第31話
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それから十分くらいして、リビングにはモニターとゲーム機が2セット用意された。
そして僕の手元にはピンク色のコントローラーがあった。
「勝負は一回きり。キルされた方の負け。何か質問はありますか?」
モニターの向こう側で、出有珠さんは僕と守原さんに言い聞かせるようにして言った。
「いや、質問も異論もないよ。早速始めようか」
まさか『ギガント・ドロップ』が僕と守原さんの運命を決めるために使われるとは思わなかった。
おそらくこのゲームの製作スタッフたちも、自分たちの作ったゲームが見知らぬ片田舎の高校生二人の人生を左右するなんて想像さえしていなかっただろう。
とにかく、見知らぬ数十億の地球人類の思惑にかかわらず、僕と守原さんによる『ギガント・ドロップ』のプライベート・マッチは開始されたのだった。
お互いのアイテムや位置を覗き見ることができないよう、僕と守原さんのモニターはそれぞれ離して配置されていた。
しかし、自分のものはないコントローラーは何となく違和感があった。
まあ、ここ半年間やり込みつづけたゲームではある。その辺も経験値でなんとかしてみせよう。
しかしどうにもならないのが、マップの把握だ。
僕らがプレイしているのはプライベート・マッチ用の特別なマップだから、普段オンラインマッチで使用しているものとは違っている。どんなマップなのかということはある程度知っているものの、実際にプレイするのは初めてだ。
位置取りによる有利不利がはっきりしているゲームだから、マップの把握ができていなければそれだけ相手に対し遅れを取ることになる。
守原さん側のモニターから聞こえてくる音から予想するに、どうやら向こうはこのマップに慣れているようだ。
もう少し勝負の条件を詳しく確認しておくべきだった。そうすれば、僕が有利な状況を作り出せたかもしれないのに。
いや、今はまだ後悔するべきときじゃない。
以前守原さんが僕の家に来た時、ゲームをするのは久しぶりだと言っていた。
いくらベータ版プレイヤーといえども、ブランクには勝てないはずだ。うまく隙をつけば十分僕にも勝機がある。
フィールド上に配置されているアイテムボックスから武器や防具を入手し、装備を整えていく。
僕の得意なアサルトライフル系の武器を入手した辺りで、遠くの草原に人影を見つけた。
恐らくは守原さんだろう。
僕は操作キャラを物陰に隠れさせた。
このマップはプライベート・マッチ用ということで、遮蔽物が少ないのが特徴だ。
つまり、いかに早く相手を発見し、反撃を受けに用攻撃し続けることができるかというのが、より重要な要素になってくる……はずだ。
遮蔽物から顔を覗かせながら相手の出方を伺う。
……しまった、見失った。もしかすると向こうも僕に気が付いたのかもしれない。
だけど守原さんは確か、接近戦を得意とするキャラを使っていたはずだ。
遠距離からの攻撃は無い。相手が仕掛けて来るなら近距離戦になるだろうから、僕は下手に動かずに周囲を警戒していれば先手を取れるはず――と思った瞬間、一発の銃声とともに僕の走行が破壊され、体力ゲージの3分の1を持っていかれた。
遠距離射撃じゃないか……っ!?
僕は守原さんの方を見た。
彼女は冷静な様子でコントローラーを握っている。
やられた。
僕の部屋で『ギガント・ドロップ』をやったときの記憶に引きずられすぎていた。
もしくは向こうも、それを理解した上で敢えて遠距離戦を仕掛けてきた可能性さえある。
キャラを移動させながら、僕は敵の位置を探った。
草原エリアからでは、遮蔽物があるから僕を狙撃できない。だとしたら背後にある高台の方向か?
何とか射撃を潜り抜け、別の遮蔽物の陰で回復アイテムを使用する。
体力ゲージが元に戻っていくのを確認しながら、高台の方向に動きが無いかを見た。
……いた、アレだ。遮蔽物と遮蔽物の間を移動しながら、こちらに近づいてくる人影がある。恐らくまだ僕に気づかれているとは分かっていないのだろう。かなり直線的な動きだから狙いやすい。
僕はアサルトライフルを構え、敵の位置を追い、射撃ボタンを押した。
命中だ。
敵の装甲を破壊したというサインが画面に表示される。
同時に、守原さんが操作しているキャラが岩陰に滑り込むのが見えた。
よし。あとは回復される前にとどめを刺すだけ。
キャラを移動させ、敵が隠れている岩陰に回り込んだ。
僕の勝ちだ―――。
「と、思うでしょう?」
守原さんが小さな声でそう呟くのが聞こえた。
岩陰の向こうには誰もいなかった。
誘いこまれたと気が付いたときには、背後からの銃撃によって、体力ゲージが一瞬で減らされてしまった。
守原さんは僕のモニターに表示されている視点を予測し、うまく僕の視界に入らない立ち回りで、岩陰に入った相手を狙い撃ちできる位置へ移動していたのだ。
キャラを旋回させると、守原さんの操るキャラがマシンガンを構えているのが見えた。
かなりの近距離だ。ここからなら僕の攻撃も当たるはず。
再び僕はアサルトライフルで相手を攻撃したが、相手は近距離に特化したキャラだけあってなかなか命中しない。
ヤバい。
このままだと押し切られる。
何かをしなければ。
どうにか敵の動きを止めなければ。
でなければ、守原さんは僕の前からいなくなってしまう。
体力が半分を切る。
思わず僕は声を上げていた。
「守原さんがいなくなるのは、嫌だ」
「……え」
攻撃が止む。
守原さんと目が合った。
「一緒にご飯食べたり、映画見たり、意味もなくショッピングモールを回ったりしたよね。あれ、僕、すごく楽しかったんだよ。それが守原さんを傷つけてしまったなら謝るけど、それでも、守原さんがいなくなるのは嫌なんだ。わがままかもしれないけれど、守原さんには転学しないで欲しいし、また学校に来て欲しい」
「だけど私は、落田くんから将来を……」
「何度も言うけど、そんなのは気にしなくていいんだよ。もし守原さんが本当に僕のことを考えてくれているのなら、もう僕のことで苦しまないで欲しい。それが僕の願いなんだ」
「……落田くん」
守原さんがコントローラーを置いた。
咄嗟に僕は――人としては最低かもしれないが――射撃ボタンを押し込み、守原さんのキャラにとどめを刺した。
「あ」
出有珠さんが呆気にとられたように口を開けた。
画面に、僕が勝利したことを知らせるメッセージが表示される。
「ええと……まあ、とりあえず僕の勝ちということで。転学は取り消してもらえる?」
「お、落田くん……」
守原さんは茫然とした表情で僕を見つめていたが、やがて俯き、肩を震わせ始めた。
泣いているのかと思ったけれど、違った。
守原さんは笑っていた。
「あ……ははは、そうよね、私の負けだものね。転学は取り消しにしなくちゃね。本当に、負けてしまったわ」
「なんかその、ごめん。でもさっき言ったことは本気だから」
「ありがとう。落田くんの気持ちは伝わったわ。事故に遭った本人がそう思ってくれているのだから、私がいつまでもあの事故に拘り続けるわけにもいかないわね」
そう言ってくれるのが嬉しいよ、と僕は答えた。
ところでこのピンクのコントローラーは誰のものなんだろう。
そんなことを考えていると、出有珠さんと目が合った。
「……それ、使いやすかったですか?」
「ああ、このコントローラー? 慣れるとかなりレスポンスが良かったよ」
「それは幸運でしたね。そのコントローラーを使って、しづかと二人でゲームに興じていた誰かに感謝するのですよ」
そう言って、出有珠さんは安心したようにため息をついた。
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