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ストーカー(U18)  作者: まきりょうま
第7話 父
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第7話-2

 一日に何度も、直人は発作のような症状に襲われた。「由紀子ちゃんが、もうこの世界にいない」その事実に、急に耐えられなくなるのだ。朝の駅のホームで。会社の廊下で。自動販売機で、コーヒーを飲んでいて。コンビニで、買い物をしていて。喪失の発作は、急に襲ってきた。

 呼吸が苦しくなる。動悸が高くなり、心臓がズキズキと痛む。何もかも放り出したいくらい、心の底から絶望する。胃にあるものを、全部吐いてしまう。直人はその場にしゃがみ、絶望と孤独の発作に耐えた。耐えるしかない。由紀子ちゃんは、もう生きていない。その事実に、慣れるしかない。

 直人はすっかり、美枝子のことを考えなくなった。楽しかった殺人計画に、さっぱり興味がなくなった。あの情熱は、どこかへ消え去った。美枝子なんて、バカバカしくてくだらなかった。愚かだった。俺は、本当に愚かだった。つくづくそう思った。

 直人はやっと、結婚式や新婚旅行をキャンセルできた。けっこうな額のキャンセル料を取られた。でも、ウェディングドレスの美枝子なんか見たくもないし、あいつと二人で旅行なんて絶対行きたくない。隣の席に美枝子がいたら、不快のあまり吐きそうだった。

 招待状を出した人に、一人ずつ連絡を取った。事情を説明すると、誰もが同情してくれた。もちろん、由紀子ちゃんの話はしなかった。一人でどんどん進めたら、意外とあっさり片付いた。結婚計画を全てチャラにすると、背負っていた重荷から解放された。俺にとって、これが“恥”だったんだ。恥を恐れて、死ぬことばかり考えていた。

 それは、土曜日の午後だった。久しぶりに、落ち着いて窓の外を眺めた。コーヒーを淹れて、ちびちび飲みながらお台場の方角を見た。土曜日に、涸沢にいないなんて。とても不思議な気分だった。この部屋は、俺に合っていない。さっさと引っ越そう。直人はそう考えた。いやその前に、冬になる前に涸沢に行かなくては。


 部屋に、美枝子の荷物が残っていた。洋服と、鞄と靴が少し。思い切って、美枝子に電話した。携帯にかけても出ないだろうから、男の家に電話をかけた。肉屋の電話番号はすぐわかった。直人は、偽名を使った。同窓会の案内だと、家の人を騙した。

「もう、警察に相談してるからね」と、最初に美枝子は言った。「夜中に、家の回りをウロウロしてるって。典型的ストーカーだって言ったから」

「警察なら、この間家に来たよ。ストーカーみたいなことはするなと、怒られたよ」

「で。なんなの?」美枝子は、少し黙ってから低い声で質問した。

「君の荷物が家に残ってるんだ」

「そんなの、あたし知らないよ」と、美枝子は面倒くさそうに言った。

「わかった。肉屋に送っておくよ」と、直人は言った。

「予約取消の違約金なんて、払わないからね」と、美枝子が言った。

「なんで?」全てキャンセルしたことが、どうやら美枝子の耳にも入ったようだ。

「この結婚話は、全部あんたがやったこと。あたしは、付き合ってただけ」

「アハハハ」直人は、つい笑ってしまった。

「何!?」美枝子は、不愉快そうに聞いた。

「君と結婚しなくて、本当によかった。俺は、本当に幸せ者だよ。心からそう思う」

 そう言い放って、直人は電話をブチッと切った。すぐに、美枝子から電話がかかってきた。直人はスマホの電源を切ってやった。ざまあみろ。これ、やってみたらスカッとした。でも、性格が悪くなりそうだ。二度とやめよう。とにかく、ストーカー家業は閉店だ。


 翌週の土曜日、直人は涸沢にいた。あれほど見事だった紅葉は、すっかり散ってしまった。あの日の猛吹雪が、全ての枝から葉をちぎり取ったのだ。これは、毎年繰り返されることだ。吹雪は空に操られてるだけだし、樹々たちは葉がなくなっても悲しまない。着々と、冬支度を進めている。彼らの心は、もう来年の春を考えている。

 すっかり人気のなくなった、寂しい涸沢にテントを張った。荷物をテントの中にしまい、昼飯にカップ・ヌードルを食べた。そこへ、由紀子ちゃんの友達が現れた。

「おじさーん」と、茜ちゃんが黄色い声を出して駆けてきた。浅野くんと鈴木くんも、一緒だった。

「こんにちはー」と、直人は元気に挨拶した。

「やっぱり、来てくれたんだね」と、茜ちゃんが息を切らしながら言った。「来てる気がしてたんだよー」

「本当?」

「うそ」と言って、茜ちゃんは笑った。「実は、毎週来て待ってたの。おじさんが来るのを」

「本当に?」

「直人さんなら、小屋が閉まるまでに絶対来ると思って」と、鈴木くんが説明した。

「そうだったんだ。そりゃ、申し訳ない。ごめんなさい」と、直人はみんなに謝った。

「いえ、いいんです」と、茜ちゃんが答えた。

「由紀子ちゃんに、花をあげたくてね」

 直人は、テントの裏を指差した。コッヘル(登山用の鍋)に挿した、両手に抱えるほどの花束を三人に見せた。この花束を、ザックに括りつけてここまで登ってきた。直人を見た人は、みんなびっくりしていた。

「すごーい!」茜ちゃんが、手を叩いて喜んだ。

「どこまで、持って行きます?」と、浅野くんが聞いた。

「由紀子ちゃんが、倒れていたところまで」と、直人は答えた。

「どの辺ですか?」

「うーん、2峰の直下だと思う」直人は答えた。「だけど、あの日はガスってて(=濃い霧が、かかっていること)。途中から、吹雪になったから。だから、正確にはわかんないんだよね」

「行きましょう、明日。一緒に。僕らも、由紀子に会いたいんです」と浅野くんが言うと、隣の鈴木くんがうなずいた。

「行くー」と、茜ちゃんが明るく言った。

「よし。一緒に行こう」と、直人は答えた。

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