第6話
「……知り合いなの?」
守原さんが言う。
「ああ、中学校の時に同じサッカー部だったんだよ。今も同じクラス」
「ずいぶん仲良しみたいだけど」
「険悪な関係ってわけじゃなかったね。僕がセンターフォワード、石崎がトップ下。あいつからのパスを僕がゴールに入れるというのが、試合の得点パターンだったんだ」
説明しながら、僕は石崎のパスを右足で受ける感触を思い出した。
ワンタッチでトラップして、ゴールの右上隅にシュート。
「ねえ、さっきの石崎さんも言ってたけど、本当にサッカーは続けられないの?」
「……さっきも同じ説明をしたけど、医者からダメだって言われてるんだ」
「足の怪我のせい?」
そうだよ、と言おうとして、どうだろう、と思った。
自分の足の怪我が本当はどういった程度のものなのか、詳しくは知らない。
事故で負傷した僕の足は、日常生活を送る上では問題なく動いている。
もしサッカーのような激しい運動をしたら、怪我が再発したりするのだろうか。
「……本当のところは分からないけど、多分そうだよ」
僕が答えると、守原さんは口を噤み、何かを考えるようにしてから、言った。
「喉、乾かないかしら。公園の入り口に自販機があったでしょう? 私が買ってあげる」
「え? いや、いいよ。確かに喉は乾いているけど、別に僕も無一文ってわけじゃないし」
「そういうわけにはいかないわ。ほら、行きましょう」
守原さんが僕のTシャツの裾を引く。
無理に断る理由もなく、僕は小学生たちとサッカーをしている石崎を尻目に、自動販売機へ向かった。
公園内には他にも外周をランニングしていたり、犬の散歩をしたりしている人たちがいた。
この暑い中よくやるよな。去年までの僕が季節を問わずコートを駆け回っていたのが信じられない。
今、こうしている瞬間も脳天が太陽に炙られているような感じがする。髪が伸びたせいだろうか。それとも単純に外に出なかったせいで太陽光への耐性が無くなっているのだろうか。
「落田くん、好きなジュースを買ってあげるわ。コーラが良い? ファンタが良い? サスケが良い?」
「いや……じゃあ、水で」
「水?」
「炭酸苦手なんだよ」
「そうなのね。落田くんのことを知られて嬉しいわ。それに、水というチョイスもさすがだわ。水は買って飲むものという習慣をつけておけば、海外に行ったとき、うっかり水道水を飲んでおなかを壊してしまう事態を回避できるもの」
「へー、海外ってそうなんだ」
守原さんが手提げバッグからピンクと白の財布から小銭を取り出し、自販機に入れ、水のボタンを押す。
その後で守原さんはお茶を買った。
「はい、落田くん」
「ありがとう」
キャップを開けて水を飲む。
普通の水だ。
だが、普通であることが大切なのかもしれない。
自販機によって味が違う水とか、怖くて飲めないだろうし。
隣では守原さんがお茶のペットボトルに口をつけていた。
リップか何かを塗っているのだろうか、昨日会ったときより唇の発色が良いような気がした。
「……どうかしたの?」
見られていることに気が付いた守原さんが、僕に訊く。
「いや、何でもないよ。お茶を飲んでる様子がずいぶんサマになっていたから、有名事務所モデルのスカウトを受けたって話は本当だろうなって思っただけ」
僕がそう言うと、守原さんは突然むせ始めた。
「げほっ、げほっ……!? いつの間にそんな噂が流れていたの!?」
「割と有名な話だけど……?」
「それ、間違ってるわよ。地元のケーブルテレビで、特産品を紹介するときに原稿を読んでくれって頼まれただけ。しかも有名事務所なんかじゃなくて、頼んできたのは近所のおじいちゃんよ」
「あ、そうなんだ」
「そうそう。一体いつからそんな話になったのかしら」
噂というのは大げさに広まるものだなあ。
根拠のない話はあまり信用しすぎてはいけないということが分かった。
それはそれとして、守原さんが出演するのはどのケーブルテレビだろう。急いで契約しなければ。
「でも守原さん、モデルとか向いてると思うけど。個人的には」
「気持ちは嬉しいけど、無理よ。私、根が暗いもの」
「そうかな。一部では君のこと、神美少女と呼んでる集団があるらしいけど」
「噂って本当に大げさね。神美少女ってどういうことなのかしら」
「神々しいまでに美少女ってことじゃない?」
「……落田くんもそう思う?」
「え? まあ、言いすぎだとは思わないけど」
「ふうん。そう」守原さんは突然、片手で首元を扇ぎ始めた。「お水、もう一本飲む?」
「さすがに二本も要らないよ」
「……まあ、そうよね。でも、ありがと。ちょっと自信が出てきた――って、私が自信つけても仕方ないのだけれど」
守原さんがはにかんだように笑う。
いつまでもその笑顔を見ていても良かったけれど、あいにくながら酷暑がそうさせてくれない。
「そろそろ冷房の効いたところに行こう。ショッピングモールは逃げないかもしれないけれど、僕らの体力はこうしている間にも失われているわけだし」
「MMORPGで言うところの状態異常みたいなことね。早く回復しなきゃ」
あれ。
MMOなんて、守原さんの口から出て来るには意外な言葉だ。
「ゲームとかするの、守原さん?」
僕が言うと、歩き始めていた守原さんは急に足を止め、こちらを振り返った。
「……人並みには、ね」
「そうなんだ。僕も最近ハマってるゲームあるんだけど」
「もしかして『ギガント・ドロップ』?」
即答された。
『ギガント・ドロップ』は半年前にサービスが開始されて以来、急激にユーザーを獲得している人気のFPSだ。
サッカーを辞めて空いた僕の時間は、現状ほぼすべてこのゲームに費やされていた。
「よくわかったね」
「流行ってるもの。私も中学生の頃は熱心にプレイしていたわ」
「それってサービスが始まったばかりの時期じゃない?」
かなりヘビーユーザーだったのかもしれない。
守原さんがゲームに打ち込んでいる姿なんて想像もつかないけど。
「……そんなこともあったのよ。でも、忘れて。私もあまり思い出したくない過去だから」
神美少女にもいろいろあるらしい。
僕はそれ以上追及するのを諦め、守原さんの隣まで急いで歩いた。
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