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ストーカー(U18)  作者: まきりょうま
第3話 女は早死にする、男女差消滅、神、相対的な貧困
9/33

第3話−5

 俺は20の女の子に、なんて話をしてるんだ?直人は、そう思った。でも、気がついたことがある。彼はかなり、両親の影響を受けている。そう、恋愛観について。

「寂しかったのはさ」と、直人は話を続けた。

「うん、なあに?」

「葬式」

「葬式?お葬式は、寂しくて普通じゃない?」

「と、いうのはさ。俺は、たくさんの人が来てくれると思ったんだ」

「お葬式に?」

「うん。母は部長だったし、父も県庁勤めだったから、年賀状は毎年何百通も来たんだ。俺宛ての年賀状を探すのが大変だった。

 事故で死んだとき、両親とも定年退職してた。でも、たくさん人が来ると思った。わざわざ斎場は広い場所を選んで、食事も酒も200人分くらい用意した。だけど・・・」

「だけど?」

「親戚除いたら、20人くらいしか来なかった。信じられなかったよ」

「ねえ、どうして?どうして、そうなるの?」由紀子ちゃんは、少し強い調子で聞いた。若い彼女には、想像できない話なのだろう。

「父と母は、みんなに嫌われてたんだ。みんな、仕事で仕方なく付き合ってたんだね」

「ふーん」由紀子ちゃんは、頬杖をついて考え込んだ。首をひねり、奥穂高岳の方を見た。そこには斜面を滑る、燃えるような紅葉があった。

「だからさ、やっぱり二人一緒に死んでよかったと思ったんだ。なんとなく、だけど」

「うーん」由紀子ちゃんは、考えこんでしまった。

 直人は席を立ち、生ビール二つとおでんも二つ買ってきた。由紀子ちゃんは、「ありがとう」と言ってくれたけど、心はどこかを旅していた。

「おじさん」

「うん」

「考えさせられる話を、ありがとう」と、由紀子ちゃんは言った。

「いえいえ」

「ねーえ」彼女は珍しく、恥ずかしそうな仕草をした。

「うん。なあに?」

「私ね、さっき嘘ついたの」

「うん?」

「私、一人っ子じゃないの。兄貴がいたの」

「そうなんだ」いた?

「 10才年上の兄貴で。私、小さい頃の兄貴の記憶って全然ないの。兄貴は、自分の部屋に閉じこもってたし」

「ふーん。インドア派なんだね」

「というより、引きこもりみたいだったなの。それでね・・・」

「うん」

「私が幼稚園で、兄貴が中学生のとき・・・」そこまで話して、由紀子ちゃんは深呼吸をした。

「うん」

「家の近くでね、小学生の女の子が変質者に裸にされる事件が連続して起きたの」

「ええっ!?」

「裸にされて、写真を撮られるんだって。トイレの個室に連れ込まれて」

「へえー」

「私は、あんまり記憶ないの。小さかったから。でも街中の騒ぎになってて・・・」

「それは、大変だね」

「大変な騒ぎだったそうなの」と、由紀子ちゃんは今でも驚いたような顔で語った。「しばらくして、兄貴が捕まったの。犯人だって」

「ええっ?!」

「街は、さらに大騒ぎ。そして、父は激怒してた。警察で兄貴と面会したときは、怒鳴りまくってどうしようもなかったらしいの」

「うーむ。そうだったんだ」

「まだ中学生だったから、兄貴は二年くらいで施設を出てきて。それからは、父が毎日兄貴を竹刀で滅多打ちにしてた。父はそうすれば、兄貴の病気は治ると思ってたみたい・・・」

「それって、つまり・・・」

「うん」

「治らなかったってこと?」

「そうなの」と言って、由紀子ちゃんはまたため息をついた。「私が中学生のとき、兄貴はまだ大学生だったのね。地元の無名大学なんだけど」

「うん」

「8月だった。暑いころ」と、由紀子ちゃんは遠くを見る目をした。視線の先は、過去へ向いていた。「一人暮らしの女性の家に、男が押し入る事件が起きたの。何件も」

「うん」直人は、嫌な予感がした。軽い頭痛と、めまいを覚えた。

「男は女性を脅して、裸にするの。それから、写真撮るの。たくさん」

「うん」

「事件は、報道されていなかったの。でも近所は、その噂で持ちきりだった」そう話す、由紀子ちゃんの唇が少し震えた。でも彼女は、話を続けた。「そんなとき、兄貴が死んだの。殺されたの」

「ええっ!?」直人はまたびっくりして、大きな声を出してしまった。

「夜道で、通り魔殺人にあったの。犯人は、ちょっと頭のおかしい人。すぐに捕まったけど、頭のおかしい人って罪にならないでしょ」

「そうだね。責任能力がないからね」と、直人は答えた。

「その人は、裁判のあと病院に入院して終わり」

「それは、お気の毒に・・・。由紀子ちゃん、大変だったんだね」

「ううん」と、由紀子ちゃんは首を振った。「そのあとが、つらかった」

「どうして?」

「まずね、女性の家に押し入る事件は起きなくなったの。ぱったりと」

「って、ことは・・・」

「犯人は、兄貴だったんだと思う」と、由紀子ちゃん乾いた口調でボソボソッと言った。

「そうじゃない可能性もあるんでしょ?お兄さんが、犯人だっていう証拠はないんじゃない」

「うん。幸い、見つからなかった」と、彼女はささやいた。「見つかる前に、兄貴は殺されたの」

「うん」

「多分、父に」と由紀子ちゃんは、はっきり言った。声は、ひそめていたが。

「えっ!?」

「父は、二度目は許せなかったと思う。家に、ずっと消せない傷をつける。そう思ったんだと思う」

「そんな・・・」

「父なら、やりかねないの。そういう人なの。人に頼んで兄貴を殺し、罪は別の人になすりつける」

「そんな、まさか・・・」直人は、絶句した。

「もちろん、証拠があるわけじゃないよ。でも、都合が良すぎる。家の問題が、いっぺんに解決したんだから」

 由紀子ちゃんはそこまで話して、テーブルに両肘をついて手を組んだ。目を閉じ、しばらく黙っていた。まるで祈っているようだった。


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