29 おまけはいらない
ぱり、と静電気の音がしたのは気の所為じゃない。
私の膝に乗っているみーちゃんが、大きな目を見開いてじ…っとまおちゃんを凝視していた。さっきまでニッコニコだったのに、瞬き一つせずまおちゃんを凝視している。
そんなみーちゃんの髪から、パリパリ聞こえる。
静電気の音が、パリパリと。
(…そうじゃん。みーちゃん私が解剖されているところ見たんじゃん)
小さな彼女がどこまで理解しているのか不明だが、いじめられているでだいたい合っている。
そしてみーちゃんは、私をいじめていた魔術師に雷を落とす報復を実行済みなわけで。制御できているかはともかく、怒りが雷になって落ちてくるのは実証済みだった。
…傷害罪…いや、アレは正当防衛。それにここは異世界で、勇者に魔王を倒せとか言ってくる世界だ。
勇者が悪人を倒しても問題ないだろ。あの魔法使いは悪い魔法使い。はい解決。
そしてこのチビは魔王。
みーちゃんが大好きでおまけの私が気に食わないちびっ子魔王様だ。
クソ生意気なガキだが、今は暗闇から見詰めてくる猫みたいなみーちゃんに恐れを成して蒼白になっている。
(え、まさか今から勇者VS魔王始まる?)
なんて焦ったところに、ラスボスが切なげに呟いた。
「ご覧ください。これが歴代の魔王様が通ってきた王道。『大好きなあの子を独占したかっただけなのに、いつも最後には怒られる』です」
「哀しきモンスターかよ」
淡々と紡がれるタイトルに、思わず触れる者皆傷つけると嘆く怪物を頭に描いてしまった。そのタイトルからして、魔王が勇者の周囲にいる人間達にどのようなことをしてきたのかわかる。
現在は子供だから直接文句を言ってきたが、これが大人だったらもっと知恵を働かせて勇者の傍にいられなくするくらいのことはしそうである。
というか、現代にもそういう奴はいた。
私がいるのになんで他の子とお話するの? 私だけでいいでしょ? あなたには私しかいらないよね?
なんて病んでいる子は当たり前にいる。近所のお兄さんの奥さんがまさにそれで、放っておくと犯罪者になりかねないからとお兄さんはお婿へ行った。優しさはときにその人を地獄に突き落とす。
やべえ奴とまともに会話すると自分もやばさに汚染される、と最近気付いたので、多分お兄さんは汚染されて正常な判断ができなかったのだろう。
つまり魔王って揃いも揃って独占欲が強くてちょっとヤンデレってことか。
どんだけ勇者が好きなんだ。
そして勇者はそれを許して受け入れるだけの深くて広い懐は持っていない普通の人間だった。
普通の人間は、やべえ奴からは距離をとる。
それができないなら…そのやべえ奴が自分の周囲を害するなら…徹底的に牙を剥いて抵抗するのは、当然だ。
これは私の独断と偏見だが、近しい人を馬鹿にされて、傷つけられて、害されて、それで見て見ぬふりをする人間が勇者なんて肩書きに選ばれるわけがない。
認めたくないが、みーちゃんは勇者だ。
歴代の勇者と同じように、みーちゃんも、同郷の私が害されるのを、許さない。
静電気をパリパリさせながら、みーちゃんはまおちゃんを見詰めていた。
「つむちゃんのこと、いじめる…?」
「だ、だ、だって…だって」
ここで手の平を返してフォローできれば取り繕えるのに。
しかし魔王は見た目の通りお子様だったので、取り繕えずに正直に自分の気持ちを吐露した。
「だってこいつ、なんにも持たないおまけの癖に! みーちゃんと一緒に来ただけなのに! みーちゃんに守って貰えるのずるい!」
「つむちゃんには、みーちゃんがいないとだめなの!」
(あれ、やっぱり私って下に見られてる?)
ぎゅっと抱きつきながら主張するみーちゃんに、私はスンッと表情を落っことした。
ちょっとそんな気はしていたがやっぱり年齢不詳のみーちゃんに庇護対象として見られている。
(泣いたからか。一緒に号泣したからか?)
セバスチャンの記憶を覗いて号泣事件を知っているラスボスが和やかな視線を向けてくる。やめろ。お前は部下としてまおちゃんをはよ回収しろ。
「そんな奴ほっといて、もっと俺様と遊ぼう!」
「やっっっっ!!!!!」
一音だけなのに力強い拒否。
みーちゃんはぷんっと頬を膨らませて身体の向きを変え、正面から私の胸に埋まった。小さい手がぎゅっと私の脇腹を掴む。やめろ。
静電気は収まっていた。恐れていた怪獣大戦争にはならなかったようだ。
「みーちゃんだけが、俺様と同じなのに…っ」
みーちゃんに拒否されて、涙目でぷるぷる震えるまおちゃん。
…同じって何が?
「お前なんか、お前なんか…あっちいけ!」
「えっ」
ぷるぷる震えていたまおちゃんが、ギャンッと吠えた。
吠えた音の衝撃がわんっと響いて、突風が衝突したような風圧を感じる。
咄嗟に胸に抱いたみーちゃんをぎゅっと抱きしめ…ようとした手が、自分の胸元を掴んだ。
あれ。
――――私、包帯なんかしてたっけ?
触れた胸元は、衣服の感触ではなくざらついた包帯。パチリと開いたつもりの目はやけにぼやけていて、まるでずっと眠っていたかのような開けにくさで…。
「ムツミ!」
混乱していた私の前に、人影が身を乗り出してきた。
「目が覚めたのですね」
「せばすちゃん…?」
やけに喋りにくい喉から声を出し、ふと自分が横になっていることに気付く。さっきまで座っていたはずなのに、背中に背もたれとは違う感触がある。横になっている私を覗き込むセバスチャンの後ろで、なんだか見覚えのある丸っこいファンシーなリングがキラキラ光って…。
――――これ、現実じゃん?
胸元にあった手が、無意識に自分の真横に伸びた。
ラスボスが映した映像で、私とみーちゃんが眠っていた部屋。私の真横に猫のように丸まっていたみーちゃん。
そのみーちゃんが、いなかった。
血の気が引いた。
子供って、感情的に行動するので、魔王のまおちゃんも感情で行動します。
お友達同士でも、喧嘩で引っ掻いたり酷いことを言ってしまったり…という規模が世界規模であっちいけが本当にどっか行っちゃう系幼児まおちゃん。
つむちゃん、まさかの強制退去。




