、尻拭いは全部無関係な奴にやらせるのかよ! 異世界人なら使い捨てていいのかよ! 自分たちとは違う生き物だから、自分たちより魔王に近いから、平気でこんなことができんのか!」


 鮮明に蘇るのは私を解剖した魔法使い。

 明らかに異世界人を同種の人間とみていなかった。

 内臓の作りが違うと楽しげに笑い、作りが違うのだからやはり自分たちと違うと満足そうだった。

 世界が違うのだから、そんなこともあるだろう。だけど同じ形をして、感情があって、言葉を交わせる生き物だ。


「勝手に呼んで、勝手に役目を与えて、勝手に期待して、勝手に…っ」


 何でもかんでも、押しつけて。

 この世界の奴らはどいつもこいつも。


「勝手だ…!」


 ああ、泣きそうだ。


 みーちゃんの泣き声が耳にこびりついて剥がれない。


 母親を求めて泣き叫ぶ子供の声を私が何日聞いたと思っている。何回「お母さんじゃないといやだ」と拒絶されたと思っている。

 私がどれだけ面倒くさがっても、私しか宥められる人が居ない。私にだって宥められないのに、私がするしかない。

 だけど私はみーちゃんのお母さんじゃない。お母さんを求めるみーちゃんを、泣き疲れて眠るまであやすしかなかった。

 そんなのの繰り返しだ。


 みーちゃんがお母さんを求めるたびに、私がどれだけ、親に助けを求めたと思っている。


 皆、自分のことしか考えられないのに。

 誰かが、助けてくれるわけがないだろ。


「…魔王と同じ日に生まれ、魔王と同じ世界の外れから呼ばれた勇者は…この世界の誰よりも、魔王に近い存在なのでしょう」


 私に胸ぐらを掴まれて上体を傾けたまま、セバスチャンがゆっくり口を開いた。


「かといって、同じ世界の出身ではなさそうです。魔王はこの世界の淀みから生まれます。魔王が淀みから生まれた日時丁度合わさったのがみーちゃん様なのでしょう」

「…同じ日、同じ時間に生まれた奴とか、どれだけ世界に溢れかえっていると…っ」

「本当に、同時だったのでしょう。この命令は、そういう意味です」


 そんなの、みーちゃんにはどうしようもできないことじゃないか。

 それにその原理で言うなら魔王も勇者も幼児になるはずだ。今回だけじゃなくて、ずっと幼い子供が召喚されるはずだ。

 反論したい私の言葉は、セバスチャンの言葉に呑み込まれていく。


「召喚された勇者が雷を操り、すべてのマナを認識し、どれだけ魔力を消費しても無事だったのは、魔王と同じように世界の淀みから力を得ているからでしょう。魔王と同じ作りをした、魔王と違う存在…それが勇者」


 ここぞとばかりに淡々と言葉を紡ぐ。


「同じ力は引き合います。世界に一人だけ、自分と同じ存在…魔王が勇者に傾倒しているのは、世界にたった一人違う生き物…その孤独感を埋める存在だから」


 そういう存在が呼ばれるのだ。

 遠い世界。違う世界から、違うけれど同じ存在が呼ばれる。

 避雷針として、魔王の気を引く存在として。

 この世界に、魔王と同じ存在はいないから。


 そう思うとあれだけみーちゃんを求めていた理由に納得して、クソガキなのに可哀想になってきた。

 あのクソガキも、寂しがる一人の子供。


 でもだからって、みーちゃんをあげるわけにはいかない。




勇者とは、魔王にとって双子の片割れみたいなもの。


みーちゃんがお母さんを呼ぶたびに、睦美もお母さんにヘルプコールしていました。


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よろしくお願い致します!

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