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神美少女に肯定されすぎて人生ヤバイ  作者: 抑止旗ベル
第1章『踊るダメ人間』
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第7話


 ショッピングモールは冷房が効いていて(当たり前か)、とても快適だった。


 僕らは特に買う予定もない服や雑貨を見て時間を潰した。


 そして、次は映画に行こうかなんて話をしながら駅に向かい、そこで守原さんと別れることになった。


「それじゃ落田くん、また来週、学校で」

「ああ。また来週」

「……自信、ついたかしら」


 思い出したように守原さんが呟いて、そういえばそんな目的もあったということを僕も思い出した。


「守原さんがいろいろと気を遣ってくれたことには感謝するよ。だけど仮に僕が自信満々になったとしても、結局は自己肯定感の高いダメ人間が出来上がるだけじゃないのかな」


 僕が言うと、守原さんは少し残念そうにため息をついた。


「やっぱりまだ、私の他己肯定力が足りなかったみたいね」


 他己肯定力。


 すごい言葉だ。


 まるで足が8本あるみたいだ。


「守原さんが気にすることじゃないよ」

「いえ、そういうわけにはいかないわ。次のチャンスをちょうだい、落田くん。来週の土日は何か予定があるかしら?」


 あったっけ、予定。


 ゲームをする以外に心当たりはない。


 あ、いや、今ゲーム内で開催中のイベントが……。


 とはいえ、それは神美少女と名高い守原さんの頼みを断ってまで優先すべきことではないはずだ。


 僕はイベントでのみ手に入る限定アイテムの取得を諦め、答える。


「特にないよ」


 守原さんが微笑む。


「だったら、また連絡するわね」

「うん」

「そろそろ行かなきゃ。ばいばい、落田くん」


 そう言って守原さんが僕に背を向けた瞬間、電車の到着を知らせるアナウンスがプラットフォームの方から聞こえた。


「またね、守原さん」


 慌てたように駆けていく守原さんに、僕は言った。


 聞こえたかどうかは分からない。


 彼女の姿が改札口の向こうに消えていくのを見届けてから、僕は自分の家の方面へ身体を向けた。


 その瞬間、横断歩道の信号が赤になるのが見えた。


 ここの信号、長いんだよな……。


 僕は仕方なく横断歩道の前で立ち止り、何気なくスマホのメッセージアプリを開いた。


 昨日送った、怪我が治ったという連絡への返信がいくつか届いていた。


 石崎からはもちろんだが、他の高校へ行った人からもメッセージが来ている。


 僕って意外とみんなから心配されてたんだな、と思いながら、それらのメッセージにお礼の言葉を返していると、その中に妙な文面があることに気が付いた。


「……月曜の放課後、校舎裏で待つ?」


 思わず声に出して読んでいた。


 それは中学時代、サッカー部でマネージャーをしていた女子からのメッセージで、彼女もまた同じ高校に進学していたのだった。


 名前は乙名アキ。クラスは確か、守原さんと同じじゃなかったっけ。


 もう一度、スマホの画面に表示された乙名からのメッセージを読み直した。


「月曜の放課後、校舎裏で待つ……」


 何度見ても文面は変わらない。


 放課後、校舎裏で。


 それが意味することはただ一つ。


「カツアゲか……」


 僕がそうつぶやいたとき、信号が青に変わった。


 僕は横断歩道を渡って家に帰った。



※※※



「遅いんだけど」


 月曜の放課後。


 校舎裏へ行くと、ショートヘアの髪型をした小柄な女の子が仁王立ちで僕を待っていた。


 足元には彼女のものらしいスクールバッグが転がっている。


「……時間まで指定されてたっけ?」

「放課後来てって言ったら、普通は帰りのHR終わってすぐでしょ! 今何時だと思ってるのよ!?」


 時刻は17時30分。


 ちなみにHRが終わるのが大体16時ごろだ。


「いや、いろいろあって」


 カツアゲを警戒し、校舎裏へ行くべきか行かざるべきかを逡巡していたのだった。


 しかし仮にカツアゲだったとして、相手は女子だ。


 いくら僕がケガ明けとはいえ、全力でダッシュすればさすがに逃げ切れるだろう――そう結論付け、ここまでやってきたのだった。


 ちなみに制服のシャツの下には週刊少年漫画雑誌を仕込んである。万が一腹パンされても安心だ。


「私が熱中症で倒れたらどうするつもりなのよ」

「大丈夫だろ、乙名なら」


 僕は中学生の頃を思い出しながら言った。


 こいつは空手の有段者で、マネージャーでありながら、サッカー部の中で最もタフだったのだ。


「それどういう意味? 私、クラスじゃ繊細でか弱い系女子で通ってるんですけど」

「詐欺だな。騙されているクラスのみんなが可哀そうだ」

「失礼なところは相変わらずね。事故の影響で少しはマシになったかと思ったのに」

「文句は僕を跳ねた車の運転手に言ってくれよ。もっとうまく跳ねてくれれば良かったのにってね」

「……ごめん、さっきの言葉ちょっと訂正。落田さ、前よりなんか卑屈になった?」


 それは――――――――そうかも。


 否定しようとしたけど、否定できるだけの材料を今の僕は持ち合わせていなかった。


「まあ、いいわ。ちゃんとここに来たことは評価してあげる」


 眉根に寄せていた皴を緩めながら、女の子――乙名アキは言った。


「ああ、どうも。で、僕に何の用?」

「単刀直入に聞くわ。落田、サッカー部に入らないの?」


 乙名が、ぐっ、と僕に顔を近づける。


 僕は乙名が近づいてきた分だけ後ろに下がりながら、答えた。


「入らないよ。お医者さんに止められてるから」

「……やっぱりそうなのね。石崎が言ってた通りだわ」


 なんだ、知ってたのか。


 というか石崎、乙名に伝えてたのか。


 僕の個人情報を勝手に他人に漏らすなんて……いやまあ、漏れたからって別にどうということはないんだろうけど。


「石崎から聞いてたならわざわざ僕を呼び出す必要はなかったんじゃないのか?」

「あいつのことだから、何か勘違いしてるかもって思ったのよ。ううん、むしろ勘違いしてて欲しかった。だってあんた、高校でもサッカー続けるって言ってたじゃん」

「え?」

「忘れたの? 卒業式のとき、私とか石崎にさ」

「ああ……言ったかも」


 よく思い出せない。


 事故に遭った後、ところどころ記憶が抜けているのだ。


「足の怪我は治ったんでしょ?」

「それは、まあ、うん」


 一応、完治したことになっている。


 特に後遺症も感じない。


「だったらサッカーできるじゃん。どうしてダメなの?」

「だから、お医者さんに止められてるんだよ」

「そんなの関係ないわよ」

「さすがにそれは暴論だろ……」

「私が訊きたいのは、落田にサッカー続ける気があるのかどうかってことよ」

「え、僕に?」

「あのさ、あんたこの間の土曜日、守原さんと二人で出かけてたんでしょ?」

「だ――誰からそんなことを」


 いや、わざわざ尋ねるまでもないことだ。


 守原さんと僕が二人でいるときに会った、サッカー部の知り合いといえば……。


「石崎よ」


 やっぱり。


「なんて口の軽いやつなんだ」

「……守原さんとどういう関係なのかは、とりあえず訊かないでおいてあげる。でも、サッカーやめて何か新しいことを始めたって感じでもないし、あんただんだん不健康そうになっていくし。サッカーやってたときの落田はもっと、なんていうのかな、輝いてたわよ」


 輝いていた、か。


 今の僕からは一番遠い言葉かもしれない。


「たとえどういわれようと、僕はもうサッカーをやらない。仕方ないだろ、事故に遭っちゃったんだから」


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